【永平寺から無一文で歩いて帰るもん。】vol.17 古川さんと岩橋さん

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これは私、深澤亮道が福井から岩手までの700Kmを無一文で歩いて帰った物語である。

Contents

前回までのあらすじ

8日目

新潟県の糸井川市から、上越市に向かって歩いてきた、深澤亮道。

ずーっと海沿いを歩いているのでとても気持ちが良いですが、左足の痛みに耐えながら前に前に進んでいます。

そんな中、ウォーキング中と思われる、50代半ばと思われると女性とすれ違いました。

何やら身内の不幸が続いたとのこと・・・
突然の告白に戸惑う私でしたが、その女性は托鉢をして歩いて帰っている私の姿に「生きる勇気をもらいました」と告げ、去っていったのでした。

前回の記事はこちら↓

バックナンバーは以下から読むことができます↓

【永平寺から無一文で歩いて帰るもん。】

令和2年3月現在、体調不良が続き、執筆が遠のいて申し訳ありません。
それでもポツリポツリと書き綴っていきます。

今回は、上越市の「龍泉寺」から9日目の途中までお送りします。

龍泉寺に到着

8日目 17:00〜

ウォーキング中の女性とお別れしてから、間も無く目的地である「慈雲山 龍泉寺」に到着しました。

ここは、修行時代1つ後輩だった古川竜洋ふるかわりゅうようさんが副住職を務めるお寺です。

この旅をするに当たって、私が「泊まりに行っていい?」と聞いたら「はい!」と快諾?してくれたのでした。

永平寺での上下関係

ただ、私個人の意見として言えば、永平寺で関わった先輩が実家に泊まりに来たいとなったら、一度考えてしまいます。

いや、言葉を濁さず言えばはっきり言ってです。笑

なぜかと言うと永平寺では、とても厳しい上下関係があるからです。

修行に入るに当たっては、年齢もそれまでしていた職業も不問ですが、あるのは唯一「先に永平寺に修行に入った順番」で上下関係が決まります。

私が修行していた時でも、同年齢のとても怖い先輩60歳を超えた後輩もいました。

修行の当初は先輩修行僧とは、言葉を交わすことはもちろん、目を見ることも許されない

私は当時「先輩がカラスは白いと言ったらカラスは白だ」と言われたこともあります。

 

本来であれば、修行道場における厳しい決まりというのは、上下関係なく敬い合い正しい修行生活を送るために設けられているはずなのですが、中には修行年数を重ねた者が偉いと勘違いしてしまう人もいるのでしょう。

もしかしたら私もその一人だったかもしれませんが・・・

えーと、そう考えると、つまり、これはあれですね。

パワハラですね。笑

もしかしたら私は無意識に先輩の力を行使し、竜洋さんが断れない状況で泊めていただいたのかもしれません。

 

風のない夜

なにはともあれ、永平寺で関わった人のお寺を見ることや、修行後どういう生活をしているかを聞けることは私にとって大きな刺激となりました。

なにせ、この旅のきっかけは「vol.1 プロローグ」でもお伝えした通り、これから僧侶の道を歩む中での不安と恐怖の払拭です。

永平寺での修行を終えてからでも、副住職として日々精進している彼の姿は、そんな私の心を少し和らげてくれたのでした。

確実に修行中よりぽっちゃりしていましたが・・・笑

龍泉寺を後にして

9日目 7:00〜

この日2日ぶりに、風の当たらない暖かい布団で眠れたため、とにかく爆睡でした。

やはり野宿後の屋根のある場所での睡眠は格別ですね。

何より朝起きた時の疲労感が雲泥の差です。

これなら元気いっぱい歩けそう!

身支度を整え、一晩お世話になった龍泉寺を後にするのでした。

古川竜洋さんはじめ、龍泉寺のみなさま本当にありがとうございました!

さてこの日の目的地は、45km先の柏崎市にある「寿慶寺」。

ここも、修行時代同期だった「黒金寿志さん」が生まれ育ったお寺になります。

今日も45kmと少し長い距離を歩きますが、この頃になるとなんとなく歩くペースや、休憩するタイミングなどが掴めるようになってきました。

またまた!?

この日の天気も雲ひとつ無い快晴で、例のごとく国道8号線を北上します!

出発して5時間ほどで柏崎市に入りました。

海に沿って歩いてきましたが、柏崎市に入ってほどなくしてから少しだけ緩やかな上り坂になりました。

そこで私の横に一台の軽バンが止まり、運転席から芸人の「プラスマイナス 岩橋」にちょこっとだけ似ている、40代半ば頃と思われる男性が陽気な声で話しかけてきました。

おーい!
お坊さん!
乗って行くかいー?

 

「えーと・・・」

人の施しは必ず受けると心に誓ってこの旅をはじめました。

しかし、この時ほど迷ったことはありません。

だって・・・

車に乗ってばっかりじゃ無い!?

と、私だけではなく読者の皆さんも思ったでしょう。

何度も申し上げますが、ヒッチハイクは一切しておりません!

前のみ歩いて、ただただ歩いています!

この時、物凄い葛藤がおきましたが、このいただいたご縁も全て含めての「無一文で歩いて帰るもん。」です。

毎回同じくだりですが、私は迷いながらも、この男性の車に乗り込むのでした。

お坊さんどこまで行くんだい?

福井県の永平寺を出発して岩手県の花巻まで歩いて帰る予定です。
あの・・・
乗せていただいてありがとうございます。
本当に少しの距離で大丈夫ですので・・・

そうなんだ!
凄いねー!
実は、俺今から宮城県の石巻市に行くんだ!
もしよかったらそこまで乗って行く?
なんと!?
石巻ですと!?
ここから距離にして約400km。
最終ゴール地までおよそ100kmのところにあるのが石巻市です。
ちなみに私の出身地は花巻市なので、よく石巻市と誤解されがちです。
もうこのまま乗って行ったら目と鼻の先じゃないですか!
それだけはいかん!
しかし、プラスマイナス岩橋似の男性のテンションがとても高く、自分の意志が弱かったら本当にそのまま乗って行ってしまいそうでした。
これも善意のお布施ですが、そこは本当に丁重に丁重にお断りしました。

そっかー・・・
了解!
実は俺、昔は新潟に住んでいたんだよね。
でも、東日本大震災があってから石巻に引っ越してさー。
今はそっちに暮らしているんだよね!
ちょうどこっちに残っている荷物を取りにきて帰るところだったんだー。
なんと!
なにも聞いていないのに一人で話し出しました!笑
このテンションもやはりプラスマイナス岩橋に似ている気がします。
しかし、この一言は私にとって大きく考えさせられる言葉でした。
続く

次回予告

実は私、物凄い強運の持ち主なんでしょうか?

それとも旅人はこんなに話しかけられるものなんでしょうか?

実際どうなんでしょう?

一度他の修行仲間で歩いて帰った人にも話を聞いてみたいと思います。

ただ左足を痛めているのもそうですが、ただただ歩いているだけなので、人から話しかけられるのは正直嬉しいものがあります。

さて、次回はこの男性との会話で私が考えさせれられた出来事をお送りしたいと思います。

また、本編と若干外れるかもしれませんが・・・

「vol.17 古川さんと岩橋さん」をお読みいただきありがとうございました(^ ^)

続きはこちら↓

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