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先日、私のライフワークでもある「オードリーのオールナイトニッポン」を聴いていた時のこと。

パーソナリティであるオードリーの若林さんがこんな出来事をお話ししていました。

ある日奥様が、若林さんの亡くなったお父上のお盆参りをしたいと仰ったことから、

「ところでお盆って7月と8月どっちだっけ?」という話になったそう。

若林さんは夏休みにランニングで迎え火を焚いた記憶を頼りに「8月じゃなかった?」というと、

奥様は周囲の方々やスーパーのお盆用品特集をエビデンスとして7月説を強く主張。

若林さんはご自身の夏休みの記憶との間で揺れるも、7月ということで一応の納得をされたそうです。

このブログの読者様ならもうご存知でしょう。

若林さん、7月と8月、どっちもお盆ありますよー!

7月にお盆の供養を行う地域と8月に行う地域があることから、七月盆・八月盆という言葉もあります。

七月盆は毎年7/13~17

八月盆は毎年8/13~17

と、日付は毎年固定でちょうど一ヶ月違いのお盆があるのです。

ただし、なぜ七月盆の地域と八月盆の地域があるのか、それを説明できる方は少ないのではないでしょうか。

そこで今回は、七月盆と八月盆の違いについてのお話しです。

お盆の起源

私は2年ほど前にこのブログで5回にわたって、お盆という仏教行事について記事を書いたことがあります。

なので、行事の由来や意味に関する詳細はそちらをご覧いただくとして、今回は七月盆と八月盆の違いに絞ってお話しします。

お盆というのは正式名称を「盂蘭盆会うらぼんえ」といい、その起源となる『仏説盂蘭盆経』というお経があります。

このお経の中で、後に盂蘭盆会と呼ばれる供養が行われたが7月15日でした。

7月15日というのは、修行僧が一箇所に止まって行った3ヶ月間の修行の最終日にあたる日でもあります。

このお経にならって、お盆という行事はこの7月15日を中日として、13日から17日までの5日間でお勤めされるようになりました。

つまり、元々はお盆は7月に行われるのがベーシックだったということですね。

なぜ8月盆が生まれたのか?

では、なぜその後一ヶ月違いの8月盆が生まれたのでしょうか。

その原因は2つあります。

原因①旧暦と新暦の違い

日本では1873(明治5)年12月2日まで、月の満ち欠けと太陽の動きを暦の基準とした太陰太陽暦を採用していました。

これが旧暦です。

ところが同年12月3日から太陽の動きを基準とした太陽暦を採用したことで、1873年12月3日が明治6年1月1日となり、新暦となったのです。

…とは言ったものの、わかりづらい!

要するに、日本はそれまで西洋諸国と暦の数え方が違っていて、その差を埋めたことで季節的には一ヶ月分暦が早まってしまったということです。

立春が寒いうちにあったりするのも同じ理由です。

七夕も、旧暦の7月7日は今の8月7日にあたる時期なので、梅雨ではなく星がよく見えた季節だった、ということになります。

これをお盆に当てはめた時、新暦の7月15日という「日付」に合わせるか

旧暦を変換した8月15日という「時期」に合わせるかという選択肢が生まれたのです。

そこで、決め手になったのが2つめの原因です。

原因②地域と産業

新暦の7月というと、稲作や農業が盛んな地域では繁忙期になります

そのため、そうした地域では繁忙期を過ぎた8月という「時期」を優先したのです。

逆に、そうした農業への影響がない都市部などでは新暦に変わっても7月という「日付」を基準としました。

こうして七月盆と八月盆という2つのお盆が誕生したのです。

生活に合わせたらいいじゃない!

そんな経緯で生まれた二つのお盆。

これは、地域の生活に合わせて、一番ゆっくりお勤めできる時期を選んだ結果ともいえるでしょう。

私の地元栃木県は8月盆で、13日の迎え盆には親戚も集まってお墓参りに来られます。

ところが、お仕事によっては行楽シーズンにはお休みを取れない方もいらっしゃり、ご家族が残念そうにしておられることもあります。

読者の皆様の中にも、お盆にお参りができず心苦しい思いをされたことのある方はいらっしゃるでしょう。

ましてやこの社会情勢では帰省そのものがハードルの高いものとなってしまいました。

そうした理由で7月や8月のお盆にお参りができないことにお悩みの方は、ご自身の生活に合わせてまた改めてゆっくりとお盆のご供養をされるのも、いいのかもしれません。

7月盆と8月盆があるのは、供養をする時期と生活のバランスをとった、先人達の柔軟な対応の証でもあるのではないでしょうか。

 

 

 

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