家族は好きじゃなければいけないの?

私西田稔光、今年31歳になる平成初期生まれでございます。

最近同い年の友人との間で度々話題になるのが「家族」「幸せ」の二つ。

まあこの年齢で気兼ねなく遊んだりできるのはやはり結婚していない友人だったりするわけで…。

それもあってこの二つのことが話題になるのかもしれません。

今回はそんな「家族」と「幸せ」について少し思うところを書いてみたいと思います。

家族というパワーワード

家族。

同じ家に住み生活を共にする、配偶者および血縁の人々を指すこの名称。

どの国でもどの民族でも、あるいは野生動物にとっても、守るべき最小限の集団ともいえるでしょう。

しかし、仏教に一水四見という言葉があるように、
「家族」という言葉から見えるもの、思い浮かべるものは人によって全く違います。

皆さんは「サザエさん」や「ちびまる子ちゃん」を観て何を感じるでしょうか。

親近感や安心感を覚える人もいれば、何か寒気のようなものに襲われる人もいるでしょうし、
それとはまた違う感覚がある人もいるでしょう。

要するに、家族という一つの言葉に対して、
私たちはそれぞれの人生で培ってきたそれぞれの家族像を重ねるわけです。

ここで「家族」と「幸せ」という2つ言葉が、
連想ゲームの比較的近いところに置かれているのが、世間一般の価値観です。

この社会では、家族で一緒にいるのが幸せ、家族が大好き、
というのが前提であり理想として掲げられています。

ましてやこのSNS全盛期、嫌でも他所の家族の様子が目に入り、
「これが幸せなんですよ!」と言われている気すらしてきます。

もちろん、家族が仲良くて大好きで、
一緒にいられること自体を「幸せ」というのは当然ですし素晴らしいことだと思います。

実際に私も友人の結婚式のスピーチなどではそれを願ってきました。

しかし今回のお話は、「家族」と「幸せ」という言葉が連想ゲームのかなり遠くにある
簡単に言えば結びつきにくいこともあるんじゃないか、ということが主題です。

ラッパー般若さんの曲

先日、ラッパーの般若さんが「2018.3.2」という曲を発表しました。

当時ニュースでも大きく取り上げられた、東京都目黒区での児童虐待事件。

それは般若さんが住んでいたマンションの向かいのアパートで起こりました。

担架と毛布の間に見えた脚はガリガリに痩せ細っていて、
それに気付けなかった後悔と、もう2度とこんなことがないようにという願いが込められた曲です。

「歌詞を書き上げるのに三年半かかった」という般若さんの言葉には、
人として、そして1人の父親としての想いが垣間見えます。

(参考:「2018.3.2」を覚えてますか ラッパー般若さんが綴った事件/朝日新聞デジタル)

実際に、家族とはこうした不可抗力を伴って、
人生を支配したり、時には終わらせてしまうことがあります。

以前、「親ガチャ」という言葉について記事を書きましたが、
出会いも別れも思い通りにならないこの世界において、家族とはその最たるものなのです。

仏教の立場からすれば、親がいなければ自分は生まれず、家族が違えば今の自分は形成されないため、
どんな家族でもやはり大切な縁であることに違いはありません。

 

家族を好きじゃなきゃいけないのか

では好きか嫌いか、ということになるといかがでしょうか。

もちろん好きと思えるに越したことはないでしょうが、
好きじゃなければいけない、というのも違う気がします。

簡単に言えば「大切であることと好きであることは別」というのが私の見解です。

葬儀や供養に携わると、必ずしも故人と遺族が良好な関係であったとは限りません。

時には故人とは嫌な思い出の方が多く葬儀には手間もお金もかけたくない、とはっきり仰る方もいます。

では、亡くなってしまってもうここから関係の改善のしようがない
生前嫌いだった故人に対し、遺族ができることはなんでしょうか。

それは、嫌いだった、嫌だった面を反面教師として、自分が正しく歩むきっけとすることです。

同じ思いを人にさせないという近いが、遺族を正しい方向へと導き、
気付けば遺族にとって「進入禁止」の標識のような役割を持った人生の指針になります

どんな形であれ、こうして人生の指針として受け止めることが故人を仏にすることであり、
曹洞宗にとっての供養に他なりません。

これを生きている家族にも当てはめるならば、
良いところはお手本に、悪いところは反面教師にすることが重要で、
必ずしも好きである必要はないのではないでしょうか。

家族が好きになれないということは人には言いにくいもので、
どこか自分の心に欠陥があるのでは?とさえ思ってしまうこともあるかもしれません。

しかし、好きなら好きなりに、嫌いなら嫌いなりの大切にする形があると、
私は考えています。

まとめ

今回こうしたことを書いているのは、私自身が「家庭を築くこと=幸せ」と思えないことや、
友人や知人が家族から受けたこと、そして般若さんの曲など、様々な要因が重なったからです。

結婚して家庭を築くことを幸せと思える方は、なぜそう思えるのか、
逆にそう思えない方はそれがなぜなのかを考えてみると、
「大切にすること」と「好き嫌い」がごちゃ混ぜになっているのかもしれません。

家族という縁を大切にすることは自分を大切にすることでもありますが、
好きでなければいけないということではない…。

もっと言えば、家族が好きでも幸せを感じられないこともあるでしょうし、
家族が嫌いだって受け止め方次第で幸せになれることもあるのではないでしょうか。

あくまで私の感覚ですが、これが誰かを楽にできるならと思い、書いてみました。

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