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食べることが好きだ。

まだ離乳食の頃から大人の食事を眺めては生唾を飲み込み親も知らぬ間に見よう見まねで箸を使えるようになっていた私

今こうして精進料理や食に関する活動をするようになったのは必然だったのかもしれません。

そんな私にとって、とんでもないニュースが入ってきました。

きっかけは中学生の頃から毎週愛聴しているTBSラジオの番組「伊集院光深夜の馬鹿力」4月15日の放送でした。

私がやよい軒と出会ったのは大学生の頃。

あの頃の私は、なるべく安くボリューミーに、あわよくばバランスの良い食事を求めて彷徨っていました。

そこでたどり着いたユートピア、それがやよい軒でした。

ご飯のおかわりが自由でなおかつ卓上には刻んだたくあんが常備されていて、それも無制限

とりあえずたくあんで1杯おかずで2杯仕上げにたくあんでもう1杯

こんな幸せがあるだろうか。いや、ない。

伊集院さんはこれを「我々が勝ち取った自由」と表現されていました。

しかし、ニュースにあった通り、そんなおかわり自由の楽園が終焉を迎えることになったのです。(※一部の店舗のみです)

 

おかわりしないのは損なのか

ニュースにもあるように、やよい軒を運営する株式会社プレナスはおかわり有料化の理由をこう語ります。

以前より、おかわりをしている人もしていない人も同じ値段を頂戴しておりましたが、その不公平感にご意見をいただいておりました。今回のテストは、改めて定食の価格とおかわり自由の価格を設定し、お客様の評価を把握する一環でテストを行います。

 

「おかわりをする人としない人の料金が同じなのは不公平」

 

おかわりの自由を享受していた人間からすると考えもしなかった意見です。

そこで様々な意見を見てみると、「権利を使うか使わないかは自由。不公平ではない。」「おかわりいない人を割引すれば良いのでは。」など、様々な意見があります。

この「不公平」という意見が、本当に客から出たものだとするならば、少し考えなければなりません。

人は必ずしも他人の利益や得を喜ぶことができるとは限りません。

「隣の芝生は青い」という言葉があるように、他人と比べると自分の手元にあるものでは物足りなく感じてしまうものです。

まして、今はテレビだけでなくSNSやYoutubeなど、他人の生活や成功が嫌でも目に入ってくる社会。

人の得に対しての妬み嫉みが敏感になるのも無理はありません。

仮にダイエット中の方がやよい軒で鯖の味噌煮を単品で留めてご飯を我慢している横を、私のような人間が幸せそうにおかわりをしに往復していたら、それは不満でしょう。

”本当に”不公平という意見が出たとするならば、もしかしたらそんな心の動きがあったのかもしれません。

根底にあるもの

しかし、これは「不満に思ったなら仕方がないね」で済ませるのは少し不安なる出来事です。

人の得、広く言えば成功や財産に対して抱いている不満が、いつしか人間の行動を支配し、心を支配していってしまうからです。

例えばピエール瀧さんの事件に関して、電気グルーヴの相方である石野卓球さんに対する執拗な謝罪要求や批判。

確かにファンの方や事務所関係、業界関係者には大きな損失があり、そこは反省すべきだと思います。

しかし、メディアを中心に世間がよってたかって叩く必要はどこにもないはず。

それなのになぜこうも問題が大きくなってしまったのか。

それは単純に「おもしろくない」んだと思います。

人の成功がおもしろくない。

その人が失敗して落ち込まないのがおもしろくない。

その根底には自分の毎日の思い通りにいかなさ、物足りなさ、虚しさといった感情があるのではないかと、私は思います。

スマホを見てもパソコンを見てもテレビを観ても、街中に出ても、みんなが楽しそうに見える。

幸せに見える。

そんな「おもしろくなさ」がおかわり無料への不満から始まり、芸能人叩きや、民族に対するヘイトに至るまで、様々な問題と繋がっているのではないでしょうか。

 

他の宝を数えても…

「華厳経」というお経にこんな一節があります。

 

如人数他宝 自無半銭分

(人、他の宝を数うるも 自ら半銭の分無きがごときなり)

 

これは、このお経の中に出てくる、どれだけたくさん教えを聞いても、実践しなければ意味がないということの例えの一つです。

人がどれだけ、どのように成功したか。

人がどんな失敗をしてどんな損失を出したか。

そんな情報をたくさん集めてSNSで拡散して「いいね」がついたところで、自分の人生は変わりません。

仮に広告収入につながる、ということであれば、その稼ぎ方は仏教徒として考えると疑問が残ります。

大切なことは、たとえ上手くいかなくてもまずは自分の手元にあるものを見つめてみることです。

おかわりをしなかったことで何かが奪われたのか。

不祥事を起こした人の相方が謝罪会見をしないことで何かお失ったのか。

何か損をしたなら、今度は自分が人に同じことをしないように気をつければいい話。

 

私の好きなラッパーの1人、PUNPEE(パンピー)氏の「Renaissance」という曲に、こんな歌詞があります。

大きな海原で財宝は 結構見当たらない
イジケて砂浜に作ったオブジェ
意外と自分らしくていいじゃん いいじゃん

 

人の成功や失敗、幸不幸は自分と同じではありません

難しいことではありますが、そんな「比べっこ」を、少しでもなくしていきたいものですね。

 

最後に、やよい軒さん。

「原材料高騰の為、おかわりを30円値上げします」と言われても、私は食べに行きますよ。

 

 

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