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2020年は新型コロナの影響もあり、何かと落ち着かない年になりました。

私個人も、禅活もそうですが、様々な予定や計画が思い通りにいかなくなり、大変な苦労をされた方、また未だ混乱の中にある方も相当に多いことと思います。

年末ということで、今回はこれまでに久保田が書いた記事を紹介しながら、この一年を振り返ってみたいと思います。

コロナのこと

今年一年を振り返るにあたり、まず考えなければならないのがコロナウイルスのことでしょう。

今年の流行語大賞に「三密」が選ばれたり、今年の漢字が「密」であったり……

当記事をご覧の皆様も、何かにつけコロナ、コロナと耳にしてしまう現状に辟易としておられることでしょうが、

やはり2020年がどういう年であったかを考えるに、新型コロナがもたらした影響は考慮に入れざるを得ません。

新型コロナに関しては様々な見解や予測が飛び交っています。

たとえば……、感染拡大が深刻化すれば、想像を絶する人的被害が出る。

あるいは……、対応を誤れば、経済も医療も壊滅する、など。

このような情報ばかり目にするうちに、私も不安や恐怖を掻き立てられるような思いがしました。

そしてコロナをめぐる様々な報道や社会の動向を見つめているうち、

私は人に対する「不寛容や、「分断と対立」など、現代社会の抱える大きな問題が浮き彫りになったのではないかと思うようになりました。

例を挙げればマスク着用や県外への移動をめぐる「自粛警察」の登場、アメリカ大統領選挙における支持者の対立など。

それぞれの「正しさ」をめぐって、人同士がぶつかり合う様に心を痛めることが多かったように思います。

意見や考え方の異なる相手を拒むのではなく、受け入れる。

言うは易し行うは難し、だとは思いますが、

今こそあらためて考えていくべきテーマだと思います。

スポーツのこと

また今年は延期となった東京オリンピックをはじめ、様々なプロスポーツも新型コロナの影響を受け、当初は開催すら危ぶまれました。

しかしプロ野球や大相撲、モータースポーツなど、シーズンの開始を遅らせる形で多くのスポーツイベントが行われました。

これはコロナのリスクがある中で、それでも開催したい、開催してほしい、という思いを多くの人が抱いていたということだと思います。

それどころか、

新型コロナによって社会が暗く落ち込んでしまいそうな時だからこそ、開催しなければならない。

このように考えたスポーツ関係者も数多くいたことでしょう。

そこにはスポーツの持つ力によって、人を励ましたい、元気にしたいという意志が、少なからず働いたのではないかと思えます。

こちらは東京オリンピックの延期について書いた記事ですが、

人の願いや祈りを集め、団結を促す力がスポーツにはあるように思います。

次に紹介するのは、無観客で開催された大相撲春場所における、理事長あいさつの一部抜粋です。

古来から力士の四股は、邪悪なものを土の下に押し込む力があると言われてきました。また、横綱の土俵入りは五穀豊穣と世の中の平安を祈願するために行われてきました。
力士の体は、健康な体の象徴だともいわれます。
床山が髪を結い、呼出が拍子木を打ち、行司が土俵をさばき、そして、力士が四股を踏む。この一連の所作が、人々に感動を与えると同時に、大地を鎮め、邪悪なものを押さえこむのだと信じられてきました。
こういった大相撲のもつ力が、日本はもちろん世界中の方々に勇気や感動を与え、世の中に平安を呼び戻すことができるよう、協会員一同、一丸となり、15日間、全力で努力する所存でございます。何とぞ千秋楽まで、温かいご声援を賜りますよう、お願い申し上げごあいさつと致します
※引用:NHKニュース「無観客の春場所 八角理事長が異例のあいさつ【全文】」

まさに願いと祈りを込めて開催されたということが伝わります。

そして大相撲をはじめとする様々なスポーツを観ているうちに、私自身がどこか救われたような気持ちになっていることに気が付きました。

コロナの影響下で開催された多くのスポーツを通じて、願いや祈りの力をあらためて確認できたように思えました。

分断と対立のこと

ただ、やはり私が気がかりなのは、人と人、国と国など、あらゆる場面で問題視される分断や対立の深刻化です。

日本における自粛警察はじめ、報道によればアメリカでは大統領選挙やコロナウイルスをめぐる陰謀論すらまかり通ってしまうような状況にあるとのこと。

この問題が今後世界を大きく揺るがすことになっていくのではないかという懸念が拭えません。

いくら心配しても仕方がないような気もしますが、この問題に関して一つ興味深いネット記事を見つけたので、一部を引用してここに紹介させていただきます。

それはこちら↓

東洋経済オンライン
社会の「分断と対立」がここまで加速している訳 オンラインライフの想像を上回る弊害の正体

これは評論家の真鍋厚さんが、ご自身の著書『山本太郎とN国党 SNSが変える民主主義』から一部抜粋・再編集を行った記事です。

ポピュリズムやネット炎上などを例に挙げつつ、分断の構造について解釈を行っている記事ですので、興味を持たれた方は是非ご一読ください。

そしてこの記事の中で、私が特に共感させられたのがこの一節です。

「オンラインライフの想像を上回る弊害の正体は、1人ひとりの現実の生活圏を取り巻く今ここの出来事などよりも、「地球の裏側で起こったテロ」「隣国との外交関係の悪化」「極端なヘイトグループの言説」といった物事のほうが、より激しく「自分の心をかき乱す対象」として感じられてしまうことなのです。つまり、この感情の動員に基づく遠近法の崩壊によって様々な社会問題についての重要性を推し量る「優先順位のカオス(混沌)」がもたらされる可能性が高まるのです。」(下線部は筆者による)
https://toyokeizai.net/articles/-/392263?page=4

私たちが、ネットを通じて多くの情報に触れる中で、心を落ち着かなくさせられてしまう理由が書かれています。

新型コロナをめぐる情報過多にも、これと同じようなことが起きているように思います。

ただ、これは本当に記事の一部に過ぎませんので、是非全文を読んでみてください。

おわりに

さて、そろそろこの記事も終わろうかと思うのですが、来年に向けて少しだけ気がかりなことがあるので書いておきたいと思います。

先日、新型コロナウイルスに効果のあるとされるワクチンに関する報道がありました。

イギリスではすでに接種が始まり、日本でも数千万人分のワクチンの確保と、副反応が起きた際の保障が謳われています。

私が心配なのは、ワクチンの接種・非接種をめぐり、あらたな分断が引き起こされないかということです。

周知の通り、ワクチンにはリスクもあります。

ワクチンを打たないという選択も、当然認められてしかるべきでしょう。

しかし、接種が国家によって強力に推進された場合、学校会社で、ワクチンを打たない選択をした人がいじめや迫害に遭うケースが起きてしまうのではないかと思えてくるのです。

それどころか問題が拡大すれば、予防接種などをめぐる論争も激化してしまう可能性すらあります。

もしも、

「ワクチンを打たない人は他者に対する思いやりに欠けている」

「多少のリスクは全員で受け入れるべきだ」

こうした論調が支配的になれば、ワクチンに疑問を感じる人にとっては非常に生きづらい世の中になってしまいます。

今年の久保田の記事は、一方的な「正しさ」の押し付けに対して警鐘を鳴らすような内容が多くありました。

意見の違う相手の立場を認めて受け入れていくことの大切さ、

これを強調して今年最後の記事を終えます。

 

それでは皆様!今年もありがとうございました!

よいお年をお迎えください!

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