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	<title>お盆ってどんな行事なの？ - 禅活-zenkatsu-</title>
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	<description>禅を活かして、ちょっといい一日を</description>
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	<title>お盆ってどんな行事なの？ - 禅活-zenkatsu-</title>
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		<title>お盆ってどんな行事なの？〜お経から知る意味と由来〜 vol.5</title>
		<link>https://zenkatsu.site/archives/2132</link>
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		<dc:creator><![CDATA[西田稔光]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 10 Jul 2019 15:00:26 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[お盆]]></category>
		<category><![CDATA[お盆ってどんな行事なの？]]></category>
		<category><![CDATA[お経]]></category>
		<category><![CDATA[仏教]]></category>
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					<description><![CDATA[スポンサードリンク 日本人に馴染み深い仏教行事であるお盆の意味と由来をお経から学ぶこちらのコラム。 ここまで４回に渡って、お盆という行事の由来である「仏説盂蘭盆経」の登場人物 ・社会背景・ストーリーを追ってきました。 最終回となる今回は、現…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>スポンサードリンク</p>
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<p>日本人に馴染み深い仏教行事であるお盆の意味と由来をお経から学ぶこちらのコラム。</p>
<p>ここまで４回に渡って、お盆という行事の由来である「仏説盂蘭盆経」の<strong>登場人物</strong> ・<strong>社会背景</strong>・<strong>ストーリー</strong>を追ってきました。</p>
<p>最終回となる今回は、<span class="sc_marker red"><strong>現代に生きる日本人はお盆をどう受け止めていくべきなのか</strong></span>を考えます。</p>
<p>次の項目では、各回の要点をまとめていますので、今回の内容に飛びたい方は「本当に供えるべきもの」からご覧ください。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/a639e2d20c26f18c75bde3f7e3c1b7ac_s-min-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" class="alignnone size-medium wp-image-2149" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/a639e2d20c26f18c75bde3f7e3c1b7ac_s-min-300x225.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/a639e2d20c26f18c75bde3f7e3c1b7ac_s-min.jpg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h2>これまでの要点</h2>
<p>各回の要点をまとめると以下のようになります。</p>
<p><strong>①お経の概要と時代背景</strong></p>
<p>中国で成立したとされることから<strong>「偽経」</strong>に分類される「仏説盂蘭盆経」。</p>
<p>そのため、お経として軽視されてることがありますが、<span class="sc_marker red"><strong>その背景には当時の中国の修行僧の悩みが隠れているのでは</strong></span>？</p>
<div class="sc_getpost"><a class="clearfix" href="https://zenkatsu.site/archives/155" ><div class="sc_getpost_thumb post-box-thumbnail__wrap"><img src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/DSC_8649-min_Fotor-150x150.jpg" width="150" height="150" alt="お盆ってどんな行事なの？〜お経から知る意味と由来〜 vol.5"></div><div class="title">お盆ってどんな行事なの？〜お経から学ぶ由来と意味〜 vol.1</div><div class="date">2019.6.30</div><div class="substr">スポンサードリンク 七月十三日、東京などの都市部をはじめ、一部の地域では一ヶ月早い「迎え盆」に入ります。 これは、お盆の由来が説かれたお経に出てくる旧暦の七月十五日のお盆の中日の、日付をそのまま採用したか、今の暦に合わせて八月十五日にしたかで生まれた違いです。 実際のところ、旧暦を今の暦に合わせて八...</div></a></div>
<p><strong>②登場人物とお経の「裏テーマ」</strong></p>
<p>主人公は長男でありながら出家をした目連尊者。</p>
<p>当時の中国では、長男は老後の親を養い、子孫を残すことが最重要とされていました。</p>
<p>にも関わらず<span class="sc_marker red"><strong>出家をした中国の僧侶は、目連尊者に自分の姿を重ねたのでは</strong></span>？</p>
<div class="sc_getpost"><a class="clearfix" href="https://zenkatsu.site/archives/158" ><div class="sc_getpost_thumb post-box-thumbnail__wrap"><img src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/ab0964c729299b82469b1cca7378f67d_s_Fotor-150x150.jpg" width="150" height="150" alt="お盆ってどんな行事なの？〜お経から知る意味と由来〜 vol.5"></div><div class="title">お盆ってどんな行事なの？〜お経から知る意味と由来〜 vol.2</div><div class="date">2019.7.8</div><div class="substr">スポンサードリンク  日本でも馴染み深い仏教行事でありながら、意外と知られていないお盆の由来と意味を考えるこのコラム。 第一回はお盆の由来である『仏説盂蘭盆経』というお経の存在について簡単に触れました。 登場人物 今回は早速『仏説盂蘭盆経』を読んでみましょう。 まず、お経にはちゃんとストーリーがあり...</div></a></div>
<p><strong>③餓鬼という描写と僧侶の心</strong></p>
<p>お経のストーリーは、餓鬼道に堕ちてしまった母を目連尊者がなんとか供養して救いたい、というもの。</p>
<p>ここで重要なのは餓鬼の「供養が届かない存在」という特性でした。</p>
<p><span class="sc_marker red"><strong>自分は出家してしまい息子として供養してやれなかったという負い目や不安、これが餓鬼道に堕ちた母の正体なのでは</strong></span>？</p>
<div class="sc_getpost"><a class="clearfix" href="https://zenkatsu.site/archives/1686" ><div class="sc_getpost_thumb post-box-thumbnail__wrap"><img src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/Preta_S-min_Fotor-min-150x150.jpg" width="150" height="150" alt="お盆ってどんな行事なの？〜お経から知る意味と由来〜 vol.5"></div><div class="title">お盆ってどんな行事なの？〜お経から知る意味と由来〜 vol.3</div><div class="date">2019.7.9</div><div class="substr">スポンサードリンク 日本人に馴染みのある仏教行事でありながら、その意味や由来は意外と知られていない「お盆」。 ここまで、その由来となるお経である「仏説盂蘭盆経」の登場人物と、時代背景について考えてみました。 今回は、お母様が餓鬼道に堕ちているという描写はいったい何を意味するのか、考えてみたいと思いま...</div></a></div>
<p>④母を救う方法</p>
<p>お釈迦様が示した、母を餓鬼道から救う方法は「7月15日に修行僧に供養をする」というものでした。</p>
<p>7月15日の修行僧とは三ヶ月の集中修行期間で仏の心と行いを兼ね備えた三宝そのものとなっています。</p>
<p>7月15日に修行僧に供養をするというのは三宝に帰依をすることであり、<span class="sc_marker red"><strong>三宝への帰依によって母は餓鬼道の苦しみから救われました。</strong></span></p>
<p>さらにお釈迦様は、今回に限らず、こうして供養をすることで、７代遡った先祖まで安泰である、と仰るのでした。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/IMG_8765-min-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" class="alignnone size-medium wp-image-2148" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/IMG_8765-min-300x225.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/IMG_8765-min-768x576.jpg 768w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/IMG_8765-min-1024x768.jpg 1024w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h2>本当に供えるべきもの</h2>
<p>「仏説盂蘭盆経」の一番のテーマは<span class="sc_marker red"><strong>「親や先祖への供養ができていないのでは」</strong></span>という不安や負い目だったと、私は受け止めています。</p>
<p>出家という道を選んだが故に、<strong>世間と同じ供養ができないことへの負い目や不安</strong>は、私たちも共感できる部分があります。</p>
<p>仕事があってお墓参りに行けない、法事に出られない、中には死に目に逢えなかったという方もいるでしょう。</p>
<p>世の中の風習として、あるいは仏教の儀礼としての供養や孝行ができないことは、その人の心に後悔や負い目を生みます。</p>
<p>しかし、<strong>亡き親や先祖への供養というのは、そうした形にとらわれたものではないというのが「仏説盂蘭盆経」の説くところなのです。</strong></p>
<p>お盆の飾りや季節の食べ物など、仏壇にお供えして手を合わせる。</p>
<p>これは亡き人を仏様として向き合う、お盆のとても大切な時間です。</p>
<p>ただし、それができないからといって供養ができないわけではありません。</p>
<p>むしろ、<strong>本当に供えるべきもの</strong>は、どこにいようと供えることができるのです。</p>
<p><strong>7月15日に修行僧へ供養をするのは、仏教の信仰である三宝への帰依である</strong>ことは前回お話しした通りです。</p>
<p>そしてその三宝への帰依というのは、<strong>入信とか信仰とか仰々しいことではなく、一つの生き方のことです。</strong></p>
<p>その生き方とは<span class="sc_marker red"><strong>自己中心的にならず、奪うより与えることで訪れる穏やかな心で生きる</strong></span>という、仏教の説く生き方です。</p>
<p>三宝への帰依は、仏教の説く生き方へつながり、仏教の説く生き方をすることはすなわち三宝への帰依になります。</p>
<p>そして<span class="sc_marker red" style="font-size: 14pt;"><strong>この生き方こそが、亡き親や先祖に供えるべき一番のお供え物だったのです</strong></span>。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/1530f011a797a50d6ead5bacc5b00e4a_s-min-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" class="alignnone size-medium wp-image-2146" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/1530f011a797a50d6ead5bacc5b00e4a_s-min-300x225.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/1530f011a797a50d6ead5bacc5b00e4a_s-min.jpg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h2>これからのお盆を考える</h2>
<h3>忙しさの中で「生き方」を供える</h3>
<p>忙しい社会生活を送る中で、誰しも一度は、<strong>亡くなった親や先祖の恩に報いることができているだろうか、向こうでどんな顔しているだろうか</strong>という不安を抱いたことがあるはずです。</p>
<p>しかしそれは<strong>法事やお墓参りなど、目に見える仏教の儀礼を頭に思い描いてしまうから</strong>ではないでしょうか。</p>
<p>お仕事の忙しい方や外出が大変な方にとっては、お墓参りや法事への参列も容易ではない場合もあるでしょう。</p>
<p>しかし、<span class="sc_marker red"><strong>なによりも大切なのは私たちが今「どんな生き方をしているか」ということ</strong></span>。</p>
<p>たとえ忙しくてお墓参りに行けなくても、<span class="sc_marker red"><strong>その生き方が正しいものであれば、立派な先祖供養になっていくのです。</strong></span></p>
<h3>自分を振り返る機会としての「お盆」</h3>
<p>もちろん、今に伝わっている日本のお盆の風習には、<span class="sc_marker red"><strong>亡き親や先祖への細やかな心遣いが詰まっていて、それ自体が仏教の生き方の実践につながる大切なものです。</strong></span></p>
<p>ただ、せっかく盂蘭盆会という行事を行うからには、7月盆でも8月盆でも、<strong>今の自分へと生命をつないでくれた先祖を思い、今の自分の生き方を確認する機会にしてみてはいかがでしょう。</strong></p>
<p>そうすれば、たとえ忙しくてお墓参りに行けなくても、<span class="sc_marker red"><strong>「私の生き方を見ていてください」という思いで堂々としていればいいのです。</strong></span></p>
<p>そして少し余裕ができた時に感謝の意味を込めてお墓参りにする。</p>
<p>それでいいのではないかと、私は思います。</p>
<p><span class="sc_marker red"><strong>供養とは、僧侶がお経を読むことではありません。</strong></span></p>
<p><strong>一人一人が亡き人に「生き方」を供えるつもりで生きていくことです。</strong></p>
<p>私がこのコラムを通してお伝えしたかったことは、<span class="sc_marker red"><strong>お盆と言えど仕事を休めない方々や、遠方でお墓まで足を伸ばせない方々も、今そこでの生き方が亡き人への供養になるということです。</strong></span></p>
<p>そしてこのコラムが、お盆という行事を私たちの人生にとって意味あるものとして再確認するきっかけになれば、幸いです。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/acc155b29c5aec039f62efbe17fdf74c_s-min-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-2150" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/acc155b29c5aec039f62efbe17fdf74c_s-min-300x200.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/acc155b29c5aec039f62efbe17fdf74c_s-min.jpg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>「お盆ってどんな行事なの？〜お経から知る意味と由来〜」おわり</p>
<p><iframe loading="lazy" width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/k25htGQP9Zg" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen="allowfullscreen"></iframe></p>
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<p>&nbsp;</p>
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			</item>
		<item>
		<title>お盆ってどんな行事なの？〜お経から知る意味と由来〜 vol.4</title>
		<link>https://zenkatsu.site/archives/160</link>
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		<dc:creator><![CDATA[西田稔光]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 09 Jul 2019 15:00:36 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[お盆]]></category>
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		<category><![CDATA[仏教]]></category>
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		<category><![CDATA[連載]]></category>
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					<description><![CDATA[スポンサードリンク 日本ではお馴染みの仏教行事でありながら、その意味や由来は意外と知られていない行事であるお盆。 このコラムではお盆の由来となる「仏説盂蘭盆経」をもとに、現代人として受け取るその意味について考えてきました。 前回は目連尊者の…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>スポンサードリンク</p>
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<p>日本ではお馴染みの仏教行事でありながら、その意味や由来は意外と知られていない行事であるお盆。</p>
<p>このコラムではお盆の由来となる「仏説盂蘭盆経」をもとに、現代人として受け取るその意味について考えてきました。</p>
<p>前回は目連尊者の人物像から、餓鬼道に堕ちたお母さんを救いたいという思いを私なりに解釈しました。</p>
<div class="sc_getpost"><a class="clearfix" href="https://zenkatsu.site/archives/1686" ><div class="sc_getpost_thumb post-box-thumbnail__wrap"><img src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/Preta_S-min_Fotor-min-150x150.jpg" width="150" height="150" alt="お盆ってどんな行事なの？〜お経から知る意味と由来〜 vol.4"></div><div class="title">お盆ってどんな行事なの？〜お経から知る意味と由来〜 vol.3</div><div class="date">2019.7.9</div><div class="substr">スポンサードリンク 日本人に馴染みのある仏教行事でありながら、その意味や由来は意外と知られていない「お盆」。 ここまで、その由来となるお経である「仏説盂蘭盆経」の登場人物と、時代背景について考えてみました。 今回は、お母様が餓鬼道に堕ちているという描写はいったい何を意味するのか、考えてみたいと思いま...</div></a></div>
<p><span class="sc_marker red"><strong>長男でありながら出家したことで供養できなかった母に恩返しをしたいとお釈迦様に相談した目連尊者</strong></span>。</p>
<p><span class="sc_marker red"><strong>今回はそんな目連尊者の相談に対する、お釈迦様の回答です。</strong></span></p>
<p><strong><span style="font-size: 14pt;">手の届かない存在となった母を救う方法とは？</span></strong></p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/0af21d2b658066ca9008e5de576479c0_s-min-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" class="alignnone size-medium wp-image-2137" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/0af21d2b658066ca9008e5de576479c0_s-min-300x225.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/0af21d2b658066ca9008e5de576479c0_s-min.jpg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h2>7月15日という日付の意味</h2>
<p>お釈迦様からの返答は</p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker red"><strong>「7月15日に修行僧に供養しなさい。」</strong></span>というものでした。</p>
<p>この日付は何を意味するのでしょうか。</p>
<p>もともとインドでは五〜七月の雨期の間、<strong>動きが活発になる植物や虫などを踏んでしまわないよう</strong>、修行僧は屋内に集まって三ヶ月間の集中修行期間を送っていました。</p>
<p><strong>その修行期間の最終日こそがお盆の中日である７月１５日なのです</strong>。</p>
<p>三ヶ月間の修行生活での清らかな行いは、修行僧自身を清らかな存在にしていきます。</p>
<p>そしてその最終日には、<strong>期間中の自分の過ちを仲間やお釈迦様の前で告白し悔い改める<span class="sc_marker red">懺悔</span></strong>（仏教では「さんげ」）をします。</p>
<p>三ヶ月の間、いかにお釈迦様の教え通りに、みんなと共に正しい生活をしていようと、心の中には時として怠けや嫉妬や怒りなどの感情が湧いてしまうものです。</p>
<p>しかし<span class="sc_marker red"><strong>それを正直に告白して悔い改めることで、最後にわずかに残ったチリも取れて、心もまた清らかなものになっていく、それが7月15日という日付の意味なのです。</strong></span></p>
<h2>仏教の信仰と修行僧</h2>
<p>仏教の信仰の中心は、<strong>お釈迦様がたどりついた安らかな心（仏宝）</strong>、<strong>それを実現する実践</strong>（法宝）、そして<strong>それが合わさった存在（僧宝）の三つ、三宝に対する信仰です。</strong></p>
<p><span class="sc_marker red"><strong>超人的な力や神秘的な力を求めるのではなく、自己中心的な欲求を離れて、心安らかにある生き方に対する信仰</strong></span>と言ってもいいかもしれません。</p>
<p><strong>三ヶ月の修行期間でお釈迦様の教えに従って、身も心も澄み切った修行僧というのは、今まさにその心身に三宝を兼ね備えた存在になっています</strong>。</p>
<p>つまり七月十五日に修行僧に供養するというのは、ただ単に僧侶に食事を与える、ということではなく、<span class="sc_marker red"><strong>修行僧の上に表れた仏教の「三宝」そのものに供養しているということなのです。</strong></span></p>
<h2>救われた母</h2>
<p>お釈迦様は、目連尊者に7月15日の修行僧(＝三宝)にご飯やおかず、果物の他、敷物や寝具まで、礼を尽くした供養をするように仰いました。</p>
<p>さらに、それはお母様のためだけでなく、七代遡った祖先から、災害や飢えや病などに苦しむ人々を思って供養しなさいと仰るのです。</p>
<p>そしてお釈迦様は供養を受ける修行僧たちに告げます。</p>
<p><span class="sc_marker red"><strong>「まず供養をしてくれた家の先祖の幸せを祈り、坐禅で心を定めてから食事をしなさい。」</strong></span></p>
<p>そのようにして<span class="sc_marker red"><strong>修行僧たちが食事をした途端、目連尊者のお母様は餓鬼の苦しみを離れることができたのです。</strong></span></p>
<p>それはつまり、<strong>目連尊者のお母様に対する後悔や負い目という気持ちが解消されたということでもあります</strong>。</p>
<p><strong>「お釈迦様が説いた生き方は先祖供養の道でもある、だから安心していいんだ」</strong>そんな確信を持てた瞬間なのではないでしょうか。</p>
<p>さらに言えば、この<strong>お母様が救われた瞬間が、当時の中国の修行僧の悩みや不安を解消した瞬間でもあった</strong>のかもしれません。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/e4c8dc23efb1be37b30589f3729f56e4_s-min-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-2138" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/e4c8dc23efb1be37b30589f3729f56e4_s-min-300x200.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/e4c8dc23efb1be37b30589f3729f56e4_s-min.jpg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h2>「盂蘭盆経」からのメッセージ</h2>
<p>「仏説盂蘭盆経」ではお母様が餓鬼の世界から救われた後、目連尊者がお釈迦様にこんなことを尋ねます。</p>
<p><span class="sc_marker red"><strong>「今回に限らず、同じように供養をすれば誰でも親や先祖の恩に報いることができるのでしょうか？」</strong></span></p>
<p>ここでまさに、当時の読み手であった中国の修行僧にも道を示しているのです。</p>
<p>それに対してお釈迦様も<strong>「私もまさにそれを言おうとしていたところだ。親や先祖の恩に報いたいと願うならば、<span class="sc_marker red">7月15日に修行僧に供養をすれば七代遡った祖先までも一切の苦しみを離れるだろう。</span>」</strong>と仰います。</p>
<p>7月15日の修行僧というのは、先述の通り仏教の三宝そのもののことです。</p>
<p>お釈迦様は三宝への帰依（=信仰)が親や祖先を救うというのです。</p>
<p>ところがここで帰依と言われると、急に身構えてしまう方もいらっしゃるかもしれません。</p>
<p>ただ、これは実はそんなに仰々しいものでも怪しいものでもないんです。</p>
<p>そこで次回は最終回として、お盆に本当に供えるべきものについてお話しします。</p>
<p><strong><a href="https://zenkatsu.site/archives/2132">vol.5へつづく</a></strong></p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/d756fc19e945b617e6b83c6c218c9ded_s-min-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-2136" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/d756fc19e945b617e6b83c6c218c9ded_s-min-300x200.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/d756fc19e945b617e6b83c6c218c9ded_s-min.jpg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><iframe loading="lazy" width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/EhcTjV4SnBY" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen="allowfullscreen"></iframe></p>
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			</item>
		<item>
		<title>お盆ってどんな行事なの？〜お経から知る意味と由来〜 vol.3</title>
		<link>https://zenkatsu.site/archives/1686</link>
					<comments>https://zenkatsu.site/archives/1686#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[西田稔光]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 08 Jul 2019 15:00:04 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[お盆]]></category>
		<category><![CDATA[お盆ってどんな行事なの？]]></category>
		<category><![CDATA[お経]]></category>
		<category><![CDATA[中国]]></category>
		<category><![CDATA[仏教]]></category>
		<category><![CDATA[仏教の行事]]></category>
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					<description><![CDATA[スポンサードリンク 日本人に馴染みのある仏教行事でありながら、その意味や由来は意外と知られていない「お盆」。 ここまで、その由来となるお経である「仏説盂蘭盆経」の登場人物と、時代背景について考えてみました。 今回は、お母様が餓鬼道に堕ちてい…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>スポンサードリンク</p>
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<p>日本人に馴染みのある仏教行事でありながら、その意味や由来は意外と知られていない「お盆」。</p>
<p>ここまで、その由来となるお経である<span class="sc_marker red"><strong>「仏説盂蘭盆経」</strong></span>の登場人物と、時代背景について考えてみました。</p>
<div class="sc_getpost"><a class="clearfix" href="https://zenkatsu.site/archives/158" ><div class="sc_getpost_thumb post-box-thumbnail__wrap"><img src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/ab0964c729299b82469b1cca7378f67d_s_Fotor-150x150.jpg" width="150" height="150" alt="お盆ってどんな行事なの？〜お経から知る意味と由来〜 vol.3"></div><div class="title">お盆ってどんな行事なの？〜お経から知る意味と由来〜 vol.2</div><div class="date">2019.7.8</div><div class="substr">スポンサードリンク  日本でも馴染み深い仏教行事でありながら、意外と知られていないお盆の由来と意味を考えるこのコラム。 第一回はお盆の由来である『仏説盂蘭盆経』というお経の存在について簡単に触れました。 登場人物 今回は早速『仏説盂蘭盆経』を読んでみましょう。 まず、お経にはちゃんとストーリーがあり...</div></a></div>
<p>今回は、<span class="sc_marker red"><strong>お母様が餓鬼道に堕ちているという描写はいったい何を意味するのか</strong></span>、考えてみたいと思います。</p>
<h2>餓鬼とは？</h2>
<p>まず、<span class="sc_marker red"><strong>餓鬼</strong></span>とは一体何かということについて。</p>
<p>餓鬼とは古いインドの言葉で<strong>プレータ</strong>といい、元々は死霊という意味でしたが、当時の六道輪廻の思想に組み込まれると、<span class="sc_marker red"><strong>救うことのできない飢えに苦しむ鬼</strong></span>のことを指すようになりました。</p>
<div id="attachment_1703" style="width: 310px" class="wp-caption alignnone"><img aria-describedby="caption-attachment-1703" loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/05/Preta_S-min-300x227.jpg" alt="" width="300" height="227" class="size-medium wp-image-1703" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/05/Preta_S-min-300x227.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/05/Preta_S-min.jpg 400w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /><p id="caption-attachment-1703" class="wp-caption-text">http://joshkearns.blogspot.com/2009/06/some-days-i-am-preta.html</p></div>
<p><strong>餓鬼にはタイプによって様々な特徴がありますが</strong>、この「仏説盂蘭盆経」に登場する、お母様がなってしまった餓鬼は最も象徴的なものの一つ、<strong>「食べ物が燃えて炭になってしまう」</strong>というものです。</p>
<p>お経の中によっては「悪いことをした人間がなるもの」という説かれ方をすることがありますが、これは悪さをしないための一つの方便と受け取っても良いのではないでしょうか。</p>
<h2>餓鬼はどこにいるのか</h2>
<p>では、私たち僧侶の眼にこの餓鬼が見えるかというと、<strong><span class="sc_marker red">少なくとも私には見えていませ</span>ん。</strong></p>
<p>しかし「仏説盂蘭盆経」をはじめ、様々なお経や仏教の逸話に登場する餓鬼を、架空の存在で終わらせていいのでしょうか？</p>
<p>そもそもお釈迦様は、<strong>誰もわからない死後のことに言及してはいけない</strong>と仰っているのに、餓鬼の存在をどう受け止めるべきなのでしょうか。</p>
<h3>「架空の存在」が持つ意味</h3>
<p>お経に登場する存在の中には人間の心のはたらきを具現化したキャラクターが時々現れます。</p>
<p>例えば<strong>マーラ（悪魔）</strong>。</p>
<p>お経の中でお釈迦様が迷った時には、必ずと言っていいほどこのマーラが登場してお釈迦様が悪い方にいくようにそそのかします。</p>
<p>お分りかもしれませんが、<strong>マーラというのは<span class="sc_marker red">お釈迦様自身の心の迷いや弱さ</span></strong>の化身なのです。</p>
<p>マーラと煩悩に関しては、除夜の鐘の記事で少し触れています。</p>
<div class="sc_getpost"><a class="clearfix" href="https://zenkatsu.site/archives/506" ><div class="sc_getpost_thumb post-box-thumbnail__wrap"><img src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2018/12/IMG_5602_Fotor-1-150x150.jpg" width="150" height="150" alt="お盆ってどんな行事なの？〜お経から知る意味と由来〜 vol.3"></div><div class="title">大晦日、鐘の音に何を想う？</div><div class="date">2018.12.30</div><div class="substr">スポンサードリンク  2018年もあっという間に過ぎ去り、大晦日を迎えました。 大晦日というと色々なカウントダウンがありますが、除夜の鐘もいまだ根強い人気があります。 煩悩の数である108回鐘を撞き、新年への気持ちを新たにする、そんな除夜の鐘についてちょっと考えたことを書いてみます。 除夜の鐘と煩悩...</div></a></div>
<p>ではこのマーラと同様に考えるのであれば、餓鬼とはどのような存在なのでしょうか？</p>
<h3>供養が届かない存在としての餓鬼</h3>
<p>私は餓鬼が<span class="sc_marker red"><strong>「供養の届かない（＝救いの手が届かない）存在」</strong></span>であること、これが重要な要素だと考えています。</p>
<p>前回触れた「仏説盂蘭盆経」の主人公である目連尊者。</p>
<p>この方は<strong>長男であった</strong>ということもすでにご紹介しました。</p>
<p>そしてインドでも中国でも、<strong>長男は年老いた父母を養い、死後には供養をする役目があった</strong>ということもご紹介済みです。</p>
<p>目連尊者はお釈迦様の数いる弟子の中でも、舎利弗尊者と並んでツートップを張るお方でした。</p>
<p>しかしその心のどこかには、長男である自分が出家してしまった後、母はどうなってしまったのだろう、そんな心配があったとしても不思議はありません。</p>
<p>ましてや<strong>両親の供養は長男しかできないとさえ言われた中国では、修行僧にとっても心に引っかかる大きな心配事だったのでは</strong>ないでしょうか。</p>
<p>この気持ちを、先ほどのマーラと同じように考えてみたらどうでしょうか。</p>
<p>「仏説盂蘭盆経」に登場する餓鬼という存在は、<span class="sc_marker red"><strong>親を置いて</strong><strong>出家してしまったことに対する申し訳なさや負い目のような想いを具現化したもの</strong></span>と考えられるのではないかと、私は思うのです。</p>
<h3>餓鬼となった母への供養が意味したもの</h3>
<p>つまり、餓鬼となった母を救う方法というのは、自分を育ててくれた親に対する供養の方法であり、恩に報いる道なのです。</p>
<p>つまり目連尊者がお釈迦様に相談した</p>
<p><strong>「餓鬼道に堕ちた母を救うにはどうしたらよいでしょうか？」</strong>という質問は</p>
<p><span class="sc_marker red"><strong>「手の届かない存在となった母を供養し、恩返しをするにはどうしたらよいでしょうか？」</strong></span>という質問だったとも受け取ると、当時の中国どころか現代にも通じる切実な想いが見えてきます。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/c6b28ddd91846f77deaee00d52e62619_s-min-1-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-2127" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/c6b28ddd91846f77deaee00d52e62619_s-min-1-300x200.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/c6b28ddd91846f77deaee00d52e62619_s-min-1.jpg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h2>修行中の記憶</h2>
<p>私が永平寺で2年目を迎えた年は祖父の3回忌の年でもありました。</p>
<p>私が僧侶になり、修行に行くことをだれよりも楽しみにしていた祖父は、その一年前に亡くなりました。</p>
<p>しかしそんな祖父との別れは私が僧侶として歩むうえで大きなターニングポイントとなりました。</p>
<p>そんな祖父にはなんとかして恩返しをしたい、そう思っていました。</p>
<p>しかし、実家で家族や親族、つながりの深い和尚さんが集まった法事に、修行中の私は参加することができませんでした。</p>
<p>そこで一緒にお経をあげることで僧侶となった姿を見せたいと思っていた私には、それが残念でなりませんでした。</p>
<p>他にも、修行に行っていることで友達や後輩、家族の力になれないということが何度もありました。</p>
<p>期間が限られたものとはいえ、修行をしている身が故に起こるジレンマは、私にとっても他人事ではないのです。</p>
<p><span class="sc_marker red">もっと広く考えるならば、<strong>仕事が忙しくて実家に帰ったりお墓参りができない、あるいは大事な人の最後に立ち会えなかったなど、故人との間に悩みや後悔がある方</strong></span>は、少なくないはずです。</p>
<p><span class="sc_marker red"><strong>目連尊者が餓鬼となったお母様を救いたいという想いは、決して私たちと無関係ではない</strong></span>のです。</p>
<p>そこで次回は、そんな目連尊者のSOSにお釈迦様が答えを出します。</p>
<p><strong><a href="https://zenkatsu.site/archives/160">vol.4へつづく</a></strong></p>
<p>関連動画</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><iframe loading="lazy" width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/EhcTjV4SnBY" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen="allowfullscreen"></iframe></p>
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<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>お盆ってどんな行事なの？〜お経から知る意味と由来〜 vol.2</title>
		<link>https://zenkatsu.site/archives/158</link>
					<comments>https://zenkatsu.site/archives/158#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[西田稔光]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 07 Jul 2019 15:00:17 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[お盆]]></category>
		<category><![CDATA[お盆ってどんな行事なの？]]></category>
		<category><![CDATA[お経]]></category>
		<category><![CDATA[中国]]></category>
		<category><![CDATA[仏教]]></category>
		<category><![CDATA[仏教の行事]]></category>
		<category><![CDATA[修行]]></category>
		<category><![CDATA[連載]]></category>
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					<description><![CDATA[スポンサードリンク &#160; 日本でも馴染み深い仏教行事でありながら、意外と知られていないお盆の由来と意味を考えるこのコラム。 第一回はお盆の由来である『仏説盂蘭盆経』というお経の存在について簡単に触れました。 登場人物 今回は早速『仏…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>スポンサードリンク</p>
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<p>&nbsp;</p>
<p>日本でも馴染み深い仏教行事でありながら、意外と知られていないお盆の由来と意味を考えるこのコラム。</p>
<p>第一回はお盆の由来である<span class="sc_marker red"><strong>『</strong><strong>仏説盂蘭盆経』</strong></span>というお経の存在について簡単に触れました。</p>
<div class="sc_getpost"><a class="clearfix" href="https://zenkatsu.site/archives/155" ><div class="sc_getpost_thumb post-box-thumbnail__wrap"><img src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/DSC_8649-min_Fotor-150x150.jpg" width="150" height="150" alt="お盆ってどんな行事なの？〜お経から知る意味と由来〜 vol.2"></div><div class="title">お盆ってどんな行事なの？〜お経から学ぶ由来と意味〜 vol.1</div><div class="date">2019.6.30</div><div class="substr">スポンサードリンク 七月十三日、東京などの都市部をはじめ、一部の地域では一ヶ月早い「迎え盆」に入ります。 これは、お盆の由来が説かれたお経に出てくる旧暦の七月十五日のお盆の中日の、日付をそのまま採用したか、今の暦に合わせて八月十五日にしたかで生まれた違いです。 実際のところ、旧暦を今の暦に合わせて八...</div></a></div>
<h2>登場人物</h2>
<p>今回は早速『仏説盂蘭盆経』を読んでみましょう。</p>
<p>まず、お経にはちゃんとストーリーがあり、登場人物の会話に仏教の教えが込められています。</p>
<p>特に法華経をはじめとする、お釈迦様が亡くなってから時間が経って以降のお経は、表現がより豊かになっていておもしろいですよ！</p>
<p>この『仏説盂蘭盆経』も物語になっていて、登場人物は以下の通りです。</p>
<p><strong><span class="sc_marker red">・<ruby>目連<rt>もくれん</rt></ruby>尊者…お釈迦様の十大弟子の一人でその中でも右腕。<ruby>神通力<rt>じんづうりき</rt></ruby>に優れていて、あらゆる世界を見渡せた。（＝物事を見通す力に優れていた）</span></strong></p>
<p><strong><span class="sc_marker red">・お釈迦様…仏教を説いたブッダのこと。</span></strong></p>
<p><strong><span class="sc_marker red">・目連尊者のお母さん。</span></strong></p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/IMG_0885-min-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-2052" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/IMG_0885-min-300x200.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/IMG_0885-min-768x513.jpg 768w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/IMG_0885-min-1024x684.jpg 1024w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/IMG_0885-min.jpg 1616w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h2>仏説盂蘭盆経のストーリー</h2>
<p>それでは内容をみてみましょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>①</strong>ある日、お釈迦様の元で修行をしていた目連尊者は、<strong><span class="sc_marker red">亡くなった母に何かしてやれることはないかと思い立ちました。</span></strong></p>
<p>そこで目連尊者は神通力で天上界を覗いてみると、いると思っていたお母様の姿がありません。</p>
<p>まさかとは思いながらも六道<span style="font-size: 10pt;">(天上・人間・修羅・畜生・餓鬼・地獄)<span style="font-size: 12pt;">の</span></span>世界を順番に探すと、何と<strong><span class="sc_marker red">餓鬼の世界にお母様がおられたのです。</span></strong></p>
<p>餓鬼の中に佇むお母様は、<strong><span class="sc_marker red">骨と皮ばかりに痩せ細り、飢餓に喘いでおり、目連尊者の知る面影はありませんでした。</span></strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>②いたたまれなくなった目連尊者は、神通力を駆使して<strong><span class="sc_marker red">器に食べ物を盛って届けに行きます。</span></strong></p>
<p>見るも無惨な姿のお母様が、その<strong><span class="sc_marker red"><span class="y">食べ物を掴んで口元に運び、口に入れようとしたその時、食べ物は真っ赤に燃えた炭に変化して食べることができないのです</span>。</span></strong></p>
<p>そのあまりにも酷い様子に、目連尊者は大声で泣き叫び、<strong><span class="sc_marker red">お釈迦様の元に帰って、どうしたらお母様を救うことができるかを尋ねます。</span></strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>③</strong>するとお釈迦様は言います。</p>
<p>「目蓮よ、あなたが母を思う心がいかに深くとも、また、汝の神通力がいかに優れていても、汝一人の力で母を救うことは不可能である。しかし<strong>、<span class="sc_marker red">七月十五日、雨期の間三ヶ月の修行を共にした修行僧たちに、食べ物や飲み物を供えるなら、汝の母はもとより、七代遡った先祖さえ苦しみを離れるだろう。</span>」</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>④</strong>目連尊者がお釈迦様の教え通りに修行僧達に供養をすると、修行僧たちは供養主である目連尊者に祈り、坐禅で定まった心で食事を食べました。</p>
<p>すると<strong><span class="sc_marker red">お母様は長く続いた気の遠くなるような餓鬼道の苦しみをたちまち離れることが出来たのです</span>。</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>ストーリーと登場人物の関係</h2>
<p>さてこのお話、一体どう受け取れば良いのでしょうか。</p>
<p>そこで重要になってくるのは、<span class="sc_marker red"><strong>お経のストーリーと登場人物の関係性</strong></span>です。</p>
<p>お釈迦様の死後時間が経ってから成立したお経の多くは、ストーリー自体はフィクションですが、実在したお弟子さんが登場するケースが多くあります。</p>
<p><span class="sc_marker red"><strong>実はこの登場人物の人選というのはそのお経の意味と大きく関わってい</strong><strong>ます。</strong></span></p>
<p>例えば「般若心経」は観音様がお釈迦様の十大弟子の一人で「智慧第一」と称された舎利弗尊者に教えを説く、というストーリーです。</p>
<p><strong>この、<span class="sc_marker red">「智慧第一」と称された舎利弗尊者が教えを説かれているということが、般若心経の説得力を担保しているのです</span></strong><span class="sc_marker red">。</span></p>
<p>詳しくはこちら。</p>
<div class="sc_getpost"><a class="clearfix" href="https://zenkatsu.site/archives/1960" ><div class="sc_getpost_thumb post-box-thumbnail__wrap"><img src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/IMG_1783_Fotor-min-150x150.jpg" width="150" height="150" alt="お盆ってどんな行事なの？〜お経から知る意味と由来〜 vol.2"></div><div class="title">【6/19法話】般若心経が説く生き方</div><div class="date">2019.6.24</div><div class="substr">スポンサードリンク 禅活-zenkatsu-では毎月１回、「お話を聞いたけど仏教の言葉を忘れちゃう」「写経をするけれど言葉の意味がわからない」という声にお応えして、【一行写経と法話の会】を開催しています。 毎月交代で禅活-zenkatsu-メンバーがテーマを変えてお話をしておりますが、今回は私西田が...</div></a></div>
<h2>目連尊者のプロフィール</h2>
<p>では「仏説盂蘭盆経」の登場人物、目連尊者がどんな人だったかというと、その異名は<strong>「神通第一」</strong>。</p>
<p><strong>神通力というと、置き換えるのが難しい部分ではありますが、ここでは物事を見通し、想像力に長けた方だったという言い方をしたいと思います</strong>。</p>
<p>そして目連尊者という方のプロフィールで重要なことがあります。</p>
<p>それは<span class="sc_marker red"><strong>長男</strong></span>であったということです。</p>
<p><strong>本来であれば<span class="sc_marker red">老いた親を養い、亡くなったら供養をするのが当時の長男の役割</span></strong>でした。</p>
<p>ところが家族関係を全て投げ出して出家をしたため、長男として親を弔うことはしません。</p>
<p>そう考えてみるとこの立場というのは非常に中国の修行僧と似ているんです。</p>
<p><strong><span class="sc_marker red">それどころか当時の中国は儒教や道教の教えを中心に、子孫の繁栄と親孝行が重視されていた社会です。</span></strong></p>
<p>しかし出家をしてしまってはそれは叶いません。</p>
<p>vol.1で触れたように、これは中国で作られた「偽経」に分類されるお経です。</p>
<p>もし本当に中国で作られたなら、当時の修行僧が抱えていた悩みや苦しみに応えるためのものであったとしても不思議ではありません。</p>
<p>こうして「仏説盂蘭盆経」のストーリー設定を改めて見てみると、<strong><span class="sc_marker red">親のことが気がかりで不安になっていた当時の修行僧たちの姿が見えてくるのです。</span></strong></p>
<p>それでは具体的に、このお経はどんな教えで修行僧を導こうとしたのでしょうか？</p>
<p>次回は、<strong>お母様が餓鬼道に堕ちてしまった、という描写をどう受け止めるべきか、</strong>ということについて考えてみます。</p>
<p><strong><a href="https://zenkatsu.site/archives/1686">vol.3へつづく</a></strong></p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/ab0964c729299b82469b1cca7378f67d_s-min-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-2053" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/ab0964c729299b82469b1cca7378f67d_s-min-300x200.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/ab0964c729299b82469b1cca7378f67d_s-min.jpg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
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		<title>お盆ってどんな行事なの？〜お経から学ぶ由来と意味〜 vol.1</title>
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		<dc:creator><![CDATA[西田稔光]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 30 Jun 2019 14:14:22 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[お盆]]></category>
		<category><![CDATA[お盆ってどんな行事なの？]]></category>
		<category><![CDATA[中国]]></category>
		<category><![CDATA[仏教]]></category>
		<category><![CDATA[仏教の行事]]></category>
		<category><![CDATA[連載]]></category>
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					<description><![CDATA[スポンサードリンク 七月十三日、東京などの都市部をはじめ、一部の地域では一ヶ月早い「迎え盆」に入ります。 これは、お盆の由来が説かれたお経に出てくる旧暦の七月十五日のお盆の中日の、日付をそのまま採用したか、今の暦に合わせて八月十五日にしたか…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>スポンサードリンク</p>
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<p>七月十三日、東京などの都市部をはじめ、一部の地域では一ヶ月早い<strong>「迎え盆」</strong>に入ります。</p>
<p>これは、お盆の由来が説かれたお経に出てくる<span class="sc_marker red"><strong>旧暦の七月十五日のお盆の中日の</strong></span><span class="sc_marker red"><strong>、日付をそのまま採用したか、今の暦に合わせて八月十五日にしたか</strong></span>で生まれた違いです。</p>
<p>実際のところ、旧暦を今の暦に合わせて八月にしようが、七月という日付を生かそうが、どちらも問題ありません。</p>
<p><span class="sc_marker y"><strong>元々は七月に農業の忙しくなる地域では新暦で八月</strong>、<strong>とくに影響のない地域では七月の日付を旧暦のまま生かしたという、実はそれだけのだけの違いなのです</strong></span>。</p>
<p>七月と八月で違いがある理由は、実はこうした日本の風習や気候との関係にあったんですね。</p>
<p>このように、お盆は身近な行事でありながら、意外とその意味や由来は知られていないものです。</p>
<p>そこでこのコラムでは、<strong><span class="sc_marker y">全４回に分けてお盆という行事の由来や意味を探っていきます。</span></strong></p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/DSC_8649-min-300x199.jpg" alt="" width="300" height="199" class="alignnone size-medium wp-image-1829" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/DSC_8649-min-300x199.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/DSC_8649-min-768x509.jpg 768w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/DSC_8649-min-1024x678.jpg 1024w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h2>「仏説盂蘭盆経」をどう受け止めるか？</h2>
<p>まずはこのお盆という行事、正式名称は<span class="sc_marker red"><strong>「<ruby>盂蘭盆会<rt>うらぼんえ</rt></ruby>」</strong></span>と言います。</p>
<p>冒頭でも少し触れたように、『<ruby><span class="sc_marker red"><strong>仏説盂蘭盆経</strong></span><rt>ぶっせつうらぼんきょう</rt></ruby>』というお経の中に日本のお盆の原型となる盂蘭盆会の様子が説かれています。</p>
<p>ただしこのお経、仏教学者やお坊さんの中では評価が分かれるんです。</p>
<p>お経というのは、<strong>玄奘三蔵</strong>のような訳経僧がインドで書かれたお経を中国語に訳すことで中国に広がっていきました。</p>
<p>そしてその翻訳の元となる<span style="text-decoration: underline;">インドのお経が見つかっていないお経</span>のことを<span class="sc_marker y"><strong>「偽経」</strong></span>という呼び方をしたのです。</p>
<p>そうした理由から、偽経とされている「仏説盂蘭盆経」の評価は賛否が分かれてしまっているのです。</p>
<p>では、インドに原本がないからといってお経として価値が無いのか、仏教の教えに合っていないのかというと、そんなことはありません。</p>
<p>その土地の信仰や風習の影響を受けすぎて、さすがに仏教的にどうなの？というお経が無いわけではありません。</p>
<p>しかし、全く異なる文化圏でできたお経だからこそ、その土地のその当時の修行僧たちの切実な問題を反映しているものがたくさんあるのです。</p>
<p>私の師匠が師事した、駒澤大学の教授であられた故・太田久紀先生は<span class="sc_marker red"><strong>「お経は読み手の受け取り方次第でいくらでも学びようがある」</strong></span>とおっしゃっていたそうです。</p>
<p>このコラムでは、「仏説盂蘭盆経」に込められた盂蘭盆会という行事の意味に迫ります。</p>
<p><strong>私たちは「仏説盂蘭盆経」をどのように受け止め、盂蘭盆会をどのような行事として捉えるべきなのでしょうか？</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong><a href="https://zenkatsu.site/archives/158">vol.2へつづく</a></strong></p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/304193814045fa7662c77923dfe77d29_s-min-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-1826" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/304193814045fa7662c77923dfe77d29_s-min-300x200.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/304193814045fa7662c77923dfe77d29_s-min.jpg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p><iframe loading="lazy" width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/Lapf4RV34qU" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen="allowfullscreen"></iframe></p>
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