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これは私、深澤亮道が福井から岩手までの700Kmを無一文で歩いて帰った物語である。

前回のあらすじ

前回は本編からちょっと脱線して、旅の途中から痛み出してきている足首の過去の怪我について綴りました。

歩いている中で痛みが出始めた時は、「なんでこんなに痛いの?」という疑問より、「やっぱりそうなるよねー」という感覚でした。

前回の記事はこちら。↓

バックナンバーは以下から読むことができます。↓

【永平寺から無一文で歩いて帰るもん。】

ここまで中々進まない旅ブログがあるでしょうか?笑

現在vol.12で、まだ5日目の途中です。

ちょっと復習しますと、今富山県を北上している最中で、富山市と滑川なめりかわ市の境目のところから今回の話が始まります

はじめてのお買い物

5日目 14:00〜

朝6時に串田新遺跡公園を出発して、昼の2時頃に富山市から滑川市に入りました。

現在30kmほど歩いてきました。

目的地の妙覚寺まで残り20km。

順調に行けば、夜の7時頃に到着予定ですが、足の痛みにより、段々歩くペースが落ちてきました。

これ以上ペースを落とすわけにもいかない。

しかし、これ以上痛みが増してくるとおそらく目的地までたどりつけないのではないか。

考えた結果、私はこの写真に写っている「クスリのアオキ」でテーピングを買うことを決意しました。

テーピングは800円ほどと思いの他値段が高く、托鉢でいただいたお布施の残金は1000円ちょっと

この旅で、はじめて食料以外の買い物をしました。

托鉢で得たお布施になるので、食べ物以外に使うことに少しためらいましたが、今は食料よりも足の痛みの方が優先すべきと考えました。

これ以降の【無一文で歩いて帰るもん。】はガチガチのテーピングで固定された左足で旅を続けることになります。

しかし、これだけ痛みがありつつも、不思議と「リタイア」の4文字が頭に浮かぶことはありませんでした。

なぜなら、この痛みは徐々に慣れていくのではないかと思っていたからです。

デッド・ゾーン、セカンド・ウィンド

皆さんも、マラソンなど長距離のランニングで、走り始めてしばらくすると呼吸が苦しくなったり、足が鉛のように重たくなったり、お腹が痛くなったり、という経験がおありかと思います。

このことを、マラソン用語で「デッド・ゾーン」と言います。

そして、このデッド・ゾーンを乗り越えれば一転して、身体が軽く楽に走れるようになる瞬間があるかと思います。

このことを、マラソン用語で「セカンド・ウィンド」と言います。

なんかカッコいい!笑

皆さんもマラソンをして、是非感じてみて下さい。

楽な時こそ「俺(私)今セカンド・ウィンドにいるぜ!」と。

辛い時こそ「この先にセカンド・ウィンドがある!」と。

この足の痛みもまた然り、デッド・ゾーンの状態にいるだけで、もう少し歩けばセカンド・ウィンドになるのではないと考えていたのです。(いや、なるわけないだろ!)

そんな訳で、この時は痛いという感覚はありましたが、そのうち慣れるでしょ!と、あまりネガティブには考えていませんでした。

海と水と山

滑川市、魚津市を通り黒部市に向かいます。

この辺りは、特に景色が綺麗だったのを記憶しています。

左を見ると、能登半島に守られた内海で、波がとても穏やかな富山湾

右を見ると、立山連峰を始めとする標高3000m級の北アルプス

そして、なんといっても水が綺麗なんです!

市内に流れる川や池の透明度が高く、一目でこの場所が名水の地ということがわかります。

北アルプスの山々に降り積もった雪はやがて雪解け水となり、地表や地下に流れます。

水の王国とやまと言われるくらい、豊かな水源に恵まれているのが富山県なのです。

水田率日本一というのは、この豊富で綺麗な水源があるからこそなのでしょう。

恋のヒメヒメぺったんこ

18:00〜

5日目、歩き始めて12時間。

辺りがすっかり暗くなった頃、ようやく黒部市に入りました。

富山の景色は楽しめましたが、流石に2日連続で50kmの道のりは辛いものがあります。

足はすでに棒のようになっていて、油断してしまうと今この瞬間にも倒れてしまいそうなくらい疲れ切っていました。

この時の私は、自転車レースの漫画『弱虫ペダル』で4日間で1000km走り抜くという合宿の最終日に必死でゴールを目指す、主人公小野田坂道と同じような気持ちでした。

この時の小野田君は辛すぎて恋のヒメヒメぺったんこを口ずさむ余裕すらありませんでした。

え?「恋のヒメヒメぺったんこ」を知らない?

そんな人のためにリンクを貼り付けておきました。

文字をクリックするとYouTubeにいくので、是非聞いてみて下さい。笑

小野田くんは、それくらい追い込まれていました。

私も、この時は他に何かを考える余裕もなく、ただただ目的地の妙覚寺を目指していました。

無事到着

19:30〜

歩き始めて13時間半。

50kmの道のりを歩き、ようやく目的地の妙覚寺に到着しました。

黒部市にある妙覚寺は、永平寺で一緒に修行した仲間の吉枝崇俊さんが生まれ育ったお寺です。

修行仲間と言っても、実のことを言うと吉枝さんとは修行時代にそんなに話したことはありませんでした。

イメージ図

おそらく、多くの人が永平寺の修行僧は全員同じことを修行していると想像するのではないでしょうか?

実はそうではなくて、永平寺では会社と同じように様々な部署に分かれており、その数は20以上あります

各部署で公務が分かれており、例えば参拝者の受付をする部署ご飯を作る部署梵鐘などの鐘を鳴らす部署などがあります。

その部署は3ヶ月から5ヶ月おきに移動になるのですが、その部署で一緒になることがなければ、修行の同期と言ってもあまり会話をすることもありません。

1年一緒に修行したけど、全く話さないまま永平寺を下りてしまった、という人も多いと思います。

吉枝さんも、1年間同じ時期に永平寺で修行はしたのですが、そこまで多く言葉を交わした訳ではありませんでした。

しかし、そんな仲であっても私が一晩泊めていただけませんか?と言う無理なお願いに快く承諾してくれました。

本当にその節はお世話になりました。

部署は分かれて言えども「同じ釜の飯を食べた仲間」であり、多く言葉は交わさずとも、苦楽をともにした大切な仲間です。

私は、今でも修行時代の同期は特別な存在だと感じています。

みんなは、私のことをどう思っているかわかりませんが・・・(笑)

この日吉枝さんとは、修行時代の思い出や、永平寺を下りてからのことなど様々なことを語り合いました。

そして2日ぶりにお風呂に入り、2日間で100km歩いた身体を、暖かい布団の中でゆっくり休んだのでした。

妙覚寺を後にして

6日目 am7:00〜

屋根があり、フカフカの布団で眠れるなんて、どれだけ幸せなんだ!

と、感じた朝でした。

しかし、確実に疲れが溜まっています。

このまま丸一日眠っていられるのではないかと思うくらいです。

しかし、そうも言ってられず身支度を整えます。

吉枝さんのお母さんが丁寧に洗濯をしてくれた衣に袖を通します。

洗濯したての服が着れるなんて、どれだけ幸せなんだ!

と、いちいち感動してしまいます。

吉枝崇俊さん、ご家族の皆さん本当にありがとうございました。

疲れが溜まっているのか、逆光が眩しいのか完全に目が開いていない私ですが、なにはともあれ次の目的地「道の駅 親不知ピアパーク」を目指し、妙覚寺を後にしました。

続く

次回予告

5日目終了、総歩行距離170km。

2日で100km、それも2泊の野宿をして、ようやく暖かくゆっくり休める夜を迎えた、深澤亮道。

次回は、この旅で最も大きな山場と言っても過言ではない「天険 親不知」を迎えることになります。

果たして、ここを無事超えることができるのでしょうか?

次回は「道の駅 親不知ピアパーク」までの道のりをお送りします。

vol.12「久々の暖かい夜」を読んでいただきありがとうございました(^ ^)

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