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これは私、深澤亮道が福井から岩手までの700Kmを無一文で歩いて帰った物語である。

前回までのあらすじ

2日目、なんとも軽い足取りで小松駅に着いた、深澤亮道。

前回は小松駅に着いてからの出来事と「托鉢」とは何か?と言う事を中心にお送りしました。↓バックナンバーは以下から読むことができます。

【永平寺から無一文で歩いて帰るもん。】vol.1~5

 

今回は少年と松尾芭蕉と題し、小松駅で行なった托鉢での出来事をお送りしたいと思います。

少年の5円

永平寺にいた時に、修行僧みんなで托鉢をしたことはありますが、一人で托鉢をするのは初めてです。
鉢と呼ばれる漆塗りの器を持ち、お経を唱えます。
始めてすぐに感じたことは・・・
恥ずかしい!
今すぐ辞めたい!
逃げ出したい!

イメージ図

という気持ちに襲われました。
網代笠を目深く被っているので、目の前を通る人の足元しか見えません。
周りからもしかしたら好奇な目で見られているのでは無いか?
「同情するなら金をくれ!」

semichan.blog.ss-blog.jp

と、あのワンシーンが頭をよぎります。
しかし、そもそも同情されているかどうかも、周りの状況を見ることができないのでわかりません。
ただ、他者から物を乞うという行為がここまで抵抗があるとは思いませんでした。
それでも、始めてしまったからには逃げ出す訳にもいかず数分続けました。
すると・・・
チャリン、チャリンとお布施をしてくれる人が現れ始めました。
リリーおじさんや、お弁当おじさんをはじめ・・・
素直に思うことは、本当のお坊さんかどうかもわからない、ましてや全く素性のわからないこの薄汚い愚僧にどうしてお布施をしてくれるのだろうか

私だったら多分素通りしてしまう気がします。

逃げたい気持ちもありますが、お布施をする側の修行でもあるため、私も恥ずかしがらず托鉢を続けました。

 

はじめて30分ほど経った頃だったと思います。

網代笠から見える私の視界に、自転車に乗っている少年らしき人物の姿がチラチラ入ってきます。

自転車が止まったり、過ぎたり、と思ったらまだ戻ってきます。

イメージ図

何度も通過するので、誰か友達と遊んでいるのだろうと思っていました。

しかし、数回通り過ぎた時に、少年は自転車を降り私の方に向かってきます。

 

そして、小さいお財布から私に5円をお布施してくれました。

 

なんて重い5円なんだ!」

 

もしかしたら、神社のお賽銭の感覚だったかもしれません。

しかし、私が少年(小学校)の時は誰かにお金を与えるなど、露程つゆほども考えませんでした。

たった数十円の駄菓子を買うことがどれほど楽しみだったか。

それを思えばそのうちの5円の大切さは計り知れません。

その少年にとっても大切な大切なお金だったことでしょう。

 

本来ならば、お布施はする側の修行、功徳を積む行為なので、お坊さんが「ありがとうございました」ということはありません。

そのかわりにお布施をしてもらったら、次のような施財の偈と呼ばれる短いお経をお唱えします。

 

財法二施ざいほうにせ 功徳無量くどくむりょう 檀波羅蜜だんばらみつ 具足円満ぐそくえんまん 乃至法界ないしほっかい 平等利益びょうどうりやく

「物の施し、仏法の施し、二つの布施が揃ったその功徳は限りなく、ここに完全なる布施が円満する。

そして、その布施によって生まれた功徳が、この世界全て平等に行き渡り渡りますように。」(私訳)

 

という一文をお唱えして終わりです。

 

ただ、この少年が5円を布施してくれた時は、

思わずひざまずいて「ありがとう。偉いね。」という言葉が出てきました。

少年は照れ臭そうにそそくさと去って行きました。

 

この時の5円の重さは例えて言うならば、
漫画「キングダム」で主人公の信が王騎大将軍から

引き継いだ”ほこ”と同じくらいの重さを感じました。

©原泰久/集英社

例えがマニアック過ぎますか?笑

かなり誇張した表現かもしれませんが、

でもこれがお布施というものの本当の重みなんだと思います。

たかが5円。

されど5円。

お布施に多い少ない、高い安いはありません!

しかし、この時ばかりは少年の5円の重さに感動してしまい、
涙が出そうになりました。

イメージ図

 

1時間半ほど托鉢を行い、1000円ほどお布施をいただくことができました。

とりあえずこれで夜ご飯と朝ご飯はなんとか大丈夫かな?

と、思い托鉢を終えました。

松尾芭蕉の泊まったお寺?

ただ、お布施はいただけたけれども、今日の寝床である野宿先を見つけなければなりません。

托鉢をやめて、小松駅前で少し休憩を取っていると優しい顔をしたおじいちゃんが気軽に話しかけてきました。

おじいちゃん
おっさん(和尚さん)そんな格好して何しとるんじゃ?

斯々然々で永平寺から歩いて帰っているんですけど・・・
今日野宿できるところを探しているところです。

おじいちゃん
それならこの近くに松尾芭蕉が立ち寄った
曹洞宗の「建聖寺けんしょうじ」ってお寺があるから、
そこに泊めてもらうといいよ。

え!?
でも・・・
いきなりですし無理じゃないですか?

おじいちゃん
大丈夫、大丈夫!
とりあえず電話してみなさい。
多分・・・
おじいちゃんの言う「大丈夫」には何も根拠はないと思います。
そもそも、自分の家ではないところに「あそこに泊まらせてもらいなさい」という提案、中々聞いたことありません。
でも、ちゃっかり調べてしまいました。
なぜなら・・・
野宿よりちゃんと泊まれた方がいいからです!
そしたら・・・
本当に小松駅のすぐ近くにありました!

まるごと・こまつ・旅ナビ

 

野宿と決めていましたが、

これもおじいちゃんのお布施ででしょう。

これもなにかのご縁でしょう。

泊まれる根拠はありませんがダメ元で電話してみることにしました。

はい。建聖寺です。

(お!おばあちゃんっぽい声だぞ)
あの〜突然申し訳ありません。
私、このような者で
このような旅をしている者ですが、
今、小松駅にいるのですが、
大変恐縮ですが、
本日そちらに泊めさせていただくことは
できますでしょうか?(汗)

あーそうですかー!
いいですよー!
いつでも大丈夫なので、来て下さいー!
え!?
いいの!?
こんなにすんなりいく事ってあるでしょうか?
読者の皆さまも信じられないでしょう。

もし、テレビ「田舎に泊まろう!」だったら面白くなさすぎてお蔵入りしてしまうでしょう。

 

この時思ったのは、すんなり泊まる事を許可してくれた
建聖寺のおばあちゃん?もそうですが、

完全に無謀だと思ったおじいちゃんの提案が凄いなと改めて感じました。

これは土地柄なのか、気質なのか。

何はともあれこの日、

おじいちゃんのひょんな提案から私は建聖寺の門をくぐるのでした。

続く

次回予告

こんなにトントン拍子で色々なことが起こる旅ってあるのでしょうか?

いや、これまで旅をしたことがないので比較できませんが、

これもひとえに「お坊さん」が「托鉢の格好」をしていると言うのが関係しているような気がします。

次回は、建聖寺の夜と、金沢までの道のりをお送りできたらと思います。

それにしても話が長い!

現在2日目ですが 、すでにvol.6です。

このペースだとvol.50を超えそうです。

それでも頑張って執筆致しますので、お付き合いいただけたらと思います。

vol.6「少年と松尾芭蕉」をお読みいただきありがとうございました(^ ^)

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