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先週、テレビ番組「フリースタイルダンジョン」6/29(火)放送回をもって最終回を迎えるというニュースがありました。

ラップバトルを社会に浸透させ、HIP-HOPカルチャーの発展に大きく貢献したこの番組。

今回はその最終回にちなんで、ラップバトルと禅問答の類似点、そしてそこから学ぶ言葉の扱い方についてのお話です。

フリースタイルダンジョンとは?

フリースタイルダンジョンは、2015年9月よりテレビ朝日の制作によって放送が開始された即興ラップバトルの番組です。

その内容は「モンスター」と呼ばれる番組のレギュラーメンバーであるラッパーたちに対し、「チャレンジャー」と呼ばれるゲストがバトルを挑み、勝てば賞金を得られる、というもの。

この即興ラップバトルというのは読んで字の如く、その場で流れた音楽に対して即興で歌詞を乗せ、ラップをし合うというもので、HIP-HOPカルチャーの中では長く親しまれてきた文化でもあります。

それまで、日本ではラッパーがお茶の間に登場することはほとんどなく、ラップバトルが地上波で流れることなど、まずなかったと言えるでしょう。

そんな、メジャーとは対照的に、アンダーグラウンドで行われてきたラップバトルを、様々な工夫を重ねて地上波に乗せたのが、「フリースタイルダンジョン」なのです。

そして、出演するラッパーによる、とても即興で考えたとは思えないフロウ(節回し)を伴うラップの技術は一躍世間の注目を集めるようになりました。


(©️テレビ朝日)

そもそもラップバトルってなに?

番組の人気と共に世間に一段と浸透した言葉の一つに「ディスる」という言葉があります。

元々はHIP-HOPカルチャーの中で、敵対する・あるいは批判をする相手に対して、敬意を示さないという意味で「ディスリスペクト(disrespect)」という言葉の頭を取って、「ディス(Dis)」という言葉が使われるようになったことが始まりです。

そして「ディス(Dis)」という言葉が日本語の動詞として変化させられて「ディスる」と言うようになったわけです。

ところで、このディスるって実はただの悪口の言い合いだけではないんです。

元々、アメリカでラップの元になったのは、その場で相手を言い負かす公開口喧嘩であったとも言います。

その口喧嘩がどのようなものかというと「お前の母ちゃんデベソ」を、いかにユーモラスに、話術を駆使して言うかというようなものであったそうです。

「お前の母ちゃんデベソ」って、本人を確認してからは言わないですよね?(まず言うこと自体がありませんが)

要するに、本当に相手を傷つけるため、貶めるためではなく、聴衆を笑わせたり楽しませたりする、ある意味では漫才に近い要素をラップバトルは持っているのです。

実際に、番組内でバチバチ言い合っていたラッパー同士が本当は仲良し、なんていうことはザラにありますし、基本的にはバトルの後には握手をして終わります。

つまり、ラップバトルの中で行われる、ディスるというのは、根本的に誹謗中傷とは異なった、エンターテインメントという性質を多分に含んでいるのです。

(たまに、本当に喧嘩になったりすることもあるので100%そうとは言えません)

そしてラップバトルは、必ずしもお互いを貶すわけではなく、称え合うバトルもあれば終始セッションのように進むバトルもあります。

つまり、音楽の上で対話をするエンターテインメントとも言えるのです。


(出典:IMDb)

実は禅問答と似ている!

そんなラップバトルの動画を日々観ている私は、ラップバトルの中にある発見をしました。

それは

ちょっと禅問答と似ている

ということ。

ここからは、ラップバトルと禅問答の類似点についてお話ししましょう。

①関係を築いてこそ伝わる言葉がある

禅問答というと、一般的に「何を言っているのかわからないやりとり」という意味で使われることが多い現代。

元々は信頼関係を築いた師弟の間で、師匠が弟子の成熟度合いを見るやりとりのことでした。

だからこそ、後代の私たちは一読しただけではわからないようなやりとりが、当人にとっては非常に重要な悟りの瞬間であったりするわけです。

それと同じように、ラッパー同士のやりとりもまた、はたから見る我々にはわからないような心のやりとりが多々あります。

例えば、2代目モンスター崇勲すうくんvsダースレイダーのバトル。

ダースレイダーさんは脳梗塞で余命宣告を受けながら、現在も精力的に活動されるラッパーです。

崇勲さんがダースレイダーさんの病気を心配すると、ダースレイダーさんは「病人だからってむやみ心配されることは辛い」と返します。

するとそこで崇勲さんは「なら死んでくれ」と言うのです。

驚いている私たちをよそにダースさんは「死んでくれというのは言ってはいけない言葉だ」とした上で命は尊い、という言葉を重ねます。

崇勲さんは一体どう返すのかと思ったら、氏はお姉さんが自死でなくなった経験があることを述べ最後にこう返します。

”命の尊さ 俺だってわかっているからこそ あえて言うHIP-HOPは常識 例外 最後に一言「死んでくれ」”

ダースレイダーというラッパーがどんな人間かを知っているからこそ、そしてその真意を汲み取ってくれると信じられるこそ放たれた「死んでくれ」という言葉。

ここには「生きて、いつまでもいいラップを聞かせてくれ」という思いが込められているのではないでしょうか。

後に崇勲さんはインタビューで、このバトルは焦っていて言葉が出なかったと仰っていましたが、即興だからこそ出てきた、信頼する相手に向けられた言葉だったのだろうと思います。

②大切なのは、開ける引き出しのチョイス

禅問答において、師匠は弟子の理解を深め、気付きを与えるために、様々な方法や言葉を瞬時に選びとります。

坐禅をして仏になろうとしている弟子に、瓦を磨いても鏡にはならないと体現して見せた師匠や、弟子の鼻をつねった師匠もいます。

そして現代でも行われる「小参しょうさん」という問答では、その場で受けた質問に対して、瞬時に仏教引き出しを開け、答えなくてはなりません。

その点において、ラッパーの引き出しを選び、開ける能力には目を見張るものがあります。

ラップには「サンプリング」と言って、有名な歌詞の一節を切り取って使う技術があるのですが、会話としての意味が通った上で頭の中にある膨大な数の曲からサンプリングをする能力は、問答にも非常に重要と言えるでしょう。

これは問答に限らず、坐禅会などの参加者さんからの質問などにも言えることで、「その質問に答えるのに一番適した仏教の教えは何か」を選び取る際には速度と正確さが問われます。

最近だとインスタライブ などの生配信での質問コメントなどに、頭をフル回転させながら引き出しを開けてお答えしていますが、なかなかラッパーの皆さんのようにはいかないものです。

③どの口で何を言うかが肝心

そして最後に学んだことは、「どの口で何を言うかが重要である」ということ。

フリースタイルダンジョンでは、すでにバトルの第一線を退いたベテランのラッパーが数多く登場しました。

頭の回転や技術面で言えば、早くから情報に恵まれた若い世代のラッパーの方が優れている部分はあるかもしれません。

しかし、般若さんやMr.Qさんといったベテランの方が口にする言葉には、言葉の意味の上に生き様が乗った「言葉の重み」がありました。

言葉というのは、文字の上では人の真似をすることはできます。

しかし、その人が歩んできた人生までは真似することができません。

「これを言っておけば間違いない」という言葉を身に付けるのではなく、「自分の口」から出る言葉には自分の人生が乗っていること、これを意識していきたいですね。

競技か文化か?

フリースタイルダンジョンは、ラップバトルを世に知らしめた一方で、文化であるラップバトルを競技化したという意見もあります。

やはり人間というのは勝敗に対して無関心ではいられず、「負けちゃったけどかっこよかった」で終わらず、審査員の出演者のSNSへDMを送ってしまったり、ファン同士で悪口を言い合うことになったりと、マイナスな要素も生まれてしまったことは事実です。

普段から競争や比較の中で生きる現代人は、「みんなちがってみんないい」が言えず、自分の好きなラッパーが他のラッパーより優れていると証明したくなってしまうのです。

しかし、HIP-HOPはあくまでも自己表現の文化。

バトルとしての勝ち負けはあっても、本質的な人間としての優劣をつけるものでない、ということが世間に浸透すると良いなあ、と個人的には思います。

ともあれ、私が修行に言っている間に始まり、いつの間にかムーブメントとなっていたフリースタイルダンジョン。

このブログでも何度か取り上げてきたように、たくさんの刺激をもらった番組の終了は悲しいものです。

残念であると共に、番組に携わった皆様に感謝の想いを込めて、記事にさせていただきました。

5年間お疲れ様でした!

 

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