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日本ではお馴染みの仏教行事でありながら、その意味や由来は意外と知られていない行事であるお盆。

このコラムではお盆の由来となる「仏説盂蘭盆経」をもとに、現代人として受け取るその意味について考えてきました。

前回は目連尊者の人物像から、餓鬼道に堕ちたお母さんを救いたいという思いを私なりに解釈しました。

長男でありながら出家したことで供養できなかった母に恩返しをしたいとお釈迦様に相談した目連尊者

今回はそんな目連尊者の相談に対する、お釈迦様の回答です。

手の届かない存在となった母を救う方法とは?

7月15日という日付の意味

お釈迦様からの返答は

「7月15日に修行僧に供養しなさい。」というものでした。

この日付は何を意味するのでしょうか。

もともとインドでは五〜七月の雨期の間、動きが活発になる植物や虫などを踏んでしまわないよう、修行僧は屋内に集まって三ヶ月間の集中修行期間を送っていました。

その修行期間の最終日こそがお盆の中日である7月15日なのです

三ヶ月間の修行生活での清らかな行いは、修行僧自身を清らかな存在にしていきます。

そしてその最終日には、期間中の自分の過ちを仲間やお釈迦様の前で告白し悔い改める懺悔(仏教では「さんげ」)をします。

三ヶ月の間、いかにお釈迦様の教え通りに、みんなと共に正しい生活をしていようと、心の中には時として怠けや嫉妬や怒りなどの感情が湧いてしまうものです。

しかしそれを正直に告白して悔い改めることで、最後にわずかに残ったチリも取れて、心もまた清らかなものになっていく、それが7月15日という日付の意味なのです。

仏教の信仰と修行僧

仏教の信仰の中心は、お釈迦様がたどりついた安らかな心(仏宝)それを実現する実践(法宝)、そしてそれが合わさった存在(僧宝)の三つ、三宝に対する信仰です。

超人的な力や神秘的な力を求めるのではなく、自己中心的な欲求を離れて、心安らかにある生き方に対する信仰と言ってもいいかもしれません。

三ヶ月の修行期間でお釈迦様の教えに従って、身も心も澄み切った修行僧というのは、今まさにその心身に三宝を兼ね備えた存在になっています

つまり七月十五日に修行僧に供養するというのは、ただ単に僧侶に食事を与える、ということではなく、修行僧の上に表れた仏教の「三宝」そのものに供養しているということなのです。

救われた母

お釈迦様は、目連尊者に7月15日の修行僧(=三宝)にご飯やおかず、果物の他、敷物や寝具まで、礼を尽くした供養をするように仰いました。

さらに、それはお母様のためだけでなく、七代遡った祖先から、災害や飢えや病などに苦しむ人々を思って供養しなさいと仰るのです。

そしてお釈迦様は供養を受ける修行僧たちに告げます。

「まず供養をしてくれた家の先祖の幸せを祈り、坐禅で心を定めてから食事をしなさい。」

そのようにして修行僧たちが食事をした途端、目連尊者のお母様は餓鬼の苦しみを離れることができたのです。

それはつまり、目連尊者のお母様に対する後悔や負い目という気持ちが解消されたということでもあります

「お釈迦様が説いた生き方は先祖供養の道でもある、だから安心していいんだ」そんな確信を持てた瞬間なのではないでしょうか。

さらに言えば、このお母様が救われた瞬間が、当時の中国の修行僧の悩みや不安を解消した瞬間でもあったのかもしれません。

「盂蘭盆経」からのメッセージ

「仏説盂蘭盆経」ではお母様が餓鬼の世界から救われた後、目連尊者がお釈迦様にこんなことを尋ねます。

「今回に限らず、同じように供養をすれば誰でも親や先祖の恩に報いることができるのでしょうか?」

ここでまさに、当時の読み手であった中国の修行僧にも道を示しているのです。

それに対してお釈迦様も「私もまさにそれを言おうとしていたところだ。親や先祖の恩に報いたいと願うならば、7月15日に修行僧に供養をすれば七代遡った祖先までも一切の苦しみを離れるだろう。と仰います。

7月15日の修行僧というのは、先述の通り仏教の三宝そのもののことです。

お釈迦様は三宝への帰依(=信仰)が親や祖先を救うというのです。

ところがここで帰依と言われると、急に身構えてしまう方もいらっしゃるかもしれません。

ただ、これは実はそんなに仰々しいものでも怪しいものでもないんです。

そこで次回は最終回として、お盆に本当に供えるべきものについてお話しします。

つづく

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