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	<title>煩悩 - 禅活-zenkatsu-</title>
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	<description>禅を活かして、ちょっといい一日を</description>
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	<title>煩悩 - 禅活-zenkatsu-</title>
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		<title>法話「欲と向き合う食事」by西田稔光（2023/10/25禅活しょくどうにて）</title>
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		<dc:creator><![CDATA[西田稔光]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 18 Jan 2024 15:00:13 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[法話]]></category>
		<category><![CDATA[西田稔光]]></category>
		<category><![CDATA[修行]]></category>
		<category><![CDATA[永平寺]]></category>
		<category><![CDATA[煩悩]]></category>
		<category><![CDATA[禅活しょくどう]]></category>
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					<description><![CDATA[毎月開催している精進料理&#38;食作法体験ワークショップ「禅活しょくどう」では、 現在月替わりでメンバーの一人が法話を担当しています。 今回掲載するのは、2023年10月25日の回で西田稔光がお話しした法話です。 欲と向き合う食事 前回、…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span>毎月開催している精進料理&amp;食作法体験ワークショップ「禅活しょくどう」では、</span><br />
<span>現在月替わりでメンバーの一人が法話を担当しています。</span></p>
<p>今回掲載するのは、2023年10月25日の回で西田稔光がお話しした法話です。</p>
<h2>欲と向き合う食事</h2>
<p>前回、前々回と食事を五つの視点から見つめる「五観の偈」について、それぞれ一節ずつお話をさせていただき、今回は三つめの視点についてのお話をさせていただきます。</p>
<p>前々回は原山さんが<br />
<em>「一つには功の多少を計り、彼の来処を量る」</em><br />
についてお話しし、前回は渡辺さんが<br />
<em>「二つには己が徳行の、全欠を忖って供に応ず」</em><br />
についてお話ししました。</p>
<p>こちらに続いて今回お話しする一節は、</p>
<p><strong><em>「三つには<ruby>心<rt>しん</rt></ruby>を防ぎ<ruby>過<rt>とが</rt></ruby>を離るることは、<ruby>貪等<rt>とんとう</rt></ruby>を宗とす」</em></strong>です。</p>
<p>簡単に言葉の意味を解説いたしますと、「心」というのは<ruby>妄心<rt>もうじん</rt></ruby>、あるいは煩悩心とも呼ばれる「仏道を妨げる心」のことです。</p>
<p>「過」というのは字の通り過ちのこと。</p>
<p>「貪等」というのは、貪り、思い通りにしようとする心＝<strong><ruby>貪欲<rt>とんよく</rt></ruby></strong>、それが思い通りにならないと湧き上がる怒り＝<strong><ruby>瞋恚<rt>しんに</rt></ruby></strong>、<br />
その怒りによって我を見失い周りが見えなくなる愚かさ＝<strong><ruby>愚癡<rt>ぐち</rt></ruby></strong>。</p>
<p>この煩悩の根幹とされる貪欲・瞋恚・愚癡の三つの毒とし、縮めて<strong><ruby>貪<rt>とん</rt></ruby>・<ruby>瞋<rt>じん</rt></ruby>・<ruby>癡<rt>ち</rt></ruby></strong>の<strong>三毒</strong>といいます。</p>
<p>「貪等」とはこの三毒のことです。</p>
<p>そして「宗」というのは、物事の核心や大元、根本のことです。</p>
<p>五観の偈は中国から伝わったもので原文が漢文になっているわけですが、この一節は他宗派では<br />
<em>「心を防ぎ<ruby>過貪等<rt>とがとんとう</rt></ruby>を離るることを宗とす」</em><br />
という風に読みます。</p>
<p>実はこちらの読み方の方がはるかに理解がしやすいんです。</p>
<p>「妄心が起こるのを防ぎ過ちや三毒を離れる」</p>
<p>説明されなくてもイメージしやすいですよね。</p>
<p>しかし、道元禅師はあえて「<em>心を防ぎ過を離るることは、貪等を宗とす</em>」とお読みになられたので、そのお考えを想像しながら意味を紐解いてみましょう。</p>
<p>前半は「妄心が起こるのを防ぎ過ちを離れることは」という意味で良いでしょう。</p>
<p>問題は後半です。「貪等を宗とす」貪瞋癡の三毒を根本とする、というのはどういうことでしょうか。</p>
<p>先程さらっとお話ししましたが、三毒というのはそれぞれが独立した三つの毒ではありません。</p>
<p>人が生まれながらに持っている物事を思い通りにしようとする貪りの心、これが貪で、それが思い通りにならない時に湧き上がるのは怒り、瞋です。</p>
<p>そしてその怒りによって周りが見えなくなり、時には手で、時には言葉で、あるいは心の中で他人を傷つけたり罵ったり憎んだりする働き癡が起こるように、貪から瞋、瞋から癡へと関連しながら起こっていくのが三毒なのです。</p>
<p>そう考えると、貪に振り回されないようにして、瞋・癡へと繋がらないようにすることは、実は「心を防ぎ過を離るること」と同じ構図なのです。</p>
<p>それを踏まえこの一節を訳してみると、このようになります。</p>
<p>「三つには、妄心が起こるのを防ぎ過ちを離れるのは、貪欲を抑えて瞋恚と愚癡を離れることが根本である」</p>
<p>三毒との向き合い方を食事の際に今一度確認をする、非常に重要な心構えと言えるでしょう。</p>
<p>改めて気になるのが、先程お話しした「過貪等」と読まなかった点です。</p>
<p>過ちや三毒を離れる欲を離れると言う方が教えとしてはわかりやすいはずなのに、道元禅師はなぜこのような読み方をされたのか、今日はこの点について考えてみましょう。</p>
<h2>食い意地の記憶</h2>
<p>私は、幼い頃から食べることが大好きで、離乳食の頃には大人の食べているものを見て生唾を飲み、いつの間にかお箸を使うようになっているという、食に対して積極的な子どもだったそうです。</p>
<p>ところが食べることへの探究心が強かった一方で、小学生くらいの頃には、自分の食欲を人に見抜かれることを恥ずかしいと思うようになりました。</p>
<p>当時は肥満児と言われるBMI指数を叩き出していて、その見た目通りに「よく食べるな」「食い意地が張っているな」と思われることを恥ずかしいと思い、友達の家で出された食べ物に手をつけることにとても抵抗がありました。</p>
<p>特にその家の大人がいる前ではそれを強く感じていた記憶があります。</p>
<p>成長するにつれ「よく食べる」ということが悪印象を与えるものではないということや、ご厚意を受け取るということも礼儀であると学び、その感覚は薄れていきました。</p>
<p>しかし、そんな自らの食欲や食い意地と正面から向き合う経験をしたのが、永平寺での修行でした。</p>
<p>通信機器も持てず、娯楽もない、わからないことやできないことだらけの生活の中で、楽しみは食事だけです。</p>
<p>しかしそんな食事ですら、みんなと同じ物を、決まった作法で決まった時間に食べる。</p>
<p>そんな制約の中で、私は何度も自らの醜さと出会うことになりました。</p>
<p>永平寺に上山してから二週間が経つ頃、私は伝道部という参拝者の案内や建物の紹介をする役をいただきました。</p>
<p>それまでは修行僧が初めに入る、鐘を鳴らしたり坐禅堂の管理などをする「<ruby>衆寮<rt>しゅりょう</rt></ruby>」というところにいたのですが、この衆寮からの移動にはとても大きな意味があります。</p>
<p>それは、衆寮で一年目を指導するのは先輩修行僧なのですが、それ以外の部署には永平寺に請われて外部から来られた「役寮」と呼ばれる指導役の和尚さんがいらっしゃいます。</p>
<p>現在私の師匠もその役寮という立場で永平寺にいるように、ほとんど役寮さんがそれぞれに住職を務めているお寺があります。</p>
<p>それはつまり、永平寺では数少ない、外部と行き来する存在である、ということです。</p>
<p>檀務のためにご自身のお寺に帰ったりする役寮さんに修行僧が密かに期待しているものは何だと思いますか？</p>
<p>そう、お土産です。</p>
<p>役寮さんの中には、外出からお戻りの際にお土産として永平寺の外の食べ物を買ってきてくださる方がいらっしゃって、伝道部にいた私にもついにその瞬間がやってきたのです。</p>
<p>「これ、薬石(夕食)の時間にでも食べて」役寮さんがそう言ってくださったのは、ソーセージでした。</p>
<p>いわゆるスーパーで売っている袋に入ったソーセージです。</p>
<p>これを電子レンジで温めて、先輩と同期を合わせた伝道部の修行僧七名全員に行き渡るように均等に分けました。</p>
<p>ソーセージとはいえ久しぶりのお肉。</p>
<p>野菜や大豆では取って代われないその旨みに、その場にいた同期のみんなが震えていました。</p>
<p>ところが食事が終わり片付けをしていると、均等に分けたはずのソーセージが二本残っています。</p>
<p>実はその時、体調が悪く別室で療養していた同期の修行僧が一人いて、その彼の分でした。</p>
<p>しかし、欲に振り回されている時というのはそれが思い出せないものなんです。</p>
<p>片付けをしていた数名が全員、早々に「数え間違えたんだ」という結論に至り、それを分けて食べてしまいました。</p>
<p>それからまもなく、先輩が「別室にいる人に持っていくからソーセージ出して」と部屋に入ってきました。</p>
<p>そこで初めて彼のことを思い出した私他数名は、動きが止まりました。</p>
<p>そして、そこから先輩に「人の分までソーセージを食べた」という、およそ二十二歳とは思えない内容での叱責が始まりました。</p>
<p>合掌をしながら受けるその言葉に、私は自分が情けなくて仕方ありませんでした。</p>
<p>自分の欲に都合のいいように物を考えて、叱られている。</p>
<p>しかもその原因が坐禅にも法要にも関係のない、お土産のソーセージを食べすぎたことであるという事実に、自分の良心や志の弱さを突きつけられた気がしました。</p>
<p>実はこうした出来事はこれに限ったことではありません。</p>
<p>以前お話ししたことがありますが、脚気の症状がひどかった同期に先輩から支給されたココア味のプロテインを盗み食いしようとしてむせて、法衣がプロテインまみれになっているところを見つかったこともありました。</p>
<p>小さい頃にあれほど人に見られたくなかった自分の食欲が醜いほどに溢れてコントロールが利かなくなっていたのです。</p>
<p>私はそんな経験の中で、自分から確実に湧いてくる貪欲の強さを知り、自分がとても汚い人間に思えました。</p>
<h2>欲はあるという前提</h2>
<p>それから二年後、永平寺を後にし、総合研究センターに入所し、食に関する発信をするにあたって、改めて『赴粥飯法』を読んでみると、こんな言葉がありました。</p>
<p>「比坐の盋盂の中を視て嫌心を起こすことを得ず。」</p>
<p>この訳を読んで驚きました。</p>
<p>これは簡単に言うと「隣の人の器を見て羨ましがってはいけない」という意味です。</p>
<p>要するに、道元禅師が説く対象には、隣の人方がおかゆが多いとか、煮物が多いとか、そういう思いを抱く人がいたということでもあります。</p>
<p>他にも、お釈迦様の時代の戒律などを見ても、修行僧たちはいつの時代も食事に対して執着したり欲をかいていたことが窺えたのです。</p>
<p>私はこれを知って、仏教は人には欲があることを前提として説かれていることに気付かされました。</p>
<p>思い返せば、子どもの頃、食欲があることが恥ずかしいと思っていたことも、修行中に自分が欲に振り回される汚い人間だと思ってしまったことも、そもそも考え方が間違っていました。</p>
<p>私の一番の過ちは、自分に欲があることを認めず、貪欲と向き合うことを避けていたことだったのです。</p>
<p>そんな当時の自分を「貪等を宗とす」という言葉から改めて考えてみると、貪そのものは離れたりなくすことができるものではないから、起こる度に抑えて、瞋や癡につながらないように気をつけることが大切であるということがとてもよくわかります。</p>
<p>そもそもお釈迦様は、人間はお腹が空けば食欲が湧き、欲しいものがあれば手に入れたいと思ってしまうという、そんな不完全さを前提とし、欲の存在を否定せず、きちんと向き合い、振り回されないための道を説かれています。</p>
<p>これまでの「一つには〜」と「二つには〜」は目の前にした食事と、それを目の前にした自分のこれまでを振り返るものであったのに対し、今回の「三つには〜」は私たちが食事をする最中の心構えを説いています。</p>
<p>食事という、欲と隣り合わせな営みの中で、自身の欲と向き合い、自身がどうあるべきかを考えることに、食事を修行とする所以があるのではないでしょうか。<br />
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		<title>なんか息苦しいと思う、 マナーの話②～マナーと作法と美徳</title>
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		<dc:creator><![CDATA[久保田智照]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 16 Dec 2022 23:30:02 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[ニュース]]></category>
		<category><![CDATA[煩悩]]></category>
		<category><![CDATA[社会]]></category>
		<category><![CDATA[食]]></category>
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					<description><![CDATA[前回の私の記事↓ では、世間に跋扈する謎マナーや講師の方の炎上問題をテーマに、 マナーのあり方について思うところを述べてみました。 &#160; マナー、作法、美徳。 これらは多くの共通点を持ちます。 たとえば、 「他者への気遣い」 「礼儀…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>前回の私の記事↓</p>
<div class="sc_getpost"><a class="clearfix" href="https://zenkatsu.site/archives/8612" ><div class="sc_getpost_thumb post-box-thumbnail__wrap"><img src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/11/マナー1_optimized-150x150.png" width="150" height="150" alt="なんか息苦しいと思う、 マナーの話②～マナーと作法と美徳"></div><div class="title">なんか息苦しいと思う、 マナーの話① ～おのれ謎マナー！の巻</div><div class="date">2022.11.25</div><div class="substr">W杯！ 日本代表！ 強豪ドイツに勝利！！！ いやあ、ジャイアントキリングは夢がありますね！ 私も興奮してしまいました！  さて、勝利の熱狂の中で試合に注目が集まるのは当然のことながら、 SNSなどでは、日本人の「マナーの良さ」にも注目が集まっているようです。 サポーターによるスタジアムのゴミ拾い活動...</div></a></div>
<p>では、世間に跋扈する謎マナーや講師の方の炎上問題をテーマに、</p>
<p>マナーのあり方について思うところを述べてみました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>マナー、作法、美徳。</strong></span></p>
<p>これらは多くの共通点を持ちます。</p>
<p>たとえば、</p>
<p>「他者への気遣い」</p>
<p>「礼儀正しくする」</p>
<p>「威儀を正す」</p>
<p>などがそうでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ネット検索で「マナー」と調べれば、端的な説明として「礼儀作法」と出るように、</p>
<p>しばしば、これらは同一あるいは非常に近しいものとして扱われているように思います。</p>
<p>一方で、これらの違いを明確にイメージできる人はあまり多くないのではないでしょうか。</p>
<p>正直なところ、私も「マナー」という外来の言葉が本来持つニュアンスを正しく把握しているわけではありません。</p>
<p>比べるにしても、あくまで私自身の経験や知識に照らしてということになりますが、</p>
<p>今回はマナーを、作法や美徳と比較して考えていこうと思います。</p>
<h2>マナー、作法、美徳が目指すところ</h2>
<p>前回の記事では、マナーが存在する意義を「<span>相手を気遣い、人間関係を円滑にすること</span>」であろうとしました。</p>
<p>では、類語として扱われる美徳や作法ではどうでしょうか。</p>
<p>私は、このように整理します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 18pt;"><strong>美徳→「道徳や信念による正しさにもとづいて起こす行動」</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 18pt;"><strong>作法→「信仰による正しさにもとづいて起こす行動」</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>作法、とはそもそも仏教の言葉で、読み下せば、</p>
<p>「法を作す」（法をなす）</p>
<p>となります。</p>
<p>つまり、仏の教えを体現するというのが本来の意味となります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>美徳や作法にもとづく行動の根底</strong>にあるのは、</p>
<p>その人自身の<strong>信念・信仰や、それまでに身に付けてきた道徳観・価値観</strong>となります。</p>
<p>そこには<strong>他者への気遣い</strong>も当然含まれますが、</p>
<p>信念や信条に比べ、それはあくまで<strong>二次的なもの</strong>と捉えるべきでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>美徳や作法に基づいた行動が起こされた場合、</p>
<p>自然と「他者への思いやり」や「関係の円滑化」は果たされる場合が多いと思います。</p>
<p>ただし、<strong>美徳や作法に基づいた行動は、必ずしも他者にとってプラスになるとはかぎりません</strong>。</p>
<p>これらについて<strong>理解を持たない人にとっては、「偽善」や「不快」あるいは「嫉妬」といった感情を巻き起こす</strong>可能性もあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>例を挙げて考えてみます。</p>
<h2>W杯日本戦のゴミ拾いは「マナー」がよかったのか？</h2>
<p>前回、「日本人のマナーの良さ」が称賛された例として、</p>
<p><strong>試合終了後のゴミ拾い活動</strong>を挙げました。</p>
<p>しかし、<strong>私はこれが「マナーの良さ」による行動とは思えません</strong>でした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>海外のサッカーでは、観衆が暴徒と化すなどして試合や運営が阻害されるという事態が起こります。</p>
<p>こうした事態は選手、運営、他の観客や、時に無関係な人なども巻き込む場合があり、</p>
<p>他者を気づかうというマナーの意義に照らせば、</p>
<p>そうした事態を起こさないように心がけるのがサッカー観戦の「マナー」となるのではないでしょうか。</p>
<p>つまり、例を挙げれば、</p>
<p><strong>「試合を妨害しない」</strong></p>
<p><strong>「試合後はすみやかに会場を去る」</strong></p>
<p><strong>「暴力沙汰や騒ぎを起こさない」</strong></p>
<p>などがサッカー観戦の「マナー」にあたると私は考えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>では、<strong>ゴミ拾いがどうかというと、これは「美徳」にもとづく行動</strong>だと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>試合ができる環境に感謝し、</strong></p>
<p><strong>選手の研鑽を褒めたたえたい、</strong></p>
<p>そうした感謝や尊敬の念が起こさせたのが<strong>日本人サポーターの「ゴミ拾い」</strong>だったのではないでしょうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 18pt;"><strong>これはもはや、他者への気遣いというレベルを超えています。</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>むしろ、他者がどう思うかよりも、</p>
<p><strong>「自分がそうしたいからする」</strong></p>
<p><strong>「自分が正しいと思うからする」</strong></p>
<p><strong>「感謝や尊敬の念をゴミ拾いという形にすることで、自分の心が満たされるからする」</strong></p>
<p>のが、W杯試合終了後のゴミ拾いのモチベーションなのではないでしょうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そして、日本人サポーターのゴミ拾いについては多くの称賛の声が寄せられる一方で、</p>
<p>「スイーパーの仕事を奪う」</p>
<p>「人によく見られたいからやっている」</p>
<p>「早く退場しないから、かえって混乱を招く」</p>
<p>といった、ネガティヴな意見もありました。</p>
<p>これは日本人サポーターの「ゴミ拾い」が他者のためのマナーではなく、</p>
<p>自らの「美徳」にもとづいた行動だったことを如実に表していると言えます。</p>
<p>おそらく先ほど挙げた、海外サッカーの「マナー」にもとづいて、</p>
<p>観戦後に何もせず、速やかに退場していれば、こうした意見は存在しなかったはずです。</p>
<h2>マナー VS 美徳 VS 作法</h2>
<p>さて、話は変わりますが、</p>
<p>僧侶たる私はしばしばマナーと美徳と作法の対立に悩まされます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>世間一般に広く通ずるマナーと、</p>
<p>僧侶となる以前から正しいとしてきた美徳と、</p>
<p>僧侶となってから、主に修行生活で身に付いた作法は、</p>
<p>必ずしも一致しないからです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>食事の仕方、手紙の書き方、挨拶の仕方。</p>
<p>世間一般に正しいとされているやり方と、</p>
<p>僧堂において作法として教えられたことは、</p>
<p>違うことが多すぎて、本当に参ってしまいます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>行為の優先順位について考えてみると、</p>
<p><strong>個人の信仰心にもとづく行動は、<span style="font-size: 14pt;">ひとまず</span>優先させるべき</strong>だと思います。</p>
<p>かといって、</p>
<p><strong>びっくりドンキーで五観の偈を唱え、</strong></p>
<p><strong>チーズバーグディッシュのでかい皿を口元まで持ってきて食べ、</strong></p>
<p><strong>サイダーで器を洗う……</strong></p>
<p>そんなことをしたら周囲は<strong>ドン引き</strong>でしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それぞれのバランスをとるなら、</p>
<p><strong>食事の際には「いただきます」「ごちそうさま」を言う。</strong></p>
<p><strong>咀嚼音はあまり出さないようにする。</strong></p>
<p><strong>食べ残しは極力避け、器はなるべく綺麗にする。</strong></p>
<p>これくらいが丁度いいんじゃないでしょうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>やはり<span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker red"><strong>マナーも美徳も作法も、</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker red"><strong>それぞれに尊重し、融和を図る姿勢が必要</strong></span>なのだと思います。</p>
<h2>強すぎる「マナー」が息苦しいのは</h2>
<p>現実の世界では「マナー」の方が特に気にされることが多いように思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、美徳や作法が重んずる信念や信仰に対し、</p>
<p>「マナー」が重んずる「他者への気遣い」は、より範囲が狭いように感じます。</p>
<p>もちろんマナーは広く世間一般に通ずる普遍性を備えたものだとは思うのですが、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker blue"><strong>「マナー」を優先しすぎるあまりに、こぼれ落ちてはならない大切な精神性がどこかにいってしまうような、</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker blue"><strong>そんな不安に駆られる</strong></span>こともあるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、例を挙げましょう。</p>
<p>前回の記事で、実際にテレビで放送されたというマナー講師の方の指導として、</p>
<p><strong>「いただきますなんて家で言え！」</strong></p>
<p><strong>「頂戴いたします！でしょう」</strong></p>
<p>というものを紹介しました。</p>
<p>前回は「頂戴いたします」は過剰じゃないの？と、ふんわりと疑問を呈するにとどめましたが、</p>
<p>それだけでなく、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>「“頂戴いたします”だと、“いただきます”が持つニュアンスの大切な部分」が損なわれている</strong></span>ような感覚になります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>その感覚とは、</p>
<p><span style="font-size: 18pt;"><strong>食事を共にする相手への敬意を高めた分だけ、</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 18pt;"><strong>食材や生産者、調理者、</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 18pt;"><strong>そのほか目の前にある食事に関係した様々なものへの感謝や敬意が薄れてしまう</strong></span>のではないか、</p>
<p>というものです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私は、</p>
<p><span class="sc_marker y"><strong>普段の食事もごちそうも、一貫して同じように感謝し、敬意を払うのが、</strong></span></p>
<p><span class="sc_marker y"><strong>自然で、まっとう</strong></span>なことだと思います。</p>
<p>そのために<strong><span class="sc_marker y">適切な言葉は「頂戴いたします」よりも「いただきます」</span></strong>ではないでしょうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「頂戴いたします」のように、<strong>マナーとしてより正しいとされる行動をとることで</strong>、</p>
<p>「いただきます」が持つ、食事の美徳がもたらす<strong>温かみや精神性が損なわれてしまう</strong>。</p>
<p>昨今のマナー指導や謎マナーの跋扈を見ていると、そんな<strong>息苦しさ</strong>を感じるのです。</p>
<h2>まとめ</h2>
<p>このたびは2回に分けて、マナーについて考えて参りました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もちろん私はマナーの専門家ではありません。</p>
<p>「いや、その意見はマナーのことをちゃんとわかっていない」</p>
<p>という批判もあるだろうと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>その上で、</p>
<p>マナーを指導する講師の方に期待したいのは、</p>
<p>ただひとつのやり方を正解として教え込むのではなく、</p>
<p>様々な美徳、作法、文化、地域性などを考慮した上で、</p>
<p>それらの融和を図る方法を伝えてほしいということです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ビジネスの場のみでしか通用しない限られたマナーを公共の電波で流すよりも、</p>
<p>TPOに応じてさまざまな正解があっていいということを発信してほしい。</p>
<p>そんな風に思うのです。</p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>なんか息苦しいと思う、 マナーの話① ～おのれ謎マナー！の巻</title>
		<link>https://zenkatsu.site/archives/8612</link>
					<comments>https://zenkatsu.site/archives/8612#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[久保田智照]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 24 Nov 2022 23:30:53 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[マナー]]></category>
		<category><![CDATA[煩悩]]></category>
		<category><![CDATA[社会]]></category>
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					<description><![CDATA[W杯！ 日本代表！ 強豪ドイツに勝利！！！ いやあ、ジャイアントキリングは夢がありますね！ 私も興奮してしまいました！ &#160; さて、勝利の熱狂の中で試合に注目が集まるのは当然のことながら、 SNSなどでは、日本人の「マナーの良さ」に…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-size: 18pt;"><strong>W杯！</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 18pt;"><strong>日本代表！</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 18pt;"><strong>強豪ドイツに勝利！！！</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 18pt;"><strong>いやあ、ジャイアントキリングは夢がありますね！</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 18pt;"><strong>私も興奮してしまいました！</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>さて、勝利の熱狂の中で試合に注目が集まるのは当然のことながら、</p>
<p>SNSなどでは、日本人の<span style="font-size: 14pt;"><strong>「マナーの良さ」にも注目が</strong></span>集まっているようです。</p>
<p>サポーターによるスタジアムの<strong>ゴミ拾い活動</strong>。</p>
<p>日本代表が使用した<strong>ロッカールームをきれいに清掃</strong>していくこと。</p>
<p>あるいは、勝利の熱に浮かされた群衆が<strong>渋谷のスクランブル交差点で大騒ぎ！</strong></p>
<p>……は、<strong>していても、信号が赤になったらすみやかに車道から出ていく</strong>など。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>動画や画像を目にした海外のサポーターから、</p>
<p>「日本人は民度が備わっている」</p>
<p>「素晴らしい行動だ」</p>
<p>などのコメントがされているようです。</p>
<p>確かに、日本人は外国の方に比べて、マナーを強く意識する国民性を持っているのかもしれません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>一方で最近は、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>「マナーがあることで、かえって窮屈になってしまっているんじゃないか」</strong></span></p>
<p>と、思うこともあります。</p>
<p>マナーの本義は他者への気遣いだそうです。</p>
<p>気遣いをもとに、自らの行動を律することで、人と人の関係性を豊かにしてくれるはずのマナー。</p>
<p>今回は、マナーが変な方向に行っているんじゃないか、そういった目線で記事を書いていきます。</p>
<h2>マナーにまつわる「行き過ぎ」</h2>
<p>今回、マナーに関して考えてみようと思ったきっかけは、とあるTV番組でのマナー講師の炎上問題でした。</p>
<p>その講師の方はテレビなどのメディアに頻繁に登場される方で、厳しい指導で有名であるとのこと。</p>
<p>しかし、その番組ではあまりにも厳しい指導によって、対象の女性が泣き出してしまったそうです。</p>
<p>そもそも番組の演出なのかもしれませんが、</p>
<p>人を不快にさせないためのマナーを教える人間が、</p>
<p>大人が泣いてしまうほどの追い詰め方をするのは、行き過ぎじゃないのか、</p>
<p>そう感じてしまいます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>他にも、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>「いただきますなんて家で言え！」</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>「頂戴いたしますだ！」</strong></span></p>
<p>というような指導もあったようです。</p>
<p>いただきます、頂戴いたします、のどちらも敬語ですし、意味するところも同じ。</p>
<p>異なるのは、敬意の込め具合だけです。</p>
<p>正直言って、どちらでもかまわないように思いますし、</p>
<p>そんなことでいちいち罵られていては、落ち着いて食事もできません。</p>
<p>私個人の感覚で言えば、</p>
<p>「頂戴いたします」</p>
<p>を用いるべきなのは、相手がよほど目上の場合に限ります。</p>
<p>口調が丁寧であるのに越したことはありませんが、それも行き過ぎると<span style="font-size: 14pt;">「慇懃無礼」</span>というもの。</p>
<p><strong>より丁寧に、よりエレガントにという意識が、</strong></p>
<p><strong>近年のマナー界隈では暴走し、行き過ぎているのではないか？</strong></p>
<p>そのようにも思えてきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>確かに、</p>
<p><strong>マナーというのは習慣として身に付くもの</strong>だと思います。</p>
<p>マナー指導において、それまでの習慣を変えさえて、</p>
<p><strong>新しいマナーを習慣として身に付けるためには、</strong></p>
<p><strong>時に厳しすぎるほど厳しい指導でなくてはならないこともある</strong>のでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>一方で、</p>
<p><span class="sc_marker y"><strong>あまりに厳格すぎるマナー指導は、</strong></span></p>
<p><span class="sc_marker y"><strong>多様性や寛容さを損なわせてしまうのではないか。</strong></span></p>
<p>このようにも思えるのです。</p>
<h2>正解はどこ？「たったひとつのマナー」が損なわせる寛容さ</h2>
<p>皆さんは入室の際、ノックを何回しますか？</p>
<p>トイレは2回？</p>
<p>通常は3回？</p>
<p>4回は多すぎ？</p>
<p>わが国では、3回が標準とされることが多いそうですが、</p>
<p>世界標準だと、基本的なノックの回数は4回だそうです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、洋食を食べる際、</p>
<p>ライスはフォークの背に乗せますか？</p>
<p>腹に乗せますか？</p>
<p>これも、背に乗せるのはイギリス式、腹はフランス式という説があったり。</p>
<p>あるいは、フォークは「すくう」か「刺す」のが本来の用途であるから、</p>
<p>背に乗せるのはマナー違反であるという説もあるようです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>こうなってくると、<span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker y"><strong>マナーの「正解」がどこにあるのか、さっぱりわかりません</strong></span>。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>洋食の例で言えば、私は背に乗せた方が「食べやすい」ので、いつもライスはフォークの背に乗せています。</p>
<p>そもそも、本場の洋食でステーキのおともにライスを食べることがどれだけあるというのでしょうか。</p>
<p>わけのわからないマナーの縛りによって、食事中、クルクルクルクルと何度もフォークを持ち替えるわずらわしさに耐えねばならないのでしょうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>マナーにおける「正解」の根拠の一つは、</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>所作や威儀を統一することによる美しさ、エレガントさだと私は考えます。</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>確かに「所作を統一する」というのはエレガントなことです。</p>
<p>皆で揃って「いただきます」と言ったり、</p>
<p>お辞儀が揃っていたりするのも見ていて気持ちがいいものです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、それも行き過ぎると、窮屈です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>複数人で訪れた外食で、全員分の食事が提供されるのを待って「いただきます」をしていたら先に着いた料理は冷めてしまいますし、</p>
<p>左利きの人が「所作を統一するべき」なんていう理由で右利きに矯正されるのは行き過ぎだと私は思います。</p>
<p>その人の体格や性格、育った地域や環境によって、身に付く常識などが違うのは当然のことです。</p>
<p>あまりに目に余る場合や、所作を統一すべき明確な理由がある場合などを除いて、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>マナーには「ある程度の緩やかさ」があってもいい</strong></span>のではないでしょうか。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>これが正解だ！と、一つに限る必要はない</strong></span>と思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また最近では、</p>
<p>芸能人がテレビ番組で見せた「あまりよくないマナー」に対し、</p>
<p>苛烈すぎる批判が集まるということもある様子。（箸の持ち方、食べ方、飲み方など）</p>
<p><strong>マナーが提供する「正しさ」が、</strong></p>
<p><strong>人を批判したり、貶めたりする道具となっている？</strong></p>
<p>だとすれば、</p>
<p>あらためてマナーの意義を確認する必要があるのではないでしょうか。</p>
<h2>跋扈する「謎マナー」</h2>
<p>マナー講師の方を揶揄した<span style="font-size: 18pt;"><strong>「失礼クリエイター」</strong></span>という言葉があるそうです。</p>
<p>確かに講師の方が「それってホント？」というような疑わしいマナーを、</p>
<p>さも常識であるかのように語るのは、マナー指導ではなく、もはや失礼指導。</p>
<p><strong>言い得て妙</strong>だな、と思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>出されたお茶は飲んではいけないとか、</p>
<p>半分以上飲まなくてはいけないとか、</p>
<p>どちらでもよいとか。</p>
<p>腕時計は付けなければならないとか、でもGショックはダメとか。<span style="font-size: 10pt;">（ちなみに私は腕時計が好きじゃないです。）</span></p>
<p>金属製の名刺入れは使うべきでないとか。</p>
<p>スキンヘッドは失礼とか。</p>
<p>ハンコはお辞儀をしているように押すべしとか。</p>
<p>黒マスクに白いシャツはNGとか。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/11/25207765_s_optimized-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-8617" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/11/25207765_s_optimized-300x200.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/11/25207765_s_optimized.jpg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>あれも失礼、これも失礼、もっと失礼、もっともっと失礼。</p>
<p>失礼、失礼、失礼、サイソワカ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>どう考えても意味があると思えないマナーを気にしながら生きるなんて、</p>
<p>ばかばかしいですよね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ちなみに、私が経験した修行生活でも、</p>
<p>「これっていったい何の意味があるんだろうか」と疑問に思う作法はありました。</p>
<p>しかし、そのいずれにおいても、繰り返すうちに、</p>
<p>「ああ、この作法はこういう意味があるのか」と納得できました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>たとえば、私の場合、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>「食事の際には肘を張る」という作法</strong></span>がそれにあたります。</p>
<p>初めは、</p>
<p><strong>「何これ？食べづらいし、意味わからん」</strong></p>
<p>と思いましたが、何度か食事を取っているうちに、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>「そうか。肘を張らないと、衣の袖が垂れて器にかかるのか。」</strong></span></p>
<p>と、納得できました。</p>
<p>袖が器にあたってひっくり返すようなことになれば、</p>
<p>自分だけでなく、周りにも迷惑をかけます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>修行道場の不思議な作法は、</p>
<p>「謎マナー」ではなく、</p>
<p>一見意味が分からなくても経験や伝統に裏打ちされた「納得の作法」だったのです。</p>
<h2>マナーのありかた</h2>
<p>相手を気遣い、人間関係を円滑にすることがマナーが存在する意味だと私は思います。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker red"><strong>誰もが自分の思うままに振る舞い、他者を軽んじる世の中は、</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker red"><strong>正解が見えず、誰にとっても生きづらいものとなることでしょう。</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>一方で、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker red"><strong>人間のありとあらゆる活動をマナーの名のもとに縛り上げていけば、この世の中は、</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker red"><strong>正解から外れることを極端に恐れなければならない、生きづらいものになると思います。</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>今、あらためてマナーについて深く考えるときなのかもしれません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>文章が長くなりすぎてしまいました。</p>
<p>このあたりでいったん区切り、次回の記事も、マナーをテーマにします。</p>
<p>マナーか、美徳か、作法か。</p>
<p>そんな切り口で書いてみようと思います。</p>
<p>それでは、ここまでお読みいただきありがとうございました。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/11/25047546_s_optimized-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" class="alignnone size-medium wp-image-8618" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/11/25047546_s_optimized-300x225.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/11/25047546_s_optimized.jpg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>セイコーマートをとにかく褒めたたえたい</title>
		<link>https://zenkatsu.site/archives/8539</link>
					<comments>https://zenkatsu.site/archives/8539#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[久保田智照]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 28 Oct 2022 07:50:07 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[煩悩]]></category>
		<category><![CDATA[社会]]></category>
		<category><![CDATA[食]]></category>
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					<description><![CDATA[君は…… そう、君は…… &#160; セイコーマートを知っているかッ！！！！！ &#160; いきなり、説明しよう！ &#160; セイコーマートは、北海道札幌市に拠点を置く㈱セコマが運営する、コンビニエンスストアチェーンである！ 独自の…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>君は……</p>
<p>そう、君は……</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 18pt;"><strong>セイコーマートを知っているかッ！！！！！</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 24pt;"><strong>いきなり、説明しよう！</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>セイコーマートは、北海道札幌市に拠点を置く㈱セコマが運営する、コンビニエンスストアチェーンである！</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>独自の商品開発！</strong></span><br />
<span style="font-size: 14pt;"><strong>販路の開拓！</strong></span><br />
<span style="font-size: 14pt;"><strong>割引・格安価格での販売！</strong></span><br />
<span style="font-size: 14pt;"><strong>地産地消！</strong></span><br />
<span style="font-size: 14pt;"><strong>規格外品の利用！</strong></span><br />
<span style="font-size: 14pt;"><strong>お酒・おつまみへのこだわり！</strong></span><br />
<span style="font-size: 14pt;"><strong>できたて惣菜・弁当の提供！</strong></span></p>
<p>大手コンビニチェーンではなかなか難しい<span style="font-size: 14pt;"><strong>経営努力</strong></span>を重ね、</p>
<p><span>コンビニエンスストア対象の<strong>顧客満足度調査では直近10年で9度の<span style="font-size: 18pt;">1位</span></strong>に輝いている！</span></p>
<p>北海道内の<strong>人口カバー率</strong>は驚愕の<span style="font-size: 18pt;"><strong>99.8%</strong></span>！</p>
<p><strong>小規模集落にも積極的</strong>に店舗を構え、その出店数はセブン・イレブンすらも越える！</p>
<p><strong>災害時には各店舗ごとに電源を確保し、営業を続けた</strong>という実績もある！</p>
<p>時には採算すらも度外視し、道民の生活に寄り添い続け、絶大なる信頼を勝ち得た！</p>
<p><strong>道民を愛し！</strong></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>道民に愛される！</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 18pt;"><strong>唯一のコンビニチェーン！</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 24pt;"><strong>それがセイコーマートなのである！</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>今回は、私が選んだセコマおすすめの飲料商品五選を紹介する……ッ！</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/10/200428seiko1-3_optimized-300x195.jpg" alt="" width="300" height="195" class="alignnone size-medium wp-image-8548" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/10/200428seiko1-3_optimized-300x195.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/10/200428seiko1-3_optimized.jpg 658w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h2>セイコーマートへの熱き想い①</h2>
<p>……と、その前に、セコマに対する私の想いを吐露させていただこう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>今でこそ<span style="font-size: 18pt;"><strong>「セコマ最高！」</strong></span>と、セコマ信者ぶりを全面にアピールする私であるが、</p>
<p>小学生のころはセコマに対して特別な思い入れなどは持っていなかった。</p>
<p>たまに札幌・旭川に行ったときなどに利用することはあるにせよ、</p>
<p>せいぜい、よくあるコンビニの一つという印象しかもっていなかったのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、中学生のころ、その印象は<span style="font-size: 18pt;">激変</span>する。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私とセコマのストーリーが始まったのは、今からおよそ25年前。</p>
<p>わが町、<strong>滝上にセコマが店舗を構えた</strong>のが始まりであった。</p>
<p>その時の心情を簡潔に表せば、</p>
<p><strong>「オレの地元にも、とうとうコンビニができた！」</strong></p>
<p><strong>「こんなところにまで店を出してくれるなんて、セイコマ（当時はセイコマと呼んでいた）はなんてえらいんだ！」</strong></p>
<p>というものである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私の地元、滝上は山間部で人口も決して多くはない。</p>
<p>当時は「うちの町にはコンビニなんてできないんだろうなあ」という思いがあった。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>「コンビニがある町」というのは一種の憧れ</strong></span>であり、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>そこに住めることはある種のステータス</strong></span>のようにすら感じていたのである。</p>
<p>そこへ<strong>出店してくれる</strong>ということは、<strong>それだけで好印象</strong>を抱かずにはいられなかった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>セコマの大きな特徴の一つに、小商圏にも積極的に出店するというものがある。</p>
<p>北海道での長距離移動の際には、</p>
<p><span style="font-size: 18pt;"><strong>「こんなところにも店舗を構えているのか！」</strong></span></p>
<p>と、驚かされることもある。</p>
<p>こうした姿勢を見ていると、</p>
<p><strong>そこに暮らす人の生活にわけへだてなく寄り添い、支えていく。</strong></p>
<p><strong>企業としての矜持や自負心を感じる</strong>のである。</p>
<h2>セイコーマートへの熱い思い②</h2>
<p>そして、私が一人暮らしを始めたころ。</p>
<p>ここで私の<strong>生活を支えてくれたのは、やはりセイコーマート</strong>であった。</p>
<p>お金がないときは、セコマの<strong>100円パスタ</strong>（現在は118円）を食べて空腹を満たした。</p>
<p>少し懐に余裕があって、レポートの締め切りや試験を前に気合を入れたいときには、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>店内キッチンで調理される<span style="font-size: 18pt;">カツ</span>丼</strong></span>と北海道限定の乳酸菌飲料<span style="font-size: 14pt;"><strong>ソフト<span style="font-size: 18pt;">カツ</span>ゲン</strong></span>を購入し、</p>
<p><span style="font-size: 18pt;"><strong>ダブルで「カツ！」</strong></span>というゲン担ぎをよくしたものである。<span style="text-decoration: underline;">（<a href="https://www.seicomart.co.jp/instore/lineup.html">画像引用元①</a>、<a href="https://www.meg-snow.com/products/detail.php?p=katsugen">画像引用元②</a>）</span></p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/10/hc_katsu_optimized.jpg" alt="" width="200" height="160" class="alignnone size-full wp-image-8544" /><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/10/3138_main_optimized-300x300.png" alt="" width="170" height="170" class="alignnone  wp-image-8547" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/10/3138_main_optimized-300x300.png 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/10/3138_main_optimized-150x150.png 150w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/10/3138_main_optimized.png 350w" sizes="(max-width: 170px) 100vw, 170px" /></p>
<p>友人と交流する際にも、</p>
<p>近所のスーパーのアルコール類の販売担当者に、</p>
<p><strong>「コンビニにあのランクのワインをあの値段で提供されたら、うちは太刀打ちできない」</strong></p>
<p>とまで言わしめたワインと、</p>
<p>低価格かつ種類が豊富な各種お惣菜をつまみに、酒を酌み交わした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ホットシェフの手作りのあたたかみや、ひとり暮らしの生活を支えてくれたことへの感謝があり、</p>
<p>私のセコマへの思い入れはますます強まっていった。</p>
<h2>セイコーマートへの熱い想い③</h2>
<p>セイコーマートのオリジナル商品にはしばしば、</p>
<p><strong>○○町産生乳使用、</strong></p>
<p><strong>△△町産ワイン使用、</strong></p>
<p>など原材料の産地がパッケージに明記されている。</p>
<p>これは、商品の特別性を向上させ売り上げに貢献するだけでなく</p>
<p>生産地のブランディングにもつながる素晴らしい取り組みだと思う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そこに……</p>
<p>そう、そこに……</p>
<p>わが町、滝上も加わることになった。</p>
<p>滝上は知る人ぞ知る、和ハッカ（ミント）の産地。</p>
<p>価格の安い海外産のハッカに押され北海道のハッカ栽培が廃れてしまう中で、</p>
<p>国内で流通するハッカの実に90%以上を滝上町が生産している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>セコマで販売される、</p>
<p>ミントアイス、ミントかき氷、</p>
<p>ミントソーダ、</p>
<p>和ミントモヒート、ミントクラフトジン、</p>
<p>などに、<span style="font-size: 14pt;"><strong>「北海道滝上町産和ミント使用」との文字が燦然と輝いている</strong></span>のである！</p>
<p>原価の安い海外産ではなく、北海道産にこだわり、滝上町を選んでくれた。</p>
<p>そして、その商品のいずれも……<span style="font-size: 18pt;"><strong>「うまい！」</strong></span></p>
<p>地元を愛し、北海道を愛する私にとってこれほどうれしいことはない。</p>
<p>もうセイコーマートに対する私の思い入れ、親近感、感謝の念といったポジティヴな感情は、</p>
<p>ストップ高、天井知らず、ビッグバンなのである。</p>
<h2>セコマ飲料商品、おすすめ５選！</h2>
<p>と、いったところで、</p>
<p>ここからはいよいよ私がおススメするセコマの飲料商品5選を紹介していきたい。</p>
<p>いずれも、<span style="text-decoration: underline;"><a href="https://online.seicomart.co.jp/delivery/">セイコーマートの公式通販</a></span>から購入が可能となっているので、興味を持たれた方は是非お試しを。</p>
<p>それでは……</p>
<p><span style="font-size: 18pt;"><strong>第5位　Secoma 和ミントモヒート　350ml</strong></span></p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/10/imageresize-3_optimized-300x300.jpg" alt="" width="248" height="248" class="alignnone  wp-image-8546" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/10/imageresize-3_optimized-300x300.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/10/imageresize-3_optimized-150x150.jpg 150w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/10/imageresize-3_optimized.jpg 360w" sizes="(max-width: 248px) 100vw, 248px" /></p>
<p>第5位は、セコマ和ミントモヒート。<a href="https://online.seicomart.co.jp/delivery/goods_list/goods_list_3.php?p=1&amp;called=category&amp;sort=recommend&amp;disp=20&amp;vctg_no=870&amp;now_page=1&amp;o_no=766700000001"><span style="text-decoration: underline;">（画像引用元：商品ページ）</span></a></p>
<p>私の地元、滝上町産を和ミントを使用した、清涼感あふれる一品。</p>
<p>やや甘めで、女性にもおすすめできます！</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 18pt;"><strong>第4位　パームビール　330ml</strong></span></p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/10/imageresize_optimized-300x300.jpg" alt="" width="248" height="248" class="alignnone  wp-image-8543" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/10/imageresize_optimized-300x300.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/10/imageresize_optimized-150x150.jpg 150w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/10/imageresize_optimized.jpg 360w" sizes="(max-width: 248px) 100vw, 248px" /></p>
<p>第4位には、ビールをおすすめ。<a href="https://online.seicomart.co.jp/delivery/goods_list/goods_list_3.php?p=1&amp;called=category&amp;sort=recommend&amp;disp=20&amp;vctg_no=872&amp;now_page=1&amp;o_no=764000000001"><span style="text-decoration: underline;">（画像引用元：商品ページ）</span></a></p>
<p>こちらのビールは、セコマが輸入・販売するベルギービールとなっております。</p>
<p>公式通販の宣伝文句を引用すれば、</p>
<p>ほのかな苦みとコク、</p>
<p>はちみつのような豊潤さとバナナのようなフルーティさ（私はリンゴのような風味を感じます）、</p>
<p>さわやかなのど越し、</p>
<p>がウリの商品となっています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そして特筆すべきは、その価格！</p>
<p>内容量は330mlとやや少ないものの、一本当たり税込み約180円と大変お求めやすくなっております！</p>
<p>店舗により6本まとめ買いでクーポンや、おつまみスナックがついてきたりとまさに至れり尽くせり！</p>
<p>是非、お試しいただきたい一品です！</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong><span style="font-size: 18pt;">第3位　Secoma　北のサングリアサワー　350ml</span></strong></p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/10/imageresize-1_optimized-300x300.jpg" alt="" width="243" height="243" class="alignnone  wp-image-8541" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/10/imageresize-1_optimized-300x300.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/10/imageresize-1_optimized-150x150.jpg 150w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/10/imageresize-1_optimized.jpg 360w" sizes="(max-width: 243px) 100vw, 243px" /></p>
<p>第3位は、北のサングリアサワー！<span style="text-decoration: underline;"><a href="https://online.seicomart.co.jp/delivery/goods_list/goods_list_3.php?o_no=764600000001">（画像引用元：商品ページ）</a></span></p>
<p><span>公式通販HPには、</span></p>
<p><span>十勝ワインと北海道産のぶどう・いちご・ハスカップの果汁を使用した、北海道づくしのサワー。</span></p>
<p><span>果実の甘さと爽やかさが口いっぱいに広がります。</span></p>
<p>とあり、</p>
<p>飲みやすく、食事との相性も抜群です！</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 18pt;"><strong>第2位　Secoma ミントクラフトジン　720ml</strong></span></p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/10/imageresize-2_optimized-300x300.jpg" alt="" width="226" height="226" class="alignnone  wp-image-8542" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/10/imageresize-2_optimized-300x300.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/10/imageresize-2_optimized-150x150.jpg 150w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/10/imageresize-2_optimized.jpg 360w" sizes="(max-width: 226px) 100vw, 226px" /></p>
<p>第2位は、ミントクラフトジンをおすすめ！<a href="https://online.seicomart.co.jp/delivery/goods_list/goods_list_3.php?p=1&amp;called=category&amp;sort=recommend&amp;disp=20&amp;vctg_no=870&amp;now_page=1&amp;o_no=766200000001"><span style="text-decoration: underline;">（画像引用元：商品ページ）</span></a></p>
<p>こちらにも、滝上町産の和ミントが使われています！</p>
<p>スピリッツということで、アルコール度数が37度と高いのですが、</p>
<p>その分、自分で割ったり、カクテルにしたりと楽しみ方の幅が広い商品です！</p>
<p><strong>おすすめは、ソーダ割。</strong></p>
<p>ミントと炭酸がマッチして、強い清涼感があるのは勿論ですが、</p>
<p>ソーダ割が第5位の和ミントモヒートと違うのは、甘みがないこと！</p>
<p>チョコレートと一緒にいただいて、チョコミントの風味を楽しむのも一興です！</p>
<p>そして、栄えある第1位は……</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 18pt;"><strong>第1位　Secoma ストロングスパークリングガラナ　500ml</strong></span></p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/10/imageresize-4_optimized-300x300.jpg" alt="" width="241" height="241" class="alignnone  wp-image-8545" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/10/imageresize-4_optimized-300x300.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/10/imageresize-4_optimized-150x150.jpg 150w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/10/imageresize-4_optimized.jpg 360w" sizes="(max-width: 241px) 100vw, 241px" /></p>
<p>第1位は、セコマのガラナ炭酸水！<a href="https://online.seicomart.co.jp/delivery/goods_list/goods_list_3.php?p=1&amp;called=category&amp;sort=recommend&amp;disp=20&amp;vctg_no=i829&amp;now_page=1&amp;o_no=706900000001"><span style="text-decoration: underline;">（画像引用元：商品ページ）</span></a></p>
<p>2~4位はすべてお酒でしたが、</p>
<p>なんと、ここにきて、ソフトドリンクを選びました！</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>ガラナと言えば、北海道のご当地ドリンクの代表格。</strong></span></p>
<p>華やかさと薬くささが合わさったような独特の風味で人気のドリンクです。</p>
<p>ただ、私は常々思っていました。</p>
<p>ガラナは<span style="font-size: 14pt;"><strong>「甘すぎる」</strong></span>と。</p>
<p>たまにガラナが飲みたいと思っても、甘くて全部は飲みきれない。</p>
<p>そんな私にとって、これはまさに革命的商品です！</p>
<p>ガラナの風味そのままに、甘みだけを取り除いたさわやかな味わいが残るこちらの商品を第1位に推させていただきます！</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>以上が、私のお勧めするセコマの飲料商品5選となります！</p>
<p>今回おすすめしたもの以外にも、</p>
<p>各種ワイン、</p>
<p>各種サワー、</p>
<p>ソフトドリンクなど、</p>
<p>オリジナル商品で「うまい！」ものが沢山ございますので、</p>
<p>道内の方は興味があれば是非。</p>
<p>道外の方でも旅行の際や、重ねてになりますが公式通販でも買えますのでお試しいただければ幸いです。</p>
<h2>おわりに</h2>
<p>今回は、北海道民の生活の友、セイコーマートについて熱く語らせていただきました！</p>
<p>商品もそうですが、<span style="font-size: 18pt;"><strong>企業としての姿勢</strong></span>に私は深く感じ入っています。</p>
<p>経済活動の中で、</p>
<p><strong>人に寄り添い、</strong></p>
<p><strong>人とともにある、</strong></p>
<p>こうしたことをセイコーマートは考えてくれていると思うのです。</p>
<p>あえて曹洞宗の教えに照らして言えば、</p>
<p><span style="text-decoration: underline;" class="sc_marker red"><span style="font-size: 18pt;"><strong>喜心・老心・大心</strong></span>の<span style="font-size: 24pt;"><strong>三心</strong></span>に通ずる思い</span>が、</p>
<p>セイコーマートの企業理念にあると感じます。</p>
<p>北海道の方はますますのお引き立てを、</p>
<p>そして道外の方もご旅行の際には是非使っていただきたく存じます。（埼玉県、茨城県にもあるよ！）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それでは今回はこのあたりで失礼します！</p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>運転免許試験の「悪問」がこんなにモヤモヤするのは何故！？</title>
		<link>https://zenkatsu.site/archives/8352</link>
					<comments>https://zenkatsu.site/archives/8352#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[久保田智照]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 28 Jul 2022 21:30:26 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[ニュース]]></category>
		<category><![CDATA[煩悩]]></category>
		<category><![CDATA[社会]]></category>
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					<description><![CDATA[地元に、よく知られた一時停止の取り締まりスポットがあります。 そこは曲がりのきついカーブの先に一時停止位置があり、 さらに停止線の先が本線への合流になっていて、 本線の車の流れに気を取られていると標識を見落としやすい取り締まりのメッカのよう…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>地元に、よく知られた<span style="font-size: 14pt;">一時停止の取り締まりスポット</span>があります。</p>
<p>そこは曲がりの<span style="font-size: 14pt;"><strong>きついカーブの先に一時停止</strong></span>位置があり、</p>
<p>さらに<span style="font-size: 14pt;"><strong>停止線の先が本線への合流</strong></span>になっていて、</p>
<p>本線の車の流れに気を取られていると<span style="font-size: 14pt;"><strong>標識を見落としやすい取り締まりのメッカ</strong></span>のような場所。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/07/こんなばしょ_optimized-300x180.png" alt="" width="300" height="180" class="alignnone size-medium wp-image-8356" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/07/こんなばしょ_optimized-300x180.png 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/07/こんなばしょ_optimized.png 569w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>先日、久しぶりにその場所を通ったときのことです。</p>
<p>いつもそこを通る時には、一時停止が必要な場所だとわかっているので、</p>
<p>あらかじめ十分に減速し、停止するようにしています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>その日は、前に先行車が3台いました。</p>
<p>先を行く車の後ろについて走っていると……</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 18pt;"><strong>なんと！前を行く3台全車が一時停止を完全に無視したのです！</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>「いくらなんでも、3台のうち1台も一時停止に気付かないなんてことあるのか！？」</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 14pt;">あまりの出来事に、呆気に取られてしまった</span>のですが、自車が一時停止に差し掛かったとき、その謎が解けました。</p>
<p>先を行く3台すべてが一時停止に気付かなかった理由。</p>
<p>それは3つ考えられました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong><span style="text-decoration: underline;">①　一時停止「止まれ」の標識が、草やぶに隠れて見づらくなっている（カーブの途中で突然現れるような感じ）</span></strong></p>
<p><strong><span style="text-decoration: underline;">②　停止線がかすれて、ほとんど消えかかっている</span></strong></p>
<p><strong><span style="text-decoration: underline;">③　前を行く車に気を取られていると、上記の標識、停止線になかなか気づけない</span></strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そこに一時停止があると知っていても、ともすれば停止位置を見落としてしまいそうな状況を見て、</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>「これで一時停止違反で取り締まられたら、先頭車両はともかく、後ろの車は納得いかないよなあ……」</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>と、思いました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そしてこの時、運転免許試験の<span style="font-size: 18pt;"><strong>「悪問」</strong></span>が頭に思い浮かびました。</p>
<h2>納得いかない運転免許試験の「悪問」</h2>
<p>運転免許を取得する際には、学科試験をクリアすることが必要になりますが、</p>
<p>一部の問題文は「難しすぎる」とネット上でたびたび話題になります。</p>
<p>私が運転免許を取得した際にも、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;">「どうして答えが、コレになるんだ？」</span></p>
<p>と、自分の<span style="font-size: 14pt;">理解が及ばなかった問題文</span>がいくつかあったのを覚えています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>とある<a href="https://news.yahoo.co.jp/articles/12729b45b390e45051a21e7f078c817bd645f2fc">ニュース記事</a>に、そうした「悪問」の例がいくつか挙げられておりましたので、引用し、ご紹介いたします。</p>
<blockquote><p>①「夜間の道路は危険なので気を付けて運転しなければならない」</p>
<p>答え：×（夜間以外も気を付けて運転しなければならないから）</p>
<p>②「赤信号では必ず停車しなければならない」</p>
<p>答え：×（救急車やパトカーといった緊急車両はその限りではないから）</p>
<p>③「原動機付き自転車は公道で５０ｋｍ／ｈ以上で走ってはならない」</p>
<p>答え：×（正しくは「３０ｋｍ／ｈ以上で走ってはならない」から）</p>
<p>④「公道を普通自動車で運転する際には必ずシートベルトを装着する必要がある」</p>
<p>答え：×（普通自動車でない大型、中型自動車でもシートベルトをしなくてはならないから）</p>
<p>⑤「制限速度３０ｋｍ／ｈの道路では、その制限速度を超えて走行してはいけない」</p>
<p>答え：×（非常時はその限りではないから）</p>
<div class="blockquote_ref">
<div><a href="https://news.yahoo.co.jp/articles/12729b45b390e45051a21e7f078c817bd645f2fc" target="_blank" rel="noopener">「赤信号では必ず停車しなければならない」答えは…？　運転免許試験の難問に「疑心暗鬼になる」　誰が問題を作ってるの？</a></div>
</div>
</blockquote>
<p>いかがでしょうか。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>「難しすぎる」というより「納得いかない」「意地が悪すぎる」</strong></span>という印象を持たれる方が多いのではないでしょうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>実際に、今現在もこうした問題が出題されているのか確かめたわけではありませんが、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>このような問題が運転免許試験に採用されているのだとしたら、</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>なんだかモヤモヤ、イライラして、非常に面白くない気持ちになります。</strong></span></p>
<h2>どうしてこんなに不愉快なんだろう？①～「悪問」の意図は？</h2>
<p>ここで自分に対して、ひとつの疑問を抱きました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 18pt;"><strong>「どうして私は、ただの問題文ひとつに、</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 18pt;"><strong>こんなにも不愉快な気持ちにさせられてしまうのだろうか。」</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>……しばし考えた結果、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>「悪問」から人の「悪意」じみた感情を受け取ってしまうからだろう、</strong></span></p>
<p>と思いいたりました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>正直に言って、引用した問題文からは、</p>
<p><strong>「とにかく間違えさせてやろう」</strong></p>
<p>あるいは、</p>
<p><strong>「意地悪な問題を作って受験者に嫌がらせしてやろう」</strong></p>
<p>といった非常にネガティヴな感情が込められているように思えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>悪問設定の意図を最大限好意的に解釈するならば、</p>
<p>「交通法規の中には、この問題のように、意味がないと感じてしまうものもあるかもしれないけど、ルールはルールとしてしっかり守ってね」</p>
<p>という思いが込められているのかもしれませんが、</p>
<p>自分で言っておきながら、これはいくらなんでも<span style="font-size: 14pt;">こじつけ</span>に過ぎる思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>自動車は、ともすれば凶器になりうる危険なものです。</p>
<p>だからこそ運転免許を取得するための試験として出される問題は、</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>回答者に交通法規を正しく学ばせ、</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>注意を喚起し、</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>危険察知能力や法令順守の意識などを高め、</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>安全運転に向かわせるような設問こそがふさわしい</strong></span>と言えるでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>先ほど紹介した<strong>「悪問」が「悪問」である最たる所以</strong>は、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>その問題に正答（あるいは誤答）したところで、安全運転にはつながらない</strong></span>、</p>
<p><strong>と考えられる</strong>からです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>一生懸命勉強して、</p>
<p>得られた教訓が、</p>
<p><strong>「理不尽に思えるルールにも従わなければならない」</strong></p>
<p>だけでは、あまりにむなしい。</p>
<h2>どうしてこんなに不愉快なんだろう？②～「悪問」が損なう信頼関係</h2>
<p>さらに言えば、私は<span style="font-size: 14pt;"><strong>試験というのは「言葉を用いたコミュニケーション」</strong></span>のひとつだと考えています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>人はコミュニケーションを通じて他者と信頼関係を築きます。</p>
<p>では、先述した<strong>「悪問」は、果たして人と人の良いコミュニケーションであると言えるでしょうか。</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>答えは否</strong></span>です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>「ひっかけてやろう」「間違えさせてやろう」</strong>という意志によって作られた問題文は、</p>
<p><strong>「だまされた」「どこまでも意地が悪い」</strong>という印象を抱かせます。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>そこで生まれるのは信頼関係どころか、不信感</strong></span>ではないでしょうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>コミュニケーションは、人間にとってもっとも大切なものの一つです。</p>
<p><strong>コミュニケーションは非常に繊細</strong>なものです。</p>
<p>すこしの努力でうまくいくこともあれば、どんなに努力してもうまくいかないこともある。</p>
<p>だからこそ、なるべく円滑なコミュニケーションをとれるように気を配る必要があります。</p>
<p><strong>いたずらに人を陥れようとするような運転免許試験における悪問は、</strong></p>
<p><strong>私にとってみれば「コミュニケーションの軽視」</strong>です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>こうしたことも、「悪問」を不愉快に感じてしまう原因なのかもしれません。</p>
<h2>おわりに：人を導くためには</h2>
<p>人を導くための方法は、大きく分けて２つあると思います。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;">ひとつは、正しい方を向かせること。</span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;">そしてもうひとつは、誤った方に向かわせないこと</span>です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>これまでの話で行くと、</p>
<p><strong>運転免許試験での悪問や、</strong></p>
<p><strong>停止線がかすれていて、草に隠れて標識が見えづらい位置での取り締まり</strong>は、</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 18pt;" class="sc_marker blue"><strong>「わざと間違いを犯させてから、戒める」</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>というやり方です。</p>
<p>私にはこのやり方には、賛同できません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>人を安全運転という正しい道に向かわせるには、</p>
<p>適切な問題を設定したり、</p>
<p>停止線を引き直し、草刈りや標識の増設をしたり、</p>
<p>そもそも<span style="font-size: 18pt;" class="sc_marker red"><strong>間違いを犯さなくても良いように配慮するのが真っ当なやり方</strong></span>ってもんじゃないでしょうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>運転だけに、無用な衝突や軋轢を生まないようにしていきたいものですね。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/07/2785435_s_optimized-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-8355" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/07/2785435_s_optimized-300x200.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/07/2785435_s_optimized.jpg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
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			</item>
		<item>
		<title>ちしょーの過去記事ピックアップ！～2021年分より4選</title>
		<link>https://zenkatsu.site/archives/8247</link>
					<comments>https://zenkatsu.site/archives/8247#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[久保田智照]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 16 Jun 2022 21:30:08 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>
		<category><![CDATA[ニュース]]></category>
		<category><![CDATA[煩悩]]></category>
		<category><![CDATA[社会]]></category>
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					<description><![CDATA[今回は、久保田が2021年に執筆した記事の中から、 &#160; 「お！この記事なかなかよく書けてるじゃん！」 &#160; と感じたものを、ご紹介いたします。 一度読んだことがある方も、久しぶりに読んでみると印象が変わるかもしれません。 …]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>今回は、久保田が2021年に執筆した記事の中から、</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>「お！この記事なかなかよく書けてるじゃん！」</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>と感じたものを、ご紹介いたします。</p>
<p>一度読んだことがある方も、久しぶりに読んでみると印象が変わるかもしれません。</p>
<p>お時間のある時に是非どうぞ（笑）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それでは、いってみよー！</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 10pt;">※スマホで読んでみると、文字が多くて読みづらいものもあったので、必要に応じて加筆・修正をしております。</span></p>
<h2>過去記事①～スマホは優秀すぎるコンシェルジュ！？</h2>
<p>まずはこちら、</p>
<div class="sc_getpost"><a class="clearfix" href="https://zenkatsu.site/archives/7172" ><div class="sc_getpost_thumb post-box-thumbnail__wrap"><img src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/06/こんしぇるじゅ_optimized-150x150.png" width="150" height="150" alt="ちしょーの過去記事ピックアップ！～2021年分より4選"></div><div class="title">スマホは優秀すぎるコンシェルジュ？</div><div class="date">2021.6.23</div><div class="substr">スポンサードリンク 便利な世の中になったなあ、と思います。 どこへ行くにも、何をするにもスマホ一つあれば事足りてしまう時代。 「周辺　ランチ」と検索すれば、おすすめグルメ情報が。 「記事　ネタ」とすれば、ネタ切れの時の記事の書き方まで機械が教えてくれます。  気晴らしに動画を楽しんだり、情報を得るた...</div></a></div>
<p>もはや、私たちの生活にとってなくてはならないものになってしまったスマホ。</p>
<p>その功罪を、自らの実体験から、ライトに、ゆる～く語っています。</p>
<p>好きなものばかり食べていると人はどうなるか。</p>
<p>たまにはスマホを手放してみるのもいいかも？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>スマホ便利すぎる度　☆☆☆☆☆</p>
<p>読みやすさ　☆☆☆</p>
<h2>過去記事②～送りバントと将棋の評価値</h2>
<p>続いてはこちら！</p>
<div class="sc_getpost"><a class="clearfix" href="https://zenkatsu.site/archives/7492" ><div class="sc_getpost_thumb post-box-thumbnail__wrap"><img src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/10/たいとるばんと_optimized-150x150.png" width="150" height="150" alt="ちしょーの過去記事ピックアップ！～2021年分より4選"></div><div class="title">送りバントと将棋の評価値</div><div class="date">2021.10.13</div><div class="substr">スポンサーリンク 久保田の趣味はスポーツ観戦。 実際に現地に足を運んで現場の空気を楽しむのも好きですが、家でリラックスしながらテレビやパソコンで視聴する方が好みです。 よく視聴するのは、プロ野球、社会人野球、高校野球、MLB、F1、インディカー、ロードレース、格闘技、大相撲など。 またスポーツのカテ...</div></a></div>
<p>でました！スポーツネタ（笑）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>AIの登場が競技界にもたらした変化。</p>
<p>その良い面、悪い面を、将棋の評価値や送りバントの有効性議論をもとに考えていきます。</p>
<p>割と文章をこねくり回しているので、興味がない人にはつまらないかも💦</p>
<p>ただ、面白いと思える人には面白い内容に仕上がっているかと思います。</p>
<p>今回、屈指の人を選ぶ記事！</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>マニアック度　☆☆☆☆☆</p>
<p>読みやすさ　☆☆</p>
<h2>過去記事③～30年前の絵本は子どもに読ませられない</h2>
<p>3番目はこれ！</p>
<div class="sc_getpost"><a class="clearfix" href="https://zenkatsu.site/archives/7357" ><div class="sc_getpost_thumb post-box-thumbnail__wrap"><img src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/09/もに図1_optimized-150x150.png" width="150" height="150" alt="ちしょーの過去記事ピックアップ！～2021年分より4選"></div><div class="title">30年前の絵本は子どもに読ませられない</div><div class="date">2021.9.1</div><div class="substr">スポンサードリンク 桃太郎、金太郎、力太郎。 はなさかじいさん、かちかち山、さるかに合戦。 幼い頃、多くの人が慣れ親しんだ絵本。 冒険に心躍らせ、子どもの夢を膨らませてくれた愛すべき物語たち。 先日、実家の本棚に並べてあった絵本を眺め、  「親子で同じ絵本を読んで成長するってのもいいなあ」  と思い...</div></a></div>
<p>昔々に慣れ親しんだ物語。</p>
<p>しかし、久しぶりにその本を開いてみると……？</p>
<p>たった30年で社会の常識や価値観が大きく変わったんだということをあらためて認識させられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>よく考えてみると昔ばなし結構ヤバい度　☆☆☆☆☆</p>
<p>読みやすさ　☆☆☆</p>
<h2>過去記事④～森喜朗氏の辞任劇に思う：ジェンダーギャップと「口中の斧」</h2>
<p>最後はこれ！</p>
<div class="sc_getpost"><a class="clearfix" href="https://zenkatsu.site/archives/6813" ><div class="sc_getpost_thumb post-box-thumbnail__wrap"><img src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/02/たいとるかお_optimized-150x150.png" width="150" height="150" alt="ちしょーの過去記事ピックアップ！～2021年分より4選"></div><div class="title">森喜朗氏の辞任劇に思う：ジェンダーギャップと「口中の斧」</div><div class="date">2021.2.17</div><div class="substr">スポンサードリンク 東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長の森喜朗氏が、  「女性が多く入っている理事会は時間がかかる」「時間を規制しないとなかなか終わらないので困る」  という一連の問題発言をきっかけに辞任を表明しました。  新型コロナウイルスが未だ収まらず、開催の是非すら問われている最中...</div></a></div>
<p>もう皆さんの記憶の彼方であろう時事ネタ。</p>
<p>ジェンダーの問題はこれからもよく考えていかねばなりません。</p>
<p>そのためには個人への批判や攻撃で終わらせるのではなく、</p>
<p>問題を自分ごととして捉える目線も必要となってきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ちしょーのガチ度　☆☆☆☆☆</p>
<p>読みやすさ　☆☆</p>
<h2>おわりに</h2>
<p>今回ご紹介した４つの記事の大きなキーワードに</p>
<p>「変化」</p>
<p>があります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>時代の変化、技術の変化、価値観の変化。</p>
<p><span>目まぐるしく変化する世の中</span>で人間がどう生きていくかは、</p>
<p>私たちが常に向き合い続けなければならない問題です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>何を変え、何を変えないのか。</p>
<p>変化に翻弄されずに、自らを保ち続けるにはどうすればいいのか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>今回ご紹介した４つの記事が、ささやかなヒントにでもなれば幸いです！</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それでは今回はこの辺りで失礼いたします！</p>
]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>ツルツルライフの素晴らしさを伝えたい</title>
		<link>https://zenkatsu.site/archives/7815</link>
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		<dc:creator><![CDATA[久保田智照]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 17 Feb 2022 21:30:41 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[剃髪]]></category>
		<category><![CDATA[浄髪]]></category>
		<category><![CDATA[煩悩]]></category>
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					<description><![CDATA[お坊さんのシンボル……それは、 ツルツルに剃ったアタマ！ もちろん宗派や個別の事情によって頭髪を剃っていない僧侶もたくさんいますが、 「お坊さん＝髪を剃っている」というイメージをお持ちの方は多いのではないかと思います。 ちなみに髪の毛を剃る…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>お坊さんのシンボル……それは、</p>
<p>ツルツルに剃ったアタマ！</p>
<p>もちろん宗派や個別の事情によって頭髪を剃っていない僧侶もたくさんいますが、</p>
<p>「お坊さん＝髪を剃っている」というイメージをお持ちの方は多いのではないかと思います。</p>
<p>ちなみに髪の毛を剃ることは、一般には剃髪といいますが、曹洞宗の宗侶は髪を浄めると書いて「浄髪」と呼びます。</p>
<p>私自身、週に1、2度は髪の毛を剃っているわけですが、</p>
<p>先日、髪でもない、ヒゲでもない、別の毛を剃ってみました。</p>
<p>今回は「髪の毛を剃りはじめて感じたこと」と「髪の毛でない毛も剃ってみて感じたこと」、これら2つのツルツルライフについて記事にしていきます。</p>
<h2>髪の毛を剃りはじめて感じたこと</h2>
<p>私が初めて、自分の髪の毛を剃ったのは、10歳の頃のことです。</p>
<p>お坊さんとしての出発の儀式である「得度式」のために髪を剃りました。</p>
<p>当時の記憶はかなりあいまいですが、行きつけの理髪店にお願いして剃ってもらったと記憶しています。</p>
<p>この時は、自分から「僧侶になるぞ！」「髪を剃るぞ」と強い決意をもって剃ったわけではなく、</p>
<p>とりあえず早いうちからお坊さんの資格を取っておいた方がいいから、と勧められて、言われるがままに剃ったという感じでした。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/02/kid_job_boy_obousan_optimized-190x300.png" alt="" width="113" height="178" class="alignnone wp-image-7816" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/02/kid_job_boy_obousan_optimized-190x300.png 190w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/02/kid_job_boy_obousan_optimized.png 253w" sizes="(max-width: 113px) 100vw, 113px" /></p>
<p>その後、自分の意志で髪の毛を剃り始めたのは、まだはっきりと僧侶として生きる決意をしていたわけではない、大学生の時のことです。</p>
<p>その切っ掛けはほんとに些細なことでした。</p>
<p><strong>「髪、切りに行くの面倒くさいなあ……」</strong></p>
<p><strong>「自分で剃ってしまうか！」</strong></p>
<p>そう。</p>
<p>髪の毛の手入れが面倒くさいから、剃っちゃえ、と本当に単純な理由だったのです。</p>
<p>さらには、</p>
<p>「実家がお寺だし、何かのネタになるだろう（笑）」</p>
<p>という目論見もありました。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/02/hair_skinhead_megane_optimized-242x300.png" alt="" width="149" height="185" class="alignnone wp-image-7817" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/02/hair_skinhead_megane_optimized-242x300.png 242w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/02/hair_skinhead_megane_optimized.png 282w" sizes="(max-width: 149px) 100vw, 149px" /></p>
<p>そんなわけで、夏場はアロハシャツ&amp;スキンヘッドの風体で大学に通っていた私ですが、</p>
<p>あまりにも目立つせいか、友人曰く、学部の有名人になっていたようです。</p>
<p><span class="sc_marker red"><strong>時折差し向けられる好奇の目線を除けば、ツルツルライフは「快適」の一言。</strong></span></p>
<p><span class="sc_marker red"><strong>「定期的に理髪店に通わなくてもいい。」</strong></span></p>
<p><span class="sc_marker red"><strong>「散髪代が浮く。」</strong></span></p>
<p><span class="sc_marker red"><strong>「髪型に気を遣わなくてもよい。」</strong></span></p>
<p><span class="sc_marker red"><strong>「風を感じる。」</strong></span></p>
<p>と、頭を丸めてよかったなあと思うことばかりでした。</p>
<p>こんないいことを独り占めしておくのはもったいない、剃るといいことばかりだよ！あなたも是非！と、何人かの友人には勧めたのですが、</p>
<p>不思議と、オレも剃ってみたよ！という人は現れませんでした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ちなみに、<strong>僧侶が髪の毛を剃る理由</strong>は、</p>
<p><span class="sc_marker y"><strong>「髪の毛の手入れをする時間と手間が修行の妨げになる」</strong></span></p>
<p><span class="sc_marker y"><strong>「髪の毛や見た目への執着を断つ」</strong></span></p>
<p>などですが、大学生の時分の私もそのメリットを存分に享受していたわけです。</p>
<p>その後、道場での修行生活を経て、本格的に僧侶として活動するようになってからも、髪の毛を剃り続けています。</p>
<p>やはり髪を剃るとスッキリした気持ちになりますし、「剃るのはいいなあ」と何かにつけ感じます。</p>
<p>理髪店で「襟足はこんな感じ……もみ上げはこう……前髪は……」などとオーダーするのを煩わしく感じている方。</p>
<p>いっそ、剃ってみては！？</p>
<h2>髪の毛以外の毛も剃ってみた</h2>
<p>と、髪の毛を剃ることの素晴らしさを知り尽くしている私ですが、</p>
<p>実は髪の毛でない毛に、長らく悩まされていました。</p>
<p>その毛とは足の毛、すね毛と太ももの毛です。</p>
<p>どのような悩みかと言うと、夏場は問題ないのですが、冬場になると、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>「毛が引っ張られて不快なので、防寒タイツを履きたくない」</strong></span></p>
<p>というもの。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/02/fashion_momohiki_gray_optimized-206x300.png" alt="" width="119" height="173" class="alignnone wp-image-7818" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/02/fashion_momohiki_gray_optimized-206x300.png 206w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/02/fashion_momohiki_gray_optimized.png 478w" sizes="(max-width: 119px) 100vw, 119px" /></p>
<p><strong>寒さ厳しい北海道。</strong></p>
<p><strong>冷え性の私。</strong></p>
<p>冬場はなるべくなら、<strong>タイツ（ズボン下）を履いてぬくぬくと過ごしたい</strong>のですが、</p>
<p>装着時にすね毛ともも毛よりもたらされる、<strong>ちくちく&amp;モジャモジャがどうにも気持ち悪いというジレンマ</strong>を抱えていたわけです。</p>
<p>そこで、今年の冬、またも思いつきました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>「そうだ。剃ってしまえばいいじゃないか」</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>思い立ったが吉日、早速剃ってみました。</p>
<p>すると、どうでしょう。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>今まであれほど悩ましかった、タイツ装着時の不快感がほぼ皆無になりました。</strong></span></p>
<p>それどころか、タイツがぴったりと肌にフィットする感じもあって、爽快感すら生まれます。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker red"><strong>まさにこれは、剃毛革命、毛ぞりのルネッサンス</strong></span>です。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/02/mudage_syori_optimized-290x300.png" alt="" width="163" height="169" class="alignnone wp-image-7819" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/02/mudage_syori_optimized-290x300.png 290w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/02/mudage_syori_optimized.png 387w" sizes="(max-width: 163px) 100vw, 163px" /></p>
<p>剃ってみてよかったことはそれだけではありません。</p>
<p><span class="sc_marker y"><strong>部屋に抜け毛が散らなくなった。</strong></span></p>
<p><span class="sc_marker y"><strong>冬場は毎年ドアノブの静電気に悩まされていたが、それがほとんどなくなった。</strong></span></p>
<p><span class="sc_marker y"><strong>毛が減ったことで、ボディソープの使用量が減った。</strong></span></p>
<p>と、いいことずくめ。</p>
<p>カミソリ負けにさえ気をつければ、足の毛を剃るのはとてもいいことだなあ！と思いました。（<span style="font-size: 10pt;">※ただし、時間もかかるし、肌に負担もかかるので、万人にはお勧めできないとも感じました。）</span></p>
<h2>ムダ毛処理への偏見</h2>
<p>何事も実際にやってみないとわからない、とはよく言いますが、私の場合、足の毛を剃ることはまさにそれでした。</p>
<p>実は、かつて私は髪の毛とヒゲを以外の「男性のムダ毛処理」を、愚かしい行為であるとすら考えていました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「剃るだの脱毛など、笑止千万！」</p>
<p>「脱毛ビジネスやファッションリーダーに煽動されておるのだ、世の人は！」</p>
<p>「おしゃれ目的ですね毛を剃るとか、片腹痛いわ！」</p>
<p>「毛は生えるに任せるが自然なり！」</p>
<p>少々誇張を加えておりますが、おおむねこんな具合です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>今にして思えば、まさに偏見だったなあ、と苦笑するばかり。</p>
<p>長い間、タイツと足の毛の相性の悪さに悩まされながら、毛を処理しようという風に考えが至らなかったのも、こうした不要なこだわりがあったせいもあるでしょう。</p>
<p>「男性らしさ」「おしゃれ嫌い」「謎のナチュラル志向」を是とする固定観念が生み出した偏見が、私を束縛していたのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>固定観念は視野を狭め、人間の可能性を縮小させるのだなあ。</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>足の剃毛を通じてこんなことを感じました。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/02/kebukai_man-254x300.png" alt="" width="129" height="152" class="alignnone wp-image-7820" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/02/kebukai_man-254x300.png 254w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/02/kebukai_man.png 339w" sizes="(max-width: 129px) 100vw, 129px" /></p>
]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>いかにして久保田は飛行機に乗り遅れたか</title>
		<link>https://zenkatsu.site/archives/7760</link>
					<comments>https://zenkatsu.site/archives/7760#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[久保田智照]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 21 Jan 2022 14:35:37 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[旅]]></category>
		<category><![CDATA[煩悩]]></category>
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					<description><![CDATA[本日はそこそこショックな出来事に遭遇した。 北海道から東京へ向かう飛行機に乗り遅れたのである。 ANAやJALなどのフルサービスキャリアであれば、遅れる可能性があると判明し次第、搭乗便の変更をすれば済む話だが、 あいにく私が利用しているのは…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>本日はそこそこショックな出来事に遭遇した。</p>
<p>北海道から東京へ向かう飛行機に乗り遅れたのである。</p>
<p>ANAやJALなどのフルサービスキャリアであれば、遅れる可能性があると判明し次第、搭乗便の変更をすれば済む話だが、</p>
<p>あいにく私が利用しているのは格安航空会社。</p>
<p><strong>キャンセルや搭乗便の変更には追加料金が発生</strong>する。</p>
<p><span style="font-size: 18pt;"><strong>それはもう、へこみにへこんだ。</strong></span></p>
<p>折角の僧侶ブログなので仏教の話をするのが本来であろうが、今日は乗り遅れのショックで頭がいっぱいである。<span style="font-size: 10pt;">（普段からそんなに仏教の話をしていないではないか、というツッコミはご遠慮いただきたい）</span></p>
<p>今回は反省と自己弁護のため、飛行機に乗り遅れるに至った自らの行動を振り返ってみたい。</p>
<h2>格安航空のメリット・デメリット</h2>
<p>そもそも格安航空は提供するサービスを最小限に抑え、料金の安さを実現している。</p>
<p>そのため、遅延や欠航の可能性が高かったり、搭乗口やカウンターが遠いなど空港での不便さがあったり、そのほか荷物の重量制限の厳格さ、サービスを追加するごとに手数料を取られるなどのリスクがある。</p>
<p>当然のことながら、利用者はこれらのメリットもデメリットも理解しておく必要がある。</p>
<p>常日頃、東京と北海道の往復に格安航空会社を利用している久保田。</p>
<p>乗り遅れることになった本日も、大きく間違った行動はとっていないと考えている。</p>
<p>それが何故、乗り遅れという失態を演じることとなったのか、前日夜の準備段階から振り返ってみたい。</p>
<h2>前日の準備</h2>
<p>前日の準備として、荷物をまとめておくのは勿論だが、最も重要になるのは翌日の空港までの交通手段の確認である。</p>
<p>札幌から新千歳空港への自家用車以外の交通手段は主に二つ。</p>
<p>JRとバスである。</p>
<p>冬の北海道において、天候による交通機関の遅れは日常茶飯事。</p>
<p>前日に天気予報をチェックし、遅延を予測するのも必要なことだ。</p>
<p>当日の天候は曇り。</p>
<p>雪予報に比べて、遅延の可能性は低いと言えるだろう。</p>
<p>それでも突然の遅れということはある。</p>
<p>多少遅れても問題がないよう、早め早めの行動は鉄則である。</p>
<p>とはいえ、早すぎるというのも考えもの。</p>
<p>私はいつも1時間弱の余裕を持って動くようにしている。</p>
<p>荷物を準備し、天候も考え、出発時刻を決定して眠りについた。</p>
<p>ここに大きな問題はなさそうだ。</p>
<h2>当日の動き</h2>
<p>翌朝、予定通り、家を出る。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>出発前に電車の運行情報を確認したが、特に遅れているわけではない</strong></span>ようである。</p>
<p><strong>地下鉄でJR駅に到着する。この時点でも遅延情報はない</strong>。</p>
<p>快速エアポート発車時刻5分前に改札を通過。</p>
<p>反対方向に進む電車が遅れているのが気になったが、こちら側は通常通り運行しているようだ。</p>
<p>あとは、到着した電車に乗っていけば出発時刻の1時間以上前には空港に着く予定だった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、そこでアナウンスが入る。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>「先を行く電車が凍結のため、復旧作業を行っております……」</strong></span></p>
<p>なんというタイミングか。</p>
<p>天候はチェックしていたが、凍結は盲点だった。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/01/23243765_s_optimized-300x243.jpg" alt="" width="260" height="211" class="alignnone wp-image-7763" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/01/23243765_s_optimized-300x243.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/01/23243765_s_optimized.jpg 640w" sizes="(max-width: 260px) 100vw, 260px" /></p>
<p>ここで選択を迫られる。</p>
<p><strong>「改札を出て、2つ隣の地下鉄駅に移動し、バスに変更すべきか否か。」</strong></p>
<p>今すぐに移動すれば、ギリギリでバスには間に合いそうだ。</p>
<p>しかし、もしバスに乗り遅れたら、飛行機にも乗り遅れるのは確定的。</p>
<p>また連日の大雪で道路状況が悪いこともあり、仮にバスに乗ったとしても遅れる可能性はある。</p>
<p>どうしたものか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>バスの時間が差し迫る中、迷う私の耳に、次なるアナウンスが入る。</p>
<p><strong>「まもなく復旧作業が完了し、運行が再開される見通しです」</strong></p>
<p><strong>それはまさに<span style="font-size: 18pt;">「福音」</span>に聞こえた。</strong></p>
<p>ならば問題ないだろう。</p>
<p>まだまだ時間には余裕がある。</p>
<p>仮に出発してから、さらに30分遅れたとしても、十分間に合う計算だ。</p>
<p>ここで復旧を待ち、当初の予定通りJRで向かうことにした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そのように決めたのだが……</p>
<p><strong>待てど暮らせど、電車の来る気配がない。</strong></p>
<p>どうしたことか、と思っていると、次なるアナウンスが流れ始めた。</p>
<p><strong>「先ほど復旧が完了とお伝えしましたが、電車に別の凍結箇所が見つかりました」</strong></p>
<p>ここで私の運命は決した。</p>
<p>「福音」かと思っていた先ほどのアナウンスは、福音どころか「喪黒福造」の用意した落とし穴だった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>電車の復旧を待ち、各駅間の停車でさらに時間を削られ、空港に到着したのは出発時刻の5分前。</p>
<p>実に1時間以上の遅れを経て、電車は新千歳空港に到着した。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/01/hikouki_gumo_optimized-300x290.png" alt="" width="151" height="146" class="alignnone wp-image-7764" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/01/hikouki_gumo_optimized-300x290.png 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/01/hikouki_gumo_optimized.png 400w" sizes="(max-width: 151px) 100vw, 151px" /></p>
<h2>私の行動の何が問題だったのか</h2>
<p>やはり乗り遅れたということであるから、もっとも考えるべきは、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>「もっと早く出発すべきであったのか」</strong></span></p>
<p>ということになるだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>では、交通機関遅延のリスクはどの程度あるのか。</p>
<p>ちょっと調べてみた。</p>
<p><span style="text-decoration: underline;">とある調査によると2016年のJR北海道において30分以上の遅れや運休が発生する件数は、走行距離1,000,000kmあたり、5.34件だそうだ。(※<a href="https://toku-raku.com/sapporo-jr-delay/">参照サイト</a>）</span></p>
<p>この数字に加え、冬期間であることと、利用路線の距離を考慮して<span style="font-size: 14pt;"><strong>「何回に1度、30分以上の遅れや運休に遭遇するか」を独自に算出</strong></span>したところ……</p>
<p><span style="font-size: 18pt;"><strong>「約315回に1回」</strong></span>となった。<span style="font-size: 10pt;">（※冬期であり本数の多い路線なので遅延発生件数を16倍にして、区間距離当たりの発生率を計算しました。<strong>実際の数字とは異なります。</strong>）</span></p>
<p>これは<strong>意外に少なく</strong>感じる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>冬の北海道において、遅れは日常茶飯事と書いたが、30分以上の遅れや運休となると、やはりまれであるようだ。</p>
<p>また今回は前日に天候のチェックも行い、出発前にも遅延を確認していた。</p>
<p><strong>低確率で発生する遅れのために、空港でしたいこともないのに、さらに30分近く家を早く出るのは果たして適切だろうか。</strong></p>
<p>またこの遅れによって失った金額はおよそ8,000円であったが、期待値にすれば一回あたり「25.2円」のリスクである。</p>
<p><strong>早朝の貴重な30分を家でゆっくり過ごすために25.2円を支払ったと思えば、そう悪い取引でもあるまい。</strong></p>
<p>今回はたまたま運悪く乗り遅れてしまったが、決断自体に大きな間違いはなかったのではないか。</p>
<p>そもそも乗り遅れのリスクもある格安料金なのだから仕方ないと、自分を慰めても許されるのではないか。</p>
<h2>おわりに</h2>
<p>失敗に学ぶということは、人間にとってとても重要なことである。</p>
<p>しかし、その失敗が、本当に失敗だったのかはよくよく考えねばならない。</p>
<p>今回のように、たとえ飛行機に乗り遅れたとしても、それが熟考の上でやむを得ないものであったならば、そんなにへこむ必要はないのではないか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker red"><strong>……だが</strong></span><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker red"><strong>、遅刻は信用を損なう。</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker red"><strong>信用はお金や時間に換算することはできない。</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker red"><strong>どれだけ計算を重ねても失った信用は簡単に返ってこない。</strong></span></p>
<p>大事な予定や約束がある時は、多すぎるくらい余裕を持ちましょう。</p>
<p>ブログの更新も遅れに遅れてしまいました。</p>
<p>ごめんなさい！</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/01/pose_syazai_sliding_dogeza_man_optimized-300x293.png" alt="" width="187" height="183" class="alignnone wp-image-7762" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/01/pose_syazai_sliding_dogeza_man_optimized-300x293.png 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2022/01/pose_syazai_sliding_dogeza_man_optimized.png 400w" sizes="(max-width: 187px) 100vw, 187px" /></p>
<p>それではまた！</p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>お蔵入り法話を引っ張り出してみた</title>
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					<comments>https://zenkatsu.site/archives/7428#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[久保田智照]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 14 Sep 2021 21:30:40 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[仏教]]></category>
		<category><![CDATA[法話]]></category>
		<category><![CDATA[煩悩]]></category>
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					<description><![CDATA[記事の内容が定まらずグーグルドライブを漁っていたら、数年前に書いて、 結局一度も話すことのなかった法話の原稿が出てきました。 法話のテーマは「無常」。 読んでみると、酒を飲んで書いたのではないかというほど調子に乗った文面で、 もはや法話と呼…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>記事の内容が定まらずグーグルドライブを漁っていたら、数年前に書いて、<br />
<span style="font-size: 14pt;"><strong>結局一度も話すことのなかった法話の原稿</strong></span>が出てきました。</p>
<p><span style="background-color: #ffffff; font-size: 16px;">法話の<span style="font-size: 14pt;"><strong>テーマは</strong><strong>「無常」</strong></span>。</span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>読んでみると、酒を飲んで書いたのではないかというほど調子に乗った文面で、<br />
<span style="background-color: #ffffff;">もはや法話と呼べるかすらもあやしいものでした。</span></strong></span></p>
<p><span style="font-size: 16px;">思わずファイルを消去してしまいたくなりました。</span></p>
<p>しかし、そこを何とか堪え、この法話(？)を活かす方法を考えました。</p>
<p>それは、<span style="font-size: 14pt;"><strong>「ダメな法話の例」としてご紹介し、反面教師のような役割を狙う</strong></span>というもの。</p>
<p><span style="background-color: #ffffff; font-size: 16px;">今回の記事は、過去の自分が書いた</span>「黒歴史」とも呼べるほどの痛々しい内容の法話（？）をご紹介し、</p>
<p>そこに<span style="font-size: 14pt;"><strong>自分自身で講評を加えるという「ひとり相撲システム」</strong></span>でお送りしてまいります。</p>
<p><span style="font-size: 10pt;"><strong>※　無駄に長い文章が続きます。すべてを丁寧に<span style="background-color: #ffffff;">読まれる方はそんなにいないとは思いますが、時間をなるべく無駄にしたくないという方は「講評（セルフ）」まで飛ばされることをお勧めいたします。</span></strong></span></p>
<h2>お蔵入り法話、その①</h2>
<p>本日は、健康のお話からさせていただきます。</p>
<p>初めに申しておきますと、いささかお下品な内容が含まれますので、<br />
聞くに耐えないと思われてしまう方もいらっしゃるかもしれません。</p>
<p>中には「あらやだ！聞いていられないわ！」と、<br />
出ていきたくなる人もいらっしゃるかもしれません。</p>
<p>基本的に、涙ですとか、ゲップですとか、体から出てくるものは、こらえない方が身体にも心にもいいものです。</p>
<p>しかしながら、聞き苦しい話に、皆さまの体が出ていきたくなっても、そこはグッとこらえて欲しいところです。</p>
<p>初めにお話いたしますのは、最近私の身に起きた出来事です。</p>
<p>人には節度、なんて言葉がございますが、私は生来、ついついやり過ぎてしまう、<br />
度を越えてしまうということが多くあります。</p>
<p>過ぎる、というのは大抵の場合、よくない結果を生みます。</p>
<p>私の体型をご覧いただければわかる通り、暴飲、暴食に始まり、<br />
ひとたびゲームやマンガに熱中すれば、夜明かしをしてしまうこともしばしば。</p>
<p>そうした不摂生のツケが、今こうしてメタボリックシンドロウムという形をとりまして、<br />
私を苛んでおるわけでございます。</p>
<p>あ、そうそう。勉強だけはやり過ぎたことはないですね<span>(</span>笑<span>)</span></p>
<p>そこだけはほどほどです。</p>
<p>まあ、そうした例外もありますが、実際に何事もやり過ぎはよくないものです。</p>
<p>そんな、「やり過ぎ」による失敗がつい先日もありました。</p>
<p>実はですね、私、いよいよもって年貢の納め時を実感いたしまして、不摂生に終止符を打ち、<br />
このメタボリックシンドロウムのボデーを何とかいたしましょう、と動き出しました。</p>
<p>食事のカロリーや、バランス、野菜の分量などに気を遣い、ささやかですが運動も始めました。</p>
<p>特定保健用食品こと、トクホも積極的に購入して、いよいよダイエットの大海原へと乗り出したわけです。</p>
<p>しかし、落とし穴は思わぬところに潜んでおりました。</p>
<p>ダイエットを始めて１週間もしないうちに、ひどい便秘になってしまったんです。</p>
<p>さらに、おなかにガスが溜まって動けなくなってしまうくらいの苦しみを味わいました。</p>
<p>これはおかしいぞ、と。</p>
<p>水分、ビタミン、ミネラル、食物繊維…。</p>
<p>お腹にいいものばかりをとっているはずなのに、どうしてこんなことになってしまったのか。</p>
<p>そう思い、自分の食べたものの何が原因だったのか、インターネットで調べてみたら、<br />
これじゃないか！と、思い当たるものがありました。</p>
<p>それが先に申しあげた、トクホ、特定保健用食品だったんです。</p>
<p>ダイエットを志して以来、私はなるべくトクホのドリンクを飲むようにしておりました。</p>
<p>脂肪の燃焼を助けるとか、食後の血糖値上昇を抑えるとか、いろいろな効用がありますが、<br />
その中で、私がしばしば口にしていたドリンクの成分表示を見てみますと、<br />
そこには食物繊維、とありました。</p>
<p>そう、恐らくですが、私の便秘の原因はこの食物繊維の取りすぎだったんです。</p>
<p>意外ですよね、私もそうでした。</p>
<p>しかし、インターネットを見たところ、食物繊維の種類によっては過剰摂取が腸内にガスを発生させ、<br />
お腹が張ることがある、と書いてあったんです。</p>
<p>その後、お腹のマッサージや食物繊維摂取を控えることで、事なきを得ました。</p>
<p>たとえ、良い、とされているものでも、やりすぎはいけないということです。</p>
<h2>お蔵入り法話、その②</h2>
<p>そして私が、思い通りにならない自分自身の便通になやまされ、<br />
トイレに腰掛け、ウンウンと唸りながら考えていたことがあります。</p>
<p>それは、人の生き死にです。</p>
<p>なんで、トイレをしながらそんなこと思うんだ、と感じる方もいらっしゃるかもしれません。</p>
<p>でも、よくよく考えてみると実は、トイレと生き死にってまったくの無関係ではありません。</p>
<p>私が何とかひねり出そうとしていたモノ、すなわち大便ですが、大便は死の固まりです。</p>
<p>私たちが口にしたもののなれの果てなわけですから、<br />
お肉にしてもお野菜にしても、それらいただいたものが出てきている。</p>
<p>しかし、実はそれだけではないんですね。</p>
<p>水分は除くとしても、大便の成分は７割以上が食べたものの残りかす以外なんです。</p>
<p>大便の成分の１つはビフィズス菌とか、大腸菌とか、腸内細菌の死骸です。</p>
<p>そしてもう１つは、私たちの腸の壁です。</p>
<p>私たちが食べたものから栄養を吸収してくれる腸の細胞の死骸が排泄されているわけです。</p>
<p>そうした様々な死の固まり、それが大便なんです。</p>
<p>私たちの周りには実に多くの死があります。</p>
<p>一度、この世に生まれたものは、その後、絶えず変化を続け、そしていずれは役目を終えてなくなってしまう。</p>
<p>仏教ではこの真理を、常なるものが無いと書いて、無常、諸行無常と言います。</p>
<p>私が高校生の時に、日本の古典を学んだ際にこの無常という言葉が出てきました。</p>
<p>実は、その時には、「無常＝死」と解釈すると教わりました。たとえばこんな風に使うわけです。</p>
<p>貴族社会で圧倒的な権力を持った人が、流行病であっけなく亡くなってしまった時に、<br />
「ひとたび無常がやってきたなら、貴族も平民も関係ない、この世はなんと儚いものよ。」こういった具合です。</p>
<p>ですから、私はそれ以来、無常と聞くと、なんとなく嫌なマイナスイメージを抱いておりました。</p>
<h2>お蔵入り法話、その③</h2>
<p>そもそも私は死ぬ、ということが幼い時から本当に恐ろしいと思っていました。</p>
<p>もう怖くて怖くて仕方がありませんでした。</p>
<p>死ぬことを恐れたことがない、という人は滅多にいないんじゃないかなあ、と思いますが、<br />
私は特にその恐れが強かったんじゃないかと思います。</p>
<p>初めて死ぬと言うことを意識したのは、曾祖母が亡くなった時です。</p>
<p>まだ物心がつくかつかないか、くらいの時でしたが、<br />
その時は「ふーん、もう会えないのかー」程度の認識だったように記憶しています。</p>
<p>それが、時が経って小学生になると、自我が強まり、それに伴って死がおそろしくなります。</p>
<p>死んで自分の意識が消えてなくなってしまう、という想像できない結末に、ただひたすら怯えていました。</p>
<p>とはいえ四六時中怯えているわけでもありません、ひとしきり怯えたら、いつしかその恐怖も薄れ、<br />
友達と遊んだり、ご飯を食べたりしているうちに忘れてしまいます。</p>
<p>しかし、忘れたからといって、いつか死んでしまうという事実がなくなるわけではありません。</p>
<p>ふとした拍子に、また思い出して恐ろしさに震えるということが度々ありました。</p>
<p>今でも覚えているのは、<span style="background-color: #ffffff; font-size: 16px;">私の</span><span style="font-size: 16px;">幼い頃、師匠である父が何の気なしに冗談で言った一言です。</span></p>
<p>「俺はな。大学生の時に『<span>20</span>年打ち』のツボを突かれたから、あと十年くらいで血を吐いて死ぬんだぞ」と。</p>
<p>北斗の拳でも読んだんですかね。</p>
<p>当時の私は子どもですし、それはもう信じました。</p>
<p>「え！？お父さんが死んじゃうなんて、そんなのいやだ！なんとか解除のツボを探そう！」<br />
そんな風に反応した気がします。</p>
<p>どうせ言った本人はすっかり忘れていることでしょうが、本当に死んでほしくないと思いました。</p>
<p>まあ、その時のみそぎではないですが、純真な子供の心を傷つけた罰として、<br />
これからもなるべく長生きしてもらって、馬車馬のように働いてほしいと思います。</p>
<p>……余計な話になってしまいました。</p>
<p>ともかく、子どもの頃から死を恐れていた私は、<br />
その恐怖から逃れるすべもないまま、成長し、大人になります。</p>
<p>そして死ぬことへの恐れが、そのまま無常という真理に対する嫌悪感になりました。</p>
<p>皆さんはドラゴンボールというマンガをご存知ですか。</p>
<p>「オッス、おら悟空」で有名なベストセラーです。</p>
<p>その漫画に登場するベジータ、フリーザという敵役はドラゴンボールの不思議な力で、<br />
不老不死になろうと目論みますが、私にはその気持ちがよくわかりました。</p>
<p>また古くは、中国の皇帝が不老不死の秘薬を求めたなんて事実もあります。</p>
<p>さらに言えば、現代においても、不治の病に侵された人が亡くなる直前に自分の脳みそを冷凍保存して、<br />
科学技術の発展した未来に生き返ろうとしたなんて話もあります。</p>
<p>私と同じように、とにかく、何とかして死から逃れたいと考えた人はいっぱいいたわけです。</p>
<p>しかしながら、人がいずれは死んでしまうという有り様が変わることはありません。</p>
<p>そう考えると、いくら一生懸命に生きたところでどこにも逃げ場がないように思え、<br />
私はいつしか無気力になっていきました。</p>
<p>頑張ったところで無駄だとか、今楽しいことだけやってればいいや、<br />
というような、どうしようもない考え方が強くなっていきました。</p>
<p>しかし、そんな考え方では、当然のことながら人生を楽しめるわけもありません。</p>
<p>無気力はさらなる無気力を呼び、気づけば、私は自分のことを、<br />
どうしようもない世の中に生きているどうしようもない人間、<br />
という風に考えてしまうようになりました。</p>
<p>無常から目を背け、自分をごまかしながらなんとなく日々を送っているそんな状態が長く続いていました。</p>
<h2>お蔵入り法話、その④</h2>
<p>しかし、そんな考え方が変わるきっかけがとうとう私にも訪れました。</p>
<p>それは無常をあつかった仏教の講義でした。</p>
<p>そこで無常は、死とか儚いという、これまで私が抱いてきたイメージ通りのものではなく、<br />
移り変わってゆく世界の姿そのものであると説かれました。</p>
<p>そして私にとって決定的だったのは、講師の先生が、<br />
「無常というと、死とか、老いとか、悪い方にとらえられがちだが、実際の姿は違う。<br />
この世が無常であるからこそ、人は成長もするし、新しい命の誕生に喜びを感じることさえあるんだ」<br />
と、教えてくださったことでした。</p>
<p>結局、私は無常という真理に対して、はじめに抱いてしまった嫌悪感にいつまでも囚われていた、と気付いたのです。</p>
<p>仏教の学びを深めていくにつれ、無常の中に生き、<br />
無常の中に生かされる人間のあり方を少しずつ受け入れていけるようになりました。</p>
<p>はじめに排泄物の話をしましたが、私たちの命は動物や植物、細菌、<br />
普段私たちが自分の身体の一部とさえ認識していない腸壁など、<br />
多くの無常なるものによって支えられています。</p>
<p>もちろん無常という真理は、時に残酷とも思えるほどの現実を私たちに突きつけます。</p>
<p>でもその一方で、移り変わる世界だからこそ得られる喜びを与えてくれることもあるのです。</p>
<p>楽しかったことが終わりを迎え、時に愛する人と別れて、<br />
「ああ……無常……」と悲嘆に暮れてしまうこともあれば、<br />
美しい朝焼けや新たな出会いに、「ああ！無常！」と感動できることもある、<br />
それは素晴らしい人間の営みだと言えるのではないでしょうか。</p>
<p>思えば、極端に自らの死を恐れていた私は、無常の真理の一側面しか見ていなかったのです。</p>
<p>絶えず変化を続けるこの世界の中で、自らも無常であると自覚し、その変化を受け入れていく。</p>
<p>そこには、当然死も含まれますが、それだけでない真実の営みに気付くこともできるでしょう。</p>
<p>そうなったとき、無常も死も恐れる対象ではなくなっていくのかもしれません。</p>
<p>それでは、以上で法話を終えさせていただきます。ご清聴ありがとうございました。</p>
<h2>講評（セルフ）</h2>
<p>・ところどころ無理に笑いを取りに行っている感じが痛々しい。</p>
<p>・「楽しませよう＞法を伝えよう」になってしまっていて、内容が上滑りしている。<br />
しかも面白く話せるかは疑問。</p>
<p>・まとめが強引かつ曖昧。</p>
<p>・全体的に<span style="font-size: 14pt;"><strong>冗長</strong></span>。起承転結の「承」が長すぎる。<span style="font-size: 14pt;"><strong>法話は例話を話すためのものではない。</strong></span></p>
<p>・諸行無常を肯定的に捉えられるようになった<span style="font-size: 14pt;"><span style="font-size: 12pt;">きっかけが<br />
</span><strong>「仏教の講義で学んだから」ではリアリティがなさすぎる。<br />
</strong></span>　自分自身は事実と感じているのかもしれないが、<strong>そう思えるようになった理由は他にもあるのでは</strong>ないか。</p>
<h2>おわりに</h2>
<p>いかがでしたでしょうか。</p>
<p>今回は世にも恥ずかしいお蔵入り法話を、人前でお話をされる皆様の悪い見本とするべく、ご紹介いたしました。</p>
<p>私はよく、回りくどい伝え方をしてしまうという悪いクセを持っているのですが、<br />
<span style="background-color: #ffffff; font-size: 16px;">特に</span><span style="font-size: 16px;">この法話ではそれが顕著に表れてしまった、と思います。</span></p>
<p>それでは、今回はこの辺で。</p>
<p>お目汚し失礼いたしました。</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>30年前の絵本は子どもに読ませられない</title>
		<link>https://zenkatsu.site/archives/7357</link>
					<comments>https://zenkatsu.site/archives/7357#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[久保田智照]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 31 Aug 2021 21:30:02 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[煩悩]]></category>
		<category><![CDATA[社会]]></category>
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					<description><![CDATA[スポンサードリンク 桃太郎、金太郎、力太郎。 はなさかじいさん、かちかち山、さるかに合戦。 幼い頃、多くの人が慣れ親しんだ絵本。 冒険に心躍らせ、子どもの夢を膨らませてくれた愛すべき物語たち。 先日、実家の本棚に並べてあった絵本を眺め、 &#038;…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>スポンサードリンク</p>
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<p>桃太郎、金太郎、力太郎。</p>
<p>はなさかじいさん、かちかち山、さるかに合戦。</p>
<p>幼い頃、多くの人が慣れ親しんだ絵本。</p>
<p>冒険に心躍らせ、子どもの夢を膨らませてくれた愛すべき物語たち。</p>
<p>先日、実家の本棚に並べてあった絵本を眺め、</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>「親子で同じ絵本を読んで成長するってのもいいなあ」</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>と思い、ページをめくっていきました。</p>
<p>幼い頃繰り返し読んで、ところどころ痛みもある絵本に懐かしさを感じながら……</p>
<p><span style="font-size: 18pt;"><strong>「うん。これは子どもに読ませられないな！」</strong></span></p>
<p>と思いました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 18pt;"><strong>なんということでしょう。</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>35年の時を経て、</p>
<p><strong><span style="font-size: 14pt;">かつて私が慣れ親しんだ物語は、現代の世相にそぐわない不適切書籍へと変貌</span>していた</strong>のです。</p>
<p>今回は、古い絵本における「問題」表現を取り上げて考えていきます。</p>
<h2>①人命軽視、残酷、暴力、復讐</h2>
<p>古い絵本を読んで一番最初に目に付いたのが、これです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 14pt;">「割とえげつない暴力」がさらりと描写されている</span>ケースが目立ちます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>たとえば、</p>
<p>・シンドバッドの冒険→一生肩車してもらいながら生活しようとする謎のおじいさんを、酒で酔わせて岩に叩きつけて殺す</p>
<p>・アリババと40人の盗賊→アリババの兄がバラバラにされて殺される。盗賊の親分は心臓を一突きにされて殺される。盗賊の子分たちは煮えたぎった油で殺される。</p>
<p>などです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>日本の物語で言えば、</p>
<p>・カチカチ山→おばあさんは撲殺される、狸は復讐されて死ぬ（ともに生存verあり）</p>
<p>・さるかに合戦→カニのお母さんは殺される、サルは復讐されて死ぬ（ともに生存verあり）</p>
<p>・三枚のお札→和尚さんが山姥をモチにくるんで食べちゃう</p>
<p>など。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そのほかにも、</p>
<p>宝島では当たり前のように登場人物が「ころせ！」と口走っていたり、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker y"><strong>幼児向けとは思えないほど、血なまぐさい描写が使われていました。</strong></span></p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/09/seikimatsu_man_optimized-253x300.png" alt="" width="169" height="200" class="alignnone wp-image-7388" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/09/seikimatsu_man_optimized-253x300.png 253w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/09/seikimatsu_man_optimized.png 337w" sizes="(max-width: 169px) 100vw, 169px" /></p>
<h2>②立身出世、結婚END多すぎ</h2>
<p>次にあげたいのが、こちら。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker y"><strong>立身出世、結婚END多すぎ問題</strong></span>です。</p>
<p>原作準拠ということも当然あるでしょうが、特に日本の昔話をモチーフにした絵本は、</p>
<p>&nbsp;</p>
<p style="font-size: 16px;"><strong>「活躍が評価されて仕官に成功or財宝を手に入れて金持ちになる」</strong></p>
<p><strong><span style="font-size: 16px;">「良家のお嬢さんを嫁にもらうor婿入り」</span></strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>といった<span style="font-size: 18pt;"><strong>「立身出世」や「結婚」で終わりがち</strong></span>です。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/09/life_syusse_kaidou_man_optimized-257x300.png" alt="" width="146" height="170" class="alignnone wp-image-7386" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/09/life_syusse_kaidou_man_optimized-257x300.png 257w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/09/life_syusse_kaidou_man_optimized.png 342w" sizes="(max-width: 146px) 100vw, 146px" /><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/09/shinzenshiki_couple2_optimized-281x300.png" alt="" width="139" height="148" class="alignnone wp-image-7389" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/09/shinzenshiki_couple2_optimized-281x300.png 281w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/09/shinzenshiki_couple2_optimized.png 749w" sizes="(max-width: 139px) 100vw, 139px" /></p>
<p>これの何が問題かというと、いわゆる<span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker y"><strong>ステレオタイプを生む</strong></span>ということです。</p>
<p>もちろん出世も結婚も、人が幸せを得るための一つのカタチと言えるでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、これも<span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker red"><strong>当然のことですが、幸せの形はそれだけではありません</strong></span>。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong><span class="sc_marker red">仕官を断って実家に帰ってもいいし、結婚してなくても幸せになれるはず</span></strong>です。</p>
<p>出世END、結婚END自体が悪いというわけではありませんが、<span class="sc_marker red" style="font-size: 14pt;"><strong>物語の結末がこればかりというのはどうにもアンバランスである</strong></span>ように思えました。</p>
<h2>③差別・人権問題</h2>
<p>そして、最も大きな問題がこれ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>差別や人権問題につながりかねない表現がある</strong></span>ことです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>たとえば、誰もが知っている昔ばなし<span style="font-size: 14pt;"><strong>「桃太郎」</strong></span>では、犬・サル・キジを「家来」にします。</p>
<p>これは<span style="font-size: 14pt;">当時の時代背景において、主従関係が明確にあったことを踏まえれば当たり前の描写</span>かもしれません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし<span style="font-size: 14pt;"><strong>現代の人間関係において<span style="background-color: #ffffff;">雇用関係や師弟関係などはあっても、</span></strong></span><span style="font-size: 16px;"><span style="font-size: 14pt;"><strong>主・従という関係性はあってはならない</strong></span>ものとされています。</span></p>
<p>あってはならない主従の関係性を求めれば、それは<span style="font-size: 14pt;"><strong>パワハラの一種</strong></span>とされることでしょう。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/09/monogatari_momotarou_optimized-300x258.png" alt="" width="193" height="166" class="alignnone wp-image-7387" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/09/monogatari_momotarou_optimized-300x258.png 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/09/monogatari_momotarou_optimized.png 450w" sizes="(max-width: 193px) 100vw, 193px" /></p>
<p>また、<strong><span style="font-size: 14pt;">「一寸法師」</span></strong>は鬼を退治した法師が、打ち出の小づちで身体を大きくしてもらうことで姫様と結婚できるというストーリーです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker y"><strong>身体の小ささを活かして鬼を退治した</strong>のに、</span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker y">結局、<strong>小さいままの法師は姫様と添い遂げることはできない</strong></span>のでしょうか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>考えすぎかもしれませんが、これは<span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker blue"><strong>「小さい」＝「足りない」ということになってしまいかねない</strong></span>描写だと思います。</p>
<h2>どこまで脚色するべきか</h2>
<p>古い絵本には、様々な問題があると思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>一方で、<span style="font-size: 14pt;"><strong>「ちびくろサンボ」</strong></span>のように長く親しまれてきた物語を<span style="font-size: 14pt;"><strong>「不適切だから」という理由で闇に葬ってしまうのもあまりに短慮</strong></span>ではないでしょうか。</p>
<p>親と子が同じ物語を読んで育つということは、大きな意義があることだと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そこで、必要になってくるのが問題のある表現の脚色です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>過激な描写は少し柔らかに。</strong></p>
<p><strong>むやみやたらと登場人物を殺す必要はありませんし、</strong></p>
<p><strong>復讐というストーリーも「恨みを晴らす」から「懲らしめなければならない」という義憤に置き換えることも可能</strong>だと思います。（それでも私刑という問題は残りますが）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker y"><strong>ただ、物語をあまりに大きく変えてしまう脚色は、その物語が本来持ちえた教育上の意味を損なわせる可能性もあります。</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>その例として挙げたいのが<span style="font-size: 14pt;"><strong>「おばあさんが殺されないカチカチ山」</strong></span>です。</p>
<h2>「おばあさんが殺されないカチカチ山」が失ったもの</h2>
<p>カチカチ山のストーリーには、おばあさんが殺されないものも含めていくつかパターンがありますが、私が読んだカチカチ山はおおむねこのような内容でした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>狸を殺そうとしたおばあさんが逆に殺されてしまう</strong></p>
<p><strong>　↓</strong></p>
<p><strong>ウサギが怒り、狸を痛めつける</strong></p>
<p><strong>　↓</strong></p>
<p><strong>悪事を悔いた狸は、心を入れ替える</strong></p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/09/kachikachiyama_optimized-300x214.png" alt="" width="196" height="140" class="alignnone wp-image-7385" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/09/kachikachiyama_optimized-300x214.png 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/09/kachikachiyama_optimized.png 500w" sizes="(max-width: 196px) 100vw, 196px" /></p>
<p>このストーリーについて、私は幼いながらに大きな疑問を感じていました。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>「大切な人を殺された恨みを、痛めつけたくらいで果たして許せるものだろうか」</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>「おじいさんはなぜ狸を許してしまったのか」</strong></span></p>
<p>物語上のこととはいえ、幼い私にはどうにも納得がいきませんでした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、歳を経るにつれ、<span style="font-size: 14pt;"><strong>おじいさんが狸を許したことに大きな意味がある</strong></span>ように思えてきたのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>現実の世の中では……悲しい話ですが、暴力や争いは絶えていません。</p>
<p>報復という行為も繰り返されているのが現状です。</p>
<p>しかし、<span style="font-size: 14pt;"><strong>当たり前の話ですが暴力に暴力で返すという行いを繰り返している限り、絶対に暴力はなくならない</strong></span>のです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 18pt;"><strong>「おばあさんを殺した狸ですら、おじいさんは許した。」</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>これは私にとって、争いについて考える原体験となりました。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>もし私が読んだカチカチ山が「おばあさんが殺されないカチカチ山」だったとしたら、私はここまで深く考えなかった</strong></span>でしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>「殴ったから殴り返されたんだよね。悪いことをしたら、報いを受けるんだね。」</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>というところで、考えは止まっていたと思います。</strong></p>
<h2>まとめ</h2>
<p>私たちが生きる社会には、残念ながら未だ暴力も差別も存在しています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そこで、子どもたちに読ませる物語に必要となるのは、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>「悪いことは悪いこととして描く」</strong></span>ということだと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong><span style="font-size: 14pt;">悪いこと、不都合なことをことごとく物語の中から排除していったとしたら</span>何が起きるでしょうか。</strong></p>
<p><strong>私は、物語に描かれる<span style="font-size: 14pt;">理想の世界とはほど遠い姿をしている現実の世界への絶望が残ってしまう</span>と思います。</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>子どもが物語を読むことの意義が、</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>「物語を通じた学習によって現実の社会を生きる知恵を身に付ける」</strong></span></p>
<p>ことだとしたら、物語の世界で暴力や差別を描かないことには大きな問題もあるのではないでしょうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>時代とともに、物語もまた変化していくのは当然のことかもしれません。</p>
<p>しかし、願わくば、その変化の中で物語が伝える大切な部分が失われないことを望みます。</p>
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