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5/22(水)に【一行写経と法話の会】の第5回目を開催いたしました。

こちらは当日導師を勤めた私久保田の法話です。

観音さまと、深く観音さまを信じていた祖母の姿によって救われた自分自身の経験を法話といたしました。

私たちに最も身近な仏さま

仏教徒が信仰する様々な仏さまには、釈迦如来・大日如来・阿弥陀如来等の如来さま、観世音菩薩・地蔵菩薩・文珠菩薩・普賢菩薩等の菩薩さま、愛染明王・不動明王等の明王さま……本当に沢山のいわゆる仏さまがいらっしゃいます。

その中でも私達にとって最も身近で親しみの持てる仏さまは、観音さまやお地蔵さまなどの菩薩さまではないでしょうか。

路傍に立ち尽くしいつで私達を見守ってくださっているお地蔵さま。

苦しい時や辛い時、その優しいお顔を思うと、そっと手を合わせずにはいられない観音さま。

菩薩さまは私達の生活のほど近いところに居て、いつも見守っていて下さり、手を差し伸べて下さるような気がいたします。だからこそ、今も昔も人々は菩薩さまに思いを寄せるのだと思います。

観音さまと私の祖母

私の祖母も何かというと観音さま、観音さまという人でした。

本堂の仏像の前に立てば「観音さまに手を合わせなさい」。少しでも悪いことをしようものなら「観音さまに叱られるよ」。良いことがあれば「観音さまのおかげだねえ」。こんな具合です。

ちなみに、祖母ばかりか祖父も観音さまに思いを寄せる人で、観音さまが大好きでした。

次々に観音さまを建立するものですから、寺の境内はどこもかしこも観音さまだらけになってしまいました(笑)。さらに身の丈4.5メートルはあろうかという大きな観音さまを、あろうことか河川の敷地に建立してしまったものですから、毎年その場所を町から借り上げる手続きをしなければならないという、大きな悩みの種まで残していってくれました(笑)。

その他、自ら三十三観音を補修したのは良いのですが、金箔の上に金色のペンキを塗ってしまったりと……まあ余り言うと悪口になってしまいますので、このくらいにしておきましょう(笑)。

ともかく、こうした祖父母の姿、特に祖母に学んだひたすら観音さまを信じる生き方が、今、僧侶として生きる私を支えてくれている、と感じています。

理想と現実の遠さに苦しむ

いま、私は地元北海道を離れ、ここ東京で活動しています。

時には地元に戻り、お檀家さんのご供養を勤めることもあるのですが、お檀家さんのお勤めなどで多くの人と出会う中、それに伴って僧侶として思い悩むことも増えてまいりました。

先日は、五十歳という若さで亡くなった男性の四十九日法要を勤めて参りました。

故人のご両親もご健在で、配偶者もいらっしゃり、息子さん・娘さんもいらっしゃる方で、四十九日とは言え、ご遺族は未だ深い悲しみの中にあるご様子でした。

私は、法要を勤めた後には必ず法話をさせて頂いております。いつも、法要に向かう前に「今日はこういう話をしよう」と、心に決めて臨むのですが、この日は、ご遺族と向かい合った途端、お話しようと考えていたことが全て吹き飛んでしまいました。

そのような状態に陥ったのは、ご遺族の悲しむ様子を目前にして「私に、この人たちの悲しみを和らげるような話ができるだろうか」と、疑問を感じてしまったためです。とは言え、ご法事の最中に悩んでいるわけにはいきません。法要後のお話のことは一度意識から離して、法要に集中いたしました。

うまく気持ちを切り替えることが出来たのか、何とか無事に法要を勤めることはできました。しかし、何を話せば良いのか……という問題は依然答えが出ないまま残っています。法要後、ご挨拶をしながらも、頭の中はもうパニック状態でした。

短時間でしたが必死に考え、私は自らの死に対する恐怖と、仏教を信仰することでその恐怖が和らいでいった体験をお話しました。私自身が死を受け入れることが出来た体験をお話しすることで、ご遺族が故人の死を受け止めて下さるのではないか、と、そう考えたからです。

……果たして、そのお話がご遺族にとって適切だったのかどうか、それを確かめる術はありません。熟慮してのお話ではなかったため、もしかしたら、ご遺族の感情を逆なでしてしまうようなことを言ったかもしれません。お勤めを終えてからも、私は、ずっとご遺族の姿が頭から離れませんでした。

「慢心」の正体

正直に申します。私は、この御法事に臨むまで、心の中に一種の慢心がありました。

法要を振り返って「今日も法要はちゃんとできたなあ」「今回はうまく話せたし、問題なかっただろう」と、自画自賛するような思いを抱くことも度々ありました。

しかし、今、あらためて自らを振り返ると「法要が上手くできた」「上手に話すことができた」と、自己肯定するような慢心は、恐らく、人の悲しみ・苦しみに向き合い、寄り添ってゆく僧侶として、自分自身に自信が持てないことを打ち消し忘れようとする、自己防衛的でずるい心のなせるわざだったように思います。

東京で一人暮らしをしていて、街に漂う食べ物の香りに心奪われ、ラーメンや揚げ物の誘惑に負けてどんどん太っていく自分。

満員電車に乗れば交通の遅れやマナーの悪い乗客に常にイライラを募らせている自分。

さらに、そうした間違いに気付いていながら、何度も何度も繰り返してしまう自分。

このような醜い自分の姿を見続けるうち、私はいつしか自らを卑下し、蔑むようになり「こんな自分が僧侶として人の苦しみに向き合うなんて、なんとおこがましいことか」という思いを常に抱くようになっていました。

その結果、自分を隠し、誤魔化すかのように、お檀家さんのお勤めをしては、「今日はこれができた」「あれもよかった」と、良い面ばかりを見るようになってしまっていたのです。

勿論、物事の良いところを探すというのは、時に必要な場合もありますが、私の場合はすごく後ろ向きな良いところ探しをしていたのだと思います。

そのような醜い自分の姿に気付いて、私はますます僧侶であることを疑問に思うようになってしまいました。

そして、そこから立ち直るきっかけをくれたのが、観音菩薩さまだったのです。

観音菩薩さまの生き方

お話の初めに、様々な仏さまについて触れましたが、観音さまを初めとする菩薩さまには一つの大きな特徴があります。

それは、未だ悟りに至っていないということです。

いえ、正確に云うと至っていないのではなく、自らの意志で悩み苦しみの世界に留まっておいでなのです。

仏教は苦しみや悩みから解放された悟りの世界を目指す宗教です。しかし、菩薩さまは敢えて悟りに至らず、苦しみの娑婆世界に留まっておられるのです。

苦しみの中に沈む全ての人々を救うまで、自らは安楽な悟りには至らないと、大慈悲心の誓願を立てられた方々なのです。

観音菩薩さまの特徴に三十三身ということがあります。それは人々を救済するために、必要に応じてその身を変化することです。

三十三身と言いますが、この三十三と言う数字は仏教では無限を表します。

時には王さま、時には子ども。裁判官や僧侶になることもあれば、女性にも男性にも変身されます。こうした様々なお姿は、観音さまが立てられた誓願による不可思議な神通力として説かれています。

あの日、私の前に現れた悲しみ嘆くご遺族も、観音さまの化身ではなかったのだろうか?

そう気づいたとき、私の中で、何かが大きくはじけたような気がいたしました。

一人暮らしの中で自制が効かず、僧侶としての自信が持てなかった私が、その思いを誤魔化すかのように、御法事の際に自己肯定をはかっていた……その私の前に、観音さまが悲しみの姿で現れたのです。

「逃げず、誤魔化さず、目の前の悲しむ人に向かい合いなさい、僧侶として受け止めなさい」

このように説かれていたのではないでしょうか。

観音さま御自身も、悩み苦しむ人々を何とかしたいと、それらの人と同じように悩まれ、苦しまれ……全ての人々を救うまで、決して悟りには至らないと覚悟を決めた方でした。

そして観音さまへ思いを寄せているうちに、僧侶としてやっていく自信がない……という私の思いは自然と薄らいでゆきました。

救うことができた、できなかった、と、結果を追い求めるのではなく、悲しみ悩む人に気付き、救いたい、共に歩んで行きたいと願うことこそ、僧侶の生き方であると気付けたからです。自らが悩み苦しむ存在であるから、悩み苦しむ人を救いたいとの思いを持つことが出来るのです。

ひたすらに観音さまを思って

思えば、私は「僧侶なのだから立派な人でなくてはいけない」と勝手な理想像を作り上げ、それに囚われていたのです。それは、裏返せば、立派な僧侶に見られたい、という欲望でしかありません。

そんな間違いに気付かせて下さった観音さまは、悲しみのご遺族でした。そして、そのように受け取ることができたのは、私の心の中に、何に付けても「観音さま、観音さま」と、手を合わせていた祖母の姿が焼き付いていたからです。

本日写経していただくのは、さきほどお配りした『延命十句観音経』の最後の一節です。

朝念観世音ちょうねんかんぜおん 暮念観世音ぼーねんかんぜおん 念念従心起ねんねんじゅうしんき 念念不離心ねんねんふりしん

あしたにも観世音を念じ、くれにも観世音を念じ、念念心より起こり、念念心を離れず。

いつでも観音さまを胸に秘めながらの日暮らしを説いた一節です。私にとって、祖母の姿を思い起こす一節です。

皆さまもぜひ、心に観音さまを念じながらお写経なさってください。

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