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いつもの朝。

電車に乗ろうと駅に向かう道すがら、普段とちょっと異なる光景を目にする。

「ん?地面に四つん這いになっている人がいる…。」

変わった人がいるもんだなあ、と横を通り過ぎ、駅へ。

改札をくぐり、電車に乗って、ようやく気付く。

「ひょっとして、さっきの人はコンタクトを落として困っていたんじゃなかろうか」

どうやら、だいぶ寝ぼけていたらしい。

困っている人に手を差し伸べるという当たり前のことができなかった自分を深く恥じ入った。

今回は、人助けをしたいという思いとは裏腹に、その周りにある様々な事情について考えたい。

困っている人を見かけたら

これまでの人生で、そう多くはないものの、何度か困っている人を見かけたことがある。

自転車に乗っていて転倒してしまった人……

ひき逃げに遭ってしまった人……

おなかを抱えるようにして、その場にうずくまってしまった人……

道に迷っている人……

そういう人を見かけるたび、声を掛けたり、介抱したり、可能な限り適切と思われる行動をとってきた

また周りに人が沢山いて自分に出来ることがなければ、野次馬にならないようにその場を速やかに離れるようにしてきた。

それだけに今回、困っている人を放置してしまったということは非常に恥ずかしく思えた。

寝ぼけていて、なんて理由も実に情けない

 

しかし、気づいたことがある。

「でも、コンタクト探しを手伝っていたら、遅刻していただろうな」

今回は素通りしてしまったため、その選択を迫られることはなかったが、いつかは、自分が遅れることによる影響困っている人の深刻度を天秤にかけて、どちらかを選ばなければならないこともあろう。

「人助け」か「遅刻」か。

それが問題だ。

人助けで遅刻したら

人がどう思おうが関係ない!遅刻したとしても、人助けをした方がいいに決まっている!と思う人もいよう。

思わず声を掛けてしまうことや、手を差し伸べずにいられないことだってあるはずだ。

とはいえ……

遅刻によるデメリットは大きい。

大きな迷惑をかけることもあるだろうし、信頼を損なうことにもなろう。

ひょっとしたらガッツリ怒られちゃうかもしれない。

では実際に人助けで遅刻した、と聞いたとき、人はどのように思うのか

試しに「人助け 遅刻」と検索してみる。

いくつかのサイトを巡ってみたところ、

やはり「人助けで遅刻」の印象はよろしくないようである。

こちらのサイト(採用担当者が思わず疑ってしまう遅刻理由 「電車が遅れた」「腹痛」「親が病気」「人助けをしていた」)では、

「自分は遅刻しないようにちゃんとしていたんだけど、人助けをしていたのなら……と、“いい人アピール”にも見えて、胡散臭いの一言。どこかのマニュアルにあるんでしょうか、示し合わせたように多いですね。それも胡散臭い理由です」(42歳/人事部社員/女性)

という、あまりに辛辣な意見が。

遅刻をしたことは確かなことだし、何らかのペナルティはあってしかるべきである。

また実際に「人助け」を体のいい言い訳にしているケースも多いのであろうが、人助けをしたと言っている人がここまで悪しざまに言われるのはどうなのか

と思っていたら、こちらのサイト( 会社を遅刻した時の言い訳 5選…「電車が遅れた」「人助けをしていた」)では、

「『通勤途中で具合の悪くなっている人がいて介抱していた』。優しさのアピールも出来る」(30歳/医療・福祉/専門職)

……う~む。

何が、優しさのアピールか。ばかもの。

遅刻をしておきながら、言い訳の「お釣り」までもらおうとしている。

その根性がさもしい。こざかしい。せこい。ずるい。

こんな状況では、本当に人助けによってやむなく遅刻してしまった人が、正直に「人助けをしていて遅れてしまいました!すみません!」と言っても信用されないだろう。

「人助けね、ふ~ん…(もっとマシな言い訳しろよ)」

「次は気を付けてくださいね(半笑い)」

あまりに気の毒である。

こんなの「正直者が馬鹿を見る」みたいで面白くない。やだ。

「人助け」にあふれる世の中

そもそも、遅刻してきた人の言う「人助け」が嘘か本当かを確かめるすべはない。(あるいは限定されている)

普段の生活態度や、信頼関係で判断したとしても、それは多くを不確かな推測に頼る。

ならばいっそ、ことの真偽はともかく、人助けをした人が多いなら、それは「いいこと」として捉えてしまえばよいのではないかと思う。

一つ言えることは、自分がやったことは例え人が信じてくれなくても自分だけは見ているということ

だから胡散臭かろうが、嘘だろうが、

バンバン「人助け」を奨励して、困ってる人がいたら迷うことなく手を差し伸べられるようにすればよいのだ。

遅刻をして印象が悪くなるからと、困っている人に手を差し伸べづらい世の中になる方が、よほどよくない

もはや2回に1回は嘘でもよかろう。

「夜更かしして寝坊しました!テヘペロ!」と、正直に言えないのもまた社会に生きる人間なのだ。

嘘をついた分、助ければよいのだ。

「人助けをしていて遅れました!すみません!」

「そうか、よくやった。次もしっかり助けてきなさい。」

これくらい余裕があってもいい。

これでいいのだ。

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