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私が永平寺の山門の前に経ったのは、今から5年前の3月。

前回は家族に別れを告げ、上山の服装で電車に乗り、福井駅へたどり着きました。

今回は福井駅から永平寺への道中のエピソードです。

福井駅での出来事

「今年は太平洋側で雪が降ったから、きっと永平寺は雪が少ないよ!よかったね!」

誰から聞いたのかは覚えていませんが、その人に見せてあげたい。

目の前でしんしんと降る雪を。

私の地元、栃木県足利市では雪はほとんど降りません。

雪の予報でも結局みぞれで終わり、なんてことの方が多いくらいです。

それゆえに雪に対しての免疫がない私には、目の前で降っている雪が吹雪に見えました。

福井駅から永平寺まではタクシーに乗ることにしていたので、まずは一旦お手洗いへ。

荷物も服装も慣れないものなので、お手洗いも容易ではありません。

男子トイレは座らずに済むので助かりましたが、寒さで鼻水が出るので、個室のトイレットペーパーで鼻をかみました。

そしてそれをそのまま便器に流そうとするのですが、荷物があるので横着をして足でレバーを踏みました。

するとその直後、私の一部始終を見ていた一般人の男性から

「あなた今足でレバー踏みましたよね?お坊さんでしょ?それでいいんですか?」

という言葉をかけられました。

突然の叱責に驚き何も言えずにいる私をよそに、男性はその場を立ち去りました。

僧侶として見られるということ

これまで、お寺に生まれ高校生で得度とくど(出家の式)をしながらも、日常的な手伝いなどをしてこなかった私には「自分は僧侶だ」という自覚がありませんでした。

それどころか、ようやく一人で法衣を着られるようになったくらいの駆け出しにも満たない状態でした。

しかしこの男性の言葉によって、たとえ中身が未熟であろうと、自分は今、一人の僧侶として見られるんだということに気がつきました。

この時初めて、自分がこれから僧侶として生きていくという現実が、とうとうリアリティをもって目の前に立ちはだかったのです。

それは同時に、これまで目を背けてきた自分の短所が、自分自身の問題として改めて突きつけられた瞬間でもありました。

今まで両親からどれだけ言われても気にしていなかった自分の横着さや詰めの甘さが、僧侶として生きていく自分の課題になっていく––。

そんな未熟もいいところの自分が、知り合いもおらず携帯もパソコンも持てない環境で、2年になるか3年になるかわからない修行生活に入る––。

凍えるような寒さも気にならなくなるほどの不安が、私の心を満たしていきました。

タクシーに運ばれて

福井駅から永平寺まではタクシーで20~30分。

運転手さんも事情を察したのか、特に話しかけてこずにそっとしておいてくれました。

ここまできたら、人間何をしていいかわからなくなるものです。

スマホの充電もほとんどなくなり、あとはおとなしくそこに着くのを待つのみでした。

一ヶ月前にはサークルの仲間と卒業旅行でグアムに行っていた自分が、雪の中永平寺に向かっている。

笑ってしまうようなギャップが、不安でいっぱいの私の心に追い打ちをかけました。

その時、突然スマホに着信が。

大学時代の親友からでした。

「おー間に合った!ちょうど今、面接受けた企業の内定もらったんだよ!おれも頑張るから、お前も頑張ってこいよ!帰ってきたら飯おごってやるからさ!」

大学の4年間、卑屈だった私を焚付け、いつも励ましてくれていた親友の言葉は、何よりも心強いものでした。

電話を切ると、寒さと不安で感覚を失った身体に、体温が戻ったような気がしました。

そしてこの時の彼の言葉は、その後2年間の私の修行生活を支える大きな柱となるのです。

門前町に到着

永平寺の前にはおみやげ屋さんや旅館が連なる門前街があります。

修行に行く僧侶はここで前泊する場合もありますし、身支度だけ整えさせてもらう場合もあります。

私は旅館「東喜家」さんで学生時代から仲が良く、同じ日に上山をする淳道くんと合流することになっていました。

先に到着していた彼はすでに支度が整っており、少し言葉を交わすと東喜家を出ていきました。

ここで少しご説明すると、修行道場には安下処あんげしょという場所があり、そこに1~2泊して作法や持ち物の確認をします。

永平寺の場合はすぐ近くにある地蔵院という小さなお寺が安下処になっているので、この日はこの地蔵院に向かうことになっているのです。

16時までに地蔵院に着く決まりで、この時すでに15時、東喜家さんの名物おばちゃんも少し慌てながら、励ましてくれます。

そしてここで携帯電話、iPod、など、修行道場に持ち込めないものを実家に送り、いよいよ身支度が整いました。

東喜家さんを背に、私はいよいよ地蔵院に向かって足を踏み出したのです。

ある重大なミスを犯していることに気づかずに…。

 

つづく

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