森喜朗氏の辞任劇に思う:ジェンダーギャップと「口中の斧」

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東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長の森喜朗氏が、

 

「女性が多く入っている理事会は時間がかかる」「時間を規制しないとなかなか終わらないので困る」

 

という一連の問題発言をきっかけに辞任を表明しました。

 

新型コロナウイルスが未だ収まらず、開催の是非すら問われている最中、

トップである森氏がジェンダー平等に後ろ足で砂をかけるような発言をしたことで、

東京オリンピック・パラリンピックに冷や水をぶっかけるような格好になってしまったと思います。

 

今回は、森氏の発言をめぐる一連の騒動について思ったことを記事にまとめていきます。

「また」か

「軽口」によって、不快な思いをした経験があるという方は非常に多いのではないかと思います。

 

リップサービスなのか、ちょっとした皮肉のつもりなのか……

その真意がどこにあるにせよ、責任ある立場の人間が公の場で不特定多数の人を傷つけるような発言を行うことは好ましいものではありません。

 

特にオリンピックという世界的イベントへの注目が集まる中で、組織委員会の会長が現代のジェンダー感覚とはかけ離れた「軽口」を叩いてしまったことは、残念というほかありません。

 

思い返せば、森氏は以前から多くの「軽口」が物議をかもし、そのたびに問題視されてきました。

たしかに非常に優れた人脈や政治力を持ち、スポーツ界への貢献実績もあり、各界との折衝を十分にこなすだけの能力は持ち合わせている人なのでしょうが、

言葉を軽々しく扱うというのは、それらすべてのメリットを帳消しにしてしまうほどの大きなデメリットであるということが、

今回の騒動ではっきりしてしまったのではないでしょうか。

遅れている日本のジェンダー平等

日本はジェンダー平等という点において、諸外国に大きく後れを取っているということが言われています。

経済・政治・健康・教育の4つの指標からなる2020年のジェンダーギャップ指数では、151か国中121位となっています。

その内訳を見ていくと、健康・教育という面では、上位の国々と遜色ないものの、

特に政治・経済で著しく指数が低くなっています。

わが国の将来を考えたときに、従来の男性中心の社会構造を改め、様々な分野で女性の積極的参画を促すことの必要性は、もはや言及するまでもありません。

国を挙げてジェンダーギャップ解消に大きく舵を切るべき時に、かつて首相を務め、スポーツを通じて日本の良さをアピールするべき立場にある人が今回のような発言をした。

 

批判が集まるのは、当然のことだと思います。

一番残念だったのは……

私が一番残念に思うのは、森氏の謝罪会見です。

 

謝罪とは言うものの、私がテレビ報道を通じて得た感想は、

「これではおよそ謝罪とは呼べないのではないか?」

というものでした。

 

確かに、言葉の中に謝罪と取れる文言は含まれているものの、

発言に関する弁明が多く、おそらくは長年要職を務めたという自負から来るであろう森氏の尊大さが目立ってしまったからです。

 

実のところ、私はこの謝罪会見に大きな期待を寄せていました。

 

というのも、誤りを認めて、改善に向けて進んでいくという姿勢が、今の日本全体のジェンダーギャップ解消に必要ではないか、と考えているからです。

 

私たちは誰しも間違いを起こします。

 

自分の中にある感覚がいつの間にか時代遅れになっていた……

冗談のつもりが言わなくていいことまで言ってしまった……

余計なことと知りつつも、口出し、手出ししてしまう……

 

間違いを犯したときに必要なこと自ら非を認めた上で深く反省し、改善に努めるということではないでしょうか。

 

男尊女卑、イエ制度、働き方……

ジェンダーギャップの問題は、長く日本に根差してきた旧来の社会システムが抱えてきた問題でもあります。

 

それだけに、意識的にせよ無意識的にせよ、人の意識の中にそうした旧来の慣習にもとづく価値観が残っていることは、ある意味で自然なことでもあります。

 

私も含め、多くの人が未だに心のどこかに男女格差を容認する考え方を残してしまっている可能性もあります。

だからこそ、反省し、改善するというプロセスを適切に働かせなければならないのではないでしょうか。

 

今回の森氏の女性蔑視発言をめぐる一連の騒動についても、

発言の根源にある自分自身の問題を深く反省し、改めるべきところは改めるという姿勢を表明した上で、

自らの進退をしかるべき委員会にて問う、としっかり伝えてほしかったと思うのです。

 

私が思う森氏による女性蔑視発言の一番の問題点は、発言を呼び起こした森氏自身の意識・認識が、おそらくは「改められなかった」ということです。

 

森氏のように影響力を持つ人が、公に「改める」ことは、今後のジェンダーギャップ解消への重要な一石となるのではないか、

そう思っていただけに、残念でなりません。

報道は公正だったのか

今回の騒動をめぐって、もう一つ私が気になったのは、森氏に対する報道の姿勢です。

 

これはあくまで一連の報道から私が受けた印象であるというところを出ないのですが、

ニュースやワードショーなどで、森氏のヒートアップしている場面が繰り返し流されておりましたが、ここに一部印象操作に近いものを感じました。

「逆ギレ」と表現したメディアもあったように、もちろん質問に受け答えする森氏のふてくされたような態度にも大きな問題があったと思いますが、

 

一方で記者の質問も、森氏を怒らせて更なる失態を誘おうとしているのではないかと勘繰りたくなるようなものがありました

 

またワイドショーやSNSなどにおける知識人・政治家からの意見の中にも、

今回の発言そのものを批判するのではなく、森氏に対する中傷や人格攻撃に近いものも見て取れました。

 

森氏自身、「おもしろおかしく書きたいんだろ?」と口にしていて、

これはこれで非常に問題のある発言だとも思いますが、確かにそうした側面はあったと思います。

 

ともかく私は、このように一人の人間に批判の矛先が向かい、徹底的にやり込められるという構図がどうにも気に入りませんでした

口中の斧

「人が生まれたときには、実に口の中に斧が生じている。人は悪口を語って、その斧によって自分自身を斬る。」

 

これはお釈迦様の言葉で、初期の仏典であるスッタニパータの一節です。

情報通信技術が発達した現代社会では、発した言葉は驚くほど簡単に広がります。

 

そして、その言葉がよくない物であった場合、その分だけ多くの人を傷つけ、

最終的にその報いは自らに返ってきます。

 

口は禍のもと、ということわざもありますが、自らの口が発する言葉の影響力を決して軽んじてはなりません

私自身、ついつい「軽口」を叩いてしまう方なのですが、

雄弁は銀、沈黙は金という言葉もあるように、

言葉の重みを十分に認識し、正しい言葉を使っていきたいものです。

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