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	<title>差別 - 禅活-zenkatsu-</title>
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	<description>禅を活かして、ちょっといい一日を</description>
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	<title>差別 - 禅活-zenkatsu-</title>
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		<title>【肉を食べるということ】肉食から考える「人権・平和・環境」②</title>
		<link>https://zenkatsu.site/archives/7312</link>
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		<dc:creator><![CDATA[西田稔光]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 29 Jul 2021 16:06:32 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[食]]></category>
		<category><![CDATA[人権]]></category>
		<category><![CDATA[差別]]></category>
		<category><![CDATA[曹洞宗]]></category>
		<category><![CDATA[肉]]></category>
		<category><![CDATA[肉を食べるということ]]></category>
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					<description><![CDATA[スポンサードリンク 曹洞宗僧侶の立場から肉食を捉え直すこちらの連載。 今シリーズでは、肉食を曹洞禅の食の教えから考えることで、 曹洞宗が掲げる「人権・平和・環境」の取り組みを網羅するものになる、ということについてお話ししています。 今回は、…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>スポンサードリンク<br />
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<p>曹洞宗僧侶の立場から肉食を捉え直すこちらの連載。</p>
<p>今シリーズでは、肉食を曹洞禅の食の教えから考えることで、<br />
<span class="sc_marker red">曹洞宗が掲げる「人権・平和・環境」の取り組みを網羅するものになる</span>、ということについてお話ししています。</p>
<div class="sc_getpost"><a class="clearfix" href="https://zenkatsu.site/archives/7244" ><div class="sc_getpost_thumb post-box-thumbnail__wrap"><img src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/07/肉食べ-min-150x150.jpg" width="150" height="150" alt="【肉を食べるということ】肉食から考える「人権・平和・環境」②"></div><div class="title">【肉を食べるということ】肉食から考える「人権・平和・環境」①</div><div class="date">2021.7.16</div><div class="substr">スポンサードリンク 曹洞宗の立場から肉食を捉え直し、そこから広がる様々な問題点や課題を検討してきたこの企画。 前回は「食べることで成仏する」という文脈が、曹洞宗の教えに適う部分もある一方で、食肉加工業や漁(猟)に対する差別を生んできた歴史と繋がってしまう場合があることをお話ししました。 今回から、肉...</div></a></div>
<p>今回は、この連載開始のきっかけであり、私が食に関する活動と研究をするきっかけともなった、<br />
<span class="sc_marker red">肉食と人権問題についてのお話です</span>。</p>
<h2>そもそも肉食忌避はいつから？</h2>
<p>日本では、肉食をタブー視してきた歴史があります。</p>
<p>これは<span class="sc_marker y">仏教伝来以降のものと思われがちなのですが、実はそんなことはありません</span>。</p>
<p>仏教が伝来したといわれるよりずっと前の日本の様子を、<br />
３世紀末に記録したとされる中国の歴史書『<ruby>魏志<rt>ぎし</rt></ruby>』の「<ruby>倭人伝<rt>わじんでん</rt></ruby>」にはこんなことが書かれています。</p>
<blockquote><p>その死には棺あるも槨なく、土を封じて冢を作る。<span class="sc_marker red">始め死するや停喪十余日、時に当たりて肉を食わず</span>、喪主哭泣し、他人就いて歌舞飲酒す。已に葬れば、挙家水中に詣りて澡よく浴し、以て練沐如くす。</p>
<div class="blockquote_ref">
<div><span style="font-size: 10pt;">新訂 「魏志倭人伝・後漢書倭伝・宋書倭国伝・隋書倭国伝―中国正史日本伝〈1〉」 (岩波文庫)</span></div>
</div>
</blockquote>
<p>要するに<span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker y">当時の日本人は人が亡くなると肉食を断った</span>と書かれているのです。</p>
<p>他にも、渡航の無事を祈るために船に乗る「<span class="sc_marker y"><ruby>持衰<rt>じすい</rt></ruby></span>」も肉食と飲酒を断ったと書かれています。</p>
<p>ここから分かるのは、日本人は<br />
<strong><span style="font-size: 14pt;">・宗教的行為(場所)から肉食を遠ざけた</span></strong><br />
<strong><span style="font-size: 14pt;">・肉食そのものは古くから行われていた</span></strong><br />
ということです。</p>
<p>この<span class="sc_marker red">肉食文化はあるけれど宗教的行為や場所としてはNGという感覚</span>が、<br />
形を変えて今も残り続けているのだと、私は捉えています。</p>
<div class="sc_getpost"><a class="clearfix" href="https://zenkatsu.site/archives/2792" ><div class="sc_getpost_thumb post-box-thumbnail__wrap"><img src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/08/DSC_8475_Fotor-min-150x150.jpg" width="150" height="150" alt="【肉を食べるということ】肉食から考える「人権・平和・環境」②"></div><div class="title">肉を食べるということ〜肉食と不殺生〜日本前編</div><div class="date">2019.8.30</div><div class="substr">スポンサードリンク  僧侶の立場から肉食を考えるこの企画。 はじめの３回では食肉加工場見学の経験と、そこから見えきた僧侶としての課題を書きました。 そして国と仏教と肉食について考えるべく、前回までインド・中国仏教における肉食について触れました。 今回はいよいよ日本仏教と肉食についてのお話。 実は今回...</div></a></div>
<h2>「肉」と関わる仕事への差別</h2>
<p>そして、そうした<span class="sc_marker y">肉食に対する忌避感を強めたのが仏教</span>でした。</p>
<p>日本の仏教受容の始まりは、仏教の中でも密教と呼ばれる、祈祷を中心とするものでした。</p>
<p>国家としては、僧侶の祈祷による宗教的な力によって、国を護り繁栄させて欲しいという願いがありました。</p>
<p>そんな国家的な宗教行為には、当然肉食はタブーで、<br />
<span class="sc_marker y">まだ正式な戒律が伝わる以前から、国家として僧侶に肉食を禁止する決まり</span>まで出されました。</p>
<p>また、後に日本に伝わった戒律も、中国で成立した肉食を禁止するものであったことから、<br />
仏教は肉食への忌避感をより強いものとしていきます。</p>
<p>そんな仏教が貴族へ、民衆へと伝わるようになると、<span class="sc_marker blue">問題になるのが肉を生産したり加工したりする職業</span>です。</p>
<p>現代では、マグロの解体ショーはお寿司屋さんや市場のパフォーマンスとして大変人気がありますが、<br />
実は同じ様な習慣が10世紀初め頃にあったそうです。</p>
<p>それは、<span class="sc_marker y">宴の場でのキジの解体ショー</span>でした。</p>
<p>これがおもてなしとして親しまれていたのが、徐々に廃れていきます。</p>
<p>その理由は、<span class="sc_marker red">仏教が広がるにつれ動物を捕らえ、肉にしていく過程が、罪業として広く認識されるようになった</span>からです。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/07/4549787_s-min-300x225.jpeg" alt="" width="300" height="225" class="alignnone size-medium wp-image-7314" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/07/4549787_s-min-300x225.jpeg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/07/4549787_s-min.jpeg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h3>罪業の隔離</h3>
<p>しかし、動物を捕らえ、肉へと加工する過程、いわゆる猟(漁)やと畜解体が罪業と認識されたからといって、<br />
肉食自体がやめられたわけではありませんでした。</p>
<p>それどころか、日常や宴の場では肉はご馳走として重宝され続ける一方で、<br />
宗教行為や場所と関係する前後には肉食を断つ「<span class="sc_marker y"><ruby>精進<rt>そうじ</rt></ruby></span>」という習慣が生まれます。</p>
<p>肉を生産・調理するところまでが殺生であり、<br />
食べる事自体はそこのタブーに触れないという価値感が形成されいくのです。</p>
<p>その結果、<span class="sc_marker y">食肉加工や狩猟・漁撈に携わる人は罪を背負う存在として扱われるようになり、<br />
その存在そのものが社会的に忌避されるようになります</span>。</p>
<p>こうした職業の方々は時代を下っていくと、<br />
<strong><span class="sc_marker red">「<ruby>穢多<rt>えた</rt></ruby>」や「非人」と呼ばれ、社会的に差別を受けることになります。</span></strong></p>
<p>差別を受けた職業・身分というのは肉に関係するものだけではありませんが、<br />
<span class="sc_marker blue"><strong>死んだ牛馬の解体などを行う地域は特に町から遠ざけられ、<br />
地域そのものがそうした差別にさらされる「被差別部落」となっていく</strong></span>のです。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/07/4840811_s-min-300x169.jpeg" alt="" width="300" height="169" class="alignnone size-medium wp-image-7315" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/07/4840811_s-min-300x169.jpeg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/07/4840811_s-min.jpeg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h2>差別がもたらしたもの</h2>
<p>こうした差別がいかに愚かであるかは、現代人であれば一目瞭然でしょう。</p>
<p>と畜解体や猟(漁)をしてくれる人がいるから、食卓があるというのは、小学生でもわかることです。</p>
<p>科学のなかった時代には、宗教的な忌避感だけでなく、疫病への恐怖などもあったのかもしれません。</p>
<p>しかし、それがなぜ差別になってしまったのか。</p>
<p>それは、<span class="sc_marker blue">差別によって安心する人が一定数いたから</span>ではないでしょうか。</p>
<p>鎌倉時代以降、仏教の一部の宗派ではと畜や猟(漁)を行う人は、地獄へ堕ちると説くようになります。</p>
<p>ただしそれは、その従事者に説かれたものではないと私は捉えています。</p>
<p>むしろ、<span class="sc_marker y">と畜解体や猟(漁)に携わらない人にほど意味があったのではないか</span>と、<br />
あくまでも個人的には思うのです。</p>
<p><span class="sc_marker blue">「あんな悪い事してる人は地獄へ堕ちるけど、あなたたちは大丈夫ですよ」</span>というニュアンスが、<br />
<strong>そこに携わらない人々を安心させた</strong>のではないでしょうか。</p>
<p>もちろん、地獄を説いたことで人が正しく生きようとしたという面はあったでしょうし、それ自体を否定はしません。</p>
<p>しかし、罪業の例として挙げられたことで、<span class="sc_marker red">食肉に関わる人々は仕事としては必要とされながら、</span><br />
<span class="sc_marker red">人としては差別される事となった</span>のです。</p>
<p>この、自分よりも下の人を作ることで安心するという、人間の心の愚かな部分は、<br />
あらゆる差別や人権問題と関連しています。</p>
<p>次回は、そうした差別や人権問題に対して、曹洞禅の食の教えがどう関わる事ができるかについて考察します。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/07/22029850_s-min-300x200.jpeg" alt="" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-7316" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/07/22029850_s-min-300x200.jpeg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2021/07/22029850_s-min.jpeg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
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<p>&nbsp;</p>
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			</item>
		<item>
		<title>肉を食べるということ〜肉食と不殺生〜インド編</title>
		<link>https://zenkatsu.site/archives/2095</link>
					<comments>https://zenkatsu.site/archives/2095#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[西田稔光]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 04 Jul 2019 16:13:28 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[食]]></category>
		<category><![CDATA[仏教]]></category>
		<category><![CDATA[差別]]></category>
		<category><![CDATA[肉]]></category>
		<category><![CDATA[肉を食べるということ]]></category>
		<category><![CDATA[肉食と不殺生]]></category>
		<category><![CDATA[連載]]></category>
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					<description><![CDATA[スポンサードリンク 仏教と食を考える上で、避けて通ることのできないテーマである肉食。 不殺生戒という仏教の戒が言葉として有名になり、いつしか「仏教は肉食を禁じられている」という情報は一般常識レベルにまで浸透しました。 実際に私達僧侶は肉を食…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>スポンサードリンク</p>
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<p>仏教と食を考える上で、避けて通ることのできないテーマである<span class="sc_marker red"><strong>肉食</strong></span>。</p>
<p><span class="sc_marker y"><strong>不殺生戒</strong></span>という仏教の戒が言葉として有名になり、いつしか「仏教は肉食を禁じられている」という情報は一般常識レベルにまで浸透しました。</p>
<p>実際に私達僧侶は肉を食べるのかどうかを聞かれることが多々あります。</p>
<p>単純な疑問として聞かれることもあれば、時には特定の思想を持った方から、意図を持って聞かれることもあります。</p>
<p>当コラムではここまで三回にわたって、食肉加工場の見学の様子、そして食肉加工を巡る差別の歴史に触れてきました。</p>
<p>そして、私は実際に食肉加工の現場で、<span class="sc_marker red"><strong>仏教の不殺生という言葉が、その仕事に携わる方々に罪悪感を抱かせてきたという事実と歴史</strong></span>を知りました。</p>
<div class="sc_getpost"><a class="clearfix" href="https://zenkatsu.site/archives/1842" ><div class="sc_getpost_thumb post-box-thumbnail__wrap"><img src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/236173896940994459bc800b1e71fb57_s-min_Fotor-min-150x150.jpg" width="150" height="150" alt="肉を食べるということ〜肉食と不殺生〜インド編"></div><div class="title">【肉を食べるということ】食肉加工場にいってきました vol.1</div><div class="date">2019.6.13</div><div class="substr">スポンサードリンク  「お坊さんってお肉食べていいの？」 これはとてもよくある質問です。 最初に言います。 お肉大好き！ 牛豚鶏はもちろん、羊やイノシシ、ワニやウミガメも美味しく食べたことがあるくらい、お肉ならドンと来いという感じです。 ちなみに禅活-zenkatsu-メンバーもみんなお肉を食べます...</div></a></div>
<p>仏教徒は本当に肉を食べてはいけないのか、いけないとしたら何故なのか。</p>
<p>ここからはインド・中国・日本のそれぞれの仏教と肉食について探っていきます。</p>
<p>今回はまず、<strong>原点であるインド仏教の肉食</strong>についてのお話です。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/344ba687f3c98c138d28fa6ec307ad52_s-min-300x214.jpg" alt="" width="300" height="214" class="alignnone size-medium wp-image-2107" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/344ba687f3c98c138d28fa6ec307ad52_s-min-300x214.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/344ba687f3c98c138d28fa6ec307ad52_s-min.jpg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h2>インド仏教〜托鉢〜</h2>
<p>仏教はおよそ2500年前、現在のインドにあたる地域でお釈迦様によって説かれました。</p>
<p>お釈迦様は元々シャカ族という小国を治める王族の王子として生まれましたが、<strong>自身に迫る老・病・死という恐ろしい現実を克服する為</strong>に出家をします。</p>
<p>出家と言うと日本では僧侶になることがイメージされやすいですが、当時のインドではすでにバラモン教をベースに様々な思想家や宗教が乱立しており、出家という言葉は家を出て修行者となることを指しました。</p>
<p>そして当時の出家者は<span class="sc_marker red"><strong>托鉢</strong></span>によって食事を得て、<strong>一箇所には留まらない遊行</strong>が修行の基本スタイルでした。</p>
<p>それではこの托鉢という食事スタイルの中で、肉は食べられていたのでしょうか？</p>
<h3>托鉢と肉食</h3>
<p>托鉢というのは、<span class="sc_marker red"><strong>在家信者から食物をもらうことをいいます。</strong></span></p>
<p>当時のインドでは、<strong>在家者は出家者に食事を与えることで間接的に功徳を得る、という信仰と風習</strong>がすでに根付いていたのです。</p>
<p>また托鉢では、基本的には<span class="sc_marker red"><strong>その家の食事を分けてもらう</strong></span>ことになります。</p>
<p>そこに用意されている食事は<strong>一般の家庭料理ですので、当然肉も入っています</strong>。</p>
<p>むしろ、<strong>肉であろうが野菜であろうが、美味しかろうが不味かろうが、極端な話傷んでいようが、与えられたものを食べるのが托鉢という食事の在り方</strong>でした。</p>
<p>石と排泄物は食べなくて良い、という程なので、ほとんどの物は食べたということですね。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/b2051c684721b179cd443a303751c4a8_s-min-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" class="alignnone size-medium wp-image-2105" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/b2051c684721b179cd443a303751c4a8_s-min-300x225.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/b2051c684721b179cd443a303751c4a8_s-min.jpg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h2>インド仏教の肉食</h2>
<p>それではここからはより具体的にインド仏教における肉食について見てみましょう。</p>
<p><span class="sc_marker y"><strong>『<ruby>四分律<rt>しぶんりつ</rt></ruby>』</strong></span>という、後に中国、日本へ色濃く影響を及ぼす<span class="sc_marker red"><strong>修行僧の生活規則</strong></span>には、食べて良いものと悪いものが事細かに書かれています。</p>
<h3>食べて良い肉、悪い肉</h3>
<p>食べて良いものと悪い物は、お釈迦様が弟子の質問に答える形でが説かれます。</p>
<p>例えば、<span style="color: #0000ff;"><strong>「病気にかかった者がいたら肉を食べても良いですか？」</strong></span>という問いに対して<strong><span style="color: #ff0000;">「いいでしょう。」</span></strong>という具合に、穀物・魚・野菜、その他には薬を口にすることが許されます。</p>
<p>その一方で、<span class="sc_marker red"><strong>馬や蛇、犬など、一部の動物の肉は食べることが許されません</strong></span>。</p>
<p>ただし、理由を見てみると、<strong>当時のインドの社会にある風習に根ざしたものが多く、仏教というよりは社会とのバランスに配慮したものであるような印象</strong>です。</p>
<p>あるいは、食べることが禁じられた動物が持つ菌や毒などを踏まえていたのかもしれません。</p>
<h3>三種の浄肉</h3>
<p>また『四分律』では、<span class="sc_marker y"><strong>「三種の浄肉」</strong></span>という、食べても良い肉の条件が説かれています。</p>
<p>その条件とは<strong>「故見・故聞・故疑」</strong>ではない肉のことです。</p>
<p>故見とは<span style="color: #000000;" class="sc_marker red"><strong>自分の為に殺されるところを見ていないこと</strong></span>、故聞とは<span class="sc_marker red"><strong>自分の為に殺したと聞いていないこと</strong></span>、故疑とは<span class="sc_marker red"><strong>その疑がないとこと</strong></span>という意味です。</p>
<p>つまり<strong><span class="sc_marker red">「私の為に殺された動物の肉」</span></strong>を食べることが禁じられていたのです。</p>
<p>これは一つ間違えると、漁師さんや料理人さん、と畜解体に携わる方の仕事を否定することにつながり、仏教信仰を妨げる原因にもつながる為、受け取り方に気をつけるべきでしょう。</p>
<p>この三種の浄肉に関しては、人権問題なども含めてまた改めて取り上げたいと思います。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/4aef56d658e80fd6f8e6067a6f39d472_s-min-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-2108" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/4aef56d658e80fd6f8e6067a6f39d472_s-min-300x200.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/4aef56d658e80fd6f8e6067a6f39d472_s-min.jpg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h2>インド仏教と肉食の特徴</h2>
<p>インド仏教においては、<span class="sc_marker red"><strong>肉食自体は殺生として禁じられませんでした</strong></span>が、<span class="sc_marker red"><strong>人を含めた動物を殺すことは一切禁じられており、料理や狩猟はもちろん、虫を殺す可能性のある掃除なども禁じられました</strong></span>。</p>
<p>こうしたインド仏教の肉食の特徴には、<strong>出家者と在家者の立場がはっきりと分かれていた</strong>、当時のインドの社会構造が大きく関係しています。</p>
<p>お釈迦様がおられた当時のインドでは、修行するのは出家者だけに限定され、在家者との間にはっきりとした境界線がありました。</p>
<p>修行者は供養をする在家者の功徳の為にも、特別な存在である必要があったのです。</p>
<p>こうした明確な立場の線引きがあったからこそ、言ってしまえば「自らの手を汚していない肉は食べて良い」とも取れる三種の浄肉という考え方が生まれたのかもしれません。</p>
<p>そしてお釈迦様の死後、<strong>インドで仏教は衰退していき、徐々に肉食を禁じる他宗教が興隆</strong>していきます。</p>
<p>この社会の変化に合わせて、仏教もまた肉食を避ける方向にシフトしていくのです。</p>
<h2>食肉加工業の立ち位置</h2>
<p>またインドでは、<span class="sc_marker red"><strong>カースト</strong></span>という職業や生まれによって定められた社会階級があります。</p>
<p>一番上にいるのが<strong>バラモン</strong>、今で言えば司祭のような、独自の言語や儀式によって宗教を司る人々でした。</p>
<p>王族より上の階級であったことを考えると、当時の宗教がどれだけ力をもっていたかがわかります。</p>
<p>そこから下っていくといくつも細かい階級がありますが、そこに含まれない<strong>アウトカースト</strong>と呼ばれる階級がありました。</p>
<p>この階級の人々はいわゆる<strong>被差別階級</strong>で、触れることはおろか、時には見ることさえ避けられていました。</p>
<p><span class="sc_marker red"><strong>そこに位置付けられる「不浄」とされる職業が、掃除や死人の処理、そして食肉加工だったのです。</strong></span></p>
<p>ヒンドゥー今日が主流になると、神聖とされる牛の肉を食べることが避けられるようになります。</p>
<p><span class="sc_marker red"><strong><span style="font-size: 14pt;">ただし、食肉加工をする人々を除いて。</span></strong></span></p>
<p>ヒンドゥー社会では「不浄」であるとされる、食肉加工業の人々には死んだ牛の解体と肉を食べることを許しました。</p>
<p>しかし、<strong>その牛を食べることが、彼らを「不浄」とするさらなる根拠にされてしまったのです。</strong></p>
<p>その差別は暗黙のうちに現在もネパールなどの一部地域で残っています。</p>
<p>そこで食肉加工をする人々は牛肉を食べることをやめるようになったそうです。</p>
<p>日本にも通ずる、「不浄」を根拠とした職業・身分差別がインドには存在したのでした。</p>
<h3>まとめ</h3>
<p>インド仏教は、六道輪廻をはじめとする、<strong>バラモン教の教えが根付いた風土の上に成立</strong>しています。</p>
<p>お釈迦様が説かれた言葉の中だけでは知ることのできない、<span class="sc_marker red"><strong>当時の風土や風習というものが混ざり合ったことで、インド仏教独自の特徴が生まれていったのです。</strong></span></p>
<p>以上が、今回ご紹介するインド仏教の肉食の特徴です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>今回のインド仏教における肉食に関しては、</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span class="sc_marker red" style="font-size: 14pt;"><strong>・托鉢という民間に根付いた信仰の習慣があったこと</strong></span></p>
<p><span class="sc_marker red" style="font-size: 14pt;"><strong>・肉を食べること自体が禁じられていたわけではなかったこと</strong></span></p>
<p><span class="sc_marker red" style="font-size: 14pt;"><strong>・食肉加工業が差別される社会背景があったこと</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>の三点を抑えていただき、次回、中国編に進みたいと思います。</p>
<p>つづく</p>
<div class="sc_getpost"><a class="clearfix" href="https://zenkatsu.site/archives/2334" ><div class="sc_getpost_thumb post-box-thumbnail__wrap"><img src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/bd8b2309a442ce9620a14e960a70f636_s_Fotor-min-150x150.jpg" width="150" height="150" alt="肉を食べるということ〜肉食と不殺生〜インド編"></div><div class="title">肉を食べるということ〜肉食と不殺生〜中国編</div><div class="date">2019.7.19</div><div class="substr">仏教と肉食について考えるこちらのコラム。 初めの三回では食肉加工場で見たものや、食肉加工という職業の内容と根強い差別について書きました。 そして前回からは、仏教と肉食の歴史を振り返るため、インド仏教における肉食について触れました。 今回はインドからシルクロードを通って仏教が伝わった中国仏教と肉食につ...</div></a></div>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/dcef2b130858cb3f67a3d354a794d58b_s-min-300x203.jpg" alt="" width="300" height="203" class="alignnone size-medium wp-image-2104" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/dcef2b130858cb3f67a3d354a794d58b_s-min-300x203.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/dcef2b130858cb3f67a3d354a794d58b_s-min.jpg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
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		<item>
		<title>肉を食べるということ〜食肉加工場にいってきました〜 vol.3</title>
		<link>https://zenkatsu.site/archives/2022</link>
					<comments>https://zenkatsu.site/archives/2022#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[西田稔光]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 26 Jun 2019 16:09:39 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[食]]></category>
		<category><![CDATA[差別]]></category>
		<category><![CDATA[社会]]></category>
		<category><![CDATA[肉]]></category>
		<category><![CDATA[肉を食べるということ]]></category>
		<category><![CDATA[食肉加工場にいってきました]]></category>
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					<description><![CDATA[スポンサードリンク &#160; 普段の食卓から、お祝いや景気付けなど、私たちの生活に欠かせない存在となっているお肉。 しかし野菜や果物、魚と違って、ほとんどの人が加工の過程を見ていない食物でもあります。 そこでこのコラムでは、実際に芝浦と…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>スポンサードリンク</p>
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<p>&nbsp;</p>
<p>普段の食卓から、お祝いや景気付けなど、私たちの生活に欠かせない存在となっている<strong><span style="font-size: 14pt;">お肉</span></strong>。</p>
<p>しかし<span class="sc_marker red"><strong>野菜や果物、魚と違って、ほとんどの人が加工の過程を見ていない食物でもあります。</strong></span></p>
<p>そこでこのコラムでは、実際に<strong>芝浦と場</strong>の食肉加工見学に行って目にしたもの・学んだことから、肉を食べるということについて考えてきました。</p>
<p>vol.1では、食肉加工という職業に向けられてきた差別の歴史と現状について触れました。</p>
<div class="sc_getpost"><a class="clearfix" href="https://zenkatsu.site/archives/1842" ><div class="sc_getpost_thumb post-box-thumbnail__wrap"><img src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/236173896940994459bc800b1e71fb57_s-min_Fotor-min-150x150.jpg" width="150" height="150" alt="肉を食べるということ〜食肉加工場にいってきました〜 vol.3"></div><div class="title">【肉を食べるということ】食肉加工場にいってきました vol.1</div><div class="date">2019.6.13</div><div class="substr">スポンサードリンク  「お坊さんってお肉食べていいの？」 これはとてもよくある質問です。 最初に言います。 お肉大好き！ 牛豚鶏はもちろん、羊やイノシシ、ワニやウミガメも美味しく食べたことがあるくらい、お肉ならドンと来いという感じです。 ちなみに禅活-zenkatsu-メンバーもみんなお肉を食べます...</div></a></div>
<p>vol.2では、実際に見学した食肉加工の作業工程をご紹介。</p>
<p><strong>と畜解体作業の無駄のなさと、「美味しさ」を追求して磨かれてきた技術の鮮やかさ</strong>に驚かされました。</p>
<div class="sc_getpost"><a class="clearfix" href="https://zenkatsu.site/archives/1921" ><div class="sc_getpost_thumb post-box-thumbnail__wrap"><img src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/caa1811c55b5bad2d53a11343e9b9a1c_s-min_Fotor-min-150x150.jpg" width="150" height="150" alt="肉を食べるということ〜食肉加工場にいってきました〜 vol.3"></div><div class="title">【肉を食べるということ】食肉加工場にいってきました vol.2</div><div class="date">2019.6.19</div><div class="substr">スポンサードリンク 明治時代以降に盛んになった食文化でありながら、今や日本人の食卓に欠かせない存在となったお肉。 曹洞宗の食事作法では、その食べ物がどのようにやってきたかを推し量る言葉をお唱えしますが、お肉は食卓に並ぶまでの「ある過程」が私たちの記憶からすっぽりと抜け落ちています。 その過程とは、「...</div></a></div>
<p>そして今回は、見学を終えた後の意見交換会でのお話です。</p>
<p>この日、私は<span class="sc_marker red"><strong>その後の活動に大きく関わる経験</strong></span>をすることになります。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/13f7d820edd89fbaadb02c6e0db9140b_s-min-300x199.jpg" alt="" width="300" height="199" class="alignnone size-medium wp-image-2026" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/13f7d820edd89fbaadb02c6e0db9140b_s-min-300x199.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/13f7d820edd89fbaadb02c6e0db9140b_s-min.jpg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h2>意見交換会にて</h2>
<h3>獣魂碑の存在と動物の魂</h3>
<p>工場の見学が終わると、昼休みを挟んで意見交換会が行われました。</p>
<p>vol.1の意見交換会でもお世話になった高城さんが、工場でのお仕事を終えて再び時間をとってくださいました。</p>
<p>これは2017年に初めて見学に行った時の意見交換会での出来事です。</p>
<p>こちらからの質問にお答えいただく中で、話は工場敷地内の<span class="sc_marker red"><strong><ruby>獣魂碑<rt>じゅうこんひ</rt></ruby></strong></span>の話になります。</p>
<p><strong>と場には獣魂碑と言われるど動物の供養碑があり、一年に一回僧侶が来て供養を行うことが多いのだそうです。</strong></p>
<p>それに対して高城さんはおっしゃいます。</p>
<p>「<strong>私はあれはいらないと思うんです</strong>。<span class="sc_marker red"><strong>なぜ食べる為に解体した動物の慰霊をするんですかね？</strong></span>そういう信仰がある人だけで勝手にやればいいんですよ。」</p>
<p>この言葉は、事前研修の際におっしゃっていた<strong>「私たちは牛や豚がかわいそうだなんて思っていません」</strong>という言葉と似た響きがありました。</p>
<p>日本で科学が発達する以前は、<span class="sc_marker red"><strong>天災や疫病・飢饉というものは</strong><strong>死霊の怨念によるもの</strong></span>だとされてきました。</p>
<p><strong>菅原道真を天神として祀るのも、戦国時代に多くの寺院が建立されたのも、<span class="sc_marker red">怨念への恐れがあったから</span></strong>です。</p>
<p>慰霊碑や供養塔が現代で果たしている役割は、<strong>仏教本来の供養よりも霊を鎮めることにあるように思います</strong>。</p>
<p>高城さんははっきりと言葉にされませんでしたが、<strong>加工場内に獣魂碑があるということは、ここで怨念が生まれているということを意味し、と畜解体の作業が「悪いこと」であると言っていることになってしまう</strong>のでは、という懸念があったのかもしれません。</p>
<p>魚をいけすから出して捌く料亭や居酒屋さんに魚魂碑はありません。</p>
<p>木を伐採する山に木魂碑はありません。</p>
<p>なのになぜ食肉加工場には獣魂碑を置く必要があるんだ。</p>
<p>高城さんにはそんな納得のいかない思いをお持ちだったのかもしれません。</p>
<p>もちろん職員さん全員が獣魂碑を不要と思っているわけではありません。</p>
<p>ただ、<span class="sc_marker red"><strong>第三者が「ここで動物が…」と思って手を合わせるだけでも、傷つく人がいるという事実が、そこにあるのです</strong></span>。</p>
<p>そしてそのと畜解体は、趣味や遊びではなく、<strong><span class="sc_marker red">求められて行う仕事であるということ</span></strong>を忘れてはいけないのだと思います。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/cefb2b20f460d90aab33af2e97ea4dea_s-min-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" class="alignnone size-medium wp-image-2027" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/cefb2b20f460d90aab33af2e97ea4dea_s-min-300x225.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/cefb2b20f460d90aab33af2e97ea4dea_s-min.jpg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h3>若い職員さんの言葉</h3>
<p>意見交換会で、30代の若い職員さんが同席してくださいました。</p>
<p>交換会の途中では多くを語らなかった職員さんが、終了後私に声をかけてくださいました。</p>
<p><span class="sc_marker red"><strong>「すいません、なんでご飯を食べる前に手を合わせるんですか？申し訳ないからですか？娘が幼稚園で覚えてきて戸惑ってしまって。」</strong></span></p>
<p>普段であれば「いただく命に手を合わせることで〜」とありきたりでも説明がつきます。</p>
<p>しかし、高城さんのお話を聞き、職員さんの様々な思いを知った後では、何を言っても自分が逃げているようにしか感じられず、私はその時自分がした説明もよく覚えていません。</p>
<p>すると、その職員さんが、その仕事に就いて経験したことをお話ししてくださいました。</p>
<p>聞けば、<span class="sc_marker red"><strong>婚約者の身内が自分の職業を知った途端に猛反対をして、破談になってしまったこと</strong></span>があったそうです。</p>
<p>そして最後に一言私にこうおっしゃいました。</p>
<p><span class="sc_marker red" style="font-size: 18pt;"><strong>「牛を殺している人間と話すのは初めてですか？」</strong></span></p>
<p>私の頭には色んな言葉が駆け巡りました。</p>
<p>あの<strong>作業を見て私は「殺している」とは思わなかった</strong>ということ、本当に牛や豚が死ぬかどうかは消費者がどう扱うかにかかっているのではないかということ。</p>
<p>しかし、どんなに言葉を尽くそうが、当時の私にはその職員さんの悲しみや怒りを癒すことはできないと思いました。</p>
<p>それほどに、「<strong>牛を殺している人間と話すのは初めてですか？</strong>」という一言は様々な感情を帯びて私に投げかけられたのです。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/DSC_0149-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-2029" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/DSC_0149-300x200.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/DSC_0149-768x512.jpg 768w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/DSC_0149-1024x683.jpg 1024w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/DSC_0149.jpg 1620w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h2>と場見学を終えて</h2>
<p>初めてのと場見学は、こうして自分の力不足と、視野の狭さと、想像力のなさ、多くの至らなさを痛感して幕を閉じました。</p>
<p>私は永平寺で「食べる」ということを根本的に見つめ直すことが出来たと思って帰ってきました。</p>
<p>しかし実際は、その食を巡って理不尽な辛さを味わっている方がいて、私はそんな方にかける言葉も見つかりませんでした。</p>
<p>また見学の中で、職員さんは口々に<strong>「みなさんが禁じている殺生を我々をしているのかもしれませんが…」</strong>とおっしゃていました。</p>
<p>その時、<span class="sc_marker red"><strong>自分が何の疑いもなく触れて来た不殺生戒というものが、真面目に仕事をしている人に負い目や後ろめたさを抱かせることもある</strong></span>と気づかされました。</p>
<p>私はそれまで、食と向き合ってきたつもりでいましたが、人間の「食べる」という行動の本質に目を向けていなかったのです。</p>
<p>食べるとは一体どういことなのか。</p>
<p><strong>不殺生と言いながら生命を取り込むという矛盾</strong>。</p>
<p>仏教はこれとどう向き合ってきたのか。</p>
<p>私はこの、食肉加工場の見学を通して<strong>「食と不殺生」</strong>について考えるようになり、これが現在の禅活の活動にも繋がっています。</p>
<p>次回からは、<strong>「肉を食べるということ〜肉食と殺生〜」</strong>というタイトルで、<strong>インド・中国・日本という仏教が辿ったルート</strong>で仏教が肉食をどう捉えたかを考えてみたいと思います。</p>
<p>まずは芝浦と場の高城さん、そして案内をしてくださった職員さん、見学をお許しいただいた職員さんに心よりの感謝を申し上げます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>「肉を食べるということ〜肉食と殺生〜」</strong>へつづく</p>
<div class="sc_getpost"><a class="clearfix" href="https://zenkatsu.site/archives/2095" ><div class="sc_getpost_thumb post-box-thumbnail__wrap"><img src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/07/dcef2b130858cb3f67a3d354a794d58b_s_Fotor-min-150x150.jpg" width="150" height="150" alt="肉を食べるということ〜食肉加工場にいってきました〜 vol.3"></div><div class="title">肉を食べるということ〜肉食と不殺生〜インド編</div><div class="date">2019.7.5</div><div class="substr">スポンサードリンク 仏教と食を考える上で、避けて通ることのできないテーマである肉食。 不殺生戒という仏教の戒が言葉として有名になり、いつしか「仏教は肉食を禁じられている」という情報は一般常識レベルにまで浸透しました。 実際に私達僧侶は肉を食べるのかどうかを聞かれることが多々あります。 単純な疑問とし...</div></a></div>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/IMG_5701_Fotor-min-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" class="alignnone size-medium wp-image-2025" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/IMG_5701_Fotor-min-300x225.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/IMG_5701_Fotor-min-768x576.jpg 768w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/IMG_5701_Fotor-min-1024x768.jpg 1024w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
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		<item>
		<title>【肉を食べるということ】食肉加工場にいってきました vol.2</title>
		<link>https://zenkatsu.site/archives/1921</link>
					<comments>https://zenkatsu.site/archives/1921#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[西田稔光]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 18 Jun 2019 15:32:34 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[食]]></category>
		<category><![CDATA[差別]]></category>
		<category><![CDATA[社会]]></category>
		<category><![CDATA[肉]]></category>
		<category><![CDATA[肉を食べるということ]]></category>
		<category><![CDATA[連載]]></category>
		<category><![CDATA[食肉加工場にいってきました]]></category>
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					<description><![CDATA[スポンサードリンク 明治時代以降に盛んになった食文化でありながら、今や日本人の食卓に欠かせない存在となったお肉。 曹洞宗の食事作法では、その食べ物がどのようにやってきたかを推し量る言葉をお唱えしますが、お肉は食卓に並ぶまでの「ある過程」が私…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>スポンサードリンク</p>
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<p>明治時代以降に盛んになった食文化でありながら、今や日本人の食卓に欠かせない存在となった<span class="sc_marker red"><strong><span style="font-size: 14pt;">お肉</span></strong></span>。</p>
<p>曹洞宗の食事作法では、その食べ物がどのようにやってきたかを推し量る言葉をお唱えしますが、<span class="sc_marker red">お肉は食卓に並ぶまでの<strong>「ある過程」</strong>が私たちの記憶からすっぽりと抜け落ちています。</span></p>
<p>その過程とは、<span class="sc_marker red" style="font-size: 14pt;"><strong>「と畜」</strong></span>。</p>
<p>昔は<ruby>屠殺<rt>とさつ</rt></ruby>という言い方をしまいしたが、現在は「と畜」に統一されています。</p>
<p>私は、現在所属している曹洞宗総合研究センターの研修カリキュラムで、これまでに２度、食肉加工場の見学をさせていただきました。</p>
<p>前回の記事では、<strong>と畜・解体をする食肉加工業に向けられてきた差別や偏見の歴史、そして現状</strong>についてお話ししました。</p>
<p>今回は食肉加工場で実際に見てきたこと、教えていただいたことをなるべく詳細にお伝えし、加工の過程をより多くの方に知っていただきたいと思います。</p>
<p><span class="sc_marker red" style="font-size: 14pt;"><strong>尚、今回の記事は、必ず前回の記事をお読みいただき、正しいご理解の上、お読みください。</strong></span></p>
<div class="sc_getpost"><a class="clearfix" href="https://zenkatsu.site/archives/1842" ><div class="sc_getpost_thumb post-box-thumbnail__wrap"><img src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/236173896940994459bc800b1e71fb57_s-min_Fotor-min-150x150.jpg" width="150" height="150" alt="【肉を食べるということ】食肉加工場にいってきました vol.2"></div><div class="title">【肉を食べるということ】食肉加工場にいってきました vol.1</div><div class="date">2019.6.13</div><div class="substr">スポンサードリンク  「お坊さんってお肉食べていいの？」 これはとてもよくある質問です。 最初に言います。 お肉大好き！ 牛豚鶏はもちろん、羊やイノシシ、ワニやウミガメも美味しく食べたことがあるくらい、お肉ならドンと来いという感じです。 ちなみに禅活-zenkatsu-メンバーもみんなお肉を食べます...</div></a></div>
<h2>芝浦と場のお仕事</h2>
<p>私が見学させていただいた東京都中央卸売市場内、芝浦と場では、牛と豚のと畜・解体がそれぞれのラインで行われます。</p>
<p>ここで言う<span class="sc_marker red"><strong>と畜とは、牛と豚のけい動脈を切り、血を抜く工程のことであり、そこから先の工程は解体と言います。</strong></span></p>
<p>芝浦と場で一日にと畜が行われる頭数は、<strong>最大で牛が430頭</strong>、<strong>豚が1400頭</strong>。</p>
<p>この数が<strong>午前中だけで枝肉という状態まで加工される</strong>のです。</p>
<p>かかる時間の短さからもわかる通り、その工程はどれも洗練された技術の結晶で、とことん無駄を省いたものでした。</p>
<div id="attachment_1925" style="width: 260px" class="wp-caption alignnone"><img aria-describedby="caption-attachment-1925" loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/a-3-2_01-min.jpg" alt="" width="250" height="190" class="size-full wp-image-1925" /><p id="caption-attachment-1925" class="wp-caption-text">東京都食肉市場・芝浦と場（HPより)</p></div>
<h2>と畜解体作業の現場へ</h2>
<p>ここからは実際に現場で見たことをお伝えします。</p>
<p>まず、見学をする際には<strong>白衣・長靴・帽子・マスクを着用し、手洗いやエアーシャワーなどで全身をくまなく殺菌します</strong>。</p>
<p>この工場全体を通して、衛生管理が徹底されており、作業工程の至るところにもその努力が垣間見えます。</p>
<h3>豚肉のと畜解体</h3>
<p>工場には、見学をするためのコースなどはなく、作業場の隙間を縫うように進んでいきます。</p>
<p>殺菌のためにお湯を使うので、場内はかなりの湿気です。</p>
<p>冷房も使えないため、<span class="sc_marker red"><strong>夏場には室温が40度をゆうに超え、長靴の中でくるぶしの辺りまで汗が溜まるほどの酷暑</strong></span>の中での作業になるそうです。</p>
<p>まず初めに案内されたのは豚肉のと畜解体ラインでした。</p>
<p>前日のうちに全国から芝浦と場に運ばれてきた豚は検査を受け、体を洗浄された後、けい留所という場所で一晩を過ごし、翌朝、ラインへと誘導されます。</p>
<p>初めに、炭酸ガスで気絶させ、その間にけい動脈を切り、胸を開いて一気に血を抜く<strong>「放血」</strong>を行います。</p>
<p><span class="sc_marker red"><strong>ここでしっかりと血を抜かないとお肉としての味が落ち、市場での価格もガクッと下がるため、非常に重要な作業となります。</strong></span></p>
<p>その後、ベルトコンベアで運ばれた豚は４本の足と頭が落とされ、<strong>シャックル</strong>というフックにかけられて次の工程へと移ります。</p>
<p>（足や頭は別のコンベアで運ばれ、それぞれに加工されます。）</p>
<p>次に、尻尾の切除と内臓を取り出す工程です。</p>
<p>この時に肛門を切り取り、腸の内容物が周りに付かないように処理をします。</p>
<p>取り出した内臓は部位ごとに検査をし、問題がなければ市場へと運ばれていきます。</p>
<p>この時に印象だったのが、<strong>内臓が全部繋がっていたこと</strong>。</p>
<p>今思えば当たり前のことですが、<span class="sc_marker red"><strong>いかに普段お肉を部位ごとでしか見ていないかがわかる瞬間でした</strong></span>。</p>
<p>その後、皮と肉の間にナイフを入れて少し皮を剥がし、残りはローラー状の機械でつるんと剥がします。</p>
<p>芝浦と場で解体された牛と豚の皮は、それぞれ原皮という、加工前の皮として革製品を扱う業者や食品業者が買取ります。</p>
<p>この時、<span class="sc_marker red"><strong>皮に穴が空くと市場価値が下がる為、薄く、穴を空けずに皮を剝がせるようになるまでが大変</strong></span>なんだそうです。</p>
<p>こうして頭、足、内臓、皮の作業工程が終わると、最後に背骨で豚を半分に切る背割りという工程に入ります。</p>
<p>小さな豚の場合はこれを機械で行ますが、大きくなると<span class="sc_marker red"><strong>豚にも背骨の曲がり方などの個性がある為、巨大なチェーンソーで手作業で行います。</strong></span></p>
<p>こうして背割りをして半分になったお肉を<strong>枝肉</strong>といいます。</p>
<p>この枝肉が競りにかけられ、市場に出回るのです。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/caa1811c55b5bad2d53a11343e9b9a1c_s-min-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-1926" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/caa1811c55b5bad2d53a11343e9b9a1c_s-min-300x200.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/caa1811c55b5bad2d53a11343e9b9a1c_s-min.jpg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h3>牛肉のと畜解体</h3>
<p>次に牛のと畜解体ラインを見学します。</p>
<p>牛の場合は<strong>一頭あたりの個体が大きい為、工程が少し大掛かりになります</strong>。</p>
<p>まず検査から洗浄・けい留所までの流れは豚と同じです。</p>
<p>しかし、その後の放血の工程が少し異なります。</p>
<p>牛の場合は<strong>と畜銃</strong>という、細い鉄の棒が高速で出る道具で、眉間を撃って気絶させます。</p>
<p>そこで倒れた牛はシューターで下の作業場に滑り落ち、暴れないように電流を流しながらけい動脈を切り、放血をします。</p>
<p><span class="sc_marker red"><strong>豚より体が大きい分、血の量も多く見えます</strong></span>。</p>
<p>この時、フックにかけると同時に皮一枚を残して頭を落とします。</p>
<p>さらに食道を縛って内容物が出ないようにし、ラインへ。</p>
<p>牛の場合は<strong><span class="sc_marker red">BSE(狂牛病)の問題以降、舌(タン)を残して頭は焼却処分することになっています。</span></strong></p>
<p>それからの作業は基本的に豚と近く、足や角を落とし、内臓を取り出して、皮を剥ぎます。</p>
<p>豚よりずっと体が大きいので、内臓の量や皮を剝ぐ面積の広さに終始圧倒されてしまいました。</p>
<p>そしてすごかったのが背割りです。</p>
<p>先ほど述べたように、背割りは背骨の中心で切らないと価値が下がってしまいますが、牛は体が大きく背骨にも個体差がある為、全て職員さんがチェーンソーで行います。</p>
<p><span class="sc_marker red"><strong>人の倍以上の大きさの牛の真ん中をチェーンソーの刃が通り、向こう側に体格の良い職員さんのシルエットが浮かび上がる様は壮観でした。</strong></span></p>
<p>こうして牛も枝肉となり、最後に洗浄・ランク付けが行われ、競りを経て市場に出回ります。</p>
<p>所要時間約2時間、と畜解体の見学が終了しました。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/1fd094fe3335a77b1d1918e9130878df_s-min-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-1927" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/1fd094fe3335a77b1d1918e9130878df_s-min-300x200.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/1fd094fe3335a77b1d1918e9130878df_s-min.jpg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h2>現場を見た感想</h2>
<p>こうして職員さんの案内のもと、一通りのと畜解体の作業現場を見学して感じたことは、<span class="sc_marker red"><strong>仕事の鮮やかさ</strong></span>でした。</p>
<p>正直なところ、見学する前は<strong>「これを見たらお肉を食べられなくなるんじゃないか」</strong>と思っていました。</p>
<p>いわゆる<span class="sc_marker blue"><strong>「グロい」ものを見学することになるのでは</strong></span>、という恐怖があったのです。</p>
<p>作業現場では、<strong>もちろん血が跳ねてきたり、足元の側溝を血や脂が混ざった水が流れていったりもします</strong>。</p>
<p>しかし、<span class="sc_marker red"><strong>作業の一つ一つはお肉の品質や衛生面を考慮した、迅速で洗練されたもので、カッコ良いとすら思えたのです</strong></span>。</p>
<p>そして、この感覚は何かに似ているなあと考えてみたら、マグロの解体ショーや魚の活け造りでした。</p>
<p><strong>洗練された技術が、次々に生き物を食材に変えていくその様子は、私には「殺している」という表現がふさわしいとは思えませんでした。</strong></p>
<p>魚と牛や豚の間にある差は、体の大きさなのか、血なのか、体温なのか、毛皮なのかはわかりません。</p>
<p>しかし、<span class="sc_marker red"><strong>この作業工程を見て、と畜解体の仕事が差別されることが、やはり私には理解できませんでした。</strong></span></p>
<p>そもそも<strong>いつ牛と豚は死んだのか</strong>、それすら判断がつかないほど<span class="sc_marker red"><strong>仕事は鮮やかで、脂や皮も無駄なく利用する使い道があります</strong></span>。</p>
<p>そして何より、このお仕事が理由の全ては<strong><span style="font-size: 18pt;" class="sc_marker red">必要とする人間がいるから</span></strong>です。</p>
<p>そう考えると、やはりおかしい。</p>
<p>私の中にはと<strong>畜解体作業への感動</strong>と、今なお残る<strong>差別への不可解さ</strong>の二つが残ったのです。</p>
<p><strong>vol.3</strong>へつづく</p>
<div class="sc_getpost"><a class="clearfix" href="https://zenkatsu.site/archives/2022" ><div class="sc_getpost_thumb post-box-thumbnail__wrap"><img src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/13f7d820edd89fbaadb02c6e0db9140b_s_Fotor-min-150x150.jpg" width="150" height="150" alt="【肉を食べるということ】食肉加工場にいってきました vol.2"></div><div class="title">肉を食べるということ〜食肉加工場にいってきました〜 vol.3</div><div class="date">2019.6.27</div><div class="substr">スポンサードリンク  普段の食卓から、お祝いや景気付けなど、私たちの生活に欠かせない存在となっているお肉。 しかし野菜や果物、魚と違って、ほとんどの人が加工の過程を見ていない食物でもあります。 そこでこのコラムでは、実際に芝浦と場の食肉加工見学に行って目にしたもの・学んだことから、肉を食べるというこ...</div></a></div>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/236173896940994459bc800b1e71fb57_s-min-300x237.jpg" alt="" width="300" height="237" class="alignnone size-medium wp-image-1845" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/236173896940994459bc800b1e71fb57_s-min-300x237.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/236173896940994459bc800b1e71fb57_s-min.jpg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
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<p>&nbsp;</p>
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			</item>
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		<title>【肉を食べるということ】食肉加工場にいってきました vol.1</title>
		<link>https://zenkatsu.site/archives/1842</link>
					<comments>https://zenkatsu.site/archives/1842#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[西田稔光]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 12 Jun 2019 15:08:29 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[食]]></category>
		<category><![CDATA[差別]]></category>
		<category><![CDATA[社会]]></category>
		<category><![CDATA[肉]]></category>
		<category><![CDATA[肉を食べるということ]]></category>
		<category><![CDATA[連載]]></category>
		<category><![CDATA[食肉加工場にいってきました]]></category>
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					<description><![CDATA[スポンサードリンク &#160; 「お坊さんってお肉食べていいの？」 これはとてもよくある質問です。 最初に言います。 お肉大好き！ 牛豚鶏はもちろん、羊やイノシシ、ワニやウミガメも美味しく食べたことがあるくらい、お肉ならドンと来いという感…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>スポンサードリンク<br />
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<p>&nbsp;</p>
<p><strong>「お坊さんってお肉食べていいの？」</strong></p>
<p>これはとてもよくある質問です。</p>
<p>最初に言います。</p>
<p><span style="font-size: 18pt;" class="sc_marker red"><strong>お肉大好き！</strong></span></p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/IMG_9249-min-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" class="alignnone size-medium wp-image-1844" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/IMG_9249-min-300x225.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/IMG_9249-min-768x576.jpg 768w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/IMG_9249-min-1024x768.jpg 1024w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>牛豚鶏はもちろん、羊やイノシシ、ワニやウミガメも美味しく食べたことがあるくらい、お肉ならドンと来いという感じです。</p>
<p>ちなみに禅活-zenkatsu-メンバーもみんなお肉を食べますし、他のお坊さんもだいたい食べます。</p>
<p>こんなことを言うと<strong>生臭坊主</strong>とか、<strong>戒律を破っているとか</strong>、<strong>殺生に加担するのか</strong>とか、いろんなことを言われるかもしれません。</p>
<p>しかし私は、<strong>「仏教と肉食」</strong>について考えたことがきっかけで、食に関する活動を始めました。</p>
<p>このコラムでは、私の活動の原点でもあり、今も大きな課題である<strong>「仏教徒が肉を食べること」</strong>について色々考えてみたいと思います。</p>
<h2>肉はどこからやってくるのか</h2>
<h3>五観の偈</h3>
<p>曹洞宗の食事作法では、いくつかお唱えごとをします。</p>
<p>その代表的なものが<span class="sc_marker red"><strong>「<ruby>五観<rt>ごかん</rt></ruby>の<ruby>偈<rt>げ</rt></ruby>」</strong></span>というもので、食事の際の五つの心構えが示されています。</p>
<p>その一つ目が<span class="sc_marker red"><strong>「功の多少を計り、彼の<ruby>来処<rt>らいしょ</rt></ruby>を量る」</strong></span>というもの。</p>
<p>これは簡単に言えば<span class="sc_marker red"><strong>「どれだけの手がかかって、どのようにやってきたかを推し量る」</strong></span>という意味です。</p>
<p>一杯のお粥は、農家さんが一生懸命にお米を作って収穫し、運送業者さんが運び、お店の人が売り、炊いてくれた人がいて初めて器に入ります。</p>
<p>量っても量れない多くのご縁の上にこの食事があるという心が、この一節には表されています。</p>
<p>修行中、今まで経験したことのない空腹感の中でこの言葉を噛みしめると、食べ物の本当のありがたみがわかった気がしました。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/DSC_0015-min-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-1843" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/DSC_0015-min-300x200.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/DSC_0015-min-768x512.jpg 768w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/DSC_0015-min-1024x683.jpg 1024w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/DSC_0015-min.jpg 1620w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>「彼の来処」が量れない！</h3>
<p>永平寺から帰ってきてもその気持ちは忘れず、一つ一つの食べ物とこうして巡り会えたご縁の有り難さを感じていました。</p>
<p>ただ、<strong><span class="sc_marker red">どのような手間、どのような過程を経て目の前にやってきたのかを知らない食材がありました</span>。</strong></p>
<p>それが<strong>お肉</strong>です。</p>
<p>野菜も果物も魚も、どこからどうやって生産されて運ばれてくるのかは、普段直接見られないものでもだいたい一度は見たことがあったり、想像もつきます。</p>
<p>しかし、<strong><span class="sc_marker red">お肉だけは、豚も牛も、牧場と店頭の間の過程が抜けているのです</span></strong>。すっぽりと。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>さんざん食べていながら、どうやって食卓まで運ばれているのかも知らない、これでいいのだろうか。</strong></span></p>
<p>私はそんな現状に愕然としました。</p>
<h2>食肉加工場見学決定</h2>
<p>そして転機が訪れたのは３年前。</p>
<p>私が所属する曹洞宗総合研究センターの研修で、東京都品川区にある<span class="sc_marker red"><strong>東京都中央卸売市場・芝浦と場</strong></span>の見学の機会をいただいたのです。</p>
<p>「僧侶の皆さんが学ぼうと言ってくれるなら」ということで一般公開されていない「と場」見学をすることができました。</p>
<p>なぜ一般公開されていないかというと、そこには<span class="sc_marker red"><strong>食肉加工という職業に対する根深い差別</strong></span>があるからです。</p>
<h3>食肉加工と差別の歴史</h3>
<p>食肉加工業、つまり牛や豚などの家畜を解体する仕事の歴史は古く、元々は<span class="sc_marker red">食肉用に育てられた牛や豚ではなく、何らかの原因で死んでしまった牛や馬などの動物を解体して皮などに加工するのが主な役割</span>でした。</p>
<p>しかし、日本では古くから、死や血に対する<strong>「<ruby>穢<rt>けが</rt></ruby>れ」</strong>や<strong>「罪業」</strong>という観念が強くあり、こうした仕事に携わる人を差別したり、低い身分に位置付けていきました。</p>
<p>こうした社会の背景には、町人や農民と呼ばれる人々を安心させて統治したい権力者の思惑もあったようです。</p>
<p>そうして生み出された「穢多」や「非人」という呼称は、<strong><span class="sc_marker red"></span></strong>日本で肉食が本格的に始まった明治時代、四民平等と言われてもなお、無くなることはありませんでした。</p>
<p>この歴史には時代時代で様々な変化があり、複雑になりますのでまだまだ書ききれない、また私が学び切れていない部分が多々あります。</p>
<p>ただ、ここで知っていただきたいのは、こうした<span class="sc_marker red"><strong>科学的な根拠のない差別は、形を変えて令和の世にもまだ残っているということ</strong></span>です。</p>
<h3>現代の食肉加工業への差別</h3>
<p>先日、維新の党の党員である長谷川豊氏は、こうした差別を受けていた人々のことを<strong>「犯罪のプロ集団」</strong>と自身の講演の中で発言し、問題となりました。</p>
<p>（<a href="https://www.asahi.com/articles/ASM5Q4FKJM5QUTIL01X.html">https://www.asahi.com/articles/ASM5Q4FKJM5QUTIL01X.html</a>）</p>
<p>政治家だけの話ではありません。</p>
<p>実際に芝浦と場に行くと、研修用の建物の中に送られてきた差別文書が張り出されています。</p>
<p>ただただそこで働く方々を貶める罵詈雑言を書き連ねた文書は、怒りを通り越して悲しくなるものでした。</p>
<p>そしてこれらの発言の根底にあるのは、知識や教養ではなく、<span class="sc_marker red"><strong>誰かを見下して保とうとする弱い自我</strong></span>です。</p>
<p>今、<strong>お肉や革製品を一切必要とせずに生活している人がどれだけいるでしょうか？</strong></p>
<p>百歩譲って、医療や科学が発達していなかった時代に血や死を恐れるならば、まだわかります。</p>
<p>しかしこれだけ医療も科学も進歩しているのに、変わっていない<strong>「根っこ」</strong>があるのです。</p>
<p>現在でもこうした職業の差別があること、そしてそれを知らずに肉を口にしている自分がいたことに、ショックを隠せませんでした。</p>
<p><img loading="lazy" src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/236173896940994459bc800b1e71fb57_s-min-300x237.jpg" alt="" width="300" height="237" class="alignnone size-medium wp-image-1845" srcset="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/236173896940994459bc800b1e71fb57_s-min-300x237.jpg 300w, https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/236173896940994459bc800b1e71fb57_s-min.jpg 640w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h2>食肉加工場見学事前講習</h2>
<p>以上のような背景から、食肉加工場を見学する際には正しい知識をつける必要があり、事前に講習を受けます。</p>
<p>芝浦と場の職員であり、部落解放同盟の会員として差別を無くすために活動されている<strong>高城さん</strong>からお話を伺います。</p>
<p>そして、その一言目は</p>
<p><span style="font-size: 14pt;" class="sc_marker red"><strong>「私たちは牛や豚を解体する時にかわいそうとか申し訳ないという感情は持ちません」</strong></span></p>
<p>というものでした。</p>
<p>この一言に、食肉加工という職業の方々が受けてきた今までの色んな不条理や差別の歴史が垣間見えた気がしました。</p>
<p><strong>稲刈りをする人がわざわざこんなことを言うでしょうか？</strong></p>
<p><strong>マグロの解体をする人がわざわざこんなこと言うでしょうか？</strong></p>
<p><span class="sc_marker red">昔から今も変わらず、必要とされるからやっている仕事</span>なのに、浴びせられてきた心ない言葉や敵意の積み重ねが、高城さんにこの言葉を言わせたように、私は思います。</p>
<p>もしかすると宗教者の言葉が傷つけたこともあったかもしれません。</p>
<p>それでも正しい理解のために、高城さんは先ほど紹介したような差別の歴史に触れ、注意事項などの案内をしてくださいました。</p>
<p>この日はこれで解散となり、この<strong>２週間後に実際に工場を見学します。</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span class="sc_marker red"><strong>決して読んでいて笑えるようなコラムにはならないと思いますが、これはぜひ知っていただきたいことです。</strong></span></p>
<p><span class="sc_marker red"><strong>お付き合いいただけると幸いです。</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>vol.2</strong>へつづく</p>
<div class="sc_getpost"><a class="clearfix" href="https://zenkatsu.site/archives/1921" ><div class="sc_getpost_thumb post-box-thumbnail__wrap"><img src="https://zenkatsu.site/wp-content/uploads/2019/06/caa1811c55b5bad2d53a11343e9b9a1c_s-min_Fotor-min-150x150.jpg" width="150" height="150" alt="【肉を食べるということ】食肉加工場にいってきました vol.1"></div><div class="title">【肉を食べるということ】食肉加工場にいってきました vol.2</div><div class="date">2019.6.19</div><div class="substr">スポンサードリンク 明治時代以降に盛んになった食文化でありながら、今や日本人の食卓に欠かせない存在となったお肉。 曹洞宗の食事作法では、その食べ物がどのようにやってきたかを推し量る言葉をお唱えしますが、お肉は食卓に並ぶまでの「ある過程」が私たちの記憶からすっぽりと抜け落ちています。 その過程とは、「...</div></a></div>
<p>&nbsp;</p>
<p>食肉加工の歴史についてちゃんと知りたい方にはこちらの本をお勧めします。</p>
<p><a target="_blank" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4041013321/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4041013321&amp;linkCode=as2&amp;tag=t0shlwltsn-22&amp;linkId=b536bd4f6fbf3534eb2a65e6b8910155" rel="noopener"><img border="0" src="//ws-fe.amazon-adsystem.com/widgets/q?_encoding=UTF8&amp;MarketPlace=JP&amp;ASIN=4041013321&amp;ServiceVersion=20070822&amp;ID=AsinImage&amp;WS=1&amp;Format=_SL250_&amp;tag=t0shlwltsn-22" /></a><img loading="lazy" src="//ir-jp.amazon-adsystem.com/e/ir?t=t0shlwltsn-22&amp;l=am2&amp;o=9&amp;a=4041013321" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border: none !important; margin: 0px !important;" /></p>
<p>「いのちの食べ方/森達也著」角川文庫・2014年</p>
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<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
					
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