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これは私、深澤亮道が福井から岩手までの700Kmを無一文で歩いて帰った物語である。
Contents
前回までのあらすじ
永平寺から出発して19日目、私は山形県鶴岡市から新庄市に向かって歩いていました。
その道すがら、トラックの運ちゃんに
「この先、めちゃめちゃ道危ないよ?とりあえずトラックに乗って!」
と言われるままにトラックへ乗り込み、そのまま仙台市に向かう自分がいたのでした。
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今回は、ルートが短くなったことが許せなかった私が、30kmほど南にあるお寺から出発するお話しをしたいと思います。
山元町普門寺からの再スタート
19日目 17:00〜
トラックのお兄さんとお別れをしたあと、私はある人物へ電話をしました。
私をはじめ、大学時代の友人は彼のことを「桃太郎」と読んでいます。
ちょっと待っててー
宮城県山元町 円通山普門寺
19日目 19:00〜
さて、普門寺からまた実家へ向けて出発するわけですが、本日はここで一泊となります。
地図から見てわかる通り、ここ普門寺は宮城県沖からほど近い場所にあります。
そのことだけですぐピンとくる方も多いかと思います。
そうです。
ここは9年前の2011年3月11日、東日本大震災と同時に発生した大津波により甚大な被害を被ったお寺です。
本堂はほぼ全壊、二階建ての母屋も大きな被害を受けました。
震災後、行政からは立ち入り禁止区域に指定されましたが、住職である坂野文俊さんは1人で瓦礫の撤去、流された墓石を戻す作業をされたそうです。
ちなみに、副住職の通称:桃太郎は、東日本大震災の少し前から修行に入ったため、実家である普門寺に帰ることはできませんでした。
最初は住職さん1人でしたが、ボランティアさんが1人、また1人と増え、お寺ボランティアセンター(通称:テラセン)を設立し、そこから多くのボランティアさんが訪れ、ついにはお寺の再建、復興を遂げました。
今でも、テラセンには多くのボランティアさんが訪れ、山元町の復興、そして月に1回の「寺マルシェ」などのイベントを開催し多くの人々で賑わっています。
私も、毎年3月11日の震災法要や夏祭りの際、ここ普門寺を訪れています。
「お寺」という場所が、住職一家や檀家さんだけのものではなく、地域の活性化や人々のコミュニティーとなっていて、とてもアットホームで笑顔溢れるのが、ここ普門寺です。
私は、副住職と大学時代からの友人ということもあり、住職さん一家からは家族のように扱われており、今では震災法要意外にもプラッと遊びに行ったりしています。笑
まさしくこの時も、電話一本で「迎えにきてー。今日普門寺に泊まりに行っていい?」という無礼極まりない私の要望も二つ返事でOKしてくれました。
ちなみに副住職はこの時、私をお寺に送ってくれたあとは、仕事の用事があり不在、住職さんとお寺に2人きりでした。
大学時代からあいも変わらず、副住職の汚い部屋を綺麗に片付けてから床につくのでした。
20日目の目的地
20日目 8:00〜
もうすでに家に帰ってきたかのような安心感で、朝を迎えました。
「今、旅の途中だよな?」とちょっと不思議な気分に包まれながら、身支度を整えます。
住職さんにも「また遊びにきますねー」と、いつも通り軽ーく挨拶だけ済ませて、普門寺を後にしました。
さて、20日目の目的地は、仙台市は青葉区にある「微笑山 江巖寺」を目指します。
まー、見ての通り昨日居た仙台に戻るだけなんですけれども。笑
おおよそ40kmの道のりを歩きます。
国道4号線
この旅をした時で、東日本大震災から4年が経過していました。
それでも未だ震災の爪痕が残る、荒涼とした景色を歩きます。
福島県との県境といえど、毎年のように訪れて居た場所なので、景色も道路も地名も見覚えのある場所です。
残り200kmですが、私の中ではすでにこの旅の佳境に入っていたような気がしています。
それはどんな形であれ、奥羽山脈を超え、そして実家まではもう野宿の予定がなく、命の危険を感じるような場面はもうないということに安心したからかもしれません。
山元町、亘理町と歩き、阿武隈川を渡ったら、岩沼市に突入し東北の大動脈、国道4号線に出ました!
そして岩沼市、名取市を超え、17時頃には仙台市に到着しました。
江巖寺に到着
20日目 18:00〜
仙台っていい街なんですよねー。
人口100万人を超えている都市でありながら、「杜の都」と呼ばれるだけあって、緑が豊かなんです。
そして、何より雪が少ない!←東北民にとって一番重要です。笑
私みたいな田舎者にとって東京は、大都会すぎて落ち着きませんが、仙台は程よく都会で程よく田舎といったバランスがいい街だと、個人的には思っています。
さてさて、そんな仙台市の中心街から4kmほどのところに「微笑山 江巖寺」はあります。
江巖寺は、仙台藩藩主、独眼竜の異名を誇る伊達政宗の若くして亡くされた息子を弔うために建立されたお寺とされます。
歴史的にも由緒あるお寺ですが、ここは永平寺時代1つ後輩だった、我妻俊道さんが住職を勤めるお寺でもあるのです。
またしても傍若無人な先輩の力を駆使し、お寺に泊めさせていただくことになるのでした。
続く
次回予告
20日目にして、ようやく仙台までたどり着きました!
と、行っても本来のルートと少しだけ変わりましたが、それでも700km歩くことには変わりありません。
さて、物語は完結へ向けて進んでおります。
おおよそここからはそこまで大きなエピソードもなかった・・・と思います!
次回は、仙台の江巖寺から、大崎市のお寺を目指します!
vol.33 普門寺からの再出発をお読みいただきありがとうございました(^^)
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