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今回の記事も、以前にYouTubeで配信した「永平寺の1ヶ月の流れと1日の流れについて」お送りします!
ただ、これからお話する内容はあくまでも私が修行していた時の永平寺の流れになりますので、現在の永平寺や他の修行道場では違うかもしれませんので、その点ご了承いただけたらと思います。
動画を見た方でも、わかりにくかった方はどうぞこちらもご覧ください。
Contents
永平寺の1ヶ月の流れ
それでは最初に1ヶ月の流れについて説明したいと思います。
私たちは、普段カレンダー通りのスケジュール、1週間が7日、4週間で1ヶ月というサイクルで送っていると思います。
ただ永平寺では、曜日というスケジュールではなく、1と6の付く日、2と7の付く日、3と8の付く日、4と9の付く日、5と0、10の付く日の5日間のサイクルで生活を送っています。
私たちは一六日、二七日、三八日、四九日、五十日という言い方をしますが、末尾が何日かということが重要になってきます。
大本山總持寺を開かれた螢山禅師が著した『螢山清規』という書物があります。
清規とは禅宗修行道場における決まりのことですが、螢山禅師が僧堂の決まりについて示した決まりの中に、日によって何の行持をするのかが書かれています。
螢山清規によると以下のように定められていました。
一六日「請益」
住職や老僧が、修行僧や在家の方に対しての勉強会の日。(本来は、益を請うことなので、修行僧が老僧に質問をすることを指すが、瑩山禅師は勉強会のようなことを開いていた可能性があります。
二七日「入室」
修行僧が老僧に対して、修行や上堂、請益でわからなかったことを1対1で聴く日。本来の請益は入室を同義だった可能性があります。
三八日「念誦」
坐禅堂(僧堂)において、修行の無事や益々精進することへの祈りと誓いをする日。
四九日「浄髪」
髪を剃ったり、お風呂に入ったりする日。
五十日「上堂」
住職が修行僧に説法をする日。
ただ、現在では三八日の念誦と四九日の浄髪は必ず行なっておりますが、上堂、請益、入室という行持は行われていません。
その代わり、夜の時間に老僧が修行僧に講義を行ったり、11日と16日は道元禅師が著した「永平清規」を読む日もあります。
また、四九日は、起きる時間が1時間遅くなり、このあと説明しますが、日中の作務と呼ばれる掃除や、夜の坐禅がないため、比較的ゆったりとした1日になります。
あとは、その月によって色々な行持があったりしますが、全部話すと1万字を超える字数になるので、ひとまず修行道場では、1週間が7日という区切りではなく、5日サイクルで生活を行なっていると覚えていただけたらと思います!
永平寺の1日の流れ
次に1日の流れについて説明します!
ざっと、表にすると以下の感じの流れになります。
まず起きる時間、これを振鈴と言いますが、春秋は4時、夏は3時半、冬は4時半になります。
現在では通年4時に変わったと聞きましたが、私が修行していた時は、このように季節によって起きる時間が分かれていました。
朝起きたら、洗面、顔を洗い身支度を整え、坐禅堂で朝の坐禅となります。
朝の坐禅のことを、暁天坐禅と言いますが、大体40分〜50分くらいの坐禅となります。
朝の坐禅が終わって、続いて法堂と呼ばれる、一般のお寺で言いますと本堂にあたる場所で、朝のお勤めとなります。
朝のお勤めのことを、朝課諷経と言います
お釈迦様を初め、仏法を伝えてくれた祖師方、また永平寺の歴代の住職などに対して、読経、回向を行います。
朝課諷経以外に他に法要が入ることもあるのですが、特に何もなければ1時間くらいのお勤めとなります。
私が永平寺修行中には、色々な法要を含め、朝のお勤めが終わるまで4時間以上かかったこともあります。
朝課諷経が終わり、朝のご飯、朝食となります。
朝食のことを、小食と言いますが、こちらは坐禅堂で坐禅をしながら応量器という専用の食器を使って作法に則って食事をいただきます。
以前、応量器の食事作法についての動画を配信しているので、気になる方はそちらも見てみてください!
小食は、玄米粥に梅干したくあん胡麻塩という献立で、とても質素ではありますが、細かい作法と様々なお唱えごとがあるので、坐禅堂に入ってから大体1時間くらいとなります。
小食が終わって、廻廊掃除。
これはある意味で修行道場の代名詞とも言える光景ですが、永平寺の廊下を雑巾で365日毎日隅々まで拭きあげます。
特に永平寺は階段が多いので、これが結構足腰にきます。
おそらく廻廊清掃があることによって運動不足にならずに済んでいたのだと思います。
廻廊が終わって、次に午前中の作務になります。
作務は、庭はきや草取り、冬だったら雪かきがメインになりますが、基本的に晴れていたら大体1時間〜1時間半くらい外の掃除になります。
そして、先ほどもお話しましたが、四九日は午前中に浄髪を行います。
午前中の作務が終わり、11時からお昼のお勤めとなります。
お昼のお勤めのことを、日中諷経と言いますが、今度は仏殿という建物で読経をします。
そして、日中諷経が終わって昼ご飯になります。
昼のご飯のことを中食と言い、こちらも坐禅堂での食事なります。
中食は、1汁1菜の献立になります。
中食が終わり、午後はまた作務になります。
そして16時半から、夕方のお勤めとなります。
夕方のお勤めのことを、晩課諷経と言います。
こちらも仏殿と呼ばれる建物で読経となりますが、三八日のみ僧堂で念誦が行われます。
晩課諷経が終わり、夕食となります。
夕食のことを薬石と言いますが、薬石は坐禅堂ではなく、永平寺内にあるそれぞれの部署にて摂ることなります。
薬石は1汁2菜の食事になります。
薬石をとり終えてから、時間がある人は、お風呂に入ることができます。
本来であれば四九日だけがお風呂に入る日と定められていましたが、今では作務などで汗をかいたりするので、衛生的な観点からも、毎日お風呂に入ることが許されております。
そして、夜は7時から9時まで、40分の坐禅が2回行われます。
夜の坐禅のことを夜坐と言いますが、毎日坐禅があるわけではなく、先ほどもお伝えした通り、内講と言って老僧が修行僧に対して、講義を開く日もありますし、また四九日は夜の行持がありません。
そして、9時から開枕と言って、今から寝てもいいですよーという時間になります。
ただ次の日の準備などもあり、だいたい寝るのは完全消灯の22時半頃になります。
このようにざっくり1日を振り返ると季節によって3時半〜4時半に起きて、朝坐禅をして、朝のお勤め、朝ごはん、廻廊掃除、作務、昼のお勤め、昼ごはん、作務、夕方のお勤め、夕飯、夜の坐禅という流れで進んでいきます。
ただ、この他にも午前中や午後に坐禅が入ったり、作務の時間に講義が入ったりもありますが、この流れが1番ベーシックな1日のとなります。
まとめ
よく修行というと滝に打たれたり、火の上を歩いたり、断食をしたりといったイメージが多いかと思いますが、曹洞宗の修行僧は一切そう言ったことはありません。
と、いうのも曹洞宗の教えは修証一等といい、修行の中にこそ悟り(証悟)があるという教えになります。
つまり何か特別な行いをして、修行を積み重ねて悟りに至るのではなくて、日々の修行、日々の行いを丁寧に行って行くことが安らかな境地に至る道だと説くわけです。
だからこそ毎日決められた生活の中で、一つ一つ行じていくことが修行なのです。
永平寺の修行は厳しいといいますけれども、こうしてスケジュール見たりすると、緩くはないですけれども理にかなった生活をしていることがわかります。
もちろん最初修行を始めた当初は、生活についていくことがいっぱいいっぱいで、厳しいなーと思ったこともありますが、それは曹洞宗の修行というより、長らく続いていた体育会系の風潮が厳しさと混同しているように感じます。
と、いうことで今回は永平寺の1ヶ月、1日の流れについてお話しさせていただきました。
お読みいただきありがとうございました(^ ^)