「波物語」の騒動を考える〜「分からない」を怖れる社会で〜

この今週は、ヒップホップカルチャーを愛する私には悪い知らせが続いた一週間でした。

一つは有名なトラックメイカーMURVSAKI氏が、交際女性の娘に性的虐待をはたらいていたことで現在服役中であるというニュース。

そしてもう一つが、ヒップホップのフェス「波物語」が感染対策不十分な形で開催されたというニュースです。

この「波物語」に関するニュースはすでに、ヒップホップというカルチャーへの批判や、
特定のアーティストへの2次3次の被害に発展しています。

今回はこのニュースに関する人の心の動きについて仏教の立場からお話しします。

Contents

「波物語」の騒動

まずは今回取り上げるニュースの概要をお話ししておきましょう。

8月28・29日に愛知県常滑市で「NAMIMONOGATARI2021」というフェスが開催されました。

ヒップホップに特化したフェスとしては非常に大規模なもので、
28日はMCバトル、29日がライブという形での開催でした。

コロナ禍フェスというと、20・21日に「FUJI ROCK FESTIVAL'21」が開催され、
ライブイベントの是非が問われたばかりでした。

しかし波物語がFUJI ROCKよりも大きな問題となったのは、その感染対策のゆるさでした。

5000人という枠を上回る推定8000人以上の人が押し寄せ、
暑さや酒類の販売も相まってノーマスクで歓声を上げ、ソーシャルディスタンスの立ち位置もほとんど守られませんでした。

この様子がSNS等で拡散されて炎上し、愛知県が主催者へ抗議文を出す事態になります。

さらに、そこに出演していたラッパーは、大人気の若手からシーンを代表するベテランに至るまで、本当に豪華な顔ぶれでした。

それもあって、いつしかSNS上ではこの件が一つのフェスの開催についてではなく、ヒップホップというカルチャーそのものの是非にまで話が発展してしまったのです。

主催者と愛知県の対応

そしてこの炎上に油を注いでしまったのが、主催者の対応でした。

Twitterでは払い戻し希望者への対応の不誠実さなども目にしましたが、
愛知県への経緯の説明が自己弁護のようであったことや、事実と異なる箇所があったため、
愛知県が第三者機関を設けるというような事態に発展します。

事実と異なる箇所というのが、「愛知県が少量なら酒類の販売を許可した」というもので、
第三者機関を設けるということになったところで、主催者はこれを撤回しました。

こうした主催者の対応の不誠実さは、事態の悪化の大きな要因ともいえるでしょう。

この件によって世間にはフェスや音楽イベントの全面禁止を訴える声がより強まってきました。

それに対して、愛知県の大村知事は「波物語の開催の形式」に問題があったのであり、
対策に万全を期したものもたくさんあるとし、あくまでも今回の開催の形式に焦点を当てる対応をしました。

出演ラッパーの対応と2次論争

そして、出演したラッパーの多くが「出演してみたら事前に聞いたのと全く異なる状況だった」
としたうえで、その状況を改善できなかったことなどを謝罪しました。

これを自分に置き換えて考えた時、現場を見て「対策ができていないから帰る」とはなかなか言えるものではありません。

法話に読んでいただいたお寺で、参列した方がマスクせず密になっていたら、葬儀場に着いてみて全く対策がされていなかったら…。

そう考えると、出演したラッパーにできることはかなり限られていた、
いや、ほとんど無力だったのではないでしょうか。

※実際にこうしたステージ上からの呼びかけもあったようです。

 

カルチャーそのものへの飛び火

そしてこの問題はやがて、ヒップホップというカルチャーそのものへ飛び火します。

「これだからヒップホップ好きはダメなんだ」
「民度が低い」
「結局不良の文化」
といったような評価がSNSに溢れ、これを否定する人との論争になってしまいました。

さらには、「ヒップホップに良いイメージなんて持たれなくて良い」という人も現れるようになり、
事態は混迷を極めていきます。

Creepy Nutsの対応

そんな論争に巻き込まれたのが人気のヒップホップグループCreepy Nutsです。

二人は波物語に出演していませんでしたが、一部のファンが
「Creepy Nutsが頑張ってヒップホップのイメージを向上したのに」と憤慨したことで、
いつの間にか「Creepy Nutsはヒップホップか否か」という論争まで起こってしまったのです。

これを受けてCreepy Nutsのお二人は31日の深夜「Creepy Nutsのオールナイトニッポン0」にてそのの胸中を語りました。

お二人はまず波物語があの規模、あの熱気を帯びて開催されたことは、
本来日本のヒップホップシーンにとっての希望となるはずだったと語ります。

それが、自分たちの大好きなヒップホップというカルチャーそのものの是非が問われるような状態になり、分断すら生んでしまっている事態への心苦しさを訴えました。

そしてこのコロナ禍を、音楽を生業としている人間がどう生き抜くか、その正解はまだ誰も出せていないし、誰にもわからないことだと思う。

だからこそ、まずは手を取り合っていくしかないんじゃないか。

そんな思いを約20分にわたって話されました。

わからないからみんなで考える

私はCreepy Nutsのお二人が素晴らしいと思った点が二つあります。

一つは、避けようと思えば避けられた話題であったうえ、自身達のアルバムの発売日であったにも関わらず責任を背負って語ったことです。

R-指定さんは私と同い年、DJ松永さんは一歳年上というほとんど年齢の変わらないお二人が、
非常に難しい立場で語るべきことを語ったことに私は感銘を受けました。

そしてもう一つは、「わからないからこそみんなで考えていこう」という姿勢に終始したことです。

現代は情報が溢れ、誰でも専門的な知識を手に入れられます。

そのためか、答えが出ないことを社会が恐れているように感じます

誰が悪いのか?誰の責任か?何が原因か?

これだけ情報があるのにそれがわからないということが嫌で、深く考えることなく手前で思考を停止し、
手ごろな悪を見つけて溜飲を下げる、
という風潮があるような気がします。

以前ご紹介した本の中で養老孟司先生が「人間はわけのわからないことが怖い」ということを仰っていました。

その恐怖は人間が知っていることが増えるほど大きくなります。

仏教では苦しみの根源には「無明むみょう」があると説きます。

無明とは仏の教えに照らされていない心の影の部分のことです。

しかしその無明に気づくことで、苦しみが解消されていくというのがお釈迦様の教えでもあります。

1年半が経つとはいえ、常に変化していくこのコロナ禍において
思考を停止してわかりやすそうなところを叩くのではなく、
みんなでこの暗闇の中をなんとか探っていこうとする姿勢が重要なのではないでしょうか。

波物語の運営にはもちろん非があると思います。

しかし、この件を目の当たりにした私たちの立ち振る舞いもまた試されているのかもしれません。

 

<参考記事>

miyearnZZ Labo「宇多丸 野外フェス『波物語2021』問題を語る
中日スポーツ「”超密フェス”「波物語」公式SNSに非難殺到「音楽シーンの恥」「払い戻し無かったの根に持ってる」

 

 

 

 

 

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