文章を書く習慣がもたらした3つの良い影響

お久しぶりです、西田です。

お彼岸や年度末の忙しさから、ブログ開設以来初めて1ヶ月も投稿をお休みしてしまいました。

振り返ればこのブログで初めて投稿をしたのは2018年の7月

以降3ヶ月間は週3本、他のメンバーが執筆に加わってからは週2本、
YouTubeの投稿を始めてからは週一本になり、今年からは2週間に1本と、
月2本以上は2000~3000字の記事を書いてきました。

元々私は、自分の頭の中にあることを形にして、
それを人を届けるということが好きなタイプだったので、性に合った習慣ではあったと思います。

しかし、それ以上に文章を書くという習慣が、
自分にとって様々な良い影響をもたらしていることに、最近改めて気付きました。

今回は、そんな文章を書く習慣がもたらした3つの良い影響をご紹介します。

①記憶や感情の保存

一つ目は、出来事や感情が記録として保存されるということです。

これは写真の投稿やSNSでのやりとりに言えることかもしれませんが、
その時の自分の課題や注目していたこと、考え方がリアルタイムに保存されます。

中でもこのブログという媒体が優れていると思う理由は、ツイートのような独り言ではなく、
読み手がいることを前提に、問題提起から結論までの完結した文章にしているという点にあります。

なぜそこに関心を持ち、その時どのような結論に到っていたのかが、ブログには残ります。

これを後から振り返ると、自分の変化がわかり、
変化がわかることで何を学んだかが見えてくると、私は感じています。

つまり、その時その時の自分の心情や課題の足跡を残すことで、
振り返った時にそれが繋がって一つのストーリーや資料になりうるのです。

発信することによってより整理された日記のような役割を、
ブログでの執筆は果たしてくれていました。

②アンテナを張るクセがつく

ブログでもYouTubeでもSNSでも、一番の悩みは「ネタ切れ」です。

このブログを開設した当初は、
書きたいことや人に届けたいことの在庫が頭の中にある程度あったのですが、
一年もするとかなり尽きてきて、二年もすれば自転車操業状態になります。

本当に何も浮かばない時の辛さときたらもう…。

ましてや、この六年はお寺で生活していたわけでもないので、
「仏教っぽい」話題などなかなか見つかりません。

そんな中で、現実でもネットでも日常生活の中で触れる出来事や話題を、
僧侶の視点から見るとどうなるだろうか?と考える習慣が生まれました。

言い方は悪いですが、「ネタ」を探すアンテナが自然と張られるようになったんです。

そしてそれは文章に留まらず、僧侶としての社会との関わり方に直結していきました。

今ある問題を仏教はどう解決していくのか?
仏教というフィルターを通したらどのように見えるのか?
というアンテナは、今の私の活動に欠かせないものになっています。

③考えたことがより具体的になる

そして、一番はこれです。

アンテナを張るクセがつくと、何気ないことも僧侶という視点から見られるようになりますが、
必ずしもそれがちゃんと仏教の教えと関連し、成立しているとは限りません

特に法話作りをすると
「ムム!この出来事はあの仏教の教えをよく表しているのではないか!?」
と閃いても、文章にしようとするとあまり連結が上手くいかないことが多々あります。

あるいは、自分ではとても素晴らしいことに気づいたと感動していても、
文章に表そうとすると上手く言葉にできないことも少なくありません。

仏教では道得どうとくといって、本当に理解したなら表現することができると言います

つまり、どれだけ大きな気付きがあったとしても、
人に伝えられないうちは本当に納得したとは言えないのかもしれません。

ただ、この「伝える」というのは言葉に限らないので、
言葉にできない=本当は理解できていないというわけではありません。

しかし、文章に表すことによって、本当はまだ理解しきれていないことが明らかになったり、
漠然としていたものが明確になったりすることがあるのは間違いありません。

どちらにせよ、文章を書くことには
頭にあることの輪郭がはっきりしていくというメリットがあること確実です。

大切なのは「想定」だと思う

ということで、私なりに文章を書き続けることがもたらした良い影響をまとめてみました。

個人的に重要だと思うのは、誰かが読むことを想定した文章を書くことだと思います。

それは必ずしもネット上で記公開する記事を書けばいいということではなく、
読者を想定するということが重要なんです。

非公開のブログや記事を書く場所など、現代ではそこら中に存在しています。

その非公開の場所でも、自分が思い出せれば良いというのではなく、
読み手を意識して文章として完結させていくという作業をすることで、
間違いなく変化はあると、私は思っています。

僧侶に限らず、こんなに色んな表現方法がある現代だからこそ、
文章を書くのはおすすめです。

このブログで執筆してみたいという方はぜひご連絡ください!

 

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