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	<title>言葉 - 禅活-zenkatsu-</title>
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	<description>禅を活かして、ちょっといい一日を</description>
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	<title>言葉 - 禅活-zenkatsu-</title>
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		<title>「視線」と「目線」を使い分けられますか？</title>
		<link>https://zenkatsu.site/archives/8557</link>
					<comments>https://zenkatsu.site/archives/8557#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[西田稔光]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 03 Nov 2022 15:00:39 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[業]]></category>
		<category><![CDATA[社会]]></category>
		<category><![CDATA[言葉]]></category>
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					<description><![CDATA[このブログを始めて、迎える5回目の秋。 頻度は減りつつもアキっぽい性格のわたくしが執筆してきた記事は250本を超えました。 文章を書くということを特別勉強したことはないのですが、 もしかしたら何気なく意識していることが、人の役に立つかもしれ…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>このブログを始めて、迎える5回目の秋。</p>
<p>頻度は減りつつもアキっぽい性格のわたくしが執筆してきた記事は250本を超えました。</p>
<p>文章を書くということを特別勉強したことはないのですが、<br />
もしかしたら何気なく意識していることが、人の役に立つかもしれないと思い、<br />
今回の記事を書いています。</p>
<p>テーマは<span style="font-size: 14pt;"><strong>「視線」と「目線」</strong></span>。</p>
<p>この二つの言葉を使い分けることが、実は執筆や法話では重要な気がするので、<br />
よろしければお付き合いください。</p>
<h2>「視線」と「目線」の違い</h2>
<p>和尚様方の中には、私がこの記事を書いていることにニヤッとしてしまう方もいらっしゃるかもしれません。</p>
<p>なぜならこの「視線」と「目線」の違いは、<br />
私の師匠が法話の指導などではかなりの高確率でお話ししている内容だからです。</p>
<p>もちろんそれは弟子であり息子である私も度々言われてきたことでした。</p>
<p>では何がそんなに問題なのか、それぞれの言葉の意味から見ていきましょう。</p>
<p>ソースとして適切であるかはわかりませんが、goo辞書で引いてみると以下のようにありました。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker y">・視線</span></p>
<blockquote><p>１ 目の向き。目で見ている方向。「―が合う」「―をそらす」<br />
２ 目の中心と、見ている対象とを結ぶ線。視軸 (しじく) 。<br />
３ 他人を、また、他人が見る目付き。ある気持ちの表れた目付き。<br />
「世間の―が気になる」「気の毒そうな―」</p>
<div class="blockquote_ref">
<div><a href="https://dictionary.goo.ne.jp/word/%E8%A6%96%E7%B7%9A/" target="_blank" rel="noopener">goo辞書</a></div>
</div>
</blockquote>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker blue">・目線</span></p>
<div>
<blockquote><p>１ 《映画・演劇などで用いる語から》視線のこと。「―が合う」「―をそらす」「カメラ―」<br />
２ その立場における、ものの考え方やとらえ方。<br />
「消費者の―から情報を発信する」「国民―」「子供―」「上から―」<br />
３ 写真の中の人物を特定しにくくするために、目の部分を覆い隠すように加工した、帯状の線やぼかし。</p>
<div class="blockquote_ref">
<div><a href="https://dictionary.goo.ne.jp/word/%E7%9B%AE%E7%B7%9A/" target="_blank" rel="noopener">goo辞書</a></div>
</div>
</blockquote>
</div>
<p>まず前提として重要なことは、目線という言葉は本来メディアや芸能で使われていた、<br />
いわゆる<span class="sc_marker red">業界用語である</span>ということです。</p>
<p>カメラや客席の方、具体的に人は見ていないけど目を向けるということで使われていたようです。</p>
<p>それがテレビ番組など芸能人によって使われ、その後「<span class="sc_marker y">上から目線</span>」という言葉が生まれ、<br />
一つの視点や観点という意味を持つようになったとのこと。</p>
<p>では改めて、<span class="sc_marker blue">「視線」と「目線」一番の違いは何でしょうか？</span></p>
<p>これは私の解釈の過ぎませんが、<strong>「対象がはっきりしているか」</strong>であるように思います。</p>
<p><strong>「視線」の２・３の意味</strong>は、<span class="sc_marker y">目と対象がはっきり存在しています</span>。</p>
<p>ところが<span class="sc_marker blue">「目線」の場合には目の位置や立場はあっても、それを向ける対象が絞られていない</span>のです。</p>
<p>例えば、車を運転していてすれ違った人が送った「あ、お坊さんだ」というものは、<br />
私という対象がはっきりしているので視線です。</p>
<p>一方、照明で誰が誰だかわからない中、ステージ上から向けられているのは目線です。</p>
<p><strong>「視線を感じる」とは言っても「目線を感じる」と言わないのは、</strong><br />
<strong>この対象の存在の有無という違いがあったからなのです。</strong></p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/09/975e3179be8022a2239862d2a55b6439_s-min-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-3088" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/09/975e3179be8022a2239862d2a55b6439_s-min-300x200.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/09/975e3179be8022a2239862d2a55b6439_s-min.jpg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h2>僧侶界にもはびこる「目線」乱用</h2>
<p>goo辞書にもあるように、「目線」はあくまでも業界用語で、<br />
本来は私たち僧侶が公的に話す場合には適さない言葉です。</p>
<p>しかし実はこれを散々耳にしたのが、なんと永平寺でした。</p>
<p>上山して間もなく、私たちは立っている時は畳一畳先を見るように教えられます。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/11/名称未設定のアートワーク-5-min-300x300.jpg" alt="" width="300" height="300" class="alignnone size-medium wp-image-8575" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/11/名称未設定のアートワーク-5-min-300x300.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/11/名称未設定のアートワーク-5-min-1024x1024.jpg 1024w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/11/名称未設定のアートワーク-5-min-150x150.jpg 150w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/11/名称未設定のアートワーク-5-min-768x768.jpg 768w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/11/名称未設定のアートワーク-5-min-1536x1536.jpg 1536w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/11/名称未設定のアートワーク-5-min.jpg 2048w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>これは目上の人の目を見ないという意味も含め、キョロキョロ見回さないためのものであったようです。</p>
<p>それから、お袈裟や応量器など、大切なものを持つ時の高さをこのように教えられました。</p>
<p><span class="sc_marker blue"><em>「目線の高さで持つように！」</em></span></p>
<p>お手本を示す和尚さんは、目の高さに持ち上げて両手で掲げるようにお袈裟を持っています。</p>
<p>皆様はこれに違和感を覚えないでしょうか？</p>
<p>畳一畳先を見るように、つまり斜め下へと「目線」を向けさせているなら、<br />
<span class="sc_marker red">目線の高さでお袈裟を持つならば目の高さにはならないのではないか！？</span>と。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/11/名称未設定のアートワーク-6-min-300x300.jpg" alt="" width="300" height="300" class="alignnone size-medium wp-image-8576" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/11/名称未設定のアートワーク-6-min-300x300.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/11/名称未設定のアートワーク-6-min-1024x1024.jpg 1024w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/11/名称未設定のアートワーク-6-min-150x150.jpg 150w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/11/名称未設定のアートワーク-6-min-768x768.jpg 768w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/11/名称未設定のアートワーク-6-min-1536x1536.jpg 1536w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/11/名称未設定のアートワーク-6-min.jpg 2048w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>つまりここでは、目線という言葉が、<br />
「目の高さ」あるいは「目の高さの延長線上」という意味で使われていたのです。</p>
<p>これはその先輩和尚さんだけでなく、亮道さんも含めた多くの方が指導の際に使っていた表現でした。</p>
<p>（まあ、こんなことにモヤモヤしてたから苦労したんですが…。）</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>使い分ける意味</h2>
<p>言葉は、使う人間が脳を通さずに機械的に使い回していくと、<br />
意味はズレているのにいつの間にか定着してしまうものです。</p>
<p>ふざけて使われていたような表現が本来のものに取って替わることも珍しくありません。</p>
<p>例えば、「延々と」を「永遠と」と誤って使っていたり、「固定観念」が「固定概念」になっていたり、<br />
昨今のSNSを見ていると、雰囲気で使った言葉が誤ったまま定着してしまった人がたくさんいます。</p>
<p>だからこそ、表現ごとに「視線」と「目線」をきちんと使い分けることができるだけでも、<br />
文章やお話に説得力が生まれるはずです。</p>
<p>内容をきちんと伝えたいという熱意や説得する力は、<br />
精査して選び抜かれた言葉にこそ宿ると私は思っています。</p>
<p>さらに日本語には、視線に一層気持ちを乗せた「眼差し」という言葉もあるように<br />
その行為や状態と心の関係性を考慮して言葉を選んでいくことは、<br />
それが曖昧になった現代だからこそ重要なのかもしれません。</p>
<h2>まとめ</h2>
<p>ここまで「視線」と「目線」の使い分けについて書いてきましたが、<br />
あえて「目線」という言葉を否定しないのは言葉もまた無常なものだからです。</p>
<p>しかし、いかに無常といえど、その中で言葉を使う責任を見失ってはいけません。</p>
<p><span class="sc_marker y">仏教では身業・意業と並んで口業の重要性を説くように、</span><br />
<span class="sc_marker y">身と心と同様に言葉の扱い方を大切にします。</span></p>
<p>「視線」か「目線」かあるいは「眼差し」か。</p>
<p>いずれにしても、仏道を歩むならば伝えようとする意思と責任を伴い、<br />
善い言葉を積み重ねていかなくてはなりません。</p>
<p>そうして仏道にかなった言葉を扱うことが、文章や話に説得力を持たせると、私は考えています。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/11/24872737_s-min-300x200.jpeg" alt="" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-8558" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/11/24872737_s-min-300x200.jpeg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/11/24872737_s-min.jpeg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
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		<title>詫びろ！詫びろ！詫びろ！～東京都某居酒屋重大事件勃発</title>
		<link>https://zenkatsu.site/archives/7002</link>
					<comments>https://zenkatsu.site/archives/7002#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[久保田智照]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 20 Apr 2021 17:33:10 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[煩悩]]></category>
		<category><![CDATA[社会]]></category>
		<category><![CDATA[言葉]]></category>
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					<description><![CDATA[スポンサードリンク ある出来事が年月を経て、自分の中での受け止め方が変わってくる、ということがあります。 たとえば、 「あの時、厳しい言われ方をして、一時はあの人を憎んだけれど、実は自分のことを思って言ってくれていた」 「いつも人のせいにし…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>スポンサードリンク</p>
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<p>ある出来事が年月を経て、自分の中での受け止め方が変わってくる、ということがあります。</p>
<p>たとえば、</p>
<p>「あの時、厳しい言われ方をして、一時はあの人を憎んだけれど、実は自分のことを思って言ってくれていた」</p>
<p>「いつも人のせいにしていたけれど、本当の原因は自分にあった」</p>
<p>など。</p>
<p>今回は久保田が経験した、ある出来事について考えてみます。</p>
<h2>東京都某居酒屋重大事件勃発</h2>
<p>もう3年ほど前のことになります。</p>
<p>その日は夕食に東京のとある居酒屋を訪れていました。</p>
<p>店内には私のほかに一組の熟年のご夫婦がいらっしゃって、隣のテーブルで食事を取っていました。</p>
<p>初めて訪れるお店でしたが、提供される料理はいちいち美味しく、また接客担当である年若い男性の店員さんに元気があふれていたためか、気持ちのよい食事の時間を過ごすことができていました。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/04/4501628_s_optimized-300x200.jpg" alt="" width="260" height="173" class="alignnone wp-image-7005" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/04/4501628_s_optimized-300x200.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/04/4501628_s_optimized.jpg 640w" sizes="(max-width: 260px) 100vw, 260px" /></p>
<p>そんな時、隣から突然……</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 18pt;"><strong>ガシャーン！「うわあ！」</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>大きな物音と男性の慌てた声が聞こえてきました。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/04/1244915_s_optimized-300x200.jpg" alt="" width="245" height="163" class="alignnone wp-image-7008" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/04/1244915_s_optimized-300x200.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/04/1244915_s_optimized.jpg 640w" sizes="(max-width: 245px) 100vw, 245px" /></p>
<p><span style="font-size: 14pt;">思わず振り向くと、くだんの店員さんが品物を提供する際に手元を狂わせたようで、ご夫婦のテーブルの上に料理が飛び散っていて、見るも無残な様相を呈していました。</span></p>
<p>不幸中の幸いか、ご夫婦の服に食べものや液体が付くということはなかったようですが、明らかに狼狽した様子の店員さんは、慌ててこのような謝罪の言葉を口にしました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 18pt;" class="sc_marker y"><strong>「うわあ！ごめん！」</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 24pt;" class="sc_marker y"><strong>「マジ、ごめん！」</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 36pt;" class="sc_marker y"><strong>「スーパーごめん！」</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>……</p>
<p>はて、<span style="font-size: 14pt;"><strong>「</strong><strong>スーパーごめん！」</strong></span>とはどういうことであろうか。</p>
<p>とっさのこととはいえ、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>「失礼いたしました！大変申し訳ございません！お洋服には付いておりませんか？すぐさまおしぼりをお持ちいたします！」</strong></span></p>
<p>このような謝罪の言葉が聞こえてくると思った私は、予想だにしていなかった「スーパーごめん！」に笑いを堪えるのに必死でした。</p>
<p><span style="background-color: #ffffff; font-size: 16px;">さらに「スーパーごめん」という言葉の軽薄さとは裏腹に、店員さんは必死の形相で後片付けをしています。</span></p>
<p><span class="sc_marker blue"><strong><span style="font-size: 14pt;">人の失敗を笑うのはよくないことだと思いつつも、かえってそう思えば思うほど、言動のミスマッチに不謹慎な笑いがこみ上げてきてしまいました。</span></strong></span></p>
<p>一方、ご夫婦は突然の出来事に戸惑っていたようでしたが、店員さんに対して怒りをぶつけるようなことはなく、落ち着いた対応を見せていました。</p>
<p>お店の責任者もやってきて、ご夫婦に対して、今度は丁寧な謝罪を述べて事態は収束に向かいます。</p>
<p>一瞬の喧騒に包まれた店内でしたが、ほどなくして片付けも終わり、その後は何事もなく食事を済ませて店を出ることができました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>とはいえ、ショッキングな出来事にざわついた心はなかなか落ち着いてくれません。</p>
<p><strong>「やっぱり、いくらなんでも“スーパーごめん”はないよなあ」</strong></p>
<p><span class="sc_marker y"><strong>「でもまあ、きっとあの店員さんにしてみれば、誠心誠意のお詫びのつもりだったんだろう」</strong></span></p>
<p><strong>「自分だって人の言葉の乱れを嘆くほど、普段からきれいな言葉を選んで使えているわけでもないし、とっさのことならなおさらだ。自分も精々気を付けることにしよう」</strong></p>
<p>事件を反芻しながら、考えを整理しつつ、家に帰りました。</p>
<h2>「スーパーごめん」への違和感</h2>
<p>この出来事は<span style="font-size: 18pt;"><strong>「スーパーごめん事件」</strong></span>として、私の中で<strong>ひとつの小さな笑い話</strong>として記憶されていました。</p>
<p>しかし、一度は笑い話として整理したものの、その一方でどこか心に<span style="font-size: 14pt;"><strong>「ひっかかる」</strong></span>部分が残っていました。</p>
<p>その違和感は一体何なのか。</p>
<p>時たま「スーパーごめん事件」のことを思い出し、<span style="font-size: 14pt;"><strong>違和感の正体が何なのか</strong></span>考えることがありました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>（いわゆる”言葉の乱れ”がどうしても気になっているのだろうか？）</strong></p>
<p><strong>（いや、もしかすると日本語に不慣れな外国の人だったのかもしれないし、それは責めても仕方のないことだ。）</strong></p>
<p><strong>（粗相をした店員さんが、その場では何らの叱責も受けなかったことか？）</strong></p>
<p><strong>（いや、そもそも自分が店員さんを断罪する立場にはないし、叱られてほしいわけでもあるまい。）</strong></p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/04/すぱごめ_optimized-289x300.png" alt="" width="197" height="204" class="alignnone wp-image-7004" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/04/すぱごめ_optimized-289x300.png 289w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/04/すぱごめ_optimized.png 678w" sizes="(max-width: 197px) 100vw, 197px" /></p>
<p>こんな風に<strong>自問自答を繰り返すうち、ひとつの推測にたどり着きました</strong>。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker y"><strong>それは、私が違和感を覚えたのは、おそらくあの「スーパーごめん」がご夫婦へのお詫びの言葉になっていないからだろう、というものです。</strong></span></p>
<h2>本気で詫びるのに「ごめん」「許して」はありえない</h2>
<p>そもそも<span style="font-size: 14pt;"><strong>「ごめん」</strong></span>という言葉は、<strong>軽めの謝意を表すときに使われる</strong>言葉です。</p>
<p><strong>「お客様のテーブルに料理をぶちまけてしまった。」</strong></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>このような場面で使うことは不適切というほかないのですが、とっさの判断でそれを何とか適切な言葉にしようと考えた結果「マジ」「スーパー」という修飾語をつけて、謝意を強めたということなのでしょう。</strong></span></p>
<p><strong>しかし<span class="sc_marker red">「ごめん」という言葉の意味をよく考えてみると、ほぼ「許してください」と同じ</span>です。</strong></p>
<p><strong>そこには<span class="sc_marker blue">相手を慮るニュアンスもなければ、過ちを悔いる心も表れていません。</span></strong></p>
<p><strong>無論、あの店員さんは、申し訳ないという気持ちを抱いていたこととは思うのですが、<span class="sc_marker y red">適切な言葉を用いなければそれは伝わりません</span>。</strong></p>
<p><span class="sc_marker blue"><strong>必死の形相でテーブルを掃除する姿も、<span style="font-size: 14pt;">「お客様のため」ではなく、「自分のミスをカバーするため」</span>のものに思えてしまいます。</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ちなみに……</p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker y"><strong>私は「許してください」はまったく詫びる言葉ではないと考えています。</strong></span></p>
<p>むしろ、何かを詫びる際にこの言葉を使うのは<span style="font-size: 14pt;"><strong>「あなたに許してもらえないと私が困ります」</strong></span>という、およそ詫びるとは程遠い自分本位な態度のように受け止めてしまうことすらあります。</p>
<p>ですから、いくら言葉を強めたところで、</p>
<p><strong>「どうか！どうか！寛大なお心でお許しください！」</strong></p>
<p><strong><span style="font-size: 18pt;">（私のために！）</span></strong></p>
<p><strong>「お慈悲を頂戴したく存じます！」</strong></p>
<p><strong><span style="font-size: 18pt;">（でなければ、困るんです！）</span></strong></p>
<p>と、<strong>言外の意味が見え隠れ</strong>してしまうのです。</p>
<p><span style="font-size: 18pt;" class="sc_marker red"><strong>「詫びているようで、詫びていない。」</strong></span></p>
<p><span class="sc_marker red"><strong>これこそが「スーパーごめん」の違和感の正体</strong></span>でしょう。（<span style="font-size: 10pt;">だからこそ「ごめんね、ごめんねー！」がギャグとして成立するのです。）</span></p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/04/dogeza_businessman_optimized-300x260.png" alt="" width="190" height="165" class="alignnone wp-image-7003" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/04/dogeza_businessman_optimized-300x260.png 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/04/dogeza_businessman_optimized.png 400w" sizes="(max-width: 190px) 100vw, 190px" /></p>
<h2>詫びているふりになってしまう言葉たち</h2>
<p>さて、本気で詫びる際に「ごめん」は論外ですが、その他にも、<span class="sc_marker y"><strong>一般に使われるけれども、意味をよく考えてみると詫びるには不適切と思われる表現</strong></span>がいくつかあります。</p>
<p>たとえば、</p>
<p><span style="font-size: 18pt;" class="sc_marker blue"><strong>「知らぬこととはいえ、失礼をいたしました」</strong></span></p>
<p>どうして<strong>詫びる前に自己弁護</strong>をしてしまうのでしょうか。</p>
<p><span style="font-size: 18pt;" class="sc_marker blue"><strong>「遺憾の意」</strong></span>もそうです。</p>
<p><strong>自分の過ちを詫びるのに「残念なことだと思います」はないでしょう。</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>結局のところこれも「言葉の乱れ」に行きつく話なのかもしれませんが、先にも述べた通り、<strong>適切な言葉を用いなければ意図は正しく伝わりません。</strong></p>
<p><span style="font-size: 18pt;" class="sc_marker red"><strong>それどころか、自分の過ちを「知らなかった」「残念だった」という言葉で塗りつぶしていけば、</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 18pt;" class="sc_marker red"><strong>自分の中にあったはずの申し訳ないと思う気持ちもいつしか薄れ、消えてなくなってしまうのではないでしょうか。</strong></span></p>
<h2>懺悔（さんげ）</h2>
<p>華厳経というお経に、懺悔文という偈文があります。</p>
<blockquote><p>我昔所造諸悪業（がしゃくしょぞうしょあくごう）<br />
皆由無始貪瞋痴（かいゆうむしとんじんち）<br />
従身口意之所生（じゅうしんくいししょしょう）<br />
一切我今皆懺悔（いっさいがこんかいさんげ）</p></blockquote>
<p>この意味は、</p>
<div class="sc_balloon right" style="border-radius: 0px;">
<p>私はこれまで数えきれないほどの悪い行いを積み重ねてきてしまいました。</p>
<p>その理由は心の中に貪り・怒り・愚かさという苦しみの根源が常に存在し、</p>
<p>それらが自らの行いに表れてしまったからです。</p>
<p>そのすべてを仏さまの前で心より反省し、悔い改めます。（私訳）</p>
</div>
<div>となります。</div>
<div></div>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker red"><strong>人は誰しも間違いを犯します。</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker red"><strong>間違いを犯す原因が自分にあり、その結果が行動に表れてしまった。</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker red"><strong>そのことを素直に認め、しかるべき対象に、しかるべき言葉を用いて謝意を伝える。</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker red"><strong>当たり前のことですが、こうでなくては詫びるとは言えないのではないでしょうか。</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>さて今回は、いささか偉そうなことを言ってしまいました。</p>
<p>衷心より、お詫び申し上げます。</p>
<p>「スーパーごめん」</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/04/tehepero2_youngman_optimized-210x300.png" alt="" width="149" height="213" class="alignnone wp-image-7007" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/04/tehepero2_youngman_optimized-210x300.png 210w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/04/tehepero2_youngman_optimized.png 280w" sizes="(max-width: 149px) 100vw, 149px" /></p>
<p>おあとがよろしいようで。</p>
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