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曹洞宗の食の教えから肉食を考えるこちらの連載。

今シリーズでは、その視点が実は食という限定された範囲だけでなく、
曹洞宗が掲げてきた「人権・平和・環境」という活動目標にも関わってくるものであることをお話ししています。

前回までは、曹洞宗の立場から肉食を捉えることと「人権」の関係性についてお話ししてきました。

今回からは同様に、「平和」との関わりについてのお話しです。

曹洞宗にとっての「平和」

曹洞宗では、次のような形で「平和」という活動目標を掲げています。

曹洞宗は、戦争の悲惨さを直視し、いのちの尊さを自覚して、世界平和の実現に向けさらなる努力を続けています。
また、宗門の布教目標であります「まごころに生きる」の実践として、国際布教、ボランティア活動も推進しています。

やはり仏教徒として非暴力は重大なテーマですし、世界中で争いや弾圧や貧困によっていのちの尊厳が脅かされている現状は、
僧侶にとって目を背けられないものです。

そしてこの目標が掲げられるまでには、曹洞宗という教団にとっても様々な経緯がありました。

戦時中の日本の宗教教団

明治時代、日本では全ての宗教を国家神道の下に収め、天皇を頂点とした宗教統制が行われました。

そのため、各宗教各宗派の布教活動は教義を伝える前提として国家の繁栄・安泰を説くものでなくてはならない、ということになります。

そして日本は大正・昭和にかけて、戦争の時代に突入していきます。

仏教ではお釈迦様以来非暴力が説かれてきましたが、その時代に非暴力を説ける教団はありませんでした。

曹洞宗も例外ではなく、道元禅師の示した道と天皇の行く道は同じであると、戦争を翼賛する布教活動が展開されました

仏や祖師の名の下に敵兵の命を奪うことが信仰である、ということが、本気で説かれていたのです。

殺生仏果観との関連性

私はこの、信仰の名の下に殺生が肯定されるという理論は、明治以降に生まれたものではなく、肉食の捉え方に原型があると考えています。

以前、当連載でお伝えした殺生仏果観を覚えてらっしゃるでしょうか?

仏教伝来以前から肉食を宗教的タブーとしてきた日本では、仏教においても同様の方針をとりました。

一方で、諏訪信仰をはじめとする伝統的な宗教儀礼の中には、狩猟や漁撈によって得た生き物を供えるものが存在します。

そこで、宗教儀礼によって本来仏になれなかった生き物が仏になる、という信仰の上で殺生や肉食を肯定したものが殺生仏果観です。

それは同時に宗教儀礼に必要な供物を獲る猟(漁)師の罪悪感を和らげるための、苦肉の策と呼べるものだったのかもしれません。

そしてこれが、日本で仏教信仰と殺生の共存が可能になったきっかけとなりました。

これを戦時中の布教と結びつけのはあくまでも個人的な推測で、それを細かく検証したり、
そういった研究があるわけではありません。

しかし、日本では武士や戦国武将や時の権力者が、敵対する者の命を奪いながらも仏教に帰依したという歴史があります。

殺生仏果観と呼ばれる宗教的な殺生肯定がなされた鎌倉時代以降、武士の台頭と仏教の関わり方を調べていけば、
その後の変容が見えてくるかもしれません。

いずれにせよ、肉食はあくまでも食の話であって戦争や殺生とは無関係、とは言えないだろうと、私は考えています。

曹洞宗の平和と布教活動の現状

実は、私は食に関する研究をする以前は、曹洞宗が掲げる「平和」と戦時中の布教活動をテーマとしていました。

関心を持ったきっかけは、永平寺で広報誌の編集室にいた際、
戦時中の和尚様の出された文章を改めて編集して出版するという時のことです。

普段編集室にいらっしゃることのない老師方もいらっしゃり、
「ここはカットですね」といった具合に言葉を削除しておられました。

私は、師匠が仏教の素晴らしさの第一に暴力や戦争を否定していることを挙げていたこともあり、
戦時中も無縁だっただろう、と思っていました。

しかし、実際は教団として国家に統制される中で、正しさの軸は国家となり、戦争を肯定する布教活動が行われていたことをここで知ったのです。

これがあまりにも衝撃的で、私は研究の中で、それを他の若手僧侶がどれくらい知っているのかを調べることにしました。

「平和」を活動目標に掲げる曹洞宗として、戦時中の布教の在り方の反省は行っているものの、
今後布教に携わる若手僧侶約200名のほとんどが、当時のこともそれに対する反応も知りませんでした

正確には意識することがなかったのだと思います。

私も修行中の編集室での経験がなければ、そこに関心を持つことはなく、
仏教は暴力を否定しているということだけを信じていたでしょう。

しかし、社会や国家とのバランスの中でその大前提すら歪んでしまうことあるとは思いもよらなかったはずです。

まとめ

私はこれまで触れてきたように、曹洞宗の教えをしっかり根底に据えて肉食を捉えれば、
人権問題や生命倫理の様々な問題に対応しうると考えています。

そしてそれは平和に関しても同様です。

肉食と殺生、さらには戦争や暴力は、いのちとの向き合い方という点で地続きになった問題です。

あとはそこをどれだけ疑問を持ちながら意識できるかが、私たち曹洞宗僧侶の課題なのではないでしょうか。

かなり個人的な意見として関連づけてみましたが、肉食を捉えなおすことで「平和」への取り組み方も見えてくると、私は思います。

【参考書籍】

吉田時夫著「曹洞宗と天皇制を考える」2014年・文芸社
https://amzn.to/2Xp0acc (Amazon)

ブライアン・アンドレー ヴィクトリア「禅と戦争」(新装版)2015年・えにし書房
https://amzn.to/3zjqUaN

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