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	<title>布教教化 - 禅活-zenkatsu-</title>
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	<description>禅を活かして、ちょっといい一日を</description>
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	<title>布教教化 - 禅活-zenkatsu-</title>
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		<title>「あちこちオードリー」での伊集院さんの教訓が沁みた</title>
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		<dc:creator><![CDATA[西田稔光]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 02 Feb 2023 15:36:43 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[エンタメ]]></category>
		<category><![CDATA[布教教化]]></category>
		<category><![CDATA[曹洞宗]]></category>
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					<description><![CDATA[最近すっかりテレビを観なくなってしまった私。 CMの長さや、早送り・スキップができない煩わしさ、そして番組表に縛られる不便さ…。 なんかものすごい現代っ子な感じになっていますが、 YouTubeもpremiumに入ってしまうとまぁCMに付き…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>最近すっかりテレビを観なくなってしまった私。</p>
<p>CMの長さや、早送り・スキップができない煩わしさ、そして番組表に縛られる不便さ…。</p>
<p>なんかものすごい現代っ子な感じになっていますが、<br />
YouTubeもpremiumに入ってしまうとまぁCMに付き合えるのは1分が限度だなと、<br />
斯様に思うわけでございます。</p>
<p>その中で唯一、毎週楽しみにしているテレビ番組がテレビ東京の「あちこちオードリー」。<br />
（といっても、観るのは翌日TVerでですが。）</p>
<p>オードリー、特に敬愛する若林さんがゲストに話を聞くこの一時間は、本当に毎回気づきがあります。</p>
<p>今回はそんなあちこちオードリーの中で、特に私の心に沁みすぎてしまった回をご紹介します。</p>
<h2>私の教訓どうですか？スペシャル</h2>
<p>今回ご紹介したいのは2023年1月18日放送の「芸能人必見！私の教訓どうですか？芸能界が生きやすくなる教科書を作ろう！」の回。</p>
<p>ゲストは藤本美貴さん、どぶろっくさん、そしてこれまた私の敬愛する伊集院光さん。</p>
<p>３組のゲストがそれぞれに芸能界で得た教訓を語り合う回だったわけですが、<br />
中でも伊集院さんは別格に感じました。</p>
<p>ラジオや書籍を通して様々なコンプレックスや体験を知っているからか、伊集院さんの教訓は、<br />
まさに自分を実験台として得た成果という感じで、オードリーのお二人にも深く刺さっている様子でした。</p>
<p>そして今回お話ししたいのは番組の終盤、伊集院さんが師匠である故三遊亭円楽さんから受けた言葉でした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker red"><strong><em>自分が時間を忘れてやってしまうような好きなことに</em></strong></span><br />
<span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker red"><strong><em>少しの社会性を持たせると この商売は食っていける</em></strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2023/02/スクリーンショット-2023-01-20-14.36.48-min-300x170.jpg" alt="" width="300" height="170" class="alignnone size-medium wp-image-8840" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2023/02/スクリーンショット-2023-01-20-14.36.48-min-300x170.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2023/02/スクリーンショット-2023-01-20-14.36.48-min-1024x580.jpg 1024w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2023/02/スクリーンショット-2023-01-20-14.36.48-min-768x435.jpg 768w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2023/02/スクリーンショット-2023-01-20-14.36.48-min-1536x870.jpg 1536w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2023/02/スクリーンショット-2023-01-20-14.36.48-min.jpg 1970w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>昔はわからなかったというこの言葉が最近わかってきたと、伊集院さんはいいます。</p>
<p>僭越さながら今回は私なりにこの言葉を考えてみたいと思います。</p>
<h2>好きなことで生計を立てる</h2>
<p>スポーツ・音楽・勉強・ファッション…。</p>
<p>どんなものでも、好きだからといってそれで生計を立てるのは簡単なことではありません。</p>
<p>同時に、それで生計を立てたいと思うほど好きなものに出会うこともまた、稀なことです。</p>
<p>尊敬するダンサーのISOPPさんは「仕事とは責任ある遊びだ」と言っていました。</p>
<p>高校生の頃はこの言葉の意味がわかりませんでした。</p>
<p>しかし、好きで始めたダンスや、熱中したヒップホップカルチャーというものを仕事とする時、<br />
そこには責任が伴うんだという言葉だったのだと、今ではわかります。</p>
<p>先ほどの円楽師匠の言葉はこれに通じるものがあるのではないでしょうか。</p>
<p>ISOPPさんはヒップホップというカルチャーの性質上、「遊び」という言葉を使いましたが、<br />
円楽師匠の「自分が時間を忘れてやってしまうような好きなこと」という言葉は、<br />
より広い範囲の物事に当てはまる表現に感じられます。</p>
<p>そこで重要になるのが「少しの社会性を持たせる」という言葉。</p>
<p>趣味の範囲であれば、自分がいかに楽しく、<br />
それが好きであるかを人に伝える必要はないのかもしれません。</p>
<p>しかし、それで食べていきたいなら、人の心の琴線に触れる必要があります。</p>
<p>作品を買ってもらうのか、スポンサーになってもらうのか、その形は様々でしょう。</p>
<p>いずれにしても、自分の好きを誰かにとっての好きに変えていくことが必要になるのです。</p>
<p>「少しの社会性を持たせる」というのは、人の反応ばかりを気にするわけではないにしろ、<br />
自分の好きなものを誰かにとっても好きなものに変えるということなのではないか、<br />
と私は捉えています。</p>
<h2>布教と芸事</h2>
<p>この円楽師匠の言葉は、私たち布教に携わる僧侶はよくよく肝に銘じたいものだなと思いました。</p>
<p>布教というと、知識や情報の伝達と捉えている僧侶も一定数います。</p>
<p>私は個人的には、布教とは信仰の伝染だと思っています。</p>
<p>そして信仰とは、その教えに納得させられたり救われたり、<br />
疑ってみてもアンサー返ってきたりということの繰り返しによる、<br />
教えに対する信頼だと考えています。</p>
<p>だから、僧侶自身が納得したり感動できていないものをいくら上手にパッケージしても、<br />
身内から評価されることはあれど、一歩外にいる人には響かないのではないでしょうか。</p>
<p>以前動画で、自分が理解しきれていないことを法話で話した時の苦しみを語ったことがあります。</p>
<p>それは同時に、納得できた教えを語ることのやりがいや、<br />
ある種の楽しさを確認する出来事でもあったような気がします。</p>
<p>現代は仏教に「社会性を持たせる」ことに注目が集まりやすい傾向にあります。</p>
<p>だからこそ、円楽師匠の「自分が時間を忘れてやってしまうような好きなこと」という部分が重要だと思うのです。</p>
<p>手段として手をつけるのではなく、まずは夢中になることが、<br />
実は食べていくためには欠かせないということなのでしょう。</p>
<p>先日、私は高校時代から趣味で続けているグラフィティで、<br />
友人の結婚式のウェルカムボードを描かせてもらう機会がありました。</p>
<p>ノートや黒板に描いていたものが、<br />
大切な友人の門出に華を添えるものになるなんて、夢にも思いませんでした。</p>
<p>食べるというほどではありませんが、気づけば時間が経っているような趣味が、<br />
ほんのわずかに社会性を持った出来事だったのかもしれません。</p>
<p>仏教に対しても、私自身がまずもっと納得させられて、<br />
より「好きに」なっていくことが重要なんだなと思わされました。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/04/DSC_0159-min-300x200.jpeg" alt="" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-6995" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/04/DSC_0159-min-300x200.jpeg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/04/DSC_0159-min-768x512.jpeg 768w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/04/DSC_0159-min-1024x683.jpeg 1024w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
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		<title>オードリーのライブに行ったら、最近の虚しさの理由がわかった</title>
		<link>https://zenkatsu.site/archives/8641</link>
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		<dc:creator><![CDATA[西田稔光]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 08 Dec 2022 15:00:24 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[エンタメ]]></category>
		<category><![CDATA[布教教化]]></category>
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					<description><![CDATA[正直なところ、YouTubeもブログもSNSも含め、ネット上での活動に虚しさを感じていた私。 もちろんこのコロナ禍においては、Zoomをはじめとする配信ツールがあったおかげで 禅活の活動を継続し、認知度も上がりました。 ただ、なぜか最近は以…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>正直なところ、YouTubeもブログもSNSも含め、ネット上での活動に虚しさを感じていた私。</p>
<p>もちろんこのコロナ禍においては、Zoomをはじめとする配信ツールがあったおかげで<br />
禅活の活動を継続し、認知度も上がりました。</p>
<p>ただ、なぜか最近は以前ほどの熱意ややりがいを感じることができていなかったのです。</p>
<p>しかし先日、とある出来事をきっかけにその理由や折り合いのつけ方が見えた気がするので、<br />
そのお話をします。</p>
<h2>初のお笑いライブ</h2>
<p>私には感覚を信頼している芸能人が３人います。</p>
<p>一人は<strong>伊集院光</strong>さん。これは度々お話しています。<br />
次に<strong>星野源</strong>さん。歌詞をご紹介させていただいたこともあります。</p>
<p>そして今回私に気付きをくれたのが最後の一人、<span class="sc_marker y"><strong>オードリーの若林正恭</strong></span>さんです。</p>
<p>若林さんは以前本をご紹介させていただきましたが、<br />
ラジオを聴くようになって以来、その視点や考え方に大変感銘を受けてきました。<br />
(若林さんのnoteの有料記事はぜひ皆さんに読んでいただきたい)</p>
<div class="sc_getpost"><a class="clearfix" href="https://zenkatsu.site/archives/6509" ><div class="sc_getpost_thumb post-box-thumbnail__wrap"><img src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2020/11/名称未設定のアートワーク-2_Fotor-min-150x150.jpg" width="150" height="150" alt="オードリーのライブに行ったら、最近の虚しさの理由がわかった"></div><div class="title">【僧侶的よろずレビュー#18】表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬/若林正恭著</div><div class="date">2020.11.7</div><div class="substr">スポンサードリンク 僧侶の視点から世の中の色々なものをレビューする【僧侶的よろずレビュー】。 前回は三ヶ月ほど前、映画「Fight Club（ファイトクラブ）」をレビューしました。 今回は、最近文庫版が出版された、お笑いコンビ・オードリーの若林正恭さん著「表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬」を...</div></a></div>
<p>そんな若林さんリスペクトな私が、<span class="sc_marker red">ついに生でオードリーのネタを見る機会がありました</span>。</p>
<p>11月27日、ダメ元で抽選に応募したオードリー主催の「<strong>1Hネタライブ</strong>」に当選した私は、<br />
北千住に降り立ちました。</p>
<p>オードリーのお二人をはじめとした５組がネタを披露するこのライブで、<br />
私は人生で初めてお笑いライブを目の当たりにすることになったのです。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/12/IMG_4437-min-225x300.jpg" alt="" width="225" height="300" class="alignnone size-medium wp-image-8642" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/12/IMG_4437-min-225x300.jpg 225w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/12/IMG_4437-min-768x1024.jpg 768w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/12/IMG_4437-min-1152x1536.jpg 1152w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/12/IMG_4437-min-1536x2048.jpg 1536w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/12/IMG_4437-min-scaled.jpg 1920w" sizes="(max-width: 225px) 100vw, 225px" /></p>
<h2>画面との違い</h2>
<p>出演した<span class="sc_marker y">ヤーレンズ</span>、<span class="sc_marker y">ルシファー吉岡</span>、<span class="sc_marker y">ゾフィー</span>、<span class="sc_marker y">ザ・ギース</span>。</p>
<p>正直なところ、オードリー以外の４組は生で見てみたい！という方々ではありませんでした。</p>
<p>しかし、どの組も本当におもしろい。</p>
<p>笑えなかったらどうしよう…なんていう不安は全く必要ありませんでした。</p>
<p>気づけば声を出して笑っていました。</p>
<p>これが自分でも意外で、普段画面で観ていても一人でニヤッとすることはあっても<br />
こんなに笑うことはありません。</p>
<p>心から楽しめたのと同時に、この違いはなんだろう？という疑問が湧きました。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/12/IMG_4438-min-225x300.jpg" alt="" width="225" height="300" class="alignnone size-medium wp-image-8643" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/12/IMG_4438-min-225x300.jpg 225w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/12/IMG_4438-min-768x1024.jpg 768w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/12/IMG_4438-min-1152x1536.jpg 1152w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/12/IMG_4438-min-1536x2048.jpg 1536w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/12/IMG_4438-min-scaled.jpg 1920w" sizes="(max-width: 225px) 100vw, 225px" /></p>
<h2>画面を超えることができないもの</h2>
<p>帰り道、私はお笑いを見るうえで画面と生で何が違うのかを整理していました。</p>
<p>以下に、そこで気づいたことまとめてみました。</p>
<h3>①五感</h3>
<p>まずは五感です。</p>
<p>映像では視覚と聴覚は伝わっていて、嗅覚味覚触覚は伝わらない。</p>
<p>これが私の認識でした。</p>
<p>しかし実際に芸人さんのネタを生で見た時、<br />
視覚的には正面でも近くもなく、聴覚的にはイヤホンで聴くよりも遠いのに、<br />
なぜあんなに自然と笑いがこみ上げたのか。</p>
<p>それは、想像の倍くらい厚い春日さんの胸板や、4Kどころではなく躍動感あふれる動き、<br />
となりでよく笑っていた女性のお客さんの声や、若林さんが春日さんを叩く音など、<br />
<span class="sc_marker blue">映像には収まらない情報が会場にあったことが一つの要因</span>だったと思います。</p>
<p>さらに、会場の匂いや、飲食禁止だったので開演前に口にしたお茶の後味、<br />
笑い声や拍手による空気の振動など、五感全てに笑いがはたらきかけてきていました。</p>
<p>この感覚は初めて生でブレイクダンスを見た時の感覚に近かったかもしれません。</p>
<p><span class="sc_marker y">映像は映像、生は生という全くの別物</span>であることに気づかされました。</p>
<h3>「自分に向けられている」という感覚</h3>
<p>そしてなにより大きな気づきがこれでした。</p>
<p>私は集中力がなく、動画なども"ながら"で観ていたり、<br />
今一つだと思うとすぐに別の動画に切り替えてしまいます。</p>
<p>しかし会場では、オープニングトークからネタ、エンディングトークに至るまで、<br />
<span class="sc_marker y">全てが自分に向けられているという強い感覚</span>があり、<br />
60分の間全く注意が逸れることがありませんでした。</p>
<p>この、目の前の人が作り上げたものを私に向けて披露しているという感覚、<br />
ここに画面上との圧倒的な差を感じました。</p>
<p>視聴者ではなく参加者としての自分がそこにいて、<br />
その自分に向けられている言葉や芸というものの、<br />
逃れようのない迫力や思いがかなり強く私の心にはたらきかけてくれていたことに気づきました。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/12/IMG_4440-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" class="alignnone size-medium wp-image-8646" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/12/IMG_4440-300x225.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/12/IMG_4440-1024x768.jpg 1024w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/12/IMG_4440-768x576.jpg 768w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/12/IMG_4440-1536x1152.jpg 1536w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/12/IMG_4440-2048x1536.jpg 2048w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /><br />
*開演前</p>
<h2>虚しさの正体</h2>
<p>この気づきによって、私はネット上での活動に感じていた虚しさの正体に気づきました。</p>
<p>一つは、どれだけ工夫をしても<span class="sc_marker y">画面を超えて届けることができないものがある</span>ということ。</p>
<p>もう一つは、画面を隔てることで、<span class="sc_marker y">人は人を消費できる</span>ということに気づいたことです。</p>
<p>一つめについては度々感じる機会がありました。</p>
<p>言葉や編集によって8割くらいのものが伝わる思っていましたが、<br />
反応を確認しながら伝えることの半分にも及ばない…。</p>
<p>そんな自分の実力不足を痛感しながら続けることの辛さだったのかもしれません。</p>
<p>そして二つ目は、特にTiktokを使い始めてから感じていたことです。</p>
<p>感想や意見はほとんどなく、挨拶のようなものもなく<br />
「〇〇お願いします」というコメントが多く寄せられます。</p>
<p>それが悪いわけではありません。</p>
<p>ただ、画面を隔てると、人は直接しないようなコミュニケーションをとれる<br />
ということを改めて感じてしまったのです。</p>
<p>自分の望む内容になるように、注文をするような、機械的なコメントが積み重なると、<br />
私はいつのまにか義務感に駆られたり強制されながら発信している気持ちになってきました。</p>
<p>自分が娯楽の中で消費されているような感覚は、それを覚悟していなかった私にとっては<br />
非常に虚しく感じられたのだと、今回気づいたのです。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/12/IMG_4439-min-225x300.jpg" alt="" width="225" height="300" class="alignnone size-medium wp-image-8644" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/12/IMG_4439-min-225x300.jpg 225w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/12/IMG_4439-min-768x1024.jpg 768w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/12/IMG_4439-min-1152x1536.jpg 1152w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/12/IMG_4439-min-1536x2048.jpg 1536w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/12/IMG_4439-min-scaled.jpg 1920w" sizes="(max-width: 225px) 100vw, 225px" /></p>
<h2>だからこそ見えたこと</h2>
<p>ここまで非常にネガティブな内容に見えてしまったかもしれませんが、<br />
私はこの気づきによって非常にポジティブになれました。</p>
<p>なぜなら、<span class="sc_marker y">それによって現場の重要性を再確認できたから</span>です。</p>
<p>元々現場で活動してきた私が、ネットを主戦場としたことで、<br />
いつの間にか虚しさを感じていました。</p>
<p>しかし、今一度現場に立つ機会を増やすことで、<br />
ネットと現場を両輪として再スタートできる気がしたのです。</p>
<p>これは<strong><ruby>不立文字<rt>ふりゅうもんじ</rt></ruby></strong>や面授という、曹洞宗が大切にしてきた、<br />
体感することの意義を見つめ直す機会だったのかもしれません。</p>
<p>ネットで届けることができないものがあるから現場の魅力があり、<br />
現場では届かないところまで届くからネットの魅力がある。</p>
<p>そんな、自分が持っている活動の場、そして自分の足元を見つめ直すきっかけを<br />
オードリーのお二人がくれました。</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>【坐禅(座禅)コラム#17】告知について考えること</title>
		<link>https://zenkatsu.site/archives/8453</link>
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		<dc:creator><![CDATA[西田稔光]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 15 Sep 2022 15:00:31 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[坐禅(座禅)]]></category>
		<category><![CDATA[坐禅(座禅)コラム]]></category>
		<category><![CDATA[布教教化]]></category>
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					<description><![CDATA[坐禅について考えたことを書いてきたこちらのコラム。 久しぶりに書きたい内容があると思ったら、前回とかなり内容が被っていることに気づきました。 前回が坐禅をする上で効果やメリットを語るべきか？という点について書いています。 今回はその続編とい…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>坐禅について考えたことを書いてきたこちらのコラム。</p>
<p>久しぶりに書きたい内容があると思ったら、前回とかなり内容が被っていることに気づきました。</p>
<p>前回が坐禅をする上で効果やメリットを語るべきか？という点について書いています。</p>
<div class="sc_getpost"><a class="clearfix" href="https://zenkatsu.site/archives/8011" ><div class="sc_getpost_thumb post-box-thumbnail__wrap"><img src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/04/ブログサムネしんこう-min-150x150.jpg" width="150" height="150" alt="【坐禅(座禅)コラム#17】告知について考えること"></div><div class="title">【坐禅(座禅)コラム#16】効果やメリットを語るべき？</div><div class="date">2022.4.15</div><div class="substr">ずいぶん久しぶりとなったこちらの坐禅コラム。 坐禅をしたりお伝えしながら感じたことや見つけた課題を書いております。 今回は、坐禅をお伝えする中で感じてきた 坐禅の「効果」や「メリット」という言葉の扱いについて考えてみます。 坐禅する人、イロイロ 東京で活動させていただいた昨年度までの６年間で、 あり...</div></a></div>
<p>今回はその続編という形で、坐禅会という場を設け、それを告知する上でのお話です。</p>
<h2>とある坐禅会のお話</h2>
<p>先日、都内のシェアオフィスで利用者向けの坐禅会をしたいというお問い合わせをいただきました。</p>
<p>担当者さんと打ち合わせを重ね、お昼休みの開催ということを考慮し、<br />
結果的に坐禅会ではなく食事作法のワークショップを行うことになりました。</p>
<h4>宣伝文句の難しさ</h4>
<p>そして、その告知をするにあたって先方が気になるのは打ち出し方です。</p>
<p>利用者さんの業種的には<span class="sc_marker y">「瞑想」</span>や<span class="sc_marker y">「リラックス」「集中力がつく」</span>など、<br />
いくつかの使いたいワードがあるようでした。</p>
<p>これは当然のことで、催しにはフックとなるものが重要です。</p>
<p>関心を持ってもらえる宣伝文句の有無は、イベントの命運を分けるともいえるでしょう。</p>
<p>しかし、前回触れたように、効果やメリットを前面に押し出すことは、<br />
ある意味では感じ方に制限をかけることにもつながります。</p>
<p>そしてなにより「無所得、無所悟」こそが、他の分野にはないある種の強みでもあります。</p>
<p>そこで今回はわがままを言って、「こういうことを目指す」というニュアンスは入れずに告知をお願いしました。</p>
<h4>当日の様子</h4>
<p>そして迎えたワークショップ当日。</p>
<p>参加者はオフィスの利用者さん限定で、正確な人数は当日までわかりませんでした。</p>
<p>しかし蓋を開けてみれば、昼休みの忙しい合間をぬって約15名がご参加くださいました。</p>
<p>ここで驚いたのが皆さんの関心の高さと視点の多様さでした。</p>
<p>それぞれの業種や趣味などと関連させながら、食事のことや坐禅のこと、<br />
曹洞宗の教えについてなど、様々な質問をいただきました。</p>
<p>ここに、ワークショップのゴールや目的を設定しなかったことの意義がありました。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2020/10/20191212_201008-min-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-6425" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2020/10/20191212_201008-min-300x200.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2020/10/20191212_201008-min-768x513.jpg 768w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2020/10/20191212_201008-min-1024x684.jpg 1024w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2020/10/20191212_201008-min.jpg 1566w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h2>マーケティングにしないことの良さ</h2>
<p>一般社会で、何か催し物をしたり商品を売り出す際には、誰に届けてどう感じてもらうか、<br />
それを誘導していくための宣伝文句やアピールポイントが必要になります。</p>
<p>それは、<span class="sc_marker y">どの目で見ても同じように感じさせるための工夫</span>と言ってもいいでしょう。</p>
<p>一方で、坐禅会や禅のワークショップにおいては、<br />
<span class="sc_marker y">それぞれの視点でそれぞれの感じ方をしてもらうことにこそ大きな意義があります。</span></p>
<p>特に曹洞宗では「無所得・無所悟」と言いますが、<br />
何も得ようせず悟ろうともしないことにこそ、現代社会には新鮮な気づきがあるのかもしれません。</p>
<p>後日、担当者さんとワークショップについて振り返ると、<br />
イベントでゴールや目的を設定しなかったことの新鮮さと、<br />
反応の多さについての驚きが返ってきました。</p>
<p>個人的に、禅に関心を持つ方の中で、仕事や成績に対しての志が高い方ほど、<br />
<span class="sc_marker blue">何かを得ようとすることに疲れていると気付いていない方が多い</span>、<br />
という印象があります。</p>
<p>そう考えると、坐禅会や禅に関する催しをする場合、<br />
技術の習得や目的意識をもつことより、<br />
まずは自由に感じてもらうことが重要なのかもしれません。</p>
<p>内容が響かなかったらどうしよう、というこちらの心配をよそに、<br />
人はそれぞれの人生に照らしながら実に様々なことを感じたり、<br />
気付いたりしてくれます。</p>
<p>確かにマーケティングの手法や戦略に則って禅を打ち出すことも、<br />
もしかすると社会に根差した布教教化活動と言えるかもしれません。</p>
<p>しかし私は、そうした市場経済にはない価値感や視点こそ、<br />
現代社会における仏教や禅の魅力だと思っています。</p>
<p>YouTubeやSNSでの布教活動をしていると、<br />
ついついその場でのお作法に則ってしまうこともありますが、<br />
本来持っている強みを活かす形を模索していきたいですね！</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/09/24574834_s-min-300x200.jpeg" alt="" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-8456" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/09/24574834_s-min-300x200.jpeg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/09/24574834_s-min.jpeg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>お坊さんは医者？患者？〜「伝える」という立場について考える〜</title>
		<link>https://zenkatsu.site/archives/7865</link>
					<comments>https://zenkatsu.site/archives/7865#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[西田稔光]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 24 Feb 2022 16:14:59 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[仏教]]></category>
		<category><![CDATA[布教教化]]></category>
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					<description><![CDATA[仏教経典では、お釈迦様を名医、その教えを薬に例えるという表現がよく登場します。 では、自らが行いによって仏として生きる曹洞宗では、 僧侶はお釈迦様と同じ医者にならなければならないのでしょうか？ 今回は、私が仏教をお伝えする立場として悩んでい…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>仏教経典では、<span class="sc_marker y"><strong>お釈迦様を名医</strong></span>、<span class="sc_marker y"><strong>その教えを薬</strong></span>に例えるという表現がよく登場します。</p>
<p>では、自らが行いによって仏として生きる曹洞宗では、<br />
僧侶はお釈迦様と同じ医者にならなければならないのでしょうか？</p>
<p>今回は、私が<span class="sc_marker y">仏教をお伝えする立場として悩んでいたこの問題</span>について、<br />
現時点での見解をお話ししたいと思います。</p>
<h2>Dr.ブッダの処方箋</h2>
<p>さて、今回のテーマは僧侶以外では今ひとつピンとこないかもしれません。</p>
<p>しかし、<span class="sc_marker y">仏教を伝える姿勢というのは、自分が学ぶ姿勢とも直結しています</span>。</p>
<p>そのため、これは<strong><span class="sc_marker y">仏教を信仰・信頼する全ての方に共通するお話</span></strong>だと私は考えています。</p>
<p>それでは本題に入りましょう。</p>
<p>仏教経典では、お釈迦様は人生の苦しみを診察してくれる名医に例えられたり、<br />
ご自身でもそう仰る場面が登場します。</p>
<blockquote><p><strong>我は良医の病を知って薬を説くが如し。</strong><br />
<strong>服すと服せざるとは医の咎に非ず。</strong></p>
<div class="blockquote_ref">
<div>『遺教経』</div>
</div>
</blockquote>
<p><span class="sc_marker red"><em>私は名医が薬を教えてくれるのと同じように説法するのであり、</em></span><br />
<span class="sc_marker red"><em>その薬を飲むか飲まないかは医者の責任ではない</em></span>という、<br />
仏教が主体性を重んじる宗教である部分が色濃く現れた箇所です。</p>
<p><span class="sc_marker y">人生の苦しみという病</span>に対し、<span class="sc_marker y">それを治療する薬として教えを説く</span>わけです。</p>
<p>曹洞宗でも『修証義』で「<strong><em>法は良薬なるがゆえに帰依す</em></strong>」とありますし、<br />
<strong><span style="font-size: 14pt; background-color: #ffff00;">お釈迦様→お医者さん</span></strong><br />
<strong><span style="font-size: 14pt; background-color: #ffff00;">教え(法)→薬</span></strong><br />
という表現は伝統的な鉄板例えなのです。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/02/22983241_s-min-300x200.jpeg" alt="" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-7869" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/02/22983241_s-min-300x200.jpeg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/02/22983241_s-min.jpeg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h2>自分も医者になる？</h2>
<p>では、曹洞宗の僧侶、あるいはその教えを伝えようとする人はどうなるでしょうか。</p>
<p>曹洞宗では、<span class="sc_marker y">お釈迦様の覚りを坐禅だけでなく生活に表していく</span>という、<br />
言ってしまえば<span class="sc_marker red">お釈迦様のように生きることを重んじます</span>。</p>
<p>ということは、<span class="sc_marker blue">その教えを伝えるならば私もお釈迦様のように名医にならなければいけないのでしょうか？</span></p>
<p>実はここに、私の年齢や立場だからこその葛藤があります。</p>
<p>それは、<span class="sc_marker blue">仏教を伝える現場で目の前にする方は、人生の大先輩であるケースがほとんど</span>で、<br />
自分が「薬を教える」という立場で話すのはかなり難しいことなのです。</p>
<p>それは法話をするようになって間もない頃、総合研究センターの実習で伺った特別養護老人ホームで、<br />
<span class="sc_marker y">自分が本で学んだより遥かにリアルに「老」や「病」、</span><br />
<span class="sc_marker y">そして決して遠くないところに「死」を感じている方々の前に立ってよりはっきりしました</span>。</p>
<p>学んだから教える、知っているから説くなんて、今の自分にはとてもできない。</p>
<p>当時20代前半の私にとって、法話や布教活動というもののハードルが一気に上がった瞬間でした。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/02/22184559_s-min-300x200.jpeg" alt="" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-7866" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/02/22184559_s-min-300x200.jpeg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/02/22184559_s-min.jpeg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h2>あのCMがヒント？</h2>
<p>そう思っていたところに師匠からアドバイスを受けました。</p>
<p><span class="sc_marker red"><strong>「今のあなたの立場なら自分の気づきを伝えていくことこそが布教教化だ」</strong></span></p>
<p><span class="sc_marker y">仏教を知識や学びとして教えようとするからいけないんだ</span>、<br />
<span class="sc_marker y">その年齢で上から教えを垂れてもそう聞いてもらえないぞ</span>、<br />
とビシビシ私の悩みどころの秘孔を突いてきます。</p>
<p>そう考えると、今の自分に課せられた役割とは、<strong><span class="sc_marker red">医者として薬の処方箋を出すよりもまず</span></strong><br />
<strong><span class="sc_marker red">自分自身がお釈迦様の薬を飲んでその効果を実感すること</span></strong>なんじゃないか！！</p>
<p>そうか、未熟で悩みも辛いことも多い自分が、教えという薬を飲んで快方に向かったなら<br />
それは説得力があるけど偉そうにならない！</p>
<p>つまり、<span class="sc_marker red"><strong>最近膝の調子が悪かった職人さんがグルコサミンを飲んだら調子が良くなったという</strong></span><br />
<span class="sc_marker red"><strong>健康食品のドキュメントCM</strong></span>と同じことなのではないだろうか！？と気づいたのです。</p>
<p>あまりに卑近な例を出しすぎてふざけているように見えてしまったかもしれませんが、<br />
私はいたって真面目に書いています。</p>
<p>私はこういう悩み苦しみ(病)がありましたが、<br />
<span class="sc_marker red">お釈迦様(医者)が説かれたこの教え(薬)によって救われたんですという<strong>元患者の姿勢</strong></span>が、<br />
教えを伝える上では重要になるのではないでしょうか。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/02/22943041_s-min-300x200.jpeg" alt="" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-7868" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/02/22943041_s-min-300x200.jpeg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/02/22943041_s-min.jpeg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h2>まとめ</h2>
<p>ここまで、お釈迦様が医者に例えられるというところから、自分も同じように医者であるべきか<br />
ということについて考えてみました。</p>
<p>そもそも、お釈迦様自身がとてつもない苦しみを抱えておられて、<br />
修行の中でそれを解消する道を見つけられています。</p>
<p>つまり<strong><span class="sc_marker red">重症な患者でありながら自分で治療法を見つけ出し、それを広める医者になった</span></strong>ようなものなのです。</p>
<p>そう考えたら、まだまだ30歳の未熟な私はお釈迦様の薬を眺めるだけでなくちゃんと飲んで、<br />
身を以て知った効果を伝えていく元患者でいいのだと思います。</p>
<p>そしてそれを繰り返す中で、人からは医者に見える未来もあるかもしれませんが、<br />
自分からなろうとする必要はなかったのです。</p>
<p>これは僧侶でなくとも、仏教を学ぶ人全てに言えることかもしれません。</p>
<p><span class="sc_marker y">薬の種類をたくさん知って、飲んだことはないけど人に処方するのではなく、</span><br />
<span class="sc_marker y">自分自身がその効能を感じることが大切な</span>のではないでしょうか。</p>
<p>人に伝えるなら、自分にとってどんな効能のある薬だったかを紹介するだけで、<br />
その良さは十分伝わるはずです。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/02/22400660-min-300x169.jpeg" alt="" width="300" height="169" class="alignnone size-medium wp-image-7867" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/02/22400660-min-300x169.jpeg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/02/22400660-min-1024x576.jpeg 1024w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/02/22400660-min-768x432.jpeg 768w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/02/22400660-min-1536x864.jpeg 1536w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/02/22400660-min.jpeg 1920w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>僧侶の立場から「文化の盗用」について考えた</title>
		<link>https://zenkatsu.site/archives/7046</link>
					<comments>https://zenkatsu.site/archives/7046#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[西田稔光]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 06 May 2021 16:47:58 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[HIPHOP]]></category>
		<category><![CDATA[布教教化]]></category>
		<category><![CDATA[社会]]></category>
		<category><![CDATA[精進料理]]></category>
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					<description><![CDATA[スポンサードリンク 「文化の盗用」という言葉を耳にしたことがあるでしょうか。 ある文化圏の要素や物を、他の文化圏の人間が流用することを指し、特にアメリカなどでは大きな論争のきっかけになるほど、重要視されている問題です。 おそらく、僧侶はもち…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>スポンサードリンク<br />
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<p>「<span style="color: #ff0000;"><strong>文化の盗用</strong></span>」という言葉を耳にしたことがあるでしょうか。</p>
<p><span class="sc_marker y">ある文化圏の要素や物を、他の文化圏の人間が流用すること</span>を指し、特にアメリカなどでは大きな論争のきっかけになるほど、重要視されている問題です。</p>
<p>おそらく、僧侶はもちろん日本人にはあまりピンとこないことかもしれません。</p>
<p>しかし、<span class="sc_marker red">今後の社会で布教活動をしていくなら、慎重にならなければいけない問題</span>です。</p>
<p>そこで今回は、布教活動に携わる僧侶の端くれとして、「文化の盗用」について考えてみたいと思います。</p>
<h2>そもそも「文化の盗用」ってなに？</h2>
<p><strong>文化の盗用（</strong><span><strong>英: Cultural appropriation）</strong>が問題となった発端は、アメリカで植民地支配の歴史がある先住民族の文化を搾取的に取り扱ったことでした。</span></p>
<p>それから、アメリカでは異文化の扱い方について様々な議論が起こり、文化の盗用に関して社会が非常に過敏になっていきます。</p>
<p>その異文化には、当然<span class="sc_marker blue">日本や中国など、アジア圏の文化も含まれます</span>。</p>
<p>近年、特に大きな話題となったのがこちら。</p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote class="instagram-media" data-instgrm-captioned="" data-instgrm-permalink="https://www.instagram.com/p/B1oestMAnVD/?utm_source=ig_embed&amp;utm_campaign=loading" data-instgrm-version="13" style="background: #FFF; border: 0; border-radius: 3px; box-shadow: 0 0 1px 0 rgba(0,0,0,0.5),0 1px 10px 0 rgba(0,0,0,0.15); margin: 1px; max-width: 540px; min-width: 326px; padding: 0; width: calc(100% - 2px);">
<div style="padding: 16px;">
<p><a href="https://www.instagram.com/p/B1oestMAnVD/?utm_source=ig_embed&amp;utm_campaign=loading" style="background: #FFFFFF; line-height: 0; padding: 0 0; text-align: center; text-decoration: none; width: 100%;" target="_blank" rel="noopener"> </a></p>
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<div style="background-color: #f4f4f4; border-radius: 50%; flex-grow: 0; height: 40px; margin-right: 14px; width: 40px;"></div>
<div style="display: flex; flex-direction: column; flex-grow: 1; justify-content: center;">
<div style="background-color: #f4f4f4; border-radius: 4px; flex-grow: 0; height: 14px; margin-bottom: 6px; width: 100px;"></div>
<div style="background-color: #f4f4f4; border-radius: 4px; flex-grow: 0; height: 14px; width: 60px;"></div>
</div>
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<div style="padding: 19% 0;"></div>
<div style="display: block; height: 50px; margin: 0 auto 12px; width: 50px;"><svg width="50px" height="50px" viewbox="0 0 60 60" version="1.1" xmlns="https://www.w3.org/2000/svg" xmlns:xlink="https://www.w3.org/1999/xlink"><g stroke="none" stroke-width="1" fill="none" fill-rule="evenodd"><g transform="translate(-511.000000, -20.000000)" fill="#000000"><g><path d="M556.869,30.41 C554.814,30.41 553.148,32.076 553.148,34.131 C553.148,36.186 554.814,37.852 556.869,37.852 C558.924,37.852 560.59,36.186 560.59,34.131 C560.59,32.076 558.924,30.41 556.869,30.41 M541,60.657 C535.114,60.657 530.342,55.887 530.342,50 C530.342,44.114 535.114,39.342 541,39.342 C546.887,39.342 551.658,44.114 551.658,50 C551.658,55.887 546.887,60.657 541,60.657 M541,33.886 C532.1,33.886 524.886,41.1 524.886,50 C524.886,58.899 532.1,66.113 541,66.113 C549.9,66.113 557.115,58.899 557.115,50 C557.115,41.1 549.9,33.886 541,33.886 M565.378,62.101 C565.244,65.022 564.756,66.606 564.346,67.663 C563.803,69.06 563.154,70.057 562.106,71.106 C561.058,72.155 560.06,72.803 558.662,73.347 C557.607,73.757 556.021,74.244 553.102,74.378 C549.944,74.521 548.997,74.552 541,74.552 C533.003,74.552 532.056,74.521 528.898,74.378 C525.979,74.244 524.393,73.757 523.338,73.347 C521.94,72.803 520.942,72.155 519.894,71.106 C518.846,70.057 518.197,69.06 517.654,67.663 C517.244,66.606 516.755,65.022 516.623,62.101 C516.479,58.943 516.448,57.996 516.448,50 C516.448,42.003 516.479,41.056 516.623,37.899 C516.755,34.978 517.244,33.391 517.654,32.338 C518.197,30.938 518.846,29.942 519.894,28.894 C520.942,27.846 521.94,27.196 523.338,26.654 C524.393,26.244 525.979,25.756 528.898,25.623 C532.057,25.479 533.004,25.448 541,25.448 C548.997,25.448 549.943,25.479 553.102,25.623 C556.021,25.756 557.607,26.244 558.662,26.654 C560.06,27.196 561.058,27.846 562.106,28.894 C563.154,29.942 563.803,30.938 564.346,32.338 C564.756,33.391 565.244,34.978 565.378,37.899 C565.522,41.056 565.552,42.003 565.552,50 C565.552,57.996 565.522,58.943 565.378,62.101 M570.82,37.631 C570.674,34.438 570.167,32.258 569.425,30.349 C568.659,28.377 567.633,26.702 565.965,25.035 C564.297,23.368 562.623,22.342 560.652,21.575 C558.743,20.834 556.562,20.326 553.369,20.18 C550.169,20.033 549.148,20 541,20 C532.853,20 531.831,20.033 528.631,20.18 C525.438,20.326 523.257,20.834 521.349,21.575 C519.376,22.342 517.703,23.368 516.035,25.035 C514.368,26.702 513.342,28.377 512.574,30.349 C511.834,32.258 511.326,34.438 511.181,37.631 C511.035,40.831 511,41.851 511,50 C511,58.147 511.035,59.17 511.181,62.369 C511.326,65.562 511.834,67.743 512.574,69.651 C513.342,71.625 514.368,73.296 516.035,74.965 C517.703,76.634 519.376,77.658 521.349,78.425 C523.257,79.167 525.438,79.673 528.631,79.82 C531.831,79.965 532.853,80.001 541,80.001 C549.148,80.001 550.169,79.965 553.369,79.82 C556.562,79.673 558.743,79.167 560.652,78.425 C562.623,77.658 564.297,76.634 565.965,74.965 C567.633,73.296 568.659,71.625 569.425,69.651 C570.167,67.743 570.674,65.562 570.82,62.369 C570.966,59.17 571,58.147 571,50 C571,41.851 570.966,40.831 570.82,37.631"></path></g></g></g></svg></div>
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</div>
<p>&nbsp;</p>
<p style="color: #c9c8cd; font-family: Arial,sans-serif; font-size: 14px; line-height: 17px; margin-bottom: 0; margin-top: 8px; overflow: hidden; padding: 8px 0 7px; text-align: center; text-overflow: ellipsis; white-space: nowrap;"><a href="https://www.instagram.com/p/B1oestMAnVD/?utm_source=ig_embed&amp;utm_campaign=loading" style="color: #c9c8cd; font-family: Arial,sans-serif; font-size: 14px; font-style: normal; font-weight: normal; line-height: 17px; text-decoration: none;" target="_blank" rel="noopener">Kim Kardashian West(@kimkardashian)がシェアした投稿</a></p>
</div>
</blockquote>
<p><script async src="//www.instagram.com/embed.js"></script></p>
<p>記憶にある方も多いのではないでしょうか。</p>
<p>アメリカでモデルや女優として活躍する、<span class="sc_marker y">キム・カーダシアンさんが、自身がプロデュースする補正下着に「KIMONO」と名付けて発表し</span>、大炎上しました。</p>
<p>日本の着物がその名の由来となるわけですが、あまりに着物とはかけ離れており、文化への理解度の低さが取り沙汰され、結局この名称は取り下げれらました。</p>
<p>実は、日本の着物や中国のチャイナドレスを着るだけでも、アメリカでは文化の盗用として問題になるケースがたびたびあります。</p>
<p>この背景には、<span style="color: #ff0000;">マイノリティーの権利の侵害や支配に対する反省という、アメリカならではの慎重さ</span>があるのかもしれません。</p>
<h2>参考や影響も盗用になる？</h2>
<p>しかし、いつしかアメリカではどれだけ敬意があったとしても、<span class="sc_marker y">マジョリティがマイノリティの文化を取り入れることそのものが文化の盗用として問題視されるように</span>なっていきました。</p>
<p>アーティストが着物のような衣装を着ることや、髪の毛を編むことすらも糾弾されるようになります。</p>
<p>もちろん、異文化を取り入れたり、紹介するときには、深い敬意や理解は欠かせません。</p>
<p>悪意のある扱い方や、利益のために特定の文化をないがしろにすることも許されません。</p>
<p>ただし、<span class="sc_marker red">特定の文化に影響を受けたり参考にすることすら「盗用」とされてしまっては、自由な創作が不可能になると、行き過ぎた問題意識がむしろ問題視されている</span>のです。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/03/4102237_s-min-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-6874" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/03/4102237_s-min-300x200.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/03/4102237_s-min.jpg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h2>サンプリング大国、日本</h2>
<p>この、アメリカを中心に広がる文化の盗用への問題意識は、日本人にはあまりピンとこないのではないでしょうか。</p>
<p>なぜなら、大陸から伝わった稲作に始まり、現代の創作物に至るまで、<span class="sc_marker y">日本は異文化を取り入れ、独自にアレンジすることで文化を形成してきた国</span>だからです。</p>
<p>仏教ですら、インドから中国を経て伝わったものを、独自の宗教観の中で解釈・発展させてきました。</p>
<p>しかし、これは仏教的には何も不思議ではなく、<span class="sc_marker red">お釈迦様も当時のインドにあった宗教観や価値感の上に、仏教を説き、それを融和させながら教えを広めました</span>。</p>
<p>私の好きなヒップホップカルチャーには、<span class="sc_marker y">曲を作る際に元々存在する楽曲を取り込んでアレンジする、サンプリングという手法</span>があります。</p>
<p>これは音楽に限らず、ブレイクダンスもカポエイラなどの技をサンプリングしていて、異文化を自分なりに昇華されることで大きな発展を遂げてきました。</p>
<p><span style="color: #ff0000;">日本というのは、このサンプリングが非常に上手な国</span>なのだと、私は思います。</p>
<p>パンの作り方が伝わったらあんこと合わせてあんパンを生み出したように、取り込んだものを丁寧に分析し、サンプリングしてきた歴史が、日本の歴史と言っても過言ではないのかもしれません。</p>
<p>だからこそ、<span style="color: #ff0000;"><strong>少なくとも私は「文化の盗用」とは敬意と理解のない、雑な文化の流用のことを意味するべきで、敬意と理解のなさを問題視すべき</strong></span>だと考えています。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/54734b8a33a04737329cc6909a4c65fa_s-min-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" class="alignnone size-medium wp-image-2532" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/54734b8a33a04737329cc6909a4c65fa_s-min-300x225.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/54734b8a33a04737329cc6909a4c65fa_s-min.jpg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h2>お坊さんによる「文化の盗用」！？</h2>
<p>そこで、翻って自分自身はどうなんだ？という話になります。</p>
<p>特に私は、ヒップホップカルチャーを通した仏教の発信をしているので、ここは非常に気を使う部分です。</p>
<p><span class="sc_marker blue">自分の好きなヒップホップカルチャーを、自ら踏みにじってしまったらどうしよう</span>という思いは常にありますが、現時点ではそうしたお叱りを受けず、比較的好意的に受け止めていただけているようです。</p>
<p>しかし、今後どのような評価を受けるかわかりませんし、人によっては不快に感じるだろうなとも思っています。</p>
<p>実は和尚さんの中には、布教への熱意があるあまりここに意識が届かないケースもあります。</p>
<p>わかりやすいのは<span class="sc_marker blue">「精進料理」の扱い方</span>でしょう。</p>
<p>以前記事にも書いた通り、<span class="sc_marker y">精進料理は仏教の経典や書物には登場しない名称で、生み出したのは僧侶よりも在家信者の可能性が高いという見方</span>がされています。</p>
<p>また、貴族を中心とした在家信者が仏教行事などにちなんで肉魚・五葷などをを断った「<ruby>精進<rt>そうじ</rt></ruby>」という期間に食べられた「<ruby>精進物<rt>そうじもの</rt></ruby>」が原型となっている可能性が高いため、<span class="sc_marker red">肉魚・五葷を使わないことが最も重要視されていたこと</span>は間違いありません。</p>
<p>しかし、この精進料理を、<span class="sc_marker blue">曹洞宗の食の教えの中に根源があるとしたり</span>、<span class="sc_marker blue">「気持ちがこもっていれば精進料理」と定義づけてしまう</span>和尚さんも少なくはありません。</p>
<p>これは社会がなんとなく納得しているから問題にならないものの、非常に慎重になるべき事例だと思います。</p>
<p><span style="color: #ff0000;">仏教を広めるために特定の文化を軽んじたり、都合よく歪曲することがあれば、大きな問題となる可能性がある</span>のではないでしょうか。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2020/03/IMG_1342-min_Fotor-min-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" class="alignnone size-medium wp-image-4782" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2020/03/IMG_1342-min_Fotor-min-300x225.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2020/03/IMG_1342-min_Fotor-min-768x576.jpg 768w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2020/03/IMG_1342-min_Fotor-min-1024x768.jpg 1024w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h2>まとめ</h2>
<p>「文化の盗用」という言葉には、たとえ悪意がなくとも、ひとたび指摘を受ければ重大な権利侵害をしたかのように聞こえるニュアンスが含まれています。</p>
<p>そのため、ポリコレ棒のように<span class="sc_marker blue">安易に他人に使う言葉となってしまうと、自由な創作や表現・発言ができなくなってしまう</span>でしょう。</p>
<p>ただし、「<span style="color: #ff0000;"><strong>今自分はその文化を踏みにじってはいないだろうか」と自省し、一度ブレーキをかける上では非常に大切な考え方</strong></span>でもあるような気がします。</p>
<p>僧侶である私は、布教活動のために何かを傷つけてしまうことのないよう、常に心に留めておきたい問題であると感じました。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/05/2027424_s-min-300x200.jpeg" alt="" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-7047" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/05/2027424_s-min-300x200.jpeg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/05/2027424_s-min.jpeg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>参考記事</p>
<p><a href="https://www.vogue.co.jp/change/article/words-matter-cultural-appropriation">「文化の盗用（Cultural Appropriation）」、その不完全な用語が担うものとは。【コトバから考える社会とこれから】</a></p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>お坊さんがYouTube始めて半年、動画100本あげてみた感想と変化(後編)</title>
		<link>https://zenkatsu.site/archives/6678</link>
					<comments>https://zenkatsu.site/archives/6678#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[西田稔光]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 24 Dec 2020 15:00:12 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[HIPHOP]]></category>
		<category><![CDATA[youtube]]></category>
		<category><![CDATA[仏教]]></category>
		<category><![CDATA[布教教化]]></category>
		<category><![CDATA[曹洞宗]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://zenkatsu.site/?p=6678</guid>

					<description><![CDATA[スポンサードリンク 5月からYouTubeを初めて半年。 週三回のペースで投稿を続け、12/24時点ではチャンネル登録者1376人、動画本数103本となりました。 前回はそんなYouTube配信を始めるまでのハードルや初期の撮影環境などを振…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>スポンサードリンク<br />
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<p>5月からYouTubeを初めて半年。</p>
<p>週三回のペースで投稿を続け、12/24時点ではチャンネル登録者1376人、動画本数103本となりました。</p>
<p>前回はそんなYouTube配信を始めるまでのハードルや初期の撮影環境などを振り返ってみました。</p>
<div class="sc_getpost"><a class="clearfix" href="https://zenkatsu.site/archives/6665" ><div class="sc_getpost_thumb post-box-thumbnail__wrap"><img src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2020/12/Untitled_1.1.1-min-150x150.jpg" width="150" height="150" alt="お坊さんがYouTube始めて半年、動画100本あげてみた感想と変化(後編)"></div><div class="title">お坊さんがYouTube始めて半年、動画100本あげてみた感想と変化(前編)</div><div class="date">2020.12.18</div><div class="substr">スポンサードリンク 2020年も残り2週間。 今年は新型コロナの流行に伴う社会の変化についていくことに必死で、いつの間にか1年が過ぎてしまった感覚です。 ワークショップやイベントを活動の中心としていた私たち禅活-zenkatsu-も、2月の「ほっと晩ごはん」を最後に、新企画を含む一切んイベントが中止...</div></a></div>
<p>今回は1<span class="sc_marker red">000人を超えるまでの大変だったこと</span>や、<span class="sc_marker red">コラボ動画</span>についてお話ししたいと思います。</p>
<h2>登録者1000人の壁</h2>
<p>YouTubeといえば、よく耳にするワードが<strong>チャンネル登録者数</strong>です。</p>
<p>簡単にいえば購読者のことなのですが、この人数が多いことがYouTuberとしての主なステータスといえるでしょう。</p>
<p>YouTubeの動画に広告を入れて収益化するには、以下の二つの条件があります。</p>
<p><strong><span style="font-size: 14pt; color: #ff0000;">①チャンネル登録者数1000人以上</span></strong><br />
<strong><span style="font-size: 14pt; color: #ff0000;">②直近365日の総再生時間が4,000時間以上。</span></strong></p>
<p>この条件があるため、登録者数1000人というのは投稿を始めた人にとっての一つの目標になるわけです。</p>
<p>禅活ちゃんねるにとって、この1000人という目標はかなり道のりの険しいものでした。</p>
<p>1日に1人増えればありがたいくらいで、５人10人増えた日にはどこかで取り上げてもらったのかと思うくらい、非常に歩幅の狭い一歩一歩を踏んでいました。</p>
<h2>矢地祐介選手とのコラボ</h2>
<p>なんとか500人に届こうかという頃、一つのチャンスが訪れます。</p>
<p>私がダメ元で坐禅体験をご提案した、総合格闘家の<span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker red"><strong><ruby>矢地祐介<rt>やちゆうすけ</rt></ruby>選手</strong></span>が快諾してくださったのです。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2020/12/b629078957f0536f8f7b4dba4be30df781e83a9c_xlarge-min-246x300.jpg" alt="" width="246" height="300" class="alignnone size-medium wp-image-6679" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2020/12/b629078957f0536f8f7b4dba4be30df781e83a9c_xlarge-min-246x300.jpg 246w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2020/12/b629078957f0536f8f7b4dba4be30df781e83a9c_xlarge-min-768x938.jpg 768w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2020/12/b629078957f0536f8f7b4dba4be30df781e83a9c_xlarge-min-839x1024.jpg 839w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2020/12/b629078957f0536f8f7b4dba4be30df781e83a9c_xlarge-min.jpg 1280w" sizes="(max-width: 246px) 100vw, 246px" /><br />
(RIZINオフィシャルHPより)</p>
<p>矢地選手は<span class="sc_marker red">山本KID徳郁選手</span>の流れを汲む格闘家で、RIZINというメジャー団体でもご活躍されています。</p>
<p>私が小中学生の頃というと<span class="sc_marker y">PRIDE</span>や<span class="sc_marker y">HERO's</span>、<span class="sc_marker y">K-1</span>などの格闘技団体が大人気で、大晦日には２つの局で格闘技が放送されていました。</p>
<p>この頃に活躍されていたのが、山本KID選手でした。</p>
<p>そして、その山本KID選手が開かれたジムが、実は偶然私の東京の住まいの近くだったのです。</p>
<p>そんなご縁もあって、以前から応援していた矢地選手に<span style="font-size: 14pt;">「坐禅を体験してみませんか？」</span>とご連絡を差し上げたのが、事の発端でした。</p>
<p>とはいえ、先方は超メジャー団体で活躍される人気の格闘家で、YouTubeの登録者数は20万人を超えます。</p>
<p>一方こちらはどこの誰ともわからぬ僧侶で、チャンネル登録者も500人以下。</p>
<p>正直この時はダメ元で、ましてやこちらのチャンネルに出ていただくなんてことは想像さえしていなかったのですが、矢地選手のご厚意で、両チャンネルでのコラボ動画が実現したのです。</p>
<p><iframe loading="lazy" width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/bRWRAH0G4Us" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen="allowfullscreen"></iframe></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>コラボ動画は諸刃の剣</h2>
<p>結果的にこの動画がきっかけとなり、登録者数は一気に1000人に到達しました。</p>
<p>しかし実は、こうした<span class="sc_marker blue">有名人とのコラボはYouTubeのチャンネル運営では諸刃の剣</span>と言われます。</p>
<p>なぜなら、有名人とコラボをして一時的に登録者や再生回数が増えたとしても、有名人のファンを継続的に満足させる投稿を続けることは難しいからです。</p>
<p>かといって、そうした新規の方に向けて方向性を変えてしまうと、それまでに応援してくれた方が離れてしまします。</p>
<p>一時的な結果を求め、吟味せずにコラボすれば、結果的には衰退してしまう…</p>
<p>コラボ動画というのは<span class="sc_marker blue">そんなドーピング的な側面</span>をもっているのです。</p>
<p>では、禅活の矢地選手とのコラボ動画は失敗だったかというと、<span class="sc_marker red" style="font-size: 14pt;">私は成功だったと思っています</span>。</p>
<p>まず一つは、自分が伝えたい坐禅というものが、いかに世の人々にとって意味あるものかを再確認できたからです。</p>
<p>そしてもう一つは、禅活の目的が<span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker y">曹洞宗の布教教化</span>だからです。</p>
<p>西田稔光という人間を知ってもらう、広めるのではなく、曹洞宗の教えを伝えたいという目的から考えれば、坐禅や曹洞宗の教えに興味をもってくださる方がいた時点で、<span class="sc_marker red">それは成功なのだと思います</span>。</p>
<p>人の興味を自分に向けさせるか、仏教に向けさせるか、このベクトルの違いが、活動を大きく左右させます。</p>
<p>それは今後も絶対にブレてはいけないところで、おもしろさ、珍しさに走って本来の目的を見失わないよう、肝に銘じています。</p>
<p><iframe loading="lazy" width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/64O5pfdxu-k" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen="allowfullscreen"></iframe></p>
<h2>個性と布教教化</h2>
<p>そして、登録者1000人を超えてから力を入れるようになったことがあります。</p>
<p>それは、<span class="sc_marker red">自分の趣味や興味をフィルターとして、布教教化を行うこと</span>です。</p>
<p>私でいえば、以前からこのブログでも連載してきた<strong>「僧侶がグッときた言葉」</strong>を動画企画にしたところ、ご好評をいただき、心配だった僧侶界隈での批判も今のところ上がっていません。</p>
<p>SNSや動画配信では、しばしば僧侶としての立場と、個人趣味や興味との混同が問題になることがあります。</p>
<p>それは<span class="sc_marker y">僧侶という立場から、自分の趣味や興味を活かした布教教化を行うという場合</span>と、<span class="sc_marker blue">自分の趣味や興味を、僧侶という立場を利用して発表する場合</span>という、似て非なる二つのケースに対する懸念があるからです。</p>
<p>私は前者としての在り方を模索していますが、後者として見られている可能性もありますし、完全にそうなってしまう可能性は常にあります。</p>
<p>なぜならダンスも柔道も、ヒップホップカルチャーの知識も、全て初心者に毛の生えた程度の私が、僧侶というフィルターを通すと、非常に個性的な存在として目立つチャンスがあるからです。</p>
<p>結局ここで重要になのは、<span class="sc_marker red">何をフィルターとし、何を伝えたいかをはっきりさせておくこと</span>なのだと、私は思います。</p>
<p>西田稔光という僧侶にとって一番大切なことは仏教であり、これまでの人生で出会ったヒップホップカルチャーはそれを伝えるためのフィルターとして活かしていくという姿勢は、忘れてはいけないと考えています。</p>
<p>そうした、仏教を主として、自分が培ってきた特技や能力をフィルターとした布教教化は、YouTubeで大きな可能性を秘めていると思います。</p>
<p>そうした布教教化の挑戦の場としても、YouTubeは非常に優れた媒体だと言えるでしょう。</p>
<p><iframe loading="lazy" width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/L3x9dLFS118" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen="allowfullscreen"></iframe></p>
<h2>今後の展望</h2>
<p>今月から、禅活ちゃんねるの動画には広告が表示されるようになりました。</p>
<p>それをインスタライブで報告した際、こんなことを仰ってくださった方がいらっしゃいました。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker y">「お布施ができるみたいで嬉しい」</span></p>
<p>寺院や僧侶の活動は、法人や個人としてのチャリティーやボランティアに収まる場合があります。</p>
<p>それだけに、YouTube広告という今誰もが知る露骨な方法で収益をあげることに対して、少し抵抗もありました。</p>
<p>しかし、私たちが動画を配信し、それを視聴者様が観ることで、収益が生まれるという形は、<span class="sc_marker y">実はすごく布施的な営み</span>であるような気がします。</p>
<p>そして、<span class="sc_marker red">そこで得た収益を今後の活動や、志のある和尚さんをお招きする為に使えば、曹洞宗はもちろん、仏教会全体を盛り上げることにつながっていく</span>のです。</p>
<p>今の時点、しかも少し伸び悩み始めた禅活ちゃんねるでは、まだそんなことは難しいかもしれません。</p>
<p>しかしいつか、布教教化の志のある方に活動の場を設け、仏教を必要としている方に、人生に活かせる仏教をお届けできるような団体にしていきたいと考えています。</p>
<p>ここまで色々と振り返ってみましたが、コロナウイルスが落ち着き次第<span class="sc_marker red">イベントも再開する予定</span>です。</p>
<p>まずはここまで応援してくださった皆様、ありがとうございまず！これからもよろしくお願いします！</p>
<p>意図せず年末っぽい記事になりましたが、これからも変わらぬご支援をお願い申し上げます！<img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2020/12/スクリーンショット-2020-11-16-10.22.32-min.png" alt="" width="2832" height="1472" class="alignnone wp-image-6680 size-full" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2020/12/スクリーンショット-2020-11-16-10.22.32-min.png 2832w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2020/12/スクリーンショット-2020-11-16-10.22.32-min-300x156.png 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2020/12/スクリーンショット-2020-11-16-10.22.32-min-768x399.png 768w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2020/12/スクリーンショット-2020-11-16-10.22.32-min-1024x532.png 1024w" sizes="(max-width: 2832px) 100vw, 2832px" /></p>
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