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いよいよ迎えた、2020年の年末。
年末年始の楽しみにはいろいろあるかと思いますが、
かつて年末年始の「定番」として名をはせた、テレビゲームがあります。
それは桃鉄こと桃太郎電鉄!
大晦日やお正月に家族で桃鉄を遊ぶということが、家族団欒の一つのカタチであったこともありました。
しかしご存じのように桃鉄を作っていたハドソンが倒産し、新作がなかなか発売されなくなりました……。
製作者のさくまあきら氏が、一時期「もう桃鉄は作らない」と言っていたこともあり、
桃鉄はもはや過去の遺物となってしまったのかと、半ばあきらめていた矢先のこと。
なんとつい先月、KONMAIから桃鉄の新作が発売されたのです!
キャラクターデザインなどをリニューアルして発売された「桃太郎電鉄~昭和 平成 令和も定番」は、週間ランキングで1位を取り続け、好調な売り上げとなっているようです!
桃鉄ファンにとって、これはとても嬉しいニュース。
久保田も購入を検討しているところなのですが、
実は今回の桃鉄のキングボンビーのデザインを見て驚いたことがあります。
Contents
キングボンビー = 明王様 説
以前桃鉄について書いたこちらの記事。
これは桃鉄に登場するお邪魔キャラであるキングボンビーにスポットを当てて、
その正体は仏教の「明王様」ではないか?
とした記事なのですが……なんと!
リニューアルされたキングボンビーは、

公式HPより引用
まさに!明王様のような姿をしていたのです。(カッコいい!)
桃鉄シリーズおなじみの最強お邪魔キャラ、キングボンビー。
ひとたびその悪行の標的となれば、それまでに積み上げてきた資産を一気に失ってしまうこともしばしば。
デタラメ、理不尽とも思えるほどのキングボンビーの仕打ちは、
ゲームに熱中するあまり、欲にかられてしまったプレイヤーへの一種の戒めでもあるのかもしれない。
そう思って「明王様」にたとえたわけですが、どうやらこれが当たっていたようです。
前回の記事を書いた時点では、新しいキングボンビーのキャラクターデザインは知りませんでしたので、
製作者の意図を正しく汲み取れたのではないかと、いち桃鉄ファンとして少しうれしく思いました。
桃鉄がもたらす怒り
桃鉄は優れたボードゲームです。
スゴロクの楽しさと、旅行ゲームのように日本全国をめぐりながら、モノポリーのような資産集めを行い、カードゲームの要素も取り入れるなどボードゲームにおける様々な楽しみを複合させ、
ゲームとしての完成度は非常に高いものとなっているのではないかと思います。
一方で、前回の記事でも言及しましたが、桃鉄には非常に大きな負の側面もあります。
それは、時に桃鉄が友情破壊ゲームと言われるように、とてもケンカになりやすい、ということ。
特に、下位に沈むプレイヤーは桃鉄の楽しさを味わうこともできず、貧乏神の悪行や、上位争いのとばっちりなどを受け続け、ひたすらに我慢を強いられた挙句、さらにはキングボンビーまで引き受けてしまうなんてこともざらにあります。
ちょっとしたラッキーで得られた資産も数分後には消し飛んで、元の木阿弥。
下手をすると、最初から最後までゲームを楽しめないなんていうことも珍しくありません。
溜めに溜めた怒りが、ふとした拍子に爆発してケンカになった。
それを親に見とがめられて、ゲーム機を隠された。
そんな経験をお持ちの方も多いはず。
楽しく遊べるはずの桃鉄ですが、ひとたび怒りに囚われてしまっては、とても楽しむどころではありません。
そして怒りは桃鉄に限らず、私たちにとって本当に厄介な感情です。
怒りのコントロールは難しい
仏教の説く三毒、すなわち貪、瞋、痴。(貪り、怒り、愚かさ)
これらは根源的な煩悩とされ、私たちはこれらにいつも振り回されてしまいます。
その中でも怒りは、特にコントロールが難しいものです。
ふと頭をもたげたかと思ったら、次の瞬間にはあっという間に頂点まで達してしまう。
また怒りのままに起こした行動は、自分も他人をも傷つけてしまいます。
恐るべき怒りのエネルギー。
仮にこれを正しい方向に使おうとしても、行き過ぎたり、方向を誤ったり……
私はどんな場合でも、怒ってはいけないと思っています。
行いに怒りが混じってしまえば、その瞬間から逸脱が始まります。
その行きつく先は報復、復讐、憎悪……
たとえどのような理由があったとしても、その結末は決して良いものにはなりません。
しかしながら、一瞬で沸き上がり暴発してしまう、怒りのコントロールは極めて難しいというほかないでしょう。
私たちの手に余る感情である、怒り。
これにどう向き合えばよいのでしょうか。
怒りを肩代わりしてくれる明王様
明王様は仏教を貶めたり、仏教に帰依しないものに対して忿怒の相を示し、畏れさせることで正しい道に引き戻そうとしてくれる仏さまと言われます。
怒りをもって、悪を滅する。
これはともすれば、怒りをもって行使される正義を肯定しているのでは?と捉えることができてしまうかもしれません。
しかし、「正義の怒り」は果たして正しいものなのでしょうか?私はそうではないと思います。
大日如来の化身とも言われる明王様であれば怒りに頼らずとも不心得者を調伏したり、教えを守ったりすることはできるはずです。
それでも明王様があえてお怒りになるのは、なぜでしょうか。
私には、仏教を信じる人々が仏教に帰依しない人々に対して抱いてしまうかもしれない怒りを肩代わりしてくれているからではないか。
そして人間同士の争いを押しとどめた上で、
怒りというものはこの顔のようにとても恐ろしいものだ、抱いてはいけないと教えるために恐ろしい顔をしているのではないか。
このように思えるのです。
まとめ:やっぱりキングボンビーは明王様
思えばキングボンビー登場前の桃鉄は、お邪魔キャラから理不尽な悪行を受けるということが少ないかわりに、
プレイヤー同士が険悪になるケースが多かったように思います。
プレイヤーを畏怖させ、苛烈な競争を押しとどめ、時にプレイヤー同士の協力を促すこともあるキングボンビー。
桃鉄というゲームにおいてキングボンビーという存在は、やはり明王様のような役割を果たしているのだと思えます。
それでは!皆さま!
是非とも今年の年末年始に新しくなった桃鉄を遊んでみてください!
キーングボンビー!