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	<title>野球 - 禅活-zenkatsu-</title>
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	<description>禅を活かして、ちょっといい一日を</description>
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	<title>野球 - 禅活-zenkatsu-</title>
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		<title>「よい応援」とは何か、考えてみた～夏の全国高校野球より</title>
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		<dc:creator><![CDATA[久保田智照]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 25 Aug 2022 21:30:05 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[スポーツ]]></category>
		<category><![CDATA[ニュース]]></category>
		<category><![CDATA[応援]]></category>
		<category><![CDATA[野球]]></category>
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					<description><![CDATA[夏の全国高等学校野球選手権大会。 今年も多くのドラマが生まれ、感動を呼んだ、夏の甲子園。 仙台育英高校が、東北勢春夏通じて初となる優勝を決め、幕を閉じました。 いまだ、熱戦の興奮が冷めやらぬ中、 今回は禅活の、野球&#38;応援大好きおじさ…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>夏の<span>全国高等学校野球選手権大会</span>。</p>
<p>今年も多くのドラマが生まれ、感動を呼んだ、夏の甲子園。</p>
<p><span style="font-size: 18pt;"><strong>仙台育英高校が、東北勢春夏通じて初となる優勝</strong></span>を決め、幕を閉じました。</p>
<p>いまだ、熱戦の興奮が冷めやらぬ中、</p>
<p>今回は禅活の、野球&amp;応援大好きおじさんことちしょーが、</p>
<p><span style="font-size: 18pt;"><strong>「応援」</strong></span>に焦点を当てて、思うところを語ります。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/08/24611196_s_optimized-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-8433" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/08/24611196_s_optimized-300x200.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/08/24611196_s_optimized.jpg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h2>特に応援が注目された今年の甲子園</h2>
<p>夏の甲子園の主役が激闘を繰り広げる球児たちなのは間違いありません。</p>
<p>しかし、スタンドで応援する各高校のブラスバンドのメンバーや、</p>
<p>父兄たち、一般の高校野球ファンなども、</p>
<p>ひと夏の物語を彩る掛け替えのない存在です。</p>
<p>そうした方々の応援があって初めて、</p>
<p>夏の高校野球が日本全国の注目を集める一大イベントとなっています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>特に、今年の甲子園を振り返ると、</p>
<p>「よっしゃ、いくぞー！」</p>
<p>「大丈夫だ！上向いて！」</p>
<p>と、審判の方がイニング間や試合前後の挨拶で、選手にエールを送る様子がクローズアップされたり、</p>
<p>声援なし、最大人数50人までという制限がありながらも、ブラスバンドによる応援が復活したり、</p>
<p>優勝した仙台育英高校が、準決勝で敗退した同じ東北の福島、聖光学園の応援曲を演奏したりと、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>いつにもまして「応援」が注目された</strong></span>ように思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>テレビの中で繰り広げられる応援の様子を観ていると、</p>
<p>コロナ以前の試合の光景が、完全に、とはいかないまでも戻ってきたような気がして、</p>
<p>なんとも感慨深く思いました。</p>
<h2>「不満」に感じてしまった応援もあった</h2>
<p>ただ、実は、テレビで試合を観戦しながら、</p>
<p>「ちょっと、この応援はどうなんだろう……」</p>
<p>「この曲の使い方は、あんまりなんじゃないかな」</p>
<p>と、あれほど好きであったはずの応援に<span style="font-size: 14pt;"><strong>「不満」</strong></span>を感じてしまうこともありました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>いくつか例をご紹介したいと思います。</p>
<h4></h4>
<p>まずは、今や、高校野球の応援曲の定番となった<span style="font-size: 14pt;"><strong>「モンキーターン」</strong></span>について。</p>
<p>この応援曲は同名の原作マンガを題材にしたパチスロが元ネタで、</p>
<p>千葉ロッテのチャンステーマに採用されたことから爆発的に広まりました。</p>
<p>曲調から掛け声、モチーフにした原作マンガのストーリーまで、まさに、</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 18pt;"><strong>「チャンスをつかみ取る！」</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>という気分にさせてくれる名曲です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>だからこそ、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>「是が非でも点を入れなければならない」</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>ここぞという局面にのみ使う、チャンステーマであってほしい</strong></span>と思うのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、実際にはランナーなしの場面や、2アウトランナー1塁など、</p>
<p>点数の入る<span style="font-size: 14pt;"><strong>期待が薄い場面でもちょくちょく演奏されている</strong></span>様子も見受けられました。</p>
<p>また、アレンジというには納得できないくらい<span style="font-size: 14pt;"><strong>音程が外れている「モンキーターン」</strong></span>もありました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>あくまで個人の感想ではございますが……</p>
<p>原作マンガを読破し、</p>
<p>アニメも全話視聴していまだに主題歌を覚えていて、</p>
<p>パチスロ機の方でもかなり遊ばせてもらった身としては、</p>
<p><strong>こうした使われ方は原作マンガやチャンステーマへのリスペクトが欠けているように思えて、興ざめ</strong>をもたらしました。</p>
<h4></h4>
<p>また別の例を挙げると、これまた定番曲、</p>
<p>「暴れん坊将軍」「ドラクエⅢ・戦闘曲」</p>
<p>にも、不満を覚えてしまいました。</p>
<p>どちらも子どもの頃は、</p>
<p>「あ！暴れん坊将軍だ！」</p>
<p>「ドラクエきた！」</p>
<p>と演奏されるたびにテンションが上がる曲だったのですが、</p>
<p>今回は、ふと、</p>
<p>「この２曲、今の高校生はどんな気持ちで演奏したり、聞いたりしてるんだろうか？」</p>
<p>と、疑問を持ってしまったのです。</p>
<h4></h4>
<p>そして、最後は高校野球をテーマにしたマンガ作品「タッチ」のテーマソングを使った応援曲にも不満を抱きました。</p>
<p>この曲も大好きなのですが、ある高校の応援では、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>「サビの前が延々とループする」</strong></span></p>
<p>という使われ方をしていました。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>「ここから先が聞きたいのに！」</strong></span></p>
<p>と、お預けをくらったような気分で、せっかくのチャンスなのに、</p>
<p><strong>「あと一歩、ヒット1本が足りない」</strong></p>
<p>という状況を暗示しているかのようで、非常にモヤモヤしました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ただ、</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>これらの応援に「なんだかなあ」という釈然としない思いを抱いたことが、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>「では、どんな応援を自分はよい応援と感じているのだろうか？」</strong></span></p>
<p>と考えるきっかけになりました。</p>
<h2>何が「よい応援」？</h2>
<p>まず思い至ったのは、応援曲へのリスペクトが感じられるかという点です。</p>
<p>それはモチーフとなった原作やチームの歴史を踏まえたり、</p>
<p>作詞・作曲者の思いを汲んだりしながら、</p>
<p>しかるべき場面で使うということになるでしょう。</p>
<p><strong>いたずらなアレンジやカットの多用、チャンステーマの軽視などをしてしまうと、</strong></p>
<p><strong>リスペクトという点であまり「よい応援」ではなくなってしまう</strong>ように思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そして、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>「よい応援」にもっとも必要だと思うのは、</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>ひたむきに努力する選手たちに向けた温かい応援の気持ちを、</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>「いかに共鳴させ、広く伝えるか」</strong></span><span style="font-size: 14pt;"><strong>ということ</strong></span></p>
<p>です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>甲子園で主体となって試合に臨む選手への思いを、<span style="font-size: 14pt;">響かせる</span>。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>選手にはもちろん、</strong></p>
<p><strong>その周囲を支える学校、地域、自治体といった環境に、</strong></p>
<p><strong>ありとあらゆる野球ファンに、</strong></p>
<p><strong>環境を越え、世代を越えて、</strong></p>
<p><strong>甲子園で戦う選手への気持ちをつなぎ、</strong></p>
<p><strong>皆に健闘を願う心を起こさせる。</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>これこそが「よい応援」なのではないでしょうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>たとえば、</p>
<p><strong>母校のスローガンや地域を象徴するような曲や、</strong></p>
<p><strong>「魔曲」と呼ばれる、特別ないわれを持つテーマ。</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>あるいは、</p>
<p><strong>地元出身の歌手や作曲者に由来する曲や、</strong></p>
<p><strong>老若男女問わず、長く、広く親しまれている曲。</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>こうした曲を用いた応援がもっと増えてほしいと願うばかりです。</p>
<h2>応援がつくる「物語」</h2>
<p>人間は誰しも、それぞれの物語を持っています。</p>
<p>それは当人の努力や研鑽の歴史であり、その人にとって掛け替えのないものです。</p>
<p>そして、人の物語は他の人の物語と結びついたとき、より強い力を発揮します。</p>
<p>野球というスポーツはもちろんひとりでできるものではありません。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/08/24568429_s_optimized-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-8432" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/08/24568429_s_optimized-300x200.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/08/24568429_s_optimized.jpg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>チームメイト、対戦相手、</p>
<p>監督、コーチ、</p>
<p>グラウンド整備の方、審判団、</p>
<p>応援団、チア、父兄、</p>
<p>学校、地域の支援者、</p>
<p>スタンドやテレビの前で応援するファン。</p>
<p><strong>それらが揃って初めて「夏の甲子園」という舞台が整えられ、</strong></p>
<p><strong>ひと夏の熱い物語が生まれる</strong>のです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>それらを繋ぐのは、まさに「応援」に他なりません。</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>お互いを励ます気持ち、</p>
<p>健闘を願う気持ち、</p>
<p>無事を祈る気持ち、</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それらの思いを繋ぎ、</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 18pt;"><strong>ひとりの物語を、皆の物語へと変える力。</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>真の「応援」にはその力が備わっていると、私は思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker red"><strong>「応援」がその力を遺憾なく発揮したときには、</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker red"><strong>ひたむきに努力する選手への声援は、ひたむきに生きるすべての人に向けた声援へと変わり、</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker red"><strong>選手が懸命にプレイする姿は、試合を見守るすべての人への応援となるのではないでしょうか。</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker red"><strong>そうなれば、そこに応援する側、される側なんていう垣根はなくなります。</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>よく聞く話で、</p>
<p>「教えていたつもりが、実は私の方こそ教えられていた」</p>
<p>という気づきが語られますが、応援もまさにこれに当てはまるのではないでしょうか。</p>
<h2>おわりに</h2>
<p>今回は、応援について思うところを思うままに書きました。</p>
<p>疑問に思う点もあるかもしれませんが、なにとぞ広い心でご容赦を。</p>
<p>それでは最後に、今、ちしょーの中でもっとも熱い応援の動画を貼り付けまして、本記事を終えます。</p>
<p>ここまでお読みいただいた皆さま、どうもありがとうございました。</p>
<p><iframe title="市立船橋【市船ｓｏｕｌ】集　2018/2019/2022（市船ソウル）" width="850" height="478" src="https://www.youtube.com/embed/kUkGWsdKRmY?feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></p>
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		<title>送りバントと将棋の評価値</title>
		<link>https://zenkatsu.site/archives/7492</link>
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		<dc:creator><![CDATA[久保田智照]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 12 Oct 2021 21:30:04 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[スポーツ]]></category>
		<category><![CDATA[将棋]]></category>
		<category><![CDATA[社会]]></category>
		<category><![CDATA[野球]]></category>
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					<description><![CDATA[スポンサーリンク 久保田の趣味はスポーツ観戦。 実際に現地に足を運んで現場の空気を楽しむのも好きですが、家でリラックスしながらテレビやパソコンで視聴する方が好みです。 よく視聴するのは、プロ野球、社会人野球、高校野球、MLB、F1、インディ…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>スポンサーリンク</p>
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<p>久保田の趣味はスポーツ観戦。</p>
<p>実際に現地に足を運んで現場の空気を楽しむのも好きですが、家でリラックスしながらテレビやパソコンで視聴する方が好みです。</p>
<p>よく視聴するのは、プロ野球、社会人野球、高校野球、MLB、F1、インディカー、ロードレース、格闘技、大相撲など。</p>
<p>またスポーツのカテゴリーからは少々逸脱してしまうかもしれませんが、将棋、麻雀、e-sports（RTS）などもよく見ます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>これらの競技に共通して言えることは、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>勝負の駆け引き、</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>戦略の応酬、</strong></span></p>
<p>などを<strong>じっくり楽しめる</strong>点。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>選手の実力、実績、データ、選手の心境、時の運までも考慮に入れつつ、</p>
<p>選手やチームの立てた戦略がうまく機能するかどうか、自分ならどうするか、</p>
<p><strong>予想を立てたり、妄想したりしながら観るのが、とても楽しい</strong>時間です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ところで、近年のスポーツは（スポーツに限らず）<strong>コンピューターの計算をもとにした数値による分析が幅を利かせる</strong>ようになってきました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>特に野球や将棋、モータースポーツなど分析がさかんな競技においては、</strong></p>
<p><strong>数値を知って観るのと知らずに観るのとでは、観戦の仕方に大きな差が生まれます。</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ということで今回は、スポーツにおける分析数値について、野球の送りバントと将棋の評価値から考えていきます。</p>
<h2>是非が問われる、ランナー一塁からの送りバント</h2>
<p>まずは野球の送りバント。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ランナーが一塁に出塁して、次の打者がバントでランナーを送る。</p>
<p>高校野球やプロ野球でよくみられる光景ですが、</p>
<p>ランナー一塁からの送りバントには、現在のようにコンピューターによる分析が幅を利かせる前から、<span style="font-size: 18pt;"><strong>疑問</strong></span>が呈されていました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それは、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>「バントをすることで得点期待値が下がる」</strong></span></p>
<p>ことから、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>「ランナー一塁からの送りバントは戦略として採用するに値しないのではないか」</strong></span></p>
<p>というもの。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>たとえば、日経新聞の<a href="https://www.nikkei.com/article/DGXMZO54338470T10C20A1000000/">こちらの記事</a>では、</p>
<p><span style="font-size: 18pt;"><strong>送りバントの損益分岐点が「1割3厘」</strong></span>であるとする分析を紹介し、</p>
<p>その上で送りバントについてこのように結論付けています。</p>
<blockquote><p>送りバントは極端に打力の乏しい打者を除けば合理的とも手堅いともいいがたい。攻撃の選択肢の上位にくるべきものではないが、使いようによっては駆け引きの材料となって野球を面白くする。それは攻撃の定番ではなく、奇策というべきものなのだ。※「実は手堅くない送りバント「損益分岐点」は打率1割」より</p></blockquote>
<p>しかし、この分析には多くの<span style="font-size: 14pt;">欠落</span>があるように感じられました。</p>
<h2>見過ごされている、数値に表れない要素</h2>
<p>その欠落とは、<span style="font-size: 14pt;"><strong>この分析には数値に表れない、あるいは数値化することが難しい要素が含まれていない</strong></span>という点です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>たとえば、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>・送りバントによって走者を得点圏に置くことで守備側に与える精神的プレッシャーや疲労の蓄積</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>・送りバントが「成功しやすい」作戦であること</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>・送りバントへの対処を強いることによって、他の作戦へと繋がる戦略のバリエーションが増えること</strong></span></p>
<p>などです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私はこの中でも、<span style="font-size: 14pt;"><strong>送りバントが持つ大きな特徴のひとつである、「成功しやすい」点</strong></span>に注目したいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>これは言いかえれば<strong><span style="font-size: 14pt;">「狙い通り」という状況を生み出す可能性が高い</span></strong>ということ。</p>
<p>1アウト2塁として、仮に<span style="font-size: 14pt;"><strong>その後、得点には至らなかったとしても、戦略としては成功の段階を踏んでいる</strong></span>ということになります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>よくスポーツ中継においては「流れを引き寄せる」ということがまことしやかに言われますが、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>もし勝負に流れというものがあるのだとしたら、「作戦の成功」はその流れを左右する重要なファクターとなるのではないでしょうか</strong></span>。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ただ、これは勝敗を徹底的に追及するプロ野球においてはナンセンスな要素と思われる方も多いかもしれません。</p>
<p>しかし<span style="font-size: 14pt;"><strong>教育としての要素を強く持つ高校野球においては、選手に成功体験をさせることは大きな意味を持つのでは</strong></span>ないでしょうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="background-color: #ffffff; font-size: 16px;">また、送りバントをすることによって「少なくとも1点入る確率」については、</span></p>
<p><span style="background-color: #ffffff; font-size: 16px;">プロ野球については微減するものの、高校野球においてはむしろ逆に上がるとする統計結果も出ています。</span></p>
<p>バントにかかわる分析のサンプル数を増やして、試合展開や打者の能力、投手の能力（防御率、奪三振率）などを細かく検討していけば、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>送りバントが「場面によって、少なくとも1点を取るためには有効」となる可能性</strong></span>は高いのではないでしょうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>というわけで、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>分析に表れない試合状況や選手の心境によっては有効に機能する可能性がある。</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="background-color: #ffffff;">これまでの研究のみでは送りバントの是非について結論付けることができない。</span></strong></span></p>
<p>野球の送りバントについては、以上のように考えます。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/10/729165_s_optimized-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-7495" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/10/729165_s_optimized-300x200.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/10/729165_s_optimized.jpg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h2>将棋の評価値について</h2>
<p>さて、続いては将棋の評価値についてです。</p>
<p>近年ではAbemaTVが、毎日将棋の中継や録画再放送を配信しており、過去に比べて棋士の息詰まる一戦がより身近なものになりました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>その中で目にする、<span style="font-size: 14pt;"><strong>過去の将棋中継になかった新たな要素が、AIの分析による形勢の評価値</strong></span>です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>中継をご覧になったことのある方はご存じでしょうが、最近の将棋中継ではAIによる形勢判断の評価値が画面上部に常に表示されています。</p>
<p>これはNHKの将棋中継でも導入され、<strong>評価値は将棋ファンにとって、とても身近なものになりました</strong>。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>導入当初は「盤面を自分で読む楽しみが減ってしまう」「次の手を予想する楽しさを奪う」など否定的な意見も多く見られたように思いますが、現在ではおおむね好意的に受け入れられているように感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私は<span style="font-size: 14pt;"><strong>この評価値による形勢判断が、将棋を観戦する楽しみを多くの視聴者に教えてくれた</strong></span>と思っています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私自身、将棋の腕前は大したことがなくて、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>評価値導入前は盤面を見ても形勢を判断することが難しく、</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>大盤解説を鵜呑みにすることくらいしかできませんでした。</strong></span></p>
<p>自分が楽しむにはハードルが高すぎる競技だと感じていたのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし現在はこの<span style="font-size: 14pt;"><strong>評価値と、同じく画面上に表示される候補手を頼りに、解説を聞かなくても大まかな形勢判断ができる</strong></span>ようになってきました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そうなると<span style="font-size: 14pt;"><strong>棋士の指す一手一手に込められた意図のようなものがそこはかとなく伝わってくるように感じられ、将棋がいっそう面白いものに</strong></span>なるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「ここは安全策を取ったか！」</p>
<p>「ここでリスクを取って攻めに出たか！」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>こんな風に、他の様々なスポーツと同じく将棋観戦を楽しむことができるようになったわけですが、</p>
<p>そのなかで<span style="font-size: 14pt;"><strong>面白いこと</strong></span>に気が付きました。</p>
<h2>AIの示す最善は、人間にとっての最善ではない</h2>
<p>それは、<span style="font-size: 14pt;"><strong>AIの示す最善手は、必ずしも人間にとっての最善手にはならない</strong></span>ということ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>さきほど言ったように、評価値によって「どっちが指しやすいか」「どちらが優勢か」「どちらが勝ちそうか」「詰みへの手筋があるか」など大まかな形勢判断ができるのですが、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>ときに評価値では大きく勝っているはずの棋士が、負けているはずの棋士から追い込まれているかのような場面が生まれる</strong></span>のです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それは例えばこんなケースです。</p>
<p><strong>制限時間が迫っていて、優勢側が難解で、劣勢側の方が指しやすい局面の場合。</strong></p>
<p><strong>AIの示す最善手が難解すぎる場合。</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このように<span style="font-size: 14pt;"><strong>AIの評価値と人間が指す手の違いに気付いた時、何となく分析や数値との正しい付き合い方が見えた</strong></span>ように思いました。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/10/4190379_s_optimized-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-7494" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/10/4190379_s_optimized-300x200.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/10/4190379_s_optimized.jpg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h2>MLBと日本のプロ野球</h2>
<p>ここで話は野球に戻ります。</p>
<p>近年、<span style="font-size: 14pt;"><strong>数値による分析は野球界、特にMLBにおいて大きな変化をもたらしました</strong></span>。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それは<strong>フライボール革命と、極端なシフト守備の実行、走塁と守備に優れた選手の価値喪失</strong>などに代表されます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>フライボール革命は、ゴロになる打球よりもフライになる打球を打った方が得点期待値が上がるという研究結果をもとに、</p>
<p><strong>多くの打者が高角度の打球を狙うようになった</strong>ことを言います。</p>
<p>極端なシフト守備とは、当該打者の打球方向の偏りに合わせて、<strong>守備位置を本来の場所から大きく動かして守る</strong>ということ。</p>
<p>また分析によって「走力が得点に貢献する割合は低い」ことや「盗塁のリスクの高さ」が明らかになり、いわゆる「いぶし銀」のような選手はその価値を大きく損ねました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>分析による数値にしたがい、プレースタイルを変える。</strong></span></p>
<p>これはいかにも合理主義的で、なんともアメリカらしいエピソードに思えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そして一連の変化は、三振とホームランの増加をもたらし、インプレーの打球を減らしました。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>その結果として、試合展開が大味かつ単調になり、MLBの人気は下がったと言われています。</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>一方で、分析による非効率が叫ばれつつもいまだ送りバントが生き残る日本球界はどうでしょうか。</p>
<p>さきほど「送りバントもそんなに悪くないんじゃない？」ということを書いたにもかかわらずということになりますが、</p>
<p>観戦する立場として、<span style="font-size: 14pt;"><strong>ときに送りバントはとてつもない「興ざめ」を生みます。</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それが、送りバント失敗のケース。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>バント失敗で送れずならまだしも、ダブルプレーになった日には目も当てられません。</p>
<p>もちろん数値だけに囚われず、戦略のバリエーションやその他様々な要素を鑑みてということになりますが、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>送りバントという戦術の運用方法は見直される必要もあると思います。</strong></span></p>
<h2>まとめ</h2>
<p>最新の理論や研究結果は、しばしば様々なものの捉え方に影響を与えます。</p>
<p>とくに合理的なものや新しいものは、爆発的な勢いを持って広がることがあります。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>その中で、旧来の考え方や慣習にしがみつくのもよくないと思いますが、</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>新鮮さや合理性だけを見て、新しいものばかりを受け入れるようなあり方にも疑問</strong></span>があります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>たとえば、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker blue"><strong>合理性に舵を切ったMLBは人気を失ったと言われますが、</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker blue"><strong>逆に日本のプロ野球界が何も変わらないでいれば、マンネリ化につながり、その人気も失われる日が来るかもしれません。</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そうならないためには、</p>
<p><span class="sc_marker y"><span style="font-size: 14pt;"><strong>将棋における評価値のように、評価は評価、数値は数値というように、あくまでAIにとっての正解として参考にしつつ、人間にとっての正解は別にある</strong></span>と</span>する、</p>
<p>このような態度が求められているのではないでしょうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="background-color: #ffffff; font-size: 16px;"><span class="sc_marker red"><strong>世の中が目まぐるしく変化する中だからこそ、古いモノ、新しいモノ、どちらにも執着せず、常に両者のバランスを計ることが必要なのだと思います</strong></span>。</span></p>
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		<title>応援と祈り</title>
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		<dc:creator><![CDATA[久保田智照]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 12 Jul 2020 16:52:50 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[シダックス]]></category>
		<category><![CDATA[スポーツ]]></category>
		<category><![CDATA[仏教]]></category>
		<category><![CDATA[野球]]></category>
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					<description><![CDATA[スポンサードリンク つい先日のニュース。 新型コロナウイルスの影響で中止となったセンバツ高校野球の代替として、 甲子園での交流試合の開催が決定され、その組み合わせが発表されました。 いち高校野球ファンとして、個人的にもっとも注目の組み合わせ…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>スポンサードリンク</p>
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<p>つい先日のニュース。</p>
<p>新型コロナウイルスの影響で中止となったセンバツ高校野球の代替として、</p>
<p>甲子園での交流試合の開催が決定され、その組み合わせが発表されました。</p>
<p>いち高校野球ファンとして、個人的にもっとも注目の組み合わせは、履正社ＶＳ星稜のカード。</p>
<p>昨夏の夏の甲子園の決勝と同カードとなるこの対戦、是非とも見逃したくないところです。</p>
<p>さて、今回の記事のテーマはタイトルにもある通り「応援」です。</p>
<p><span style="background-color: #ffffff; font-size: 16px;">残念ながら今年はブラスバンドによる応援はされないようですが</span></p>
<p>各校独自のブラスバンドで展開される応援合戦も甲子園の見どころの一つ。</p>
<p>今回は、禅活の野球観戦大好きおじさんこと<span style="background-color: #ffffff; font-size: 16px;">久保田が、</span><span style="font-size: 16px;">「応援」について思うところを述べていきます。</span></p>
<h2>高校野球の応援歌</h2>
<p>スポーツにつきものの<span style="font-size: 14pt;"><strong>「応援」</strong></span>。</p>
<p>特に日本の野球は応援が盛んなスポーツです。</p>
<p>鳴り物つきの応援には、競技に集中できないという理由で否定的な意見も聞かれる一方、</p>
<p>根強いファンも存在します。（久保田ももちろんその一人）</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2020/07/2643808_s-min-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-5765" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2020/07/2643808_s-min-300x200.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2020/07/2643808_s-min.jpg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>思えば一つの競技を観戦する時には、様々な思いが胸に去来します。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>好きな選手の活躍を願う気持ち</strong></span>が生まれることもあれば、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>事故が起きず無事に競技が進行してほしい</strong></span>と祈ることもある。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker y"><strong>なんとかしてその想いを届けたいと思うのも、当然のことです。</strong></span></p>
<p>声援を一つにまとめ、身体の動きで思いを表現するチアリーディングや応援団の演舞など。</p>
<p>工夫を凝らして展開される<span style="font-size: 14pt;"><strong>応援は、もはやひとつの文化</strong></span>と言ってもいいかもしれません。</p>
<p>それが<span style="font-size: 14pt;"><strong>日本の野球では「応援歌」という形</strong></span>をとります。</p>
<p>特に高校野球。</p>
<p>たった一度しかない夏に、すべての想いを乗せて演奏される応援歌には感動を禁じえません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>せっかくなので、今回は久保田がひときわ感動した、ある応援歌をご紹介いたします。</p>
<h2>甲子園で流れた「シダックスファイヤー」</h2>
<p>それは2018年春夏甲子園に出場した、千葉県代表・中央学院高校のチャンステーマ。</p>
<p>その名も「中央学院ファイヤー」です。</p>
<p><iframe title="ハイレゾ録音 中央学院 シダックス・ファイヤー チャンステーマ 第100回 高校野球" width="850" height="478" src="https://www.youtube.com/embed/7rxamczMb5A?feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></p>
<p>この曲のもととなったのは、2006年に廃部になった社会人野球シダックスのチャンステーマ、「シダックスファイヤー」です。</p>
<p>シダックス廃部後、一部選手が移籍したセガサミーの応援歌として受け継がれ「セガサミーファイヤー」として演奏され続けてきたのですが、いつの頃からか演奏リストから消滅してしまいました。</p>
<p>そう、<span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker blue"><strong>この曲は……一度は、もうどの球場でも演奏されることのない曲になった</strong></span>のです。</p>
<p>「シダックス野球部にゆかりのある現役選手がほぼいなくなった今、もうファイヤーが演奏されることはないだろうなあ。」</p>
<p>諦めかけていたその時、2018年春のセンバツのテレビ中継から「シダックスファイヤー」が流れてきて、一時は耳を疑いました。</p>
<p>似たメロディを聴き違えただけかもしれない。</p>
<p>そう思いながらテレビにかじりつき、耳を澄ませると……</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>間違いなく「シダックスファイヤー」が甲子園の大舞台で演奏されているではありませんか！</strong></span></p>
<p>感動に打ち震え、しばらく試合の様子を見守っていると、ある疑問が湧き上がります。</p>
<p><strong><span style="font-size: 14pt;">一体どうして中央学院がこの曲を？</span></strong></p>
<p>不思議に思い調べてみると、<span style="font-size: 16px; background-color: #ffffff;">中央学院の<span style="font-size: 14pt;"><strong>監督がシダックス野球部出身</strong></span>であったことをきっかけに復活したということがわかりました。</span></p>
<p>「なるほど、確かにシダックス出身の現役選手はいなくなったかもしれないけれども、指導者となっている場合もあるか。」</p>
<p>納得するとともに、<span style="background-color: #ffffff; font-size: 16px;">廃部となっても残り続けてきた<span style="font-size: 14pt;"><strong>シダックス野球部の</strong></span></span><span style="background-color: #ffffff; font-size: 16px;"><span style="font-size: 14pt;"><strong>記憶が、より鮮明によみがえってきたような感覚</strong></span>がしました。</span></p>
<p><span style="font-size: 16px; background-color: #ffffff;">野間口投手や武田勝投手、森福允彦投手など、その後プロ野球の舞台で活躍する選手を育て、</span></p>
<p>社会人野球で確かな存在感を発揮し続けたシダックス野球部。</p>
<p>また2003年から2005年まで指揮をとった野村克也監督の教え。</p>
<p>それらが、確かに残り続けてきたという証明。</p>
<p>テンポの良い音楽の中、こみ上げる記憶の奔流に、気づけばほろりと涙がこぼれていました。</p>
<h2>「応援」と「祈り」</h2>
<p>「シダックスファイヤー」の話はともかくとして……</p>
<p><span style="font-size: 16px; background-color: #ffffff;">いわば、<span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker blue"><strong>応援は一つの祈りのようなものだと私は考えています</strong></span>。</span></p>
<p>手を叩き、声を出し、心を合わせ……</p>
<p>願いを、想いを選手に届けようとするのが応援です。</p>
<p>そこに<span style="font-size: 14pt;"><strong>不思議な神聖さ</strong></span>のようなものを感じずにいられません。</p>
<p>競技をしている主体はあくまで選手であり、冷たい言い方をすれば応援をしている人は部外者です。</p>
<p>しかし、<span class="sc_marker red"><span style="font-size: 14pt;"><strong>自分が手出しできる領域を超えていてもなお、願わずには、祈らずにはいられない</strong></span>。</span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker red"><strong>想わずには、声を掛けずにはいられない。</strong></span></p>
<p>人間に備わっている<span class="sc_marker y"><span style="font-size: 14pt;"><strong>他者を想う気持ち。その発露</strong></span>のひとつが応援</span>だと思えるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ここであえて言います。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>応援は、祈りは必ず伝わります。</strong></span></p>
<p>結果が見えなくても、直接かかわることができなくても、その想いは伝わっていきます。</p>
<p>私が中央学院の「シダックスファイヤー」に大きな感動を与えてもらえたのは、</p>
<p>かつてシダックス野球部が存在し、<strong><span style="font-size: 14pt;">多くの人々がそこに心を寄せて応援した</span></strong>という事実があったからです。</p>
<p>あるいは、シダックスファイヤーの復活自体が、多くの人に願われていたということもあるかもしれません。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker y"><strong>応援や祈りの力の大きさは、ともすれば届ける予定のなかった人にまで届いて、よい影響を与えてしまう</strong></span>ものなのでしょう。</p>
<h2>まとめ</h2>
<p>さて、宗教には重要な要素として「祈り」があります。</p>
<p>日本の仏教ははじめ、国家の安寧を願う宗教として受け容れられました。</p>
<p>科学や医療がまだない時代、飢饉や疫病など対処の仕様がない困難に際し、僧侶は祈りを捧げました。</p>
<p>それによって、<span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker y"><strong>仮に目に見える効果が出なかったとしても、人々の心を救った</strong></span>のです。</p>
<p>それから時は経ち、科学や医療が充実した今でも、宗教は、人はまだ祈るという行動をやめていません。</p>
<p>仮にその想いや願い、目的が果たせない、届かないとしてしても、届けたいと願う。</p>
<p><span style="background-color: #ffffff; font-size: 16px;">仏教では「祈り」という言葉をあまり使いませんが、亡くなった方の冥福、ご家族の健康や安全を、僧侶は祈ります。</span></p>
<p>私が以前法話でお話した『四弘誓願文』のように、それが<strong><span class="sc_marker red" style="font-size: 14pt;">途方もないことだとしても祈り、歩んでいく</span></strong>ことが仏道でもあるのです。</p>
<p>だから私は、<span style="font-size: 14pt;">今日も仏道として、野球選手の健康や安全、ナイスプレーを応援し(祈り)続ける</span>のです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それでは最後に、ひとつ祈りを捧げて本記事を終えます。</p>
<p>「願わくは今年の高校野球も素晴らしい試合が多くありますように」</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2020/07/3518312_s-min-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-5766" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2020/07/3518312_s-min-300x200.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2020/07/3518312_s-min.jpg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
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