初めて訪れた被災地で考えた「復興」の在り方

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先日、お寺の晋山結制しんさんけっせいのお手伝いで、宮城県気仙沼市を訪れました。

私は観ていないのですが、朝ドラの舞台にもなっているこの地は、私が初めて訪れる被災地でもありました。

今回、宮城県気仙沼市岩手県陸前高田市を訪れ、「復興とは何か?」と改めて考える機会となりましたので、
ここでお話しさせていただきます。

気仙沼のお寺と晋山結制

今回宮城県を訪れるきっかけとなったのは、総合研究センターの後輩僧侶のお寺で晋山結制がお勤めされることになり、
その中で行われる首座法戦式しゅそほっせんしきのお手伝いをするためでした。

晋山結制とは、そのお寺が新たな住職の元で再スタートを切る大変おめでたい行事であり、
首座法戦式もまた、僧侶が一人前になるまでに経験する大切な修行です。

実はこの晋山結制は昨年に行われる予定だったのですが、コロナ禍で止むを得ず延期となり、
一年越しの念願が叶ってのお勤めでした。

いや、ひょっとするとその念願は一年どころか、もっとずっと長い間のご住職様やお檀家さんの悲願だったのかもしれません

それは、この気仙沼という地が、10年前の東日本大震災で大きな被害を受けた地だからです。

訪れる勇気がなかった場所

10年前の震災当時の私はまだ大学生で、アパートのテレビでその現実味のない映像を呆然と眺めていました。

それから時は経ち、永平寺での修行を経て曹洞宗総合研究センターに入所すると、
何度か復興ボランティアに行くチャンスはありました。

しかし残念ながら私は行く機会がありませんでした。

いや、行こうとしなかっただけかもしれません。

それは、あの時アパートのテレビで他人事のように眺めていた自分には、現地の方の痛みを理解できないと思っていたからです。

しかしその後、友人の結婚式で仙台を訪れ、松島にも行きました。

被害の比較的小さかった地域ながら、当時の津波の高さを示す看板に、
私はそこで確かに災害があったことを認識しました。

しかしそこで湧いたのは決してネガティブな感情だけでなく、純粋に観光を楽しめたということへの意外さでした。

その後、YouTubeチャンネルの視聴者で宮城県在住の方から
「宮城に来る際はぜひ観光も楽しんでくださいね」という言葉をいただいたことが背中を押してくださり、
機会を見て被災地にも訪れてみようと思えるようになりました。

初めての被災地

そして今回初めて気仙沼市を訪れました。

お寺がある場所は比較的山間でしたが、そこへ行くまでの綺麗な道路と堤防に、
復興の様子と同時に津波が押し寄せたという事実があったことを実感しました。

気仙沼は、海藻や貝、ホヤなど、磯の香りが好きな私にはたまらないグルメが多く
用意していただいた宿の食事や道の駅の海鮮丼に終始感動していました。

法戦式が終わった後は、禅活のりょーどー&ちしょーさんと気仙沼大島を訪れました。

気仙沼大島大橋から見た港の景色がとても綺麗で、いい町だなとしみじみ感じられます。

夜には、私たちを呼んでくれた後輩が復興祈念公園に連れて行ってくれ、そこに刻まれたたくさんの名前を目の当たりにしました。

赤ちゃんからご老人までのたくさんのお名前と、街に灯る明かりを見て、
私は10年の歳月の上に今、気仙沼にいることを実感したのでした。

陸前高田

そして最終日、仙台に帰る前に3人で向かったのは、気仙沼から車で30分ほどの、
岩手県陸前高田市にある高田松原復興祈念公園です。

海水浴場として賑わっていたこの地は、甚大な津波の被害を受けました。

7万本あった松林が「奇跡の一本松」と呼ばれる1本のみを残して全て失われ、周辺は今もほとんど建造物がありません。

公園内にはその被害の大きさと災害の恐ろしさを正しく伝える伝承館と、
防波堤の向こうには綺麗な海岸、そして復興への希望のシンボルである「奇跡の一本松」などを見ることができます。

伝承館で学び、実際に景色を目の当たりにすることで、津波というものが私にとっても非常にリアリティを持ったものになりました。

それと同時に、高田松原の海岸は綺麗で気持ちがよく、とても心が洗われたことに、私はとても驚きました

復興とは何か?

その感覚は、以前広島の平和記念公園で感じた感覚と非常に近いものがありました

あの時から時が止まった原爆ドームの見える公園は、子どもの笑い声が聞こえ、
緑も豊かで、不思議な心地よさがあったのです。

これはあくまで私の感覚で、それを不謹慎と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

実際に私は、戦争にしても災害にしても、傷跡の残る場所では厳粛な気持ちで、
常に犠牲者や現地の方に心を寄せていなければいけないと思っていました。

それは当事者でなかった人間に課せられた最低限の礼儀だと思っていたし、
それをする自信がないから訪れていない場所もありました。

ところがそれは、ある種の哀れみにすぎず、仏教の説く縁や無常を否定する態度であったと思い至ったのです

同じくこの世界を生きているのだから決して他人事ではなく、関わり方は違えど当事者であるし、
無常なのだから災害や戦争のあった土地で笑い声が聞こえることだってあります。

そして、高田松原の海を見ながら、私は「復興とは何か?」と考えました。

災害以前のように誰もが純粋に海を楽しむ海水浴場に戻ることなのか
それともその歴史を持った地として残されるべきなのか…

今年、高田松原海水浴場が11年ぶりに海開きをしたのは一つの答えなのではないでしょうか。

確かにここで辛く悲しいことがあったけど、また人の笑い声が聞こえるような場所にしていく。

それは過去を忘れるでもなく、強調するのでもなく、傷跡と共存していくことなのかもしれません。

無常とは過去の上に縁があって今が生まれいくことであるように、ずっと10年前を見るのではなく、
10年の歴史の上に今を築いていく、そんな復興の在り方を目の当たりにしました。

松林の植樹

まとめ

今回気仙沼のお寺で晋山結制がお勤めされたことは、お寺にとっても地域にとってもまた前に進むことができたという、
大きな喜びであったはずです。

そして、「宮城に来たら観光も楽しんでくださいね」と仰った方の言葉の意味も、今ならよくわかります。

哀れみや同情ではなく、たとえ距離を隔てようとも、共に歩んでいこうとする気持ちを持つこと

それはボランティアや観光など、様々な形で表すことができるのだと、学ばせていただきました。

今度は大好きなメカブのシーズンにでもお邪魔したいと思います!

 

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