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前回、敦煌の関所を中心に史跡を訪れた一行。

今回は中国の超重要仏跡莫高窟ばっこうくつを訪れ、いよいよ新疆ウイグル自治区へと入っていきます。

莫高窟について

はじめに、この日訪れた「莫高窟」について簡単にふれておきましょう。

莫高窟は355年、あるいは366年から楽僔という僧侶が窟を掘り、仏像を造り始めたのを皮切りに、それから約1000年に渡って掘られた石窟です。

1600mにわたる石窟群は現存するもので492窟あり、その規模、歴史的価値などから、中国三大石窟の一つに数えられ、ユネスコ世界遺産にも登録されています。

ちなみに莫高窟という名前には「これ以上徳の高い窟は莫(な)いという意味があります。

ただしこの莫高窟は、時代の流れの中で敦煌という都市自体の役割が薄れると共に影が薄くなり、1372年に完成した嘉峪関(かよくかん)という関所が完成すると、関の外に位置した莫高窟は完全に忘れられた存在となってしまいました。

それから500年以上が経った1900年のある日のこと。

王円簶おうえんろくという人が今の16窟の崩れかけた壁の中に、4畳半ほどの空洞を見つけると、そこには大量の文献が保存されていました。

これが「敦煌文献」と言われ、中国仏教の研究者のみならず、世界中に大きな衝撃を与えました。

そんな、中国の超重要な遺跡が「莫高窟」なのです。

いざ莫高窟へ

この日も、朝食ではすっかりハマってしまったホテルの牛肉麺を食べ、バスへと乗り込みます。

バスに揺られること1時間、賑やかな街の面影のない殺風景な景色の中に、莫高窟はあります。

直接窟へ乗り付けることはできず、まずは関所?でセキュリティチェックなどを受けて、シャトルバスで莫高窟へと向かいます。(確実に全員から拝観料を取るためでもある。)

ついに到着!

大きすぎて一瞬どれのことかわかりませんでしたが、川を隔てた目の前の山にポツポツ空いている穴、これがすべて石窟になっているのです。

川(水流れてないけど)を渡るといよいよその全貌が見えてきました。

特に目を引いたのがこちらの石窟。

外から見ると7階建てに見えますが、実はこの中は大仏が一体ある大きな一つの空間になっています。

こんな感じ。

 

忘れられた石窟

特別な許可(と拝観料)を取らないと入ることのできないものも含め、様々な時代に掘られた窟を見学します。窟の中は全て撮影不可なので、その様子をお見せすることは叶いませんが、驚いたことがあります。

世界遺産としてはあまりにも保存状態が悪いんです。

大きな壁画はほとんどが海外からの調査団や学者によって剥がされ、持ち去られています。

というのも、冒頭で触れたようにこの莫高窟は500年以上の間、忘れられた存在でした。

そして壁の中から文献を発見した王円簶が役人に報告するも無視され、彼は海外の調査団や学者の案内人となり、報酬を得るようになったそうです。

そしてこの際に、保存状態の良いものはほとんど持ち去られてしまったのです。

中国政府が保護へと動き出した時には後の祭り。

幸いにも持ち去られなかった文献類の中に、それまで存在が確認できなかった仏教経典をはじめ、民間の契約書などの書類といった、様々な分野での貴重な資料があったのがせめてもの救いだったのです。

保存状態が悪いとはいえ、壁画や仏像は日本の物とは異なる独特の表情や色使いで、異国情緒と歴史、そして功徳を積もうと携わった人々の計り知れない労力を感じさせてくれました。

誰かこっそり撮ってる人がいた…。

 

幾度もの侵略や文化大革命を経た中国で、こうして莫高窟が残り、私たちが拝観できたのは実はとてつもない奇跡だったのかもしれません。

新疆ウイグル自治区へ

莫高窟を後にした一行は、昼食をすませると敦煌からバスで2時間、柳園南駅へと向かいます。

ここで新幹線に乗り、いよいよ新疆ウイグル自治区の吐魯蕃とるふぁんへ。

敦煌を案内してくれた張さんとはここでお別れし、駅へと入っていきます。

それにしても張さんの知識量、すごかったなあ…。

駅の入り口では空港のような手荷物検査(当然撮影NG)。

まあ大丈夫だろうと検査を受けると、筆者が持っていた手磬(チーンって鳴らすやつ)やメンバーの深澤がもっていたワイヤレスイヤホンなどが「これはなんだ?」と聞かれるなど、厳重さがうかがえます。

なんとか没収されずに通過し、新幹線へ乗り込みます。

一時間もしないうちに景色が大きく変わります。 人生でみたことのない、生気のない広大な大地です。

岩や砂でもなく、土くれというような景色の中に、ポツポツと石油を採掘する機械が見えるだけ。

 

この天然資源こそが、中国がウイグル自治区を解放しない理由の一つだそうです。

これから向かう吐魯蕃への不安を滲ませながら、一行は変化のない景色を眺めます。

すると筆者のすぐ前の席で赤ちゃんが泣き始めました。

乗り込んだ時から愛想がよく、キャッキャと笑ってくれた子でしたが、なにやらおむずかりのご様子。

すると近くでトイレ待ちをしていたおばちゃんやガイドさんがみんなであやし初めました。

日本ではあまり見なくなった光景に和みつつ、我々も考え、結果こうなりました。

 

 

 

 

 

 

 

ネックピローファラオ。

赤ちゃんより身内が笑っていました。

 

閑話休題。

 

そしていよいよ、吐魯蕃が近づいてきた時に、アクシデントが。

我々の元に警察?公安?が現れ、身元について詳しく聞いてきます。

どうやら申請した団体名に「視察団」とついていたことでスパイ活動を疑われたようで、30分近くガイドさんが説明をし、ようやく納得してもらえました。

諜報活動には本当に敏感になっているようですね。

吐魯蕃到着!

柳園南駅を出て約3時間、荒涼とした景色の中に急に緑に囲まれた街が現れました。

吐魯蕃に到着です!

駅に着いてからも厳重な身元確認と、パスポートの登録が行われます。

以前はこのような手続きはなかったらしく、ここ数年の治安不安定さと中国の圧力の強さが感じられます。 

また、吐魯蕃で驚いたのが日照時間です。

S-labo編集長本多さんの写真を拝借

これで20時って…。

この理由としては、吐魯蕃の日照時間が長い事と、北京から3000km近く離れているにも関わらず北京時間が採用されていることが挙げられます。

二時間あるはずの時差を考慮しないって…。

というか国内で二時間の時差って…。

日本では考えられない状況に驚きを隠せません。

吐魯蕃の夜

ということで、こんなに明るいですがいい時間なのでこの日はホテルにチェックイン。

なかなか綺麗なお部屋です。(荷物汚くてすみません)

夕食もかなりイスラム文化圏の雰囲気が出てきました。

夕食後は自由時間。近くの商店で飲みものやライチを買って帰りました。

このライチがとにかくみずみずしく甘くておいしい!

でも一緒に買った甘いお茶はまずかったです…。

道中の不安もどこへやら、吐魯蕃の方々は非常に温かく日本人を迎えてくれ、早くもグルメや交流を満喫しました。

こうして長い一日が終わり、一行は寝床に就くのでした。

 

episode.4つづく

 

 

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