秋のお彼岸を思い出とともに語ってみた

本日、9月23日は令和4年度の秋分の日。

秋のお彼岸のお中日です。

お彼岸については、

といった、彼岸会の受け止め方をテーマにした記事(筆者:しんこう)や、

あるいは、

といった、お彼岸のお供え物として定番の「おはぎ・ぼたもち」をテーマにした記事(筆者:ちしょー)を上げてきました。

今回は、ちしょーが自分自身にとっての秋の彼岸会を語っていきます。

なんか、いい、お彼岸

その地域や、それぞれのお寺の事情などによって回数や規模は変わりますが、

お寺では一年間に様々な行持をとり行います。

秋のお彼岸もその一つ。

何を隠そう、数あるお寺の行持の中で、私ちしょーが一番好きなものはこの「秋の彼岸会」に他なりません。

その理由をご紹介いたします。

 

まずは、

・気候的にとても過ごしやすい時期であること

暑さ寒さも彼岸まで、という言葉の通り、寒風酷暑もお彼岸にはひと段落。

時には残暑が厳しいなんてこともありますが、

過ごしやすい時期というのは、体調も調えやすい時期です。

 

また、

・収穫のシーズンでおいしい野菜が食べられること

・おはぎが食べられること

食べ物の充実。

これは、自分で食べる分だけではなくて、

ご先祖さまへのお供え物とする際にも、

「美味しいですよ!どうぞ召し上がれ!」

と、気持ちよく捧げることができます。

 

そして、

・せわしない感じがしないこと

季節ごとのご先祖供養の中で、もっとも盛大に行われるのは、お盆でしょう。

沢山の人がお寺にやってきて、またほとんど全てのお檀家さんを一軒一軒お伺いするお盆のご供養は、

それはそれで、他とは代えがたい良さがありますが、

一方で、忙しかったり、肉体的な負担も大きかったりします。

 

秋のお彼岸の時期は、

体調や生活が自然と調い、

落ち着いてご先祖さまのご供養に臨めている、

そんな感覚が昔からあり、

「なんか、秋彼岸っていいよなあ」と、感じていました。

秋彼岸が好きな、本当の理由

とはいえ、これらの「秋彼岸がなんか、いい」理由は、もしかすると後付けの理由なのかもしれません。

 

振り返ると、子どものころの秋彼岸は、

父がお寺の外で働いていたこともあり、

だいたいいつも夕方にお墓参りをして、そのあと家族皆で食事を取るのが通例でした。

思えば私にとっての秋彼岸は、特別な一家団欒の機会でもあったのでしょう。(春彼岸には雪のためにお墓参りができなかった)

その充実感や幸せな印象が今でも残っていて、

「秋彼岸が好き」という気持ちが強くなっているようにも思います。

 

私は、こうした自分自身の経験から、

ご先祖供養の功徳の一つは、

一緒に手を合わせることで、

ご先祖様に向けるあたたかい気持ちを分かち合い、

人と人の絆が深まることだと感じています。

 

お彼岸とは、

太陽が真西に沈み、昼と夜の長さが釣り合う日。

ご先祖様の世界と私たちが生きる世界が、もっとも近づく日と考えられています。

そこでご供養をつとめることが掛け替えのない功徳となるのは、

いつもよりご先祖様が身近に感じられる時期だからこそ、

ご供養を通じて、人と人のつながりが深まり、絆が強まるということなんじゃないか。

 

そんな風に、思えてくるのです。

おわりに

今回は、少々短めの記事となってしまいました。

自分自身の秋彼岸に対する気持ちを書かせていただきましたが、

ご先祖供養、お墓参りは他の何にも代えることのできない、

すばらしい行いだと私は考えています。

お時間がある方はこの機会に、

お香を焚いたり、お供えをしたり、

ご自分にできるご供養を何らかの形にしていただきたいと願っています。

 

ちなみに……

今回は秋彼岸のお中日ということで、これにちなんだ記事とさせていただきましたが、

先日のライブ配信でいただいたブログや動画の「ネタ」は、

今後少しずつ形にしていきたいと思います!

アイデアをくださった皆様、誠にありがとうございました!

それでは、次回以降もお楽しみに!

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