人は無常に泣いて無常に笑う

諸行無常。

仏教という教えの大前提となる4つの柱、四法印のうちの一つです。

諸行とは存在のことで、無常とは常が無い、つまり常に移ろい変化するということです。

無常というあり方は、日本ではよく儚さや哀愁と結びつけられます。

『平家物語』の「諸行無常の響きあり」の言葉は代表的な例ですね。

以前も触れた内容に近いものではありますが、
今回は人が無常によって救われていることについてのお話です。

過去記事

お彼岸のお手伝いでの話

今回お伝えしたいことは、供養に携わるようになってから強く感じたことではありました。

そして先日のお彼岸にそれを再確認したのでここに書かせていただきます。

新しいお位牌

私は4~5年前から春と秋のお彼岸にあるお寺のお手伝いをさせていただいてます。

春秋ともにお彼岸の入りの日に町内の棚経をさせていただくのですが、
一日でだいたい90軒ほどのお檀家さんおお家を周ります。

軒数が多いのでなかなかゆっくりお話しもできないのですが、
回数を重ねるうちに少しずつ顔も覚えていただけるようになりました。

昨年の秋だったでしょうか。

いつも親切にしてくださるお家のお仏壇に位牌とお写真が増えていました。

写真に映っているのは幼い男の子。

聞いてみると、不慮の事故で亡くなってしまったとのことでした。

少し目を離した隙に、しかもお家で起こった出来事だっただけに、
悔やんでも悔やみきれないご様子でした。

そこにいらっしゃったのお祖母様で、私にはかける言葉もありませんでした。

しかし帰る直前に、今年の春に弟が生まれるから今はその無事を願うだけです、
とおっしゃってくれました。

今年の秋

そして先日、今年の秋もお彼岸の棚経のお手伝いに伺いました。

順番にお家を周ってお昼を過ぎた頃、そのお家に着きました。

玄関を開けるまで、不安で仕方がありませんでした。

あんなに悲しいことがあった後なのだから、どうか無事に生まれていてくれ!
と祈るつもりでチャイムを押し、玄関を開けていただき、お家に足を踏み入れます。

その瞬間、赤ちゃんの泣き声が聞こえてきました。

なんだか自分まで救われたような気がしながら、
お仏壇に手を合わせ、お経を唱えました。

お経を終えて振り返ると、お祖母様だけでなく、
赤ちゃんを抱いたお母さんも一緒にそこにいらっしゃいました。

今年の四月に無事に生まれた男の子は、全身を使って私の方に手を伸ばしていました。

「こんなこと珍しいね」と言われながら、赤ちゃんに指を握られ、
私は心底嬉しく、安心し、感謝すら覚えました。

無常だからこその救い

この数ヶ月の間に、私が心から幸せを願っている友人2人の元にそれぞれ新たな命が誕生しました。

どちらもブログや法話に登場したことのある2人ですが、本当に2人ともいい奴なので、
そんな人が報われていると自分にとっても救いになります。

特に1人は、決して簡単とはいえない道のりを少しずつ、誠実に歩いてきました。

理不尽な辛い思いをして、かける言葉がないこともありました。

確かに、不幸や悲劇は無常であることによって起こります。

生老病死は、無常によって起こり、コントロールしきれない現象です。

その中で悲しい思いをする方がいるのがこの世界の理ともいえるでしょう。

幼いお子さんが亡くなるのも、無常によって起こった出来事です。

しかし同時に、新たな命が生まれることもまた、無常による出来事なのです。

無常の中での供養

時々、三十三回忌まで供養が必要なのか?という議論を目にすることがあります。

正直なところ、亡くなってすぐに故人と関係を結び直し、
仏様として受け止められるなら四十九日で十分ともいえるかもしれません。

しかし、人の心はそう単純ではありません。

故人との関係が深いほど別れは辛く、別れ方によっては受け入れ難いものになります。

ただ、そんな心もまた無常です。

四十九日、百箇日、一周忌と時間を経て、どんな方向だとしても心は変化します。

辛さが増してしまうこともあるかもしれないし、
少しずつ故人が遺してくれたものに目が向くようになるかもしれません。

その心の変化が、少しでも良い方向に向かうためのお手伝いをするのが法事であり、
僧侶の勤めだと、私は思っています。

変えること自体はできなくても、きっかけになりうるものが、仏教にはあると信じているからです。

そしてそう思えるのもまた、この世界が無常であるからに他ならないのです。

まとめ

無常とは、変化をするという性質のことで、良し悪しを感じるのは私たちの心です。

実は私たちは無常に泣かされているだけでなく、救われてもいるのではないでしょうか。

これが仏教の大前提としてあるからこそ、供養が成り立つともいえるでしょう。

この秋、私自身が無常であることによって救われて、その思いを新たにしました。

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