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これは私、深澤亮道が福井から岩手までの700Kmを無一文で歩いて帰った物語である。
Contents
前回までのあらすじ
前回は歩き始めて4日目、金沢駅から富山県射水市「串田新遺跡公園」までの道のりをお送りました。
当初の予定は42kmだったはずが、道を間違えてしまい、50kmの行程を歩くことになりました。
それでも「迷わず行けよ、行けばわかるさ」の言葉が私を後押ししてくれ、無事目的地まで到着したのでした。
前回の記事はこちら。↓
バックナンバーは以下から読むことができます。↓
今回は、ジャンプコミックス多めで、富山県黒部市までの道中をお送りします。
野宿の必需品
4日目は、串田新遺跡公園内にある東屋で一晩眠りにつきました。
屋根の下とはいえ、雨が若干降っており、吹き込んでくる恐れがあったため、今回初めて簡易テントを使用しました。
テントといっても皆さんが想像しているテントとは違うかもしれません。
今回、私がこの旅のために用意したのは「ツェルト」と呼ばれる、超軽量のビバーク用のテントになります。
ビバークとは、登山中天候の悪化などで緊急時に野営、野宿をすることです。
つまり、骨組みを必要としないポケットサイズの簡易テントのことを「ツェルト」と言います。
骨組みがついてるテントは重量やサイズが大きいため、登山に持っていくのも大変ですが、ツェルトだとそんなにかさ張らずに荷物の中に入れることができます。
これ本当に軽いんです!
350ml缶と同じくらいのサイズで、重さも300gほどです!
「ツェルト」はテント上部に紐がついていて、双方の紐を木などに結びつけることで屋根を貼ることができます。
以下、参照
ちょっと脱線しますが、これらツェルトや寝袋、大きめのリュックは全て母親の政子からお借りしました。
私の母親はちょっと変わっていて、日本百名山を登りきり、その後海外の山々にも足を伸ばすくらい、大の登山好きなのです。
物心ついた頃から、休日や長期休暇は必ずといっていいほど登山に行く(連れて行かれた)母親に、私をはじめとする深澤家は、ほとほと愛想を尽かしていました。
しかし、今回「無一文で歩いて帰るもん。」を決行するに当たって、様々な登山グッズを無償で貸してくれて、初めて登山好きの母がいることに感謝しましました。
いやそもそも、このような旅を決行すること自体、母から受け継いだ血なのかもしれません。
黒部市まで
5日目 am6:00〜
寝袋の下に銀マットは敷いていますが、アスファルトの上だと硬くてとても寝心地がいいとは言えません。
永平寺からここまで、おおよそ120kmの距離を歩きました。
朝目覚めた時に体がずっしりと重く、だんだんと疲れや痛みが蓄積されてきているのを感じます。
本日の目的地は、富山県黒部市「妙覚寺」です。
この日も予定歩行距離は50Km!
まだ序盤であるにも関わらず、この時の心境を率直に伝えるなら・・・
「歩きたくない!」

イメージ図
です。
なぜなら昨日と同じ、1日50km歩くという恐怖があるからです。
どうしてこの距離を設定しているのかを説明しましょう。
なぜなら、宿泊する予定のお寺にはあらかじめ「何月何日に伺うので、お願いします。」とアポイントを取っていたためです。
そのため、その日の気分や体調で変更することはできません。
もちろんこの後の行程も全て予定していたので、是が非でもその距離を歩かなければなりません。
当初予定した時には、50kmくらい歩けるかなーと軽く考えていました。
今思い返しても、フルマラソンしたことないのに、なんでそれ以上の距離を連日歩けると思ったのか不思議で仕方ありません。
しかし、そんな駄々をこねていても目的地には辿り着けないのが現実です。
私は、漫画「ドランゴンボール」に登場する天津飯が「排球拳」を発動させた時ばりに、気合いを入れ串田新遺跡公園を出発するのでした。

出典:©︎集英社『ドランゴンボール』11巻
あまり知られていない富山の魅力
この日のルートは、出発地から富山湾を目指し北へ進み、そこから海沿いを歩き黒部市へと向かいます。
この日の天候は、晴れ時々曇り。
雨は降らない予報だったので、少し安心です。
出発して2時間歩き、射水市から富山市に入り、さらに歩みを進めます。
軽快な足取りとは決して言えないですが、2時間に1回10〜15分ほどの休憩を取りながら歩いていました。
富山市に入り歩いていると、ふと気になる光景がありました。
それは、田んぼです!
いや、田んぼなんて全国どこでも当たり前に見れるでしょ?
と、思うかもしれません。
ただ尋常ではないほど田んぼが多く、そして一つ一つの面積が大きく広く感じます。
歩いていると、ほとんど田んぼの中を歩いている感覚です。
実は、富山県は水田率日本一の県なのです!
お米は新潟とか秋田が有名なだけに、なかなか富山ってそのイメージがないですよね?
私も富山を訪れるのは、この時が初めてだったので、どんな場所かわかりませんでしたが、確かに田んぼが多いの気付かされます。
その水田率は、なんと県の面積の46%が田んぼです!
県の面積のほぼ半分が田んぼって驚きじゃないですか?
米どころの新潟ですら32%と、その差を大きく引き離しダントツの1位です!
さらに時期が時期だけにその稲は黄金色に輝いています。
今年は無事にその稲に大きな実りをつけて、収穫を迎えることができるのだなと、感慨深く思うのでした。
是非、皆さんも富山に行った際には、日本一の水田率を誇る富山のお米を味わってみては如何でしょうか?
違和感から確信へ
富山市を歩き、富山湾へと向かって歩きます。
だんだんと潮の香りが漂ってきて、川は河口が広がり海へ近づいているのを感じます。
そして、ようやく・・・
海だー!
歩き始めて5日目にして、ようやく景色が山と田園風景から海へと変わったことに喜びを隠せません。
岩手県の内陸育ちの私にとって、幼き頃一年に数回しか海水浴に行くことができませんでした。
しかし、その年に数回海水浴をしていた場所が、あの東日本大震災の津波によって、一瞬で流されてしまいました。
私にとって海とは、当たり前にあるものではなく、特別なものなのです。
なので、私は海を見ると異様に興奮してしまう体質です。
いや、違うか!
知り合いからリクエストがあったので、ワンピースが登場しました。
そもそも海賊王になる前に、まず実家に辿りつかなくてはなりません。
しかし、この時海を見た興奮と反比例するように、全く別の感覚が私にはありました。
それは、3日目から続いていた左足の違和感が確実に痛みに変わっていたことです。
直感的にこの痛みは、少しまずい痛みだなと感じます。
実は私、過去2度にわたる怪我で左足に大きな爆弾を抱えていたのです。
続く
次回予告
2日連続の野宿、さらには2日連続50kmの道のりを歩いている、深澤亮道。
この時のやる気と元気と菩提心溢れる自分が、本当に今の自分と同じ人間だろうかと感じます。
そんなことはさておき、過去2度にわたる左足首の怪我による痛み。
まだまだ先は長いですが、これからどんな展開になるのでしょうか。
次回は、過去に怪我をしてしまった左足首の話をお送りできたらと思います。
「vol.10 天津飯と海賊王」をご覧いただきありがとうございました(^ ^)
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